第13話 天を仰ぎ鬼は笑う

 灯火が暗闇を照らすテント群をミルタとマザックは早歩きで並んで歩いていた。


「「戦力の内訳は?」」


 タイミングを同じくして二人は言う。

 先に答えたのはミルタだった。声色から少し苛立ちを感じる。


「リザードマン6000 ケンタウロス 3000 エルキス2000 エルフ1000 その他 で大体1万と3000。」


 そして、マザックも苛立ちながら答える。


「カリバン1000 騎兵3000 傭兵と歩兵で6000で1万」


 その数を聞いてミルタは立ち止まった。信じられないと言ったようにマザックを見る。そう、この二人の部隊2万3千が別動隊3万の撃退を命じられたのだ。


「ご自慢の魔導騎士を1000しか連れてない⁉︎ それに軍の大半を傭兵だと⁉︎ 頭に呪いまじないでも掛けたのか?」


 魔導騎士カリバンとは、南方の有力貴族であるポターゼ公爵。つまりマザックが所有する兵士である。帝国随一の魔導研究都市があるポターゼの主力であり、幼い頃より戦闘のために魔導・剣術共に訓練されたエリート達である。エルキスが名を馳せるまでは帝国最大の矛とされていた。


「はぁ⁉︎ 君だって亜人達はこれが初陣じゃないか! 数だって3万に対してこちらは2万と3,000!」


 そして二人はハッと何かに気づいたようで目を丸くする。


「「これは……! 大公の信頼の証ッ!! 」」


 二人は早歩きでテント群を駆ける。


「指揮は?」


 ミルタは尋ねた。


「……。編成・隊列・作戦は君で良い。その代わり戦況の判断は僕に任せろ」


「「喧嘩の続きはまた今度だ。」」


 二人は左右に分かれた道を別々に進んで行った。お互いに振り返ることはなくただ真っ直ぐに遠くの闇を見据えている。


「「大公は僕なら勝てると言っているッ!!」」




 サンダウィッチ大公は地図を見ながら嬉しそうに笑っていた。


「大公。あの二人、わだかまりがあるようでしたがよろしいのですか?」


 一人の貴族がサンダウィッチに話しかける。


「ん? ああ、あの二人は昔から変な所で衝突するんだ。気にせずとも上手くやるさ」


 その貴族は心配性なようで不安気にサンダウィッチに言う。


「でも、もし負けでもして未来ある"軍鬼"と"天読そらよみ"の双方を失えば、帝国にこれ以上の損害はございません!」


 震える貴族を見てサンダウィッチは剛気に笑いその貴族の肩を叩いた。


「彼奴らが勝てないと言うことは戦力に歴然の差があるか、敵が化け物と言うことになる。なら、数多く戦場を経験させる事が師の役目さ!!」


 *


 3日後の早朝。土は黒く草木のない荒れ果てた地。所々に大きな炭と灰・枯れた草、生き物の気配はなくこの光景が地平線の奥の山まで続いている。

 まだ薄っすらと緑の残った小さな丘、その上に立つのはミルタとマザック。その目前には2万もの軍勢がその黒い地の上に立っていた。


「あーあー。聞こえる?」


 ミルタは不審そうに手に持った水晶玉を睨んだ。


「大丈夫。声は隅々まで届いてるよ。僕の魔法疑ってるの?」


 マザックが苛立ちながら言う。

 ミルタはそれを無視して静かに軍勢に向かって語りかけた。


「リザードマン諸君。気づいていると思うが、これが君たちの故郷の成れの果てだ。君達の絶望を写したこの荒れ果てた土地。ここにどれほどの美しい緑が覆っていたのかを僕は知らない。知っているのは君たちと、ここを壊したサラディア王国含む東方諸国。」


 そして、先ほどと大きく変えてミルタは力強く声を発する。


「今から行うのは報復だッ!! 一人でも多く殺せ!! そして、他の亜人も協力してほしい……。飢えて死んだ・焼け死んだリザードマン。その苦しみからの解放と魂の供養のために!!」


