行進曲 : 戦火

第12話 魔人と亜人

 20畳ほどの大きさのテントの中に煌びやかな甲冑を着た男達が集まっていた。中央には長テーブル。いくつものグラスが置いてある。


「おや? ミルタじゃないか? マルゲルークは召集されてないだろ。何故ここにいる?」


 ミルタに話しかけたのは20歳くらいの青年。茶髪を首の下まで伸ばし、この場で唯一ローブをまとった細身の美男。その顔立ちは中性的で一見すると女性に見える。


「お前には関係ないだろ? そんな事より胸が大きくなったんじゃないか? マザック……。」


 ミルタの言い草にマザックは少しムッとした表情をする。


「機嫌悪いじゃないか。また髪色の違う兄弟が増えたか?」


「お前がマルゲルークにちょっかいをかけてる事。僕が気づいていないとでも?」


 ミルタは眼光鋭くマザックを睨む。マザックも同様にミルタを睨んだ。


「皆目見当もつかないね。」


「いつからそんなに陰湿な奴になったんだ……。」


 二人が険悪な雰囲気でいるとテントの中に一人の男が入ってくる。真っ赤な鎧を身に纏った金髪で短髪の中年の男。剛気に笑みを浮かべ勇ましく第一声を放った。


「よく集まってくれたな! 諸君!! 」


 その中年の男の元にミルタとマザックは近寄ると一礼をする。


「「お久しぶりです。サンダウィッチ大公。」」


 サンダウィッチはニカッと笑うと二人の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「聞いておるぞ! アイミーの代わりにお前が指揮を取るそうじゃないか! 期待しておるぞ!!」


 ミルタはくしゃくしゃになった髪を整える。表情は少し嬉しそうだ。

 そして、サンダウィッチは他の貴族達を長テーブルの前に集めると地図を広げた。その上に木製の駒を置いていく。


「敵はサラディア王国。数は10万。帝国から領土を奪い返しに来たと思われる。速馬の知らせから推測して現在はこの渓谷にいるはずだ。」


 先程の剛気さとは変わって真剣な眼差しから将としての凄みを感じる。


「「サンダウィッチ大公。」」


 ミルタとマザックが同時に手を挙げた。真向かいに立っている二人は再度睨み合う。サンダウィッチは先にマザックに用件を訪ねた。


「私の占いによりますと敵軍はその地点を昨日既に通過しています。」


 貴族達はざわついた。


「お前の占いはよく当たる……。敵は行軍速度を無理やり早めたか……。」


「数も13万です。10万の軍勢は今ここ。そして、残り3万の軍勢は渓谷を迂回しています。」


 ミルタも情報を提示するとサンダウィッチはニヤリと笑った。


「噂の亜人か。確かにこの地点には3万程の軍勢なら通れる道があったはず。10万は囮でこの3万で本陣を強襲する…… と言った算段だろうな。」


 サンダウィッチは自陣の駒を動かし陣を組み立てる。


「この陣に異議はあるか?」


 サンダウィッチの問いに解答の声は無い。ただ、二人の若者は睨み合い不満そうな顔をしている。そんな光景をサンダウィッチは剛気に笑い飛ばし貴族達に激励を送った。


 *


 緑鮮やかな丘陵。数千・数万と並ぶテント群からは男達の笑い声がこだまする。そんな群から取り残されたように離れた箇所を陣取っているのはメッツァルナの御旗。だが、こちらも賑やかで、民謡・民族舞踊の独特な音楽と共に楽しげな声がする。

 シヴァはキーンやフラール。チュリーやネルやドゥーンら仲間たちと談笑しながら食事をしていた。


「なぁシヴァ? 他のワーウルフはまだ見つかってねぇのか?」


 フラールは尋ねるとシヴァは苦笑いをする。


「俺の住んでた一帯を鳥人に探してもらったんだけどいなかった……。もしかしたらこの国にはもういないかもな。」


 シヴァが笑いながら放った言葉に皆が反応に困っていると、その空気を壊すかの様に陽気な声が掛けられた。


「なぁお前ら〜。"白の魔将"はいるか〜?」


 そこにいたのは茶髪のおっさん。髪はボサボサで無精髭を生やした小汚い男。鎧を着て馬にまたがっていなければ誰も兵士とは思わないだろう。


「タイランさんお久しぶりです。お二人ともあのテントにいますよ。」


 とキーンが答えるとタイランは上機嫌になり、馬を降りる。連れていた他の兵士達に酒樽を担がせキーンが指差したテントまで陽気に歩いて行く。


「白の魔将って誰のこと♪?」


 チュリーが尋ねるとキーンは呆けながら答える。


「ジルナルドさんとシドーさん。」


「ああ〜確かに化け物みたいに強いからな」


 ドゥーンが言った。亜人達は対ヒト戦用に訓練を受けている。その過程で何体かはジルナルドやシドーと試合をしたのだ。当然のようにボコボコにされて見学していた他の亜人達を恐怖に震え上がらせたのである。


「それだけじゃなくてな。お前ら"エルキス"って知ってるか?」


 キーンにシヴァはジルナルドの姓だと答えた。


「合ってるけどそれが答えじゃない。俺もシドーさんもマルゲルークの兵士の9割の姓がエルキス。他に誰かわかる奴いるか?」


「魔女アミスが従える魔人。」


 ネルが答えるとキーンは正解だと笑って言った。それは、以前キーンが語った御伽噺だ。

誰かがそれに関しての疑問を口にする前にこの楽しい雰囲気は突然ふりかけられた暴言によって壊される。


「下等ども。人外とのおしゃべりは楽しいか?」


 そこにはタイランが連れていた兵士達。マルゲルーク出身の兵士を見下し、意地の悪い表情をしている。


「俺達は人じゃないのさ。だから、マルゲルーク出身の兵士を魔人エルキスって呼んだりする。そこから魔人の将軍。さらに、ジルナルドさんとシドーさんの髪色は白。白の魔将って呼ばれるようになったわけ」


