過去から、未来へ
草原には、強い横風が吹いていた。
山を降りて、視界の先には丘に出来た王都が見える。
だけどまだ、遠い。箒の速度でも、一息ではいけないくらいに。
「さぁさぁさぁ! どうしましたエスメラルダ!?」
そんな中で、わたしたちのチームはと言えば。
ルビディアチームからの猛攻撃を受けていた。
「ほんと、元気だねーエスメラルダの親戚」
がんがんがんがんがん! 光の矢が降り注ぐも、それはクリスの結晶壁で防げていた。ただ、少しでも油断すれば壁の無い所に回り込んで撃ってくる。
「元気すぎます! 全く、少しは淑やかさというモノを学んでほしいものです」
似た部分はエスメラルダにもあるよ、とは言わない方が良いんだろうなぁ。
そう思いながら、わたしは相手チームの動きを見つつ、箒の柄先を動かしていく。一定の距離を保ちながら、隙あらば前に出ようと動くんだけど、そんな時に限って、相手の岩石魔法がわたしたちの行く手を塞ぐ。
『さて、どうする? なかなか前に出してはくれないようだが……』
「やはり、ここは私がルビディアを打ち倒す他ないでしょう!」
エスメラルダはそう言って、結晶壁からほんの少し身体を出して、光の矢を放ちルビディアさんを狙う。
……けど、やっぱりそれを予期していたみたいに、ロックと呼ばれていた男の子が岩石魔法を使って壁を作り、攻撃を防いできた。
「はい、ガードっと。えーっと、これで良いんだよねお嬢?」
「ええ、よくやったわ!」
そして、ルビディアさんが動く。一瞬、エスメラルダが浮いたその隙を狙っていたのだ。光の矢が彼女の杖先で生まれ、放たれる。
「っと、だめだめ」
けれど寸での所で、クリスが結晶壁を砕いた。
飛び散った結晶の欠片が光の矢を消し潰し、攻撃を防ぐ。
「ありゃりゃ。こっちも防がれちった」
「防御はボクの担当だから。キミよりも上手いよ?」
「……よく言う!」
だけどその時、相手の方もさっき防御に使った岩を砕いて、こちらに向けてはなってくる。結晶壁は今散らしてしまったから、数発の石が、わたしたちへと降り注ぐ。
「っ、飛ぶよ!」
咄嗟にわたしは叫んで、斜め上空に退避。二人もそれについて飛んでくれて、石を避けることが出来た。……危なかったけど。
「はっ。今のはぎりぎり。防御なんて出来てなかったじゃん?」
ロックさんがニヤッと笑う。へぇ、とクリスは彼の顔を見て、意外そうに呟いた。
「あの子も、結構強いみたいだねー」
クリスの声はいつも通りだけど、頬に汗が伝っている。
多分、魔力消費が激しいんだ。もう一度結晶壁を作り出すクリス。ここまで何枚も壁を張りなおしてきたから、そろそろ辛いのかも。
「……にしても、やりにくいね……」
草原区画で相対してから、ずっとこんな感じだ。
やる事なす事読まれてるみたいで……
「お諦めなさい! 貴方たちの未来に、勝利はあり得ませんから!」
「誰が、諦めるものですかっ……!」
ルビディアさんの勝利宣言に、エスメラルダが言い返す。
『状況が苦しい事に変わりはないがな』
相手は光の矢を絶やさず撃ってきて、クリスは結晶壁を使い続けないといけない。
こっちの攻撃は、さっきみたいに男の子が防いでしまって通らない。
前に出ようとしたって、同じことだ。岩が邪魔をして前には進めない。
どう、しよう? っていうかわたし、何も出来てなくない……!?
焦燥感が呼吸を乱す。魔力の量には限界がある。こうしている間にも、取れる手は少なくなっていくかもしれない。
……わたしが、ドラゴンを助けようとなんてしたから……?
