第5話 茶の冷めぬ間に交渉を

「皇帝陛下。余興として亜人に一芸を披露させたいのですが如何でしょう?」


 皇帝や来賓が少しばかり酔いを見せたところでアイミーは申し出た。貴族達に好印象を与えるため、傭兵団への依頼増加を狙っての事である。


「面白い。見せてみよ。」


 そう言うと帝はグラスを口へと運ぶ。

 アイミーは会釈をすると、端に控えさせたままの四人を手招きする。


「王宮に亜人など連れ込みおって……。」


「汚らわしい……。」


 そんな言葉がチラホラ聞こえてくるがアイミーは気にも留めない。


「皇帝陛下。武器の使用と近衛兵の盾を一ついただきたいのですが……」


 アイミーの申し出に皇帝は好きにしろと低く言う。

 亜人3人はローブを脱ぎ、シヴァが盾を持つとドゥーンの前に立つ。


「それでは、まずはドワーフの怪力をお見せ致しましょう!」


 アイミーが場内に響くように声を上げると、その小さい体と両手を大きく使い、亜人に注目を集めさせる。

ドゥーンは斧を振り下ろした。低い金属音と共に木に板金を取り付けた盾は、まるで紙を破くかのように削がれていく。

 場内には程よく酔った貴族たちの歓声と拍手がこだまする。


「鍋の蓋をなくしても、要らなくなった盾から作り出せるのです。」


 アイミーはおどけて言った。シヴァの持つ盾は鍋蓋サイズにまで削られてしまった。


「続きましてはエルフです!彼らは生まれながらの弓の名手!」


 ネルは弓と矢を持っていた。立つ位置は扉の前。アイミーからは20メートルほど離れている。そしてアイミーの奥にはシヴァが鍋蓋を構えて立っていた。アイミーはドゥーンに燭台を持たせ、シヴァの左横から2メートル離れた位置に立たせる。


「それではご覧ください!」


 アイミーは一礼し、指でコインを弾いた。

 それと同時に弓の弾ける音が響く。

 その音の余韻に浸る間も無く、放たれた矢がコインを弾き、軽い金属音がなったかと思うと、ストンッと矢は鍋蓋に突き刺さった。

 ドゥーンの持つ燭台の火は消え、細い煙がうっすらと風になびいている。


「矢で火を消す狩人がいるとお聞きしましたので、矢で弾いたコインで火を消させていただきました!」


 アイミーが言うと、歓声と共に拍手が起こる。皇帝までも感嘆の表情を浮かべていた。


「私の傭兵団は戦争から鍋蓋製造まで幅広くこなします。お困りの際は是非ご一報下さい!」


 アイミーは深々と礼をした。


 *


 終宴後、一団は事前に貸し切った簡素な宿で一夜を過ごした。老夫婦が営む静かな宿で、その質素な佇まいから、汚くはないが貴族が泊まるようなものでは決してない。テイラー家の兵士や侍従が古くから愛用し、贔屓にしている宿のため、亜人にも分け隔てなく給仕をしてくれる。亜人を宿泊させても評判を落とさない宿屋は帝都にはここしかないだろうという判断からだ。


 次の日、アイミーは陽の良く差し込むデッキに立つと、指笛を吹いた。甲高い音が晴天に昇るとバサッバサッと羽音が降ってくる。デッキに女が降り立ったのだ。


「おはようございまーす♪ アイミーちゃん♪」


 そう言うと女はアイミーに抱きついた。

 この女。当然ヒトではない。顔と胴は普通のヒトであるが背中から腕にかけて青い羽毛の大翼が生えており、両手両足には鋭い鉤爪があった。鳥人と呼ばれる亜人である。


「おはよう、チュリー。仕事を頼みたいからそのフワフワの羽毛で包まないでくれ……。」


 アイミーの顔がだんだんと眠そうになっていく。


「はーい♪ で、何すればいいの?」


 アイミーは肩掛けバッグをチュリーに渡し、その問いに答えた。


「その中の手紙を現在把握している亜人部族全てに届けてくれ。待機中の鳥人種をフル活動させて迅速に行って欲しい。」


 その言葉にチュリーは目を輝かせた。


「領地獲得したんだね! 流石アイミーちゃん♪ ノンストップで届けるね♪」


 チュリーはまたアイミーを抱きしめると晴天に飛び立っていった。その姿はすぐに米粒ほどになり西南の方角に消えていく。

 アイミーはそれを見届けると部屋に戻った。


「ではジルナルド、報告を頼む。」


 16畳ほどの部屋。中央のテーブルの前にジルナルドとシヴァが佇んでいた。


「まず亜人特区の件ですが、主戦派貴族からは好印象なようです。ですが、講和派・保守派貴族はアイミー様に手綱を任せる事と、亜人が国内外に軋轢をもたらすのではないかと不安な声が多いようです。」


 ジルナルドは語る。

 アイミーが王宮内にジルナルドとシヴァを入れたのは諜報のためである。酒の席では口が軽くなる。漏れた本音をシヴァに拾わせ、貴族の顔を知るジルナルドが状況をまとめるのだ。


