第4話 真の和は死線と共に
帝都を目指し馬車を走らせ15日が経った。日は頂点に立ちあたりを照らす。
一行は森の中の小川近くで休憩を取っていた。木漏れ日が水流に反射し、きらきらと輝いている。
団員となったシヴァは10台の荷馬車の先頭を護衛していた。
静寂の森を心地よい風が吹き抜ける中でシヴァの耳がピクリと動く。
「団長! 西方より騎馬隊! 数は…… たぶん30だ!」
シヴァの声を聞き、傭兵団は武器を構える。エルフは弓・ドワーフは斧だ。
水の流れる音が次第に地鳴りにかき消されていく。
「大丈夫。皆武器を下ろせ。」
安心したようにアイミーが言う。他の者も次第に安堵の表情に変わっていった。
現れたのは30人の男。鎧を纏い、剣や槍を手に持っている。そして掲げる旗には月と矢の紋章。メッツァルナの御旗である。
「アイミー様。遅くなり申し訳ありません。」
50代くらいの男が馬から降りるとアイミーに跪いた。その男、身体付きは屈強だが覇気などは感じられず、髭は剃っているが、髪は白髪。線のような細い目と穏やかな表情から長らく戦線から離れた退役兵のように見える。
「ジルナルド。頭を上げないか…… もう私達は主君と従者の関係ではないのだぞ……。まぁ良いか任務の方は?」
アイミーが尋ねるとジルナルドは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「それをあそこのバカ兄貴に渡してくれ」
アイミーは呑気に小川に足を浸けて寝そべっている辺境伯を指差した。
「ミルタ様。こちらを。」
ジルナルドは羊皮紙を渡す。
マルゲルーク辺境伯。本名はミルタ=テイラー。アイミーより3つ上の兄である。
ミルタは羊皮紙に軽く目を通すと冷たく笑う。
「さすがだねージルナルド。君がいるからこの傭兵団を信頼できる」
ミルタは暖かい口調でジルナルドに礼を言う。ジルナルドはミルタに一礼をした。
シヴァは近くにいたエルフに話しかけた。
「この傭兵団は人間もいるんだな。」
「もちろん。亜人だけじゃヒトに信用されないからね。」
シヴァはあの男たちの雰囲気から元は正規兵だろうと感じ取った。それもあの奴隷商たちよりも圧倒的に優秀な兵士であると。
「ジルナルド。新顔を紹介しようワーウルフだ。」
アイミーはシヴァに手招きをする。
「この傭兵団の副団長を務めております。ジルナルド=エルキスです。どうぞよろしく。」
ジルナルドは優しくシヴァに右手を差し出した。そしてその手をゆっくりとシヴァは握る。
「……。シヴァ=ハンズです。ご丁寧にどうも、ジルナルドさん。」
そしてゆっくりとシヴァは手を離す。
「シヴァ。この傭兵団に人だの亜人だのと言うわだかまりはないぞ。そういう奴を引っ張って来た。」
アイミーがそう言うと確かに他の者たちは種族関係なく楽しそうに話している。
「ジルナルド。こいつはお前らがくるのを森に入る手前あたりで察知していたぞ。特殊な任務で組ませるかもしれん。手綱はしっかりと握れ。」
「逸材ですね。承知致しました。」
*
そして更に5日を経る。
「さて、もうすぐで帝都パスタリアに到着する。亜人はローブを着て素性がわからないようにしろ。」
領主に許可は取っているものの、武装した亜人を都市内に入れることは市民に混乱を招く危険性がある。亜人は下等生物で、蛮族であり化け物であるという認識は古くからあり、投石や暴言などが浴びせられるのは当然と思って良い。そのため、姿は隠すのである。
アイミーの言う通りに亜人達はローブを着用する。道中何度も都市に寄ったりしていたのであまり抵抗はない。エルフやドワーフ達もその方が身の安全を確保できるため不満はないようだ。
馬車を数時間と走らせると広大な城郭都市が姿を現した。先の見えない壁の奥遠くに王宮らしき建造物が顔をのぞかせている。
「あれが支配者たる証か……。」
シヴァは呟いた。
一行は壁に呑まれるように門をくぐり抜ける。
「止まれーー!!」
縁日のように屋台ひしめく道を抜け、広大な市街地を抜けた先。王宮の門の前。守衛の制止によって馬車は止められた。
「どうもー。これ、招待状。」
ミルタは守衛に羊皮紙を投げる。