あの出来事が無ければ、まだ二人の魔力には余裕があって、そうすれば何かいい作戦も……
『ステラ。焦るな。そして、無駄な事を考えるな』
「でも、箒さんっ……」
『見るべきものはなんだ? 目指す場所はなんだ?』
畳みかけるように、問われる。
見るべきもの。それは相手チームの動きだ。
目指す場所。それは誰より速いゴールだ。
「……うん、分かった」
息を吸う。危なかった。今わたし、確かに無駄な事考えてた。
箒レースは、前に進む競技。過ぎ去ったことを考えてたって、仕方ない。
「相手の、チームは……」
助言に従って、わたしは相手チームを観察した。
相手は三人。ルビディアさんは、エスメラルダと同じ系統の魔法を使ってくる。ロックさんの岩の魔法は、攻防一体。動きはクリスに似てるかな?
それから、もう一人……これが、分からないんだよなぁ……
ルビディアチームの先頭を飛んでいるのは、あの仮面の大人だった。
だけど彼は、さっきの攻防の時、何にもしていないんだ。
わたしと同じで、魔法が使えない人だったり? ……でも、だとしてもおかしいのは……彼が、正面しか向いていない事。
わたしたちの動きを見ようとしていないんだ。あの日は、わたしたちのこと、あんなにじっと見ていたのに。
「……。もしかして……」
そこにヒントがあるとしたら?
頭を回転させる。今の今までの、ルビディアチームの動き。
そういえば、彼女たちが悪徳チームと対面していた時も、ちょっと動きが変じゃなかった? まるで、相手の未来を知っているみたいな……
――『見えて』いるのです! 貴方たちの悪事も、そして結末も!
あの時聞いた、あの言葉。そしてこの対応力。
「……よし。クリス、エスメラルダ。ちょっと試させて」
「試すー? 良いよ、任せる」
クリスとエスメラルダが頷いたのを見て、わたしは小さな声で作戦を呟く。
『……成程な』
箒さんがそれをみんなに伝言してくれた。
きっとそれで、相手の情報が掴めるはずだから。
「それじゃあ行くよ! いち、にの……」
さんっ!
呼吸を合わせて、わたしたち三人は一斉に速度を落とした。
「っ……!」
ルビディアたちが、すぐさま振り向こうとする。
そこへ、すかさずエスメラルダが光の矢を放つ。完全な不意打ち、だと、思ったけど。
すぅ、と相手チームはそれを躱した。動きだけで。
こちらを振り向きもしなかった、仮面の人の先導に合わせて。
「やっぱり……そういうことだったんだね」
理解する。相手がどうしてこうもわたしたちの動きに対応出来たのか。
いや、一手一手ならおかしくはないんだ。凄い魔法使いさんなら、咄嗟の判断力も凄いんだろうなって思うから。
でも、仮面の人は違う。あの人は、わたしたちを見もしないのに避けたから。
『成程な。予知魔法の使い手というわけだ』
「予知魔法……ですか……また稀有な才能を……」
驚いたように、エスメラルダが呟いた。
「予知魔法ってー、少し先のことが分かる魔法だっけ?」
クリスの質問に、エスメラルダは頷く。
「予知にも種類はありますが。未来に起こる大きな出来事の予測ですとか、数秒先の未来、目の前で起こる事が手に取るように分かったりですとか……」
基本的に、近い未来であればあるほど確実に、はっきりと。
この先起こる出来事を知ることが出来る。それが予知魔法。
「あのチームがドラゴン事件の犯人だって分かったのも、それが理由かな」
この先、彼らが組合に捕まる事を予測した、とかなら、あの状況で犯人が分かった理由にも合点がいく。
『何らかの方法で、奴らはその未来予知を共有しているのだろう。オレ様が貴様らと話をするように』
箒さんが推測し、だとすれば、と問い質す。
『どう切り抜ける? 下手な小細工など、それこそお見通しということになるが』
「うーん……そうだなぁ……」
考える。作戦を立てても、それを見透かされてしまったら意味がないし……読まれても平気な行動をする、としたら……
……一つだけ。頭に浮かんだやり方がある。
だけどわたしは頭を振って、その考えを捨てる。
だって、そのやり方じゃ……
「ステラ。貴方、何か思いついたようですね?」
「言わなきゃダメだよー。勝ちたいんでしょ?」
でも、二人はわたしの顔を見て、分かってしまったみたいだった。
「あの……でも、それだと……!」
「危険なことなんですか?」
「そうでもないけど……」
「ならいいよー。言って。勝ちたいんでしょー?」
それにね、とクリスが続ける。
「やっぱりボク思うんだ。負けるのって、面白くない」
その顔には、笑みが浮かんだまま。けれど小さな声で投げかけられた言葉には、あの時と同じ重みを感じる。
――『勝ち』に餓えてるのは、間違いないでしょ?