「やはり、先代国王の息が強かった貴族と第一王子は強い不満を持っているようです。」


 そう言うとアイミーは深くため息をついた。


「セロル家か…… 。うちとは昔から反りが合わないらしいからな。それと第一王子ギャレットあのアホは帝国の現実を知らん。自称永久不滅の帝国に亜人が出しゃばること自体気に食わんのだろうよ。」


 アイミーが言い終えると部屋の扉が2回ノックされる。アイミーが入れと言うと1人のヒトの兵士が入ってきた。


「団長。お客様です。ハンバーラー候爵夫人が依頼をと……。」


「わかった。くれぐれも失礼のないように、丁重にご案内してくれ。」


 アイミーはそう言ってシヴァに目配せをする。隣の部屋で待機の合図だ。



「アイミーちゃん! 昨日はカッコ良かったわよー! 」


 現れたのは膨よかな40代くらいのおばさんである。金色の髪、赤色のドレスに紫の帽子。化粧はくどい程に厚い。だが、見せる表情は優しく暖かいものであった。アイミーは立ち上がり夫人と握手をする。


「ありがとうございます。ハンバーラー候爵とご夫人が活躍の場を設けてくださったのに、先日はご挨拶も出来ずに申し訳ございません。」


「いいのよー! こっちだって最初は期待なんてしてなかったの。マルゲルークの援軍しか戦力として考えてなかったから、気にしないで!」


 ここパスタリア帝国の西側を担っているのは主にマルゲルーク辺境伯領とハンバーラー公爵領、ライシー伯爵領である。北西をハンバーラー領。南西をマルゲルーク。その間に小さくライシー領が存在する。この三貴族の友好関係・協力体制は堅固であり、それが西側からの脅威を防いできたと言っても良い。そして、アイミーが領主となった地域はブレッディーと呼ばれる未開拓地域。マルゲルークの南西から南部に位置する。広大な平野の奥には深い森。そのさらに奥には険しい山々がそびえ立っている。この山々までも領地とするならばアイミーが得た土地はどの貴族よりも広大である。


 アイミーは座るよう夫人に促し、夫人が席に着く頃にはジルナルドが2人の前にお茶を出す。湯気がまるで狼煙のように昇り、消えていく。


「本日はどのようなご依頼で?」


 アイミーが尋ねると夫人はお茶を一口すすり答える。


「鳥人を数体お借りしたくてね。」


 その言葉にアイミーは申し訳なさそうに答える。


「申し訳ございません。今鳥人は全て東方の戦争に派遣してまして……。 お急ぎですか?」


 夫人はあら残念と言ったように笑うと話を続ける。


「急いではないわ。少し気になる事があるだけなの。1ヶ月後くらいならどうかしら?」


「うーん、折角の夫人からのご依頼です……。1ヶ月以内に必ず用意致します。」


 用意しようと思えば1週間で可能である。だが、あえて嘘を付く事で料金を高くするのだ。


「ありがとう!でも本題はここからよ」


 夫人はアイミーを真っ直ぐに見て言う。


「私の所の職人ギルドから大工を雇わない?」


 これはまずいとアイミーは内心恐怖した。ハンバーラーの職人の腕はパスタリアでも一位二位を争うほどである。そして、建築はこれから増えるであろう亜人や現在保有する団員には必須。そして、たいそうな建築技術など亜人は持ってなどいない。喉から手が出るほど欲しい。だが雇えば膨大な金額を請求される。そんなお金はない。


「大工に関しては兄から援助を受けますので……。 それにあまりお金の方が……。」


 既にミルタと大工費用の半額を援助してもらう約束をしていたのだ。痛い条件を飲まされたのは言うまでもない。

 その言葉を夫人が聞いた瞬間笑みがこぼれる。


「心配しないで、費用は私が負担します。そのかわり……」


 アイミーは唾を飲む。条件次第ではとてつもなく美味しい話なのだ。


「そのかわりにハンバーラー公爵認可の商人4〜5人に、恒久的な往来の自由と通行税の免除をお願いできる?」


 そう言うと夫人はお茶をすする。アイミーはただただ黙考していた。そしてため息を1つ付き返答する。


「……。 大工の手伝いを、下働きでも構いませんドワーフ50体にもやらせてください。それと自由な往来は場合によっては…… 例えば商人が不当な商売をしたり、領内での情勢が不安定と言った場合には拒否する権利は持たせてください。」


 アイミーは静かに言った。夫人は笑顔で返す。


「もちろんよ。もしそんなことが起こったら私たちの方にも知らせてね。テイラー家を敵に回すのはごめんだわ。」


 夫人はお茶を飲み干すと楽しそうに返って行った。テーブルの上には空のカップと半分ほど満たされたカップ。お茶は既に冷めてしまっていた。

 アイミーは悔しそうに身を悶えさせる。


「アイミー様。ああ見えてご夫人は昔からのやり手です。お気になさらずに。」


「あれは絶対に私の金儲けプランを勘付かれてる! ミルタのバカ兄貴にも通行税免除しちゃったし…… もう絶対に他の貴族に免除はしません!!」


 ジルナルドはアイミーにとお茶を入れ直す。カップからはまた湯気が昇っていた。


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