第11話 陽は地より出づる

 リザードマンが案内したのは半径4m程の大きな洞穴。中は暗くひんやりとしていて時折弱く生暖かい風が外へと吹き抜けてくる。それはまるで生き物の吐息のようで薄気味が悪く、不快感を強く覚えた。

 そして、その洞穴を少し進むとまるでドームのように広大な空間が広がっていた。所々を街灯のように置かれた篝火が照らし、石や土でできた建造物が所狭しと並んでいる。空気が生暖かいのはこの明かりのためであると理解できた。

 リザードマンは無言で歩みを進める。集落に入ると他のリザードマンがこちらを見つめる。痩せ細ったリザードマン達。物珍しさからであろうか、それとも別の理由があるからか、そんな事をシヴァは考えていたら周りの建物よりも数段大きな、神殿のような建物に通される。


「族長様。例の方達を連れて参りました。」


 リザードマンは頭を下げると奥からは杖をついた老体のリザードマンが現れる。


「あなた方が……。お恵みに感謝致します。手紙も拝読させて頂きました。」


 先程の個体と違って、族長の低い姿勢にシヴァは少々驚いた。手紙と言うことはあの積荷の中に忍ばせておいたのだろう。こちらを知った上での低姿勢。ケンタウロスと同様にやはり行き詰まった状態なのだろう。


「お初にお目にかかります。メッツァルナ副団長のジルナルドです。この度は団長ではなく、代理での来訪をお詫び致します。」


 とジルナルドも頭を下げた。そして、奥の部屋に通されるとそこには石造りの椅子とテーブルが置いてあり腰掛けるよう勧められ、4人は席に着く。


「山の中にこれほど立派な都市を築くとは、ヒトでは到底成し得ない御業に感服いたしました。」


 ジルナルドの世辞に族長は社交辞令として笑って返す。


「硬質な鱗が我々の唯一の取り柄。穴を掘ることに関して他種には負けません」


 そして、族長は声を落ち着かせ静かに言った。その表情からは哀しみと後悔が感じ取れる。


「鳥人によるあなた方の最初のコンタクト。私は貧困を招いたヒトに貧困を救う手立てがあると言われました。どの口が言うかと心底義憤致しました。そして、あなた方は憎きエルフや鳥人を既に手中に収め、最近ではケンタウロスやワーウルフまでもヒトと共存している。そんな中、そこに加わるなど我が種にとって最大の屈辱だと思いましたよ。」


 ジルナルドは驚いた様子でリザードマンが他の亜人を憎む理由を尋ねた。これにはシヴァやキーンも同じく驚いた表情をしている。


「我が種が貧困に苦しんでいるのは昔からなのです。その原因はヒトではなく我々の愚鈍な足。この足では獲物に接近しても直ぐに逃げれてしまう。私達の狩の方法は待ち伏せ。木の上・草むら・岩陰。獲物が来るのをただ罠を張って待つのです。当然取れる獲物は少ない。生きていける最低限を取れるくらいです。だが、他の種族は違う。素早く・器用であり動物など容易く取れる。生存競争にリザードマンは負け続け惨めに生きてきたのです」


 そんな状態で追い討ちをかけるように東方戦争の被害を受けた彼らにはその最低限の獲物すらも難しくなり、狂気の如き飢餓が訪れたのだとシヴァ達は知った。


「もしあの時、早急に誘いを受けていれば、民は飢える事なく苦しんで死ぬ事もなかった……。泥水を啜らせ未来に不安を抱かせる事もなかった……。虫を喰わせ生に絶望させる事もなかった……。年寄りの意地で未来を壊したのだと……。」


 族長の警護をしている他のリザードマンも目に涙を浮かべている。


「あなた方から頂いた食べ物。皆涙して口に運んでいました。喉から手が出る程欲した食べ物を民は誰一人欲張ろうとはせず均等に分け、極限状態に落ちても仲間を思いやっていた。優しき民はこんな老害に殺されていたと気づきました。先人が後人を踏み台にしてはならない。先人の役目は後人をさらなる頂きへ登らせる事。そんな当たり前の事を忘れていたのです。」


「では、我々の仲間に加わって頂けるのですね?」


 ジルナルドの問いに族長は無言で頷いた。


「メッツァルナが必要としているのはあなた方の"取り柄"です。惨めな思いなど感じることは絶対にないと断言致します。そして、すぐに仲間に食料を持って来させましょう。リザードマンの長く辛い飢饉の時代は貴方が終わらせたのです。貴方はこの悪夢を断ち切り未来を切り拓いた偉大な先人。心より尊敬致します。」


 そう言うとジルナルドは右手を差し出した。族長はその手を強く握る。目には涙。それは後悔と贖罪と嬉しさとが混じりあった複雑なもの。


「この山脈に住む他の部族達は私が責任を持って説得致します……。末永くよろしくお願い致します……。」




 書斎で書類に目を通すアイミーの元にチュリーが降り立った。そして、ジルナルドからの伝言を伝える。それを聞き終えると笑顔になり、近場にいた団員に指令を出した。


「すぐに大量の食料とケンタウロスとドワーフを大勢連れて例の山脈に向かわせろ!! もう一体たりとも飢えで殺すなよ!! もう大事な私の商品だ!!」


 そう言うと急いで団員は部屋を飛び出す。


「硬質な鱗……。長い尻尾……。姿は少し怖いからな警備として派遣するのも有りだな。いや! 単純に各鉱山に作業員として派遣しても良いじゃないか!」




 そして、一年という月日が流れ無法地帯ブレッディーに亜人とそれを従える傭兵団の都市が築き上げられた。帝都と並ぶほどに広大な城郭都市。中心には大河が流れている。アイミーは亜人都市クロワスと名付けた。クロワスからは傭兵・鉱物・ドワーフの手掛けた武器、そしてケンタウロスの尾毛をはじめとする多くの高価値の物が湯水のごとく流れ、商人の往来も活性化し、どの都市とも引けを取らないほどに繁栄をもたらした。そして、その繁栄を聞きつけた亜人達がさらに各地方より集まり膨れ上がるようにしてその規模を増して行く。



「まさか、一年でこれほど発展させるとは驚いたぞ。アイミー。」


 宮殿。皇帝の玉座の前でアイミーは跪き、こうべを垂れていた。


「全ては帝国の懐の深さによるもの。この帝国の恐ろしさと偉大さは私共が接触する前より亜人共は理解しておりました。」


 アイミーの世辞を受け流すようにそうかと相槌を打つと皇帝は話を続ける。


「今回お前を呼んだ理由だが、亜人より低脳な東方諸国に我が帝国の恐ろしさ・偉大さを理解して欲しくてな。お主にも協力してもらいたい。」


 皇帝の言葉にアイミーはニヤリと笑った。


「ブレッディー子爵として軍の派遣。しかと承りました。化け物すらも支配したパスタリア帝国の力。賊共の脳髄に刻み込んで参ります。」


 そして、アイミーは宮殿を後にした。出迎えるはキーンやシヴァ。そして、亜人とヒトの兵士達。もう亜人はフードを被る必要はない。メッツァルナの旗。それはクロワスの兵士である証。帝国の戦力である証となったのだ。

 半月が帝国の夜を照らす。


「諸君!! 喜べ戦争だ。暴れ散らして、ヒトを蹂躙しろ!! 大好きな狩の時間だ。」


 彼らは血を欲している。ただの血ではない。真っ赤なヒトの血。我が物顔で世界を歩く強者の血。

 そして、アイミーも半月が暁となる日を楽しみに待っている。薄ら笑う一団はパスタリアを後にした。


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