第24話 静寂と沈黙と

 闇商人の殺害。そして、アイミー・ミルタ兄妹とマザックを敵対させようとする一連の事件。一切の所在が掴めないワーウルフが関わっていると言う可能性に、一同は驚き言葉を失っていた。

 数分間の重い静寂。最初に言葉を発したのはアイミーだった。


「最初に……。潰さなければならない可能性がある……。」


 アイミーの言葉の続きを聞くために、視線を皆アイミーに集めた。


「シヴァが犯人だと言う可能性だ。」


「仲間を疑うってのか⁉︎ 最初にやる事じゃないだろ⁉︎」


 フラールは声を荒げさせた。その表情からは怒りが溢れ出ている。


「落ち着けよ。今必要なのは感情論じゃねぇ。」


 ラークが冷たく言った。フラールはそんなラークを睨んだが、場の雰囲気から他の者はアイミーに賛同しているのだとすぐに気づいた。


「おいおい……。嘘だろ……?」


 フラールは悲しみを込めた視線をシヴァに向けた。


「フラール、ありがとう。だが、俺としても最初にその可能性を潰して欲しかった。皆んなの胸中に不用意な不安を残したくはない。」


 何よりシヴァはアイミーの"潰す"と言う発言から、あくまで可能性の話をしているのだと分かっていた。メッツァルナでのワーウルフという単語はシヴァを指すと言っても良い。これから大々的に調査をするとなった時、団員にワーウルフが暗躍していると伝えれば、もしかしたらシヴァも敵なのでは と誤解させてしまう。まず最初にシヴァではないと証明する必要があるのだ。


「まず最初に……。ジェイド。発見日時と現場の状況を教えてくれ。」


 ジェイドはコクリと頷く。


「発見したのは約2ヶ月前。死体は既に死後5日ほど経過していた。腹には剣によって刺された痕。これが死因と見られる。そして、体中に食い千切られた痕が残っていた。」


 その後にキーンが発言する。


「少なくとも2ヶ月以上前は既にサラディアのレタシー公爵領に居ました。不可能です。」


「長距離移動に優れるケンタウロスでもこの距離だったら、少なくても1週間は走り続けなくちゃいけない。シヴァでは説明がつかない。」


 フラールもついで発言する。その声色からは怒りが微かに漏れていた。


「往復で最速2週間か。証明できたな。」


 2週間姿を見せない。ましてや任務中であるシヴァにできるわけがなかった。

 次に発言したのはキーンであった。


「なぁシヴァ。ワーウルフはヒトを喰うのか?」


「……⁉︎」


 他の者達は戦慄した。

 シヴァにとっては答えづらい質問。それを抑揚無くキーンは放ったのだ。だがこれはとても大切な質問である。シヴァとヒト・その他の亜人。口にする食べ物に違いはない。シヴァはヒトを食べたそうにした事も、実際に食べようとした事も一度としてなかった。ワーウルフが喰ったのかどうかも怪しいとキーンは考えていたのだ。

 その言葉をシヴァは咄嗟に否定しようとしたが、それは自分の感情から来る否定だと分かり堪える。あくまで客観的に考えた。


「俺が村に居た12年間にヒトを喰ったり、喰った奴を見たりはしていない。だがそれは、俺の村の周辺にヒトが現れる事がなかったからかも……。実際俺がヒトを見たのは、あの日が始めてだった……。」


 それはつまり喰うかもしれないという事。シヴァの顔はとても苦しそうだった。そんなシヴァの心を支えるかのようにラークは口を開く。


「俺もあの飢えた状態だったらヒトを喰ってた。絶対にヒトを喰わないなんて誰が断言できる? 俺たちにとっちゃ、戦場以外で死ぬ方が狂気だ。」


 ラークの言葉。肯定故の沈黙が流れる。

 そして、アイミーは大きくため息をついた。


「知識不足……。奴の手を借りるか……。いや、いっそのことここに住まわせてしま……。いや、だがしかし……。」


 清々しいほどの決断力を持つアイミーが珍しく決めかねている。優柔不断。その理由をどうやらエルキス達は理解しているようであった。


「奴って誰ですか?」


 フラールが問うと代わりにジルナルドが答えた。


「帝国唯一の亜人学者です。」


「亜人学者……。何故団長はあんなにも悩んでいる? ここに招けば結構役立つ人材だと思うんだが……。」


 フラールが疑問を更に投げかける。

 ジルナルドが答え辛そうにしているとジェイドが口を開いた。


「お前ら亜人の精神衛生を害する可能性があるからだ。」


 部屋には更なる沈黙が流れた。



 *


 一本の大通り。いくつもの馬車が風のように駆け巡る。そして、その通りの両脇はまるで谷のように建築物が所狭しと立ち並んでいた。その建物一軒一軒からは男達の怒号と金属音や、その他にも様々な音が聞こえるが幾重にも混じり合っている為、何かまではわからない。

