喋るホウキと空飛ぶ少女
未熟な予知魔法の使い手、フューリ・クロク・タイムは予見した。
自分の才能を見出し育ててくれたボルツと、彼の親友たる箒職人、クローヴァの間に起こるすれ違いを。
「クローヴァは、己の力を過信し乗り手の事を考えない箒を作り続けた。……ボルツは、そんな彼に、職人としての在り方を変えて欲しいと願った」
だがそれは、叶わなかった。
クローヴァにボルツの想いは伝わらず、それゆえにクローヴァは狂気的なまでに箒づくりへのめり込むようになる。
「その結果は死だ。自らの魂を犠牲に、キミは自身を箒へと変貌させた」
皮肉な話だ、と思う。
ボルツに認められたい。恐らくその一心で生み出したその箒は、ボルツが願った『乗り手のための箒』とは最も遠い、『自ら魂を持ち、飛行する箒』だったのだから。
「そしてボルツは、その成果を見ることなく病死する」
病を治す手段は、無かった。それだけ重い病魔だったから。
……結局、一度すれ違い離れた親友同士は、二度と再び言葉を交わすことなく、永遠の別れを迎える。
自分はその運命を、変えることが出来なかった。
「だから、ボルツの死の間際、ボクは約束したんだ。キミの望みを一つ、叶えようと。……そして、彼は願った」
クローヴァが生み出したという魔法の箒。
それに見合う乗り手を探し、空へと飛ばして欲しいと。
願いを聞いたフューリは、己の予知の力を用い、運命を探した。
「その結果が、君というわけさ。ステラ」
*
「何か、話でもしているようね!」
前方を飛ぶステラたちを目じりに捉え、ルビディアは叫ぶ。
「因縁のある相手だと言っていたけれど! まぁ関係ないわね!」
落雷と光の矢。
同じ魔法の使い手を相手に、エスメラルダは眉を寄せる。
「ルビディア。なかなか強くなったようですね……」
「無論よ。エスメラルダ、貴方が街の管理者としてまごついている間に、私は魔法使いとして上に立った!」
確かに、とエスメラルダは思った。
魔力の量も、その精度も。元々大きな差はなかったけれど……今はわずかに、ルビディアの方が上かもしれない。
それは、父を亡くして、街を預かる者としての責務が増えたから。純粋に魔法の訓練に費やせる時間が、減ったから。
「……魔法使いとしては、でしょう」
それが事実だとしても。そんなものは、言い訳だ。
「優れた魔法使いが、必ずしも最高のレーサーとは限りませんっ!」
ステラを見ていたら、思う。
あんな風に、私も空を楽しんだ頃があった。何にも出来なくても、勝負を楽しむ気持ちを持っていた。
それが何故だろう。いつの間にか、勝つ事だけを考えるようになって。
立場。誇り。父のようにならなくてはならない。ダイナディアの娘として、相応しくあらねばならない。
焦り、だったんだろう。クリスに辛い思いをさせてしまったのも、私が強くあらねばならないと拘り過ぎたせい。
でも、違うんだ。
たとえ責任が、私の背中から離れないものだとしても。
そんなものは、地上に置いてきてしまえば良い。
「……エスメラルダ、笑っているの? 追い詰められているのに?」
視界の端に、真っ直ぐに進む彼女の姿を見た。
飛べ。飛べ。飛べ。誰より速く、飛んで行って。願いを込めて、目を閉じて。
「おかしな事を言うんですね、ルビディア。私を誰だと思っているんです?」
もう一度、開く。
そっちは任せましたよ、ステラ。
「私は、エスメラルダ・リージェント・ダイナディア。
……これより貴方を、天より引きずり堕とします」
私はここで、楽しく遊んでいきますから。
*
「あっはっは! 凄いねキミ。こんなに色々出来るんだ?」
「うるっせぇな! ってか何なんだよお前!?」
わざとらしく笑うクリスに、ロックは苛立っていた。
「結晶壁はお終いだろ!? 他に魔法なんざ使えねぇんだろ!? だったら大人しく落ちてろってんだよ!」
砕いた岩を、ロックは手足のように操り、クリスへと撃ち込んでいく。
乱打、と言っていいレベルの猛攻撃だった。速度も、量も、並のレーサーなら瞬く間に落とせているはずだ。