 ミルタが右腕を高く上げると、亜人達の雄叫びが地を轟かせ、天に響く。感極まり涙を飲む者もいる。

 そして、ミルタは水晶をマザックに渡す。マザックは演説に慣れないようでミルタよりも口調に重みがない。


「僕が雇った傭兵の諸君! 朗報だ! 敵から奪った剣や鎧は、クロワスで高値で買い取ってくれるらしい!! 大いに蹂躙し略奪してくれ! 数はこちらが上だ!」


 傭兵達の目の色が変わった。

 それもそのはず傭兵需要はメッツァルナが大半を掻っさらい彼らは困窮しているのだ。傭兵と盗賊はそう変わらない。暴力で金を稼ぐ。傭兵業が滞れば金品欲しさに商人や村落に手を出す。するとメッツァルナに討伐依頼が行き、盗賊として殺されるのだ。

 やっと巡り合えた一攫千金のチャンスなのである。

 マザックはこれで良いのかと呆れたようにミルタを見る。ミルタは大変満足そうであった。


 *


「ミルタは人間の屑だね。ここを焼き払ったのは僕らパスタリア帝国だよ?」


 先ほどの丘で二人は呑気に椅子に座っていた。近くにはジルナルドやシヴァと数人の両軍の正規兵。


「は? 僕は人間の鑑だよ。それとシヴァは僕を睨まない。」


 ミルタは睨むシヴァをよそにジルナルドに話しかけた。


「今回僕が君たちを率いているのはアイミーからの依頼。内容はジルナルドに指揮官としての手本を見せる事。」


 ジルナルドは兵士としては他の兵士を易々と凌駕する程の経験を持っている。だが指揮官としての経験は皆無。アイミーの命令でミルタを師とし兵法を学んではいるものの実際に見せた方が早いと結論に至ったのだ。


「僕は沢山の嘘をつく。だが、それは全て指揮官としての役目を果たすため。」


「その役目とは?」


 ジルナルドの問いにミルタは静かに答えた。


「勝つ事。それと兵を死なせない事」


 シヴァの目つきが変わった。


「あ、今意外に良いやつかもと思ったでしょ? 違うよ。兵士を育てるのって大変なんだよ。時間がかかる。無闇に死んでもらったら困るわけ」


 シヴァの目つきがまた鋭くなった。


「なるほど……。初陣の不安感を殺意と怒りで紛らわせたのですね。」


 ミルタが行ったのは全体の士気の向上。戦力の大多数を占める亜人と傭兵の士気を上げたのである。

 ジルナルドは感心した様子でマザックが傭兵に投げかけた言葉の意味を聞いた。


「傭兵って基本的に負け戦はしないんだよね。平気で逃げるし裏切る。だから利益をチラつかせると簡単にやる気を出してくれる訳さ。」


 あと数千程度の違いなら気づかないしとミルタは呟いた。


「ジルナルドは知ってると思うけど兵の質って言わばメンタルの事だしね。どんなに剣術や馬術磨いても精神弱かったら誰一人殺せないで死んじゃうし。」


 ミルタは椅子を揺らしながら暇そうに言った。

 マザックは執事のような男に茶を入れさせている。

 シヴァは呑気だなと思っていると上空に鳥人の気配を感知する。そして、鳥人は降りて来ると報告を始めた。


「予定通り第一陣が接敵。敵陣形は乱れ戦況は……。」



 *


 山道を下りきり一息つきたい所。しばし休憩の合図、兵士達の緊張が解け安堵した瞬間、地平線の奥に薄っすらと見えるのは敵の軍勢であった。


「指揮官殿!! 敵襲です!! 現在確認できて歩兵約一万!!」


「すぐに第一陣の一万を動かせ!! 慎重に行くぞ。こちらの動きが読まれている!」


 数キロ先に見える一万の群れ。それを待ち構えるように同数の兵士を配置する。最前列の兵士はあることに気づいた。信じられないと目を疑う。周囲の兵士も同じく気づく。軍勢はザワザワと不穏な空気が波のように広がっていった。


「ヒトじゃないのか……?」


「リ、リザードマンだ。パスタリアは亜人までも配下に⁉︎」


 数千もの淀んだ殺意がゆっくりと確実に歩み寄ってくる。モンスターの大軍が放つプレッシャーと亜人との大規模な戦闘経験がないために兵士達に異様なまでの緊張と恐怖を与えた。


「矢を構え!!!」


 号令がかかると兵士達は弓を引く。最前列の兵士の手が少し震えていた。弓の張力が強いからでは決してない。

 ジリジリと殺気を放った怪物がにじり寄ってくる。射程距離にはまだ入っていないのか、近くに来る前に奴らを殺さないと、とそんな焦りが表情に現れる。熟練の兵士までも額に汗をかいていた。彼らが未だ経験したことのない殺意。そうこれは野生に似た殺意であった。ヒトの捨てた生き物の武器。他に感情など入る余地がない、純粋な殺気を今彼らは味わっている。