「だったら。勝つ方法だけ選ぼうよ。その方がきっと、楽しいよ?」
かくり。首を傾げて言われた一言が、わたしの胸にすとん、と落ちる。
負けたら、クリスは楽しくない。わたしも勝つ方がずっと好きだ。
「えぇ、その通りです。何を遠慮しているのかは知りませんが、ステラはステラの楽しいと思う事をしても良いのです」
エスメラルダが、更に続けてわたしに語り掛ける。
「私はなにも、自分の手足になる人材として貴方を選んだのではないんですよ」
「だけど……この作戦だと、エスメラルダもクリスも、完走できるか分かんないよ……?」
エスメラルダは、ルビディアさんに勝ちたいと言っていた。
もしここでエスメラルダが落とされるようなことになったら……
「私が勝つ事よりも、私たちが勝つことの方が、大切です!」
はっきりと、宣言された。
「エスメラルダ・リージェント・ダイナディアにとって、真の敗北とは、私自身が倒れる事ではないのですから」
その顔に微笑みを浮かべて、エスメラルダは優しく語り掛ける。
「……。分かった」
二人の気持ちが伝わってきて、わたしはようやく決心する。
未来を見据えるルビディアチームを破る、一つの方法。
それを喋ると、なんと二人は……笑い出してしまった。
「なっ、なんで笑うの!?」
「いえ、いえ! あまりにもその……私と同じ考えだったもので!」
「ステラならこうするかなーって、思ってたんだよねー」
どうやらわたしの考えは二人に筒抜けだったらしい。
驚いていると、当然だろう、と箒さんにも言われてしまう。
『まぁ、オレ様にとっては好都合だがな。それでこそ最速を示せるというモノだ』
「あはは……箒さんはそう言うと思ってた……」
『フン。そうだろう。何故ならオレ様は……』
キサマの箒だからな。
箒さんは言い切って、準備は良いか、とわたしたちに問いかける。
呼吸を整えた。
一度開けた距離。ルビディアチームは速度を落とさないまま、こちらの様子をうかがっていて。
チャンスは一回。失敗は出来ない。
緊張してもおかしくないはずなのに、何故だか胸の高鳴りが抑えきれなかった。
クリスの言う通りだ。予知魔法への挑戦。それって言い換えれば、未来への挑戦ってことだもん。
「駆け抜けよう、箒さん!」
姿勢を低くする。箒さんに体を押し付けて、極限まで風の抵抗を減らす。
そして二人の呼吸を感じる。いち、にの……さんっ!!
最高の速度で、飛び出した。
「あらあら! ただ突っ込んでくるとは驚きですわ! これではまるで……」
「まるで無策な突撃だ、とでも言いたいんでしょう!」
ルビディアの言葉を、エスメラルダが奪う。
分かり切ってることだった。虚を突かれたルビディアに、エスメラルダはすかさず魔法をお見舞いする。
「《我が声は怒り。我が杖は導き。天より出でその偉大なる姿を現したる者よ。我は拍手で出迎えよう!》
《故に、ここに来りて示せ。万雷の力をっ! 覇王の咆哮を!!》
《……砕きの、稲妻》ッッ!」
雷雲が立ち込め、草原に再び雷の雨が降る。
その雨が狙うのは、ルビディアチームの三人。けれど、ただそれを受けるだけの三人ではない。
「大魔法、遂に切ったわねエスメラルダ! でもそれも分かっていたこと!」
詠唱と魔法の維持で隙を見せたエスメラルダに、すかさず魔法の矢が放たれる。……けれどそれは、エスメラルダにも分かっていたこと。
「読まれるなら、読まれることを承知で動けば良いのです!」
身体を大きく逸らせて、エスメラルダは光の矢を回避する。し切れては、いないけど。身体を掠める程度の痛みを、彼女は意に介さない。
「お嬢! 上!」
降り注ぐ雷は、けれど相手の男の子によって防がれる。
だがそれも。きっとそう手を打ってくるだろうと、分かっていた。
「読まれるなら、対策もしてくるよねー」
その一瞬に、クリスが相手チームへと接近した。
「ちぃっ! しつっこいなアンタらも!」