 キーンが彼らを無視し話をすると、それに腹を立てキーンの胸ぐらを掴んだ。


「聞いてんのか⁉︎ 赤毛野郎!」


「俺はお前らのママじゃねぇ。構って欲しいならとっとと家に帰れや。きっと泣きながら頭を撫でてもらえるぞ。」


 キーンがバカにしたように言うと周りにいたエルキス達もバカにしたように笑う。いつのまにか多くの亜人とエルキスが集まってきた。分が悪いと判断したのか兵士達は暴言を吐きながら逃げるように去っていく。エルキス達はその光景を見てノリノリである。威勢良く乾杯し一気に酒を煽っていた。


「お前ら嫌われてんのな。俺らとつるんでるからか?」


 フラールが尋ねるとキーンもグラスの酒を煽ってから答えた。


「じゃあ問題な。俺らが嫌われてる理由は一つ。俺らエルキスと他の兵士達の違いはなんでしょう?」


 亜人達は考え込むが一向に答えがわからない。既に答えの知っているネルとドゥーンはキーンに口止めされてしまった。


「わかんねぇ。同じヒトじゃん」


 フラールが諦めるとキーンは自身の髪と目と肌を指差した。


「体色か?いやいや、お前らめっちゃカラフルじゃ……。」


 フラールがそう言いかけて止まる。これまでの1年色々な地区に行った経験から、ある事に気がついたのだ。


「パスタリア帝国の国民であるパスタリア人の髪は金か茶。目の色は黄色。肌は白。つまり俺たちエルキスは他民族の集団。」


 ジルナルドやシドーの髪は白。目は群青。キーンは髪は赤。目は黒。共に肌は白い。更に周りを見回してみれば髪が黒であったり青であったり緑であったり。肌も黒かったり少し黄色だったりしている。


「え……? じゃあなんで他民族であるミルタさんや団長が領主なんてしてるんだ?」


 シヴァが尋ねる。他の亜人もその異様さに気づいたようで真面目にキーンに眼を向けた。


 キーンは二人はハーフであると言った。彼らの父ジェイクはパスタリア人であるが他民族にフェティシズムを抱いており、それ故に生まれた子供。本来領主となるには異例な事であったがテイラー家は自由奔放なため渋々ながら認められた。

 そもそもマルゲルークをテイラー家が統治するようになったのは60年前、アイミー達の祖父の代である。テイラー家はライシー領の領主であり、そこに祖父フラントは次男として生まれた。

 15の歳。フラントは自身がライシー領を継げないと知るとマルゲルークの開拓をすると言い出した。マルゲルークは当時ブレッディーのように未開拓地域であったがテイラー家はテイラー家であるから当然、当時の帝は快諾をする。その頃の帝国は侵略を広範囲で成功させていたため他国家の国民を奴隷として大量に流通させており、フラントはこれを労働力として利用した。だが、フラントは齢45にして病気によりこの世を去ってしまう。

 その後継となったのがその息子ジェイクであった。当時12歳である。その頃のマルゲルークはパスタリア人も徐々に増え新興都市が多数できていた。だが彼は自身のフェティシズムから奴隷達を解放し、市民権を与えたのである。側から見れば愚行である。統治が破綻してもおかしくはない。しかし、そうはならなかった彼は人身掌握に優れていたのである。ここマルゲルークは安息の地であり楽園であると彼らに錯覚させた。奴隷達はジェイクを救世主と思ったに違いない。そしてジェイクは他の地域から奴隷を買い、解放し領民を次々と増やしていく。彼らは自身の楽園を守るため戦争も必死に戦った。もう二度と奴隷に落ちないようにである。しばらくすると領主と領民には固い絆が結ばれていた。領主は領民を愛し、領民は領主を敬った。

 帝国は侵略のための兵を欲し、また奴隷の反乱を恐れていたため好都合とマルゲルークを歓迎した。現皇帝がジェイクと幼い頃からの友人であった事も要因である。

 そして、ジェイクが統治して20年が経った頃、魔人エルキスと呼ばれた兵士達は西方の要と呼ばれるようになっていた。

 更に20年経つとジェイクは領主の座から退きミルタにその役目を渡したのである。領民は他民族の血が流れたミルタを大いに歓迎し、絆は更に固いものとなった。今でも奴隷を買い、解放し領民とする事は続けられている。絶望を知っているから領民も生活を協力し合い帝国内では驚異的に低い犯罪率を誇っている。



「ジルナルドさんとシドーさんはエルキスの一期生みたいなもんだな。数々の死地をくぐり抜けてきたからあれだけ強い。そして、俺もシドーさんから救われた身だ。」


 この話を聞いていた亜人達は目に涙を浮かべている。


「お前らが俺ら亜人に優しい理由は境遇が似てるからなんだなぁ……。お前らを他のヒトと一緒だと一瞬でも思った俺を殴りてぇ。」


「フラール本当に殴るなよ。じゃあ団長も亜人を愛して?」


 シヴァが尋ねるとキーンは首を大きく早く横に振った。


「あいつが好きなのは金だけだ。」


 亜人達の涙を掻っ攫うように突風が吹く。


 亜人達はヒトを一つ理解した。

 そして、アイミーは祖父をモデルに開拓を進めているのだと。

 この戦争の意味。活躍することの意味は未来にとって、とても大きかった。









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