「放てェェェ!!」


 号令と共に矢を放つ。何人かの兵士は雄叫びを上げていた。数千という矢は綺麗に弧を描きリザードマンの頭上に降り注ぐ。

 兵士達は自身の目を疑った。ヒトであれば矢を避け突進して来るであろうシチュエーション。矢による断末魔が聞こえ、倒れた兵士を踏み殺しながら敵陣を襲うはず。しかし、奴らは変わらず歩み寄って来るだけ。矢の雨の影響を少しも受けてはいない。


「聞いたことあるぞ……。リザードマンの鱗は鉄よりも硬い!! 弱点は確か腹と首の正面……。それと肘や膝の内側だ。」


「接近戦で殺すしかねぇ……。」


 兵士達が抱いた覚悟。だがそれも一瞬で揺らぐ事となる。

 リザードマンの陣形。それはファランクスであった。天然の重装歩兵に2・3メートルもの長槍を持たせた鉄壁の行軍。弱点である腹には厚い鉄の鎧が怪しく光っていた。


「古い手を……。ファランクスは右手側が弱点だ!! 後方の兵をそちらに回させろ!! そして直ちに魔法兵隊を向かわせろ!!」


 指揮官が小高い丘から指示を出す。


「ここで魔法兵隊を⁉︎ 背に腹は変えられないという事ですね……。」


 魔法兵隊とは文字通り魔法を用いて戦う兵隊の事である。利点は高火力広範囲での攻撃が出来ること、欠点は術者の精神で成敗が分かれる事である。連続で使用すれば心的疲労から魔法は発動しない。故に使い所が難しいのだ。他地域ではこれを魔力消費と呼んだりするらしい。


 指揮官が戦場に目をやると自軍が敵陣の右方向をまるで蛇のように伸びながら、回り込もうとしている瞬間であった。だが頃合いを同じくして同様に敵陣もその姿を変える。いや、乱れたのだ。統制された鉄壁のファランクス。その後方がパラパラと塵のように崩れ、吸い寄せられるように蛇にまとわりついていく。その塵は4000の傭兵達。雄叫びを上げ突進していく。

 この光景を数多の指揮官はどう思うだろうか。亜人は綺麗に統率されているのに対し、ヒトは自らの欲を持って奔放に戦っている。セオリーやイメージを鼻で笑いながら暖炉に放り込み、そんなものは戦火の薪。戦を導く標などでは決してないと嘲笑われているような。そんな気分をこの指揮官は味わった。


 サラディアの兵士達は困惑していた。自分達が場の空気に呑まれていることをようやく理解したのである。リザードマン全体が放つ一本の槍のような殺気。傭兵達が放つ己の欲に身を任せた矢の雨のような殺気。共に当てられ、その差に体が恐怖していた。

 陣を回り込ますことは叶わず正面の味方は亜人に貫かれていく。

 敗戦濃厚。しかし、上空に数個の魔法陣が展開されると士気は飛躍的に向上した。


「魔法兵隊!! ファランクスに穴を開けろぉぉお!!」



 *


「さすが"天読そらよみ"。タイミング完璧じゃん。」


「ありがとうって君こそ歩兵だけで戦わせるとか常識知ってる?」


 ミルタとマザックはお茶を飲みながら戦況を聞いていた。


「は? 君が大吉だって言ったからこの作戦にしたんだけど?」


 険悪な雰囲気を出しながらも戦場において互いへの信頼を確かにシヴァは感じた。


「魔法兵隊への対策手段はあるのですか?」


 ジルナルドが問うとミルタはまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように目を輝かせて言った。


「シドーとタイランに秘策を教えた。もうこれは対策なんてものじゃないよ……。魔法兵隊の時代は終わったと言ってもいい!!」


 ジルナルドは驚いた表情を浮かべる。

 ミルタはマザックを意地悪そうな目で睨んだ。


「熱っ!! ちょっと僕猫舌なんだけど〜」


 とマザックは話を全く聞いていなかった。


「新しい報告が来ますよ。」


 シヴァは魔法を見たことがないため呆れたように言う。鳥人が降りてきた。


「報告いたします。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る