ロックさんが叫び、防御に使った岩を砕き散乱させながら、ルビディアの手を掴んでその場を退避。
「あー。読まれたか」
何かしようとしてたんだろう。クリスは残念そうに呟きながら、でも、と言って岩の間を縫い、二人との距離を詰めていく。
「はっ、なんなんだよ!?」
相手にはその軌道が分かってる。だから行く手に岩魔法を設置して防御しようとするけれど……
「残念でしたー、ボクには効かないよ」
クリスの防御魔法が、それを弾いていた。極々小さい障壁。だけど防御力は変わらない。
「くっ、そ……!」
「キミ、名前はなんていうんだっけー? たしかー……」
距離を完全に詰め切るクリス。雷が降り注ぐ。岩の間を抜けて逃げざるを得ない2人は、追うクリスより断然遅い。
「……ロック・ボーン! 言っとっけどな、無駄だぞ! 星の旦那は全部読み切ってるんだからな!?」
「へぇー」
ロックくんの言葉に、クリスは平坦な声で答える。それが癪に障ったのか、ロックくんは「んっだよ!」と叫んで、岩魔法を乱射、クリスの速度を落としにかかる。
「あの小娘じゃ旦那にゃ勝てねぇぞ! お前たちは足止め出来たつもりかもしんねぇけど……!」
「そっか、そこまで分かってるんだー。スゴいね」
クリスは楽し気に笑う。
そう。これは、足止めだ。
読まれるなら、その前提で。
対処せざるを得ない行動を。対処し続けないといけない状況を。
エスメラルダとクリスで、作り続ける。
「良いのかしら、エスメラルダ! それじゃあ貴方は二位にすらなれないのよ!」
「良いのです。わたしの選んだあの子が、勝利をもぎ取ってくれるのですから!」
二人の言葉が、箒さんを通して伝わってくる。
地表すれすれ。二人が戦っている真下を、潜り抜けて、わたしは飛んでいた。
でもまだだ。わたしの目の前には、それを察知して飛んだ仮面のヒトがいるから。
「旦那との勝負に持ち込めば勝てるってか? 甘いぜ! 未来はもう読めてる! オレ達の勝ちってな!」
「ふぅん。ボクも似たような事、思ってたよー?」
勝てると決まった勝負に意味なんてないよね。辛いだけだ。
クリスは答えてから、続ける。
「でも、まだ勝負は決まってない。勝てるかもしれない。だから、楽しいんだよね、とっても!」
声が遠くなっていく。
飛行に集中するわたしたちと、距離が離れたから。
仮面のヒトはすっごく速かった。これまで一緒に飛んだ誰よりも。
追いかけるのが、精一杯ってくらい。
『……。言っていなかったがな。アイツの使う箒に、見覚えがある』
箒さんが、不意に呟いた。って、どういうことだろう?
「当然、知っているだろうね」
不思議に思っていると声がした。男の人の声。誰? って思ってから、それが仮面の人の声だと気が付いた。
未来を読んで、反応を見て、箒さんの言葉を予想したんだろう。
「これは、クローヴァが負けた箒だから」
「え、今、箒さんの名前……」
驚く間もなく、彼はその黒い仮面を外して……にこり。こちらへ向けて、微笑んで見せた。
その顔に、わたしも見覚えがあった。
「あー! 古道具屋さん!?」
「やぁ、久しぶり」
『成程、全て貴様の仕組んだことか……フューリ・クロク・タイム!』
それが、仮面の古道具屋さんの名前だった。
知り合いなの、と尋ねると、かつてダイナディアでレーサーをしていた男だ、と箒さんは答える。
彼の使っている箒もまた……箒さんの代わりに選ばれたという職人のもので。
どういうつもりだ、という彼の疑問を、わたしがフューリさんに伝えると……彼はちょっと困った顔をして、答えた。
「……約束だよ。ボルツ・リージェント・ダイナディアとの」
そして、フューリさんは語り始める。
箒さんの親友、ボルツさんとの約束を。
わたしと箒さんを出会わせた、その理由を。
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