それを、全部避けている。
「先読みは―、もう出来ないんだねぇ? やっぱり距離かなぁ?」
もう結構飛んでっちゃったもんねぇ、とクリスは先を飛ぶ二人に目を移す。
その態度が、余計ロックを苛立たせた。
余裕があるんだ、こいつは。オレには無いのに。
「くっそ! 今年は楽勝だと思ってたのによ……!」
「へぇー。勝てるって思ってたんだ?」
「当ったり前だろ! お嬢はあんなだけど一流の血筋! オレは天っ才! そこに星読みの旦那の力とくりゃ、負ける方法が見つからねぇ!」
「でも、キミ、勝ってないねぇ」
もう一度来る? と言いながら、クリスはロックの前を維持している。
抜かそうとしても、簡単ではない。速度も、技量も、ロックの上をいかれているから。
「意味わかんねぇ! っつーかお前、そんなに強いならなんでアイツに先行かしてんだよ!?」
「決まってるじゃんー。ステラの方がボクより強いからだよ?」
かくり、首を傾げたクリスの言葉に、ロックは「はぁっ!?」と驚いた。
「何言ってんだよ、アイツ魔法使えねぇんだろ。見てりゃ分かるぞ!?」
大した魔力を感じない。実際使ってもいない。貧乏くさい顔してるし、むしろこのレースに出れてるのが不思議なくらいだ、とロックは言う。
「あはは、だよねぇ」
クリスはその言葉を笑って受け止める。貧乏くさい顔、は分からないけど、他はまぁ、分からなくもないから。
「でもー、事実だから」
断言する。ステラは、自分より強い。
それは魔法の能力でも、技術の高さでもないけれど。
「負ける方法が思いつかない、って言ったっけー?」
温度は違えど、クリスはロックの自信に親近感を抱いていた。
勝つための力を、自分は持っていると信じ切って。結果なんかやる前から分かってるんじゃないかと、決めつけて。
「だから、負けるんだよ」
「……っ!?」
唐突に笑みを消したクリスの顔に、ロックは一瞬、狼狽える。
ぐぐ、とクリスは箒を握る手を強めた。実の所、あの時負けたことを、彼女は未だに気にしているのだ。
「……速くゴールしてほしいなー、ステラ」
そして、思う。とっとと一位をかっさらってきてくれないかと。
「そうじゃないと……追い抜きたくなっちゃうよ?」
*
わたしと箒さんの出会いの理由。
それを聞いてわたしは、ただ純粋に、「そっかぁ」とだけ思った。
「驚かないのかい?」
「驚いてはいますけど……」
なんで未来予知でわたしだって分かったのか、とか、他に適任は居なかったのか、とか、古道具屋の内装はわざわざセットしたのか、とか。
聞きたいことも、色々あったけど。
「でもそれ、わたしには関係ないですから」
「えっ、あ、そうだね……」
『ははははははは! 確かにな! オレ様の過去など、キサマには微塵も関係の無い事であったな!!』
「気にならないわけじゃないんだけどね」
っていうか聞けて良かった、とは思ってる。
箒さん、自分のことは全然話してくれないし。
ただ、それでも。
「今わたしが考えてるのは、どうやってあなたを抜こうかってことだけです」
二人に託された。きっと二人も、一番最初にゴールしたかっただろうに。
チームとしての勝利を、わたしに、任せてくれたんだ。
だから、負けられない。
『しかしな、アイツ、さっきから一切隙を見せんぞ』
フューリさんは速かった。箒さんの最高速でも、距離を縮めることが出来ない。
「無駄だよ。キミ達じゃボクに勝てない。未来は既に見えている」
彼は告げる。予知魔法の結末を。
それが単なるウソじゃないことは、わたしにも察しがついた。
フューリさんは攻撃魔法を使ってこない。多分、予知一辺倒なんだろう。
それはありがたい事だけど、かと言って隙があるわけじゃない。仮にわたしが攻撃魔法を使えたとして、予知を使って避けられるだけだろう。
そもそも、わたしに魔法は使えない。速度で勝てないなら、他に勝つ手段はない。……つまり、ここで終わりってこと。
『奴の予知は、恐らくそんなところだろうな』