 人でごった返すクロワスとは対照的な賑やかさがそこにはあった。


「団長! 無理を言ってすんません!」


 ドゥーンは珍しく頭を下げる。その後ろにいた数体のドワーフも同様に頭を下げていた。皆感激しているのか目を輝かせている。


「構わん。前々から行きたいと言っていたからな。お前達の会いたい人はあの建物の中だ。」


 アイミーはその大通りのとある一つの建物を指差した。その建物は周りのものと比べ、一際大きく立派に建っていた。

 一団はその建物に入っていく。


「馬鹿野郎ッ!! そんな設計があるかッ!! これじゃあ柱ガバガバじゃあねぇかッ!!」


 一団を出迎えたのは50代の男の怒声であった。その怒声を受けているのは若い男。2人とも袖の無い服を着ていて、身動きの楽さを一番に考えられたものだと見受けられた。


「親方ッ!! お久しぶりですッ!!」


 ドワーフ達が大声で叫ぶと50代の男は彼らに初めて気づく。そして少しはにかんだ。


「なんだオメェら、久しぶりだな! 俺のギルドに入る気になったのかぁ?」


 親方はどこかイタズラっぽく言った。


 ここはハンバーラー領にある帝国随一の規模と技術力を誇る職人ギルド街。亜人都市クロワス建設のためにハンバーラー公爵が送った大工職人の1人が親方を務める職人ギルドである。


 ドワーフ達はその親方に表面的な敬意ではなく、ジルナルドやジェイドに対してさえも見せたこの無いような心の底からの畏敬を放っていた。


「あんなに腰の低いドワーフ。初めて見た……。」


 シヴァが呟いた。


「ドワーフ社会は完全な実力主義なんですよ。」


 ネルが淡々と言った。


「実力主義? 職人を尊敬するって事は物作りに対してか。」


 ネルはドワーフ社会について説明をした。

 ドワーフ社会の最大の特徴は物作りが全てであるという点である。戦士としての階級は武器作りの腕で決まり、求婚する際も家を建て、その出来栄えでドワーフの女は嫁ぐかどうかを決める。立派な家を建てた者は集落での発言力も高まり、リーダー的立場となるのだ。権力を誇示するために大きな建物を建てるヒトとは正反対に、立派な建物を建てた者が権力を誇示する。珍しい文化である。

 そんな文化に暮らすドワーフにとって、技術を授かる事は人生を授かると同義であり、その師を神格化するのだ。


 この親方も当初は彼らドワーフを亜人と嫌っていた。一言も話さず、資材運搬のためにこき使っていたのだ。当然建築を手伝わせたりはしない。

 職人達が一つの家を建て終えた時、その隣にはもう一つの家が建っていた。姿形から同じ物を見様見真似で作ったのだろう。彼らの知らない技術。それを盗もうとしたのだ。当然出来栄えは粗末。ドワーフ達がその二つの家を見比べ、悔しそうに顔を歪ませたかと思えば、直ぐに家を解体したのだ。問題点を洗い出しながら。何故粗末な物となったかを話し合いながら。

 真剣に物を作る奴を見て疼いたこの心をきっと職人魂と言うのだろう。気づけば声をかけていた。その次の日から、ドワーフに向けて職人達の怒号が飛ぶようになった。その怒号にドワーフ達は威勢の良い返事をする。

 クロワスの完成が予定より早まったのは職人達とドワーフの関係にあったのだ。


「親方。自分たちはこれで失礼します。お仕事の邪魔をしてすみませんでした。」


 ドゥーンの言葉と共にドワーフ達は深々と礼をする。


「また来いよ! 今度はうちの若いのにお前らが教えてやってくれや!」


 ドワーフ達はその言葉に感激した。目が少し潤んでいる。

 そして、勇ましく大きな声で"はい"と返事をしたのだった。


 *


「何をしに来た? ジェイク……。」


 草木生い茂る高台にはマケローナ公爵が膝をつき目を瞑っていた。そして静かに呟いた。その背後にはジェイク。その後ろにある木々の隙間から大きな屋敷がその姿を覗かせている。


「理由ならマケローナ公爵の予想通りですよ」


 高台の先は青空と大地が広がっており、マケローナのとある街が一望できる。とても眺めの良い場所であった。

 マケローナ公爵は立ち上がるとゆっくりと振り返る。


「悔しいがお前が来ると娘は喜ぶ……。例え…… 最愛の夫に殺されたとしても……。」


 マケローナ公爵は屋敷の方向へとゆっくりと歩いて行ってしまった。

 先程マケローナ公爵がいた場所。そこには一つの墓石が太陽に照らされている。

 墓石には『ジーラ ここに眠る』と刻まれていた。

 ジェイクは既に供えられた花の横に自身が持ってきた花を供える。どちらも同じ種類の花であり、赤く美しい花びらを持っていた。


「1年ぶりだね。ジーラ……。君の好きなこの景色は相変わらず美しい。」


 ジェイクは悲しい笑顔を見せる。無理矢理に笑っているのだ。だが、その目は次第に潤んでいく。

 今日はジェイクの妻 ジーラ=テイラー。旧姓 ジーラ=セロルの命日。

 ジェイクが唯一愛したパスタリア人の女性。唯一妻としたこの世に1人しかいない女性。その彼女を殺すことを決意した日。

 ジェイクが必ずマケローナ公爵邸に訪れ、そして涙を流す唯一の日。その涙は花の上に落ち、太陽の光によってルビーのように輝いた。

 ジーラが好きだったこの花とこの景色が織り成すこの輝きが、思い出させるのは12年前の今日。ジーラの真っ赤な血の色だった。

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