「……。マルゲルーク辺境伯様。確かに確認いたしました。どうぞお通りください。晩餐会はまもなく開宴です。」
馬車を王宮前に止めるとアイミーが指示を出す。いつの間にかアイミーとミルタは豪華な衣装に身を包んでいた。
「ジルナルドとドゥーンとネル。それとシヴァは私について来い。その他は献上品を馬車から下ろしたら待機だ。」
その指示と共に団員達は動き始める。
ドゥーンとネルはシヴァを捕獲したドワーフとエルフの事である。
アイミー達は現れた従者の後ろを歩いていく。立派な絵画や彫刻が並ぶ廊下を抜け大きな扉の前に案内されると、堂々とその扉を抜ける。その奥は煌びやかな照明が照らし、色鮮やかな料理と男女の衣服を光り輝かせていた。アイミーはジルナルド達に端で待機するように言うと堂々とその中央をミルタと共に歩く。
「あれはどこの貴族だ? 偉く若いなぁ。」
場内の近衛兵がもう一人に問う。
「あの方達が今回の主賓だよ。マルゲルーク辺境伯様とその妹。メッツァルナの団長だ」
「マルゲルーク辺境伯…… 。テイラー家……⁉︎。この帝国の柱とまで言われてる貴族か⁉︎ まさかあんなに若いとは……。」
ミルタとアイミーは玉座の前に片膝をつく。そこに座るのは長い髭を生やした金髪の男。年は50〜60くらいだろう。頭には冠を乗せている。
「皇帝陛下。このような素晴らしき宴にお招きいただき感激の至り。」
ミルタの言葉に皇帝は低く威厳ある声をもって口を開く。
「何を言う。長年苦汁を舐めさせられた敵国の砦を落としたのだ。この程度当然よ。」
そして皇帝はアイミーを見て言う。
「アイミー。亜人の傭兵団とは面白き物を作ったものだ。今回の功績は誠に大きい。何か褒美を授けたい。何が欲しい」
アイミーは口を開く。
「では皇帝陛下。マルゲルーク辺境伯領のさらに南西にある未開拓地域を私にくださいませんか?」
ミルタや帝。その周りにいた貴族や従者は目を見開いた。
「領主になりたいと申すか。遠慮のない娘だ! なぜそこを欲する。誰も手をつけないからか?」
未開拓地域とは帝国領ではあるものの。住むものもおらず敵国と隣接もしていない辺境であるため長年放置されてきた土地である。
「はい。そこを亜人特区とし亜人に市民権を与えるためです。」
アイミーの言葉に更に場内は騒ついた。
「亜人に市民権を? またおかしな事を。何をするつもりだ?」
皇帝の問いにアイミーは静かに答えた。
「先の戦争で亜人の有益性は陛下もご存知のはず。特区を作り亜人に安心して住める土地を与えれば奴らは砂糖に群がる蟻のように特区に集まってくる。」
「なるほど、自身の傭兵団の拡大か。」
「それだけではありません。人間に憎しみを持つ奴らも生存のために人間との共存を選ぶ。そして奴らに教育を施し生活を充足させれば奴らの子の代・孫の代には愛国心が芽生え帝国に忠誠を誓うでしょう。」
「ほう、亜人をコントロールすることができると……。」
「そして、多種多様な亜人に傭兵としての活動をさせる事で依頼さえあれば各地に亜人を派遣。臣民を擦り減らすことなく各領地の兵力を底上げ出来ます。」
皇帝は高らかに笑い出した。
「恐ろしい娘だ。それで最終的なお前の目的はなんだ?」
アイミーは笑顔で答えた。
「お金儲けです。」
皇帝は更に笑う。
「面白い! アイミーよ、辺境地域ブレッディーの領主に任命する。ゼロからのスタートだ励めよ!」
皇帝がそう言うとアイミーは頭を下げ、その場から下がる。
「ミルタ。あの娘は何歳になる?」
「16です。ですが、あれでは政略結婚の一つもできません。」
二人は笑う。
「ジェイク。いや、お主の父は今何をしている?」
「隠居してからは国中の娼婦巡りをしていますよ。」
皇帝は顔を緩ませて言う。
「歳を取っても変わらんな……。バカは死んでも治らんか……。」
ミルタは続ける。
「オリーヴィア家が帝の血統であるように、我々テイラー家はうつけの血統なようです。」
「違いない。だがそれも、帝国には欠かせない血統であるから困り果てる……。」
場内には賑やかに笑い声がこだまする。栄華を極めた者たちの宴。そこに底知れない真っ黒な沼をシヴァは見たのだった。
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