奥の手は一つだけある。わたしの魔力を使った突撃。
あれならきっと、一時的にフューリさんの速度を超えることが出来る。そのまま逃げ切ることだって、不可能じゃないはずだ。
……でも……。ほんの少し、右に動いてみる。すると、フューリさんはそれを知っていたように同じ動きをして、わたしの前を塞ぐ。
予知による位置取りだ。せっかく速度を上げても、ブロックされちゃ魔力の使い損。回数も限られてるし、それじゃ勝てない。
『……せめてフューリの未来予知がどの間隔で行われるかが分かればな……』
「あ、そういうのあるんだ? 常に見えてるわけじゃないんです?」
『知らん。使ったことないからな』
ざっくりした答えは、何の役にも立たない。
「もう、箒さん真面目に考えて下さい!」
『オレ様は真面目だ。大真面目だ!』
不本意だったみたいで、箒さんは猛烈に怒る。
のだけど、いい案が出ないなら仕方ないのだ。
考えている合間にも、もう王都に差し掛かっている。
ここから門を抜け、大通りを抜けて王城前に辿り着けば、ゴール。
もうあんまり、時間がない。
最後の壁は、あまりにも大きくて、崩せる気がしなかった。
クリスと戦った時の壁は、通り抜けることが出来たんだけど……
壊せないし越えたり潜ったりも出来なかったから、あの時は大変だったなぁ。
「……壁。……壁……あ……!」
不意に、思いついた。
フューリさんの未来予知を越えていく方法。
「箒さん。このレース、高さに制限はなかったよね?」
『……? ああ。ダイナディアレースと違って広いからな。規約には無かった』
つまり、どれだけ高く上がっても良いってことだ。
『おい、何を考えている……?』
「すぐに分かるよ!」
ぐいっ、わたしは箒さんの柄を持ち上げて、空を見上げる。
青い空には、大きくて白い雲が点々と。少し後ろを向けば、まだエスメラルダさんの黒雲が残ってるかもだけど……こっちの空は、広い。
空に、空に、空に。
わたしと箒さんは、どんどん高い所まで上がっていく。
フューリさんは少し不思議そうな雰囲気で、一度だけこちらを振り向いて……そのまま、飛び続けた。
『おいステラ……! 何のつもりか知らんが、これでは距離が開く一方だぞ!?』
真っ直ぐ進む相手と、斜め上に飛んでいるわたしたち。
確かに、そのままじゃ距離が出来てしまうのも当然だ。
でも別に、諦めたわけじゃないし、何も考えていないわけじゃない。
無茶だけど。わたしには手があるんだ。
「未来が分かってるっていうなら……それを、乗り越えちゃえばいい!」
高く、高く、高く。
進むごとに風は冷たくなるけれど、不思議と前に飛んでいた頃より、寒くない。足は出てるのに、ドレスローブの力は凄いね。
息がちょっとずつ、苦しくなってくる。高い空ではよくそうなるんだって、エスメラルダは教えてくれた。
それでも、まだ。草原の上のフューリさんは、もうとっくに小さい点くらいにしか見えなくって、その点は、今まさに街へと入ろうとしている。
「……そろそろかな」
目を細める。遠く離れたフューリさんとの距離。
このままじゃ彼は一人でゴールしてしまう。だけど、もう平気だ。
これだけ離れていれば、わたしの未来なんて、読めないハズだから。
『そうか。距離を取る事で、予知魔法の範囲から外れたということか』
そう。いくらフューリさんが予知魔法の使い手だからって、遠く離れた人の未来を読み当てることなんて、出来ないはずだから。
『だがステラ。結局貴様がアイツに近付くのなら、同じことじゃないのか?』
近付いた瞬間に。あるいは街の人や、フューリさん自身の未来に、わたしが登場するんじゃないか。箒さんはそう心配する。
確かにね。最終的にはそうなるはずだよ、とわたしは返す。
でも良いんだ。ちょっとでも対応が遅れてくれれば、それで。
「言ったよね、箒さん。わたしは、未来予知を乗り越えるんだ、って」
ただ速度を上げても、ブロックされて前に出れない。
だったら、上から進めばいいんだ!
