第3話 狼は光へと駆ける

「ほら、起きろ」


 足で雑に起こされ、シヴァは目を覚ました。木製の床。そしてたびたびガタンと音を立てて揺れる。どうやら目隠しをされているらしい。布に視界が遮られている。だが、男と女がすぐ近くにいることは瞬時に判断できた。


「……。俺に仲間なんていない。捕虜にしたのは無意味だったな……。」


 シヴァの手足は鎖に繋がれていた。


「何言ってんだコイツ?」


「私達の事あいつらの仲間だと思っているのでは?」


 男は笑い出した。そしてそっと目隠しが外される。


「俺たち亜人が亜人狩りの仲間なんてバカげた話だ。」


 シヴァはその2人の方を見る。1人は小柄だが屈強な男。茶色の無精な短髪。それと同色の長い髭を生やしている。もう1人は細身で耳の尖った女。 金髪。ショートヘアだが、左目は前髪で隠れている。


「ドワーフとエルフ……。そうか俺は気を失って……。」


 シヴァは倒れた時の状況を思い出した。


「……毒か」


 原因は矢であろうと察しがつく。


「正解。助ける義理はなかったんですけど……。 この女の子達がどうしてもと言うので」


 エルフがシヴァの後ろを指差す。そこには奴隷だった内の少女3人がいた。


「私たちが来た時には瀕死だったんですよ。治すのに苦労しました。」


 エルフは言う。

 背中の傷は綺麗になくなっていた。そして、少女3人はシヴァに礼を言うと、ただのついでだとシヴァは素っ気なくあしらった。


「他の奴隷はどうなった?」


「他の馬車に乗っとる」


 ドワーフが答えた。


「助けてくれた礼は言っておく。で、お前らは何者だ? どこに向かってる?」


 その問いにドワーフが答えた。


「俺らは傭兵団"メッツァルナ"。そして今、目的地に着いた。」


 馬車が止まるとドワーフはシヴァを担ぎ、外に出る。


「そして、ここが私達の本拠地」


 エルフが言う。シヴァは必死に首を向けると、そこには木造の家屋が1つ。高く果てしなく長い塀の隅っこにひっそりと建っている。


「は?」


 ドワーフ達はその家屋に入っていった。


「団長。ただいま戻りました」


 中はズラリと本棚が並んでおり、奥には1つの机。


「早かったな、依頼は成功か?」


 その机に向かうのはひとりの年若き乙女。白銀の長い髪と黒色の大きな瞳。スレンダーな体型。類稀なる美貌の持ち主であった。


「大失敗です。」


 エルフは淡々と答える。


「そうか、なら武力で解決だな。こっちの方が依頼料が跳ね上がる。好都合だ」


 静かに言うと机の上の本に目を移す。


「それも無理っすわ」


 とドワーフが言うとシヴァを放り投げる。


「既にコイツに全滅させられてました。依頼は失敗です。ただ奴隷は回収できました。」


 エルフが言う。

 乙女がシヴァを見つめる。


「ワーウルフ⁉︎」


 驚き立ち上がり、シヴァの元へ駆け寄ると突いたり、毛を引っ張ったりしている。


「コイツが全員殺っちまいました」


 ドワーフが言うと、エルフは見てきた状況の説明を乙女にする。


「悪人相手ですが殺人は殺人。領主裁判ですね」


 乙女は神妙な面持ちになる。


「……。我々の手柄って事で誤魔化そう。うん、そうしよう。お前らもいいな!」


「良くないねー」



 扉の前に一人の青年が立っていた。緑色のマッシュルームヘアーをした青年。ひょろひょろの優男。気品のある服装をしている。その青年を見るとドワーフとエルフが跪く。


「バカ兄貴……。なぜここに……?」


 青年は乙女に歩み寄る。


「マルゲルーク辺境伯と呼んで欲しいね……。そしてここは僕の屋敷の敷地内だろ? バカ妹」


 そして辺境伯は振り返りシヴァに問う。


「50人の兵士を一人で倒したのかーすごいねー。で、何で殺したの?」


 一本の線の様な細い目から黄色の瞳を覗かせる。軽い口調とは裏腹にその瞳は恐ろしく冷たくなっていく。

 シヴァはその目を見据えたまま何も語らない。そして辺境伯の目の色は元に戻った。