『……。おい。おいおいおい。ステラ。貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか!?』
「分かってる! だから箒さんも、全力出してね!」
すぅ、と息を吸う。
手のひらに感じる、箒さんの木の感触。
じわり。わたしは肌の表面から、その木へと熱を与えていく。
魔力を。ほんの少ししかないわたしの魔力を。注いでいく。
「行くよっ!!」
身を屈めて、わたしは柄をぐっと倒し、地上へと『落下』した。
突き進む。風がわたしの全身を包み、お腹の中身を押し上げる。
頭がくらくらするから、身体に力を込めた。すぐに意識が怪しくなって、視界が狭くなっていく。
でも、その分。
箒さんの力と、わたしの魔力と、それから、地上へ落ちていく力とで。
箒はどんどん加速する。止められないくらいに。風だけで、わたしの肌を切り裂いてしまうんじゃないかって思うくらいに。
風除けの魔法が掛かっていても、わたしは目を空けるので精いっぱい。
呼吸なんて出来ない。なのにしっかり口を閉じてないと、無理に唇をこじあけられそう。
前髪が風に引っ張られて、抜けちゃうんじゃないか、なんて心配になって。
音は聞こえない。ごぉぉって轟音に掻き消されて、他には何にも。
角度は、合ってるね。わたしは残された精一杯の力で前を確認して、ゴールの場所を眼に焼き付ける。
「箒さん。間違えてたら調整してね」
そして、目を閉じた。開けているのが辛くなったから。
その代わりに、わたしは少ない魔力をどんどん箒さんにあげていく。身体の血がどんどんなくなっていくような感覚がして、箒さんを握る手が、解けてしまうんじゃないかって心配になるけど、握る手もう、開こうと思っても開けない。痛いくらいに握り締めて、動かない。
落ちていく。落ちていく。落ちていく。
体の中身が風に持ち上げられるみたいだ。魂が、頭の先から抜けていくみたいだ。
だけど、消えない。しがみ付く。しがみ付いて、魔力を注ぎ続ける。
もう、すっからかんだ。身体が悲鳴を上げて、冷えてくる。
寒い。骨まで凍り付いていくような感覚。あぁ、どうしよう、このままだとわたしは、氷が溶けるみたいに消えて行ってしまうんじゃないだろうか。
――でも、溶けてたら、勝てない。
――勝てなかったら、送り出してきた二人に申し訳ない。
――第一、わたしは絶対勝ちたい。勝つ方が、楽しい。
――それに。
――箒さんに、約束させられたもんね。最高の箒だって、証明――
『――史上最高の箒だ、オレ様はっ!!』
「ひゃうっ!?」
怒鳴り声が聞こえて、ハッとする。箒さんの声だ。
あれ、わたし、いま、頭が……?
っていうか、身体があったかい。さっきまであんなに冷たかったのに、なんで。
『バカが! 知ってはいたがバカが! 大バカが! キサマ、何でそんな無茶をする! 毎度毎度、肝が冷える!!』
「だっ、だって箒さん、勝つには……!」
目を開いた。街が見える。もうすぐゴール。ああ、フューリさんがまだ前だ。このままじゃ先にゴールされてしまう。
『空から斜めに飛べばブロックされないなどと、阿呆の考え方だ! それは作戦とは言わん! ごり押しだ、ただの! 戦略でも何でもない!!』
ぎゃあぎゃあと箒さんは喚き立てる。感情的に。責めるみたいに。わたしを、心配して。でも、でも箒さん、わたしは……
『言っただろう! オレ様はキサマの箒だと!!』
「うん」
『箒は何をするものだ!?』
「掃除……じゃなくて、飛ぶもの」
『そうだ! オレ様は、キサマを空へと飛ばすための道具なのだ!!』
箒さんは、強い声で言い切った。
決して。断じて。
キサマに飛ばされる道具ではないのだ、と。
『道具は! オレ様は! キサマの為にあるのだ!! キサマがオレ様の為にあるのではない!! 勘違いをするなアホタレがッッ!!』
まるで最初に会った時のように、箒さんは叫ぶ。
だけど言ってる事は、最初と全然違う。
「箒さんは、ただわたしが乗ってれば良いって、」
『知るかそんなもん! オレ様が間違っていたのだそんなものッ!!』
「えええ」
『だからステラ、無茶は止せ! ……無茶をするのは……、オレ様だッッ!』
箒さんは叫ぶ。そして気付いた。速度が、全然落ちてない。
わたしはまだ全然絞り出してないのに。限界を超えていないのに。
そうして不意に、気付いた。
叫んでるはずの箒さんの声が……どこか、遠くに聞こえる事に。
箒を握る手に、感覚を集中する。木の感覚はもう感じられない。でも、分かった。箒の中身。なにか暖かくて輝くものが、急激に小さくなっていることが。
『……フン。キサマにも伝わってしまったようだな。まぁ、当然か。キサマとオレ様は、魔力によって繋がったからな』
箒さんはつまらなそうに言って、わたしの疑問を先取りし、答える。
『オレ様の魂を燃料にしている』
「はっ!?」
『間に合えば良し。ダメなら……オレ様は、消えるだろうな』
「ダメでしょそんなの!? 何してんの箒さん!?」
『オレ様の意地なのだッ! 最速最高の箒として、オレ様が、キサマをゴールまで導いてやる。これでボルツも文句はないだろう!』
「大アリでしょバカなの!?」
地上が見えてくる。ゴールまであと、数十秒。
フューリさんがまだほんの少し前。届くか、届かないか。
一瞬の猶予も無くて、力を抜く暇はない。なのに、そんなの。
「許せるわけ、ないじゃんっ……!」
箒さんが死ぬかもしれないなんて。
そんな風にゴールしたって、優勝したって、嬉しくない。楽しくない。そんな事も分からないなんて、箒さんはバカだ。
『バカはキサマだッ! 同じ言葉をそっくりそのまま返してやるぞバカめッ!』
「わたしは死ぬつもりなかったし!」
『死ぬわあんなもん! 死ぬ直前だったぞッ!?』
第一キサマはこれまで何度も、と箒さんはわたしに文句を言い立てる。
だったらその道に引き込んだ箒さんだって悪いじゃないか。こんな、魅力的な世界に連れ出した、箒さんが。
「……ああもう、分かったよ!
だったら、二人で無茶すれば良いんでしょ!?」
一人じゃ危なくっても。
二人だったら、まだマシでしょう!?
「間に合わせれば良いんでしょう! だから……やるよ、箒さん!」
箒さんが魂を燃料にするっていうなら。
わたしだって全力を尽くす。そうして、ちゃんと二人でゴールする。
箒さんがいなかったらわたしは飛べないし、わたしがいなかったら、箒さんなんて誰も乗ってくれないんだから!
『――ええい! 良いだろう! それでやる! だが魂を燃料にする以上、オレ様とキサマの精神の同調がだな――』
「よくわかんないけど勝つ! それで良いでしょ!」
他に感情なんていらない。
勝つ! 勝つ! 勝つ! 勝つ!
それだけ考えて、わたしたちは飛んだ。
きゅぃぃぃぃんと、箒の穂先が悲鳴を上げ始める。
限界を超えた速度。未来なんて壁を、乗り越える速さ。
その時、わたしは箒さんが今どうなっているのか、手に取るように分かった。
震える柄。
限界を超え魔力を吐き出す穂先。
それは遂に光を放ち始める。
ああ、無駄にしてる。
それも速度になれば良いのに。思っていても仕方がない。
箒さんはまるで流星のように輝きながら……
……天空から、真っ直ぐに。
「なんという……」
小さく、声がした。
多分フューリさん。
でももう、いい。そういうの、いい。
一秒でも速く。一瞬でも速く。この地上で一番速く。
風じゃ遅い。流れ星みたいな速さで、飛びたい。
――ゴール、もうすぐだ。
待ち望んだ一瞬が。
長く長く感じた。
あまりに短く感じた。
少しでも早く潜り抜けたいと思った。
まだこのまま、飛んでいたいと思った。
箒さんは、喋らなかった。
わたしの頭からも、言葉が消えて。
――ゴールに。
――――――届い、た。
……最速の称号を手にしたと。
気が付いたのは、それからずっと、後のこと。
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