「なんだ、つまらない。ただの獣じゃないか。獣に裁判何て笑えるし、捕獲した者に判断は託すよ」


 と言ってまた辺境伯は乙女を見る。


「本題に入ろうか。先の戦での活躍から皇帝が会いたいって、行く?」


 その言葉を聞くと乙女の目がキラリと光る。


「とうとうキターー!!」


 天井に向かって乙女は高らかに叫んだ。


 *


「何で俺まで連れて行く? 殺すならさっさと殺せよ……。」


 シヴァが口を開いたのは馬車で移動して8日目のことだった。


「やっと話す気になったか…… 。強情な奴だ」


 シヴァは拘束されたまま馬車に乗せられたのだ。そこには辺境伯と乙女も同乗している。


「4年前奴らに仲間を殺されたか?」


 乙女の言葉にシヴァの眉がピクリと動く。


「なぜそれを……」


 乙女は4年前市場にワーウルフの毛皮などが大量に出回ったと語った。人里には滅多に来ないワーウルフの品は高値がつく、貴族御用達だと辺境伯も語る。


「身内などいないのであろう? これからどうするつもりだったのだ?」


 この問いにシヴァは何も答える事が出来なかった。他のワーウルフの村を探しそこで暮らす。そんな事するわけがない。

 死ぬまで仲間の墓の前に佇む自分の姿が目に浮かんだ。


「そこで、お前を連れてきた理由に繋がる。この傭兵団もまだまだ規模が小さい。それでお前の戦闘力・能力が欲しいんだ。私に雇われろ」


 シヴァは数拍間を置いてから答える。


「俺はもはや亡霊だ。俺に働く意味などない。まして人間のために使う力など生まれた時から持ち合わせてはいないさ」


 シヴァの沈んだ声を乙女は鼻で笑い。強く語りかける。


「ワーウルフの戦士は種のために戦うと聞く。ならお前は出来損ないの戦士だな。その肉体と魂を惜しむ事なく使えなかったのだ。惨めに殺されていったお前の仲間の方がまだマシだ。」


 シヴァは歯を強く食いしばる。鋭い牙が剥き出しになる。そんなシヴァを鼻で笑い乙女はまくしたてるように言う。


「何に対して怒っている? 怒っているなら何故言い返さない? まぁいい、お前が私に雇われる意味。そのヒントをくれてやる。私が何故亜人を雇うかわかるか?」


 シヴァはゆっくりと口を開く。その口調はとても重たく、 憎しみと怒りが強く込められていた。


「亜人の力を金に変えるためだろ? 所詮は人。俺ら亜人を利用するのが目的。違うか?」


 シヴァの答えに乙女は静かに語りかける。


「お前ら亜人はそこまでわかっていてなぜヒトを利用しようとしない? だからヒトに世界を支配されるんだ。愚かな者共、私に利用される事で得られる利益を測らない」


 乙女の言葉にシヴァは黙る。

 乙女の言う利益を測ろうとしたのだ。

 傭兵団・亜人・既に戦争を経験させている・王からの召喚・亜人の求める物。ピースをはめていく。そして、思いついた答えはひとつ。


「……!。ヒトに協力する事で亜人の有益性を知らしめ、人間社会での立ち位置を向上させる……。」


 コイツはバカじゃない。そう乙女と辺境伯は思った。


「俺がその有益性を知らしめれば狩られるワーウルフも減る」


 俺のような惨めな奴も生まれないとシヴァは思った。

 シヴァがそう言うと乙女は楽しそうに言った。


「その程度で満足とはな。私についてくればもっと良い世界を見られるぞ」


 その言葉にシヴァの目付きが変わった。乙女の瞳の奥にその世界を見たのだ。

 乙女はシヴァの鎖を外す。

 そしてシヴァはしゃがみ、片方の腕を地面に突き立て、もう一つは心臓に置いた。


「我が名はシヴァ=ハンズ。ワーウルフの戦士として種のために、お前に付き従おう。」


「私はアイミー=テイラーだ。栄光の歴史を作るワーウルフの戦士よ。あなたを歓迎しよう」


 荒れた道を馬車は走る。見慣れた景色は遠く、地平線に消えていった。

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