*どちらも人であること

 とはいえ、独り立ちの件とカイルの怪我とは別の話だ。仕事が出来なくなったのだから、このままという訳にはいかない。

「入院費用とリハビリ代は私が持ちます」

 企業に属している傭兵ならば、何かしらの保証や積み立て年金やらがあるのかもしれないが生憎とカイルはフリーだ。

 フリーの傭兵を対象とした積み立て年金を扱う会社も存在するにはするが、カイルはそれを最低金額で設定していた。

「おいおい、それくらいの金は持ってるぞ」

「それは老後に回してください。当面の面倒は私が見ます」

「おま──」

 言い終わらないうちに顔をずいと近づけられ、魅惑的な瞳に言葉が詰まる。

「これくらいはさせてもらいます。文句は受付けない」

「こええなあ」

 呑気に応えるカイルに呆れて溜息を漏らす。私が何も知らないとでも思っていたのだろうか。

 報酬のほとんどを仲間たちに支払っていることなど、とっくに気付いている。そのため、カイルの生活はそれほど良くはない。

 ベリルを加えたことで以前より取り分を増やしはしたけれど、仲間たちから聞けば相変わらずなようである。

 ベリルは一般的な生活水準も傭兵の平均も知らず、当初はこういうものなのかと気にしてはいなかった。

 やりくり上手であったため、カイルが一人で暮らしていた頃よりも貯金を若干増やせるくらいには余裕が出来ていた。

「ああ、そういえば」

「はい」

「二年くらい前に、お前が助けた女の子がいたろう」

「いましたね」

 確かアギフという名だった。

「医者になるって猛勉強しているらしいぜ」

 帰国の前に怪我の見舞いにと病院に行ったとき、少女は「助けてくれてありがとう」という言葉と共にベリルに自分が描いた絵を差し出した。

 花畑で少女とベリルが手をつないでいる絵だ。父親はすでに亡く、母親は少女の楽しそうな様子に微笑んでいた。

「生活費を送っているんだって?」

「あの子を元の場所に戻さないためです」

 それほど多くはない金額ではあるものの、その仕送りは少女にとって大きな助けとなっている。

「あしながおじさんか」

「手紙は求めていませんよ」

 それは冗談か本気なのかと困惑気味にベリルを見上げる。

 思えば、こいつと暮らし始めて三年近くになる。一度だけ、仲間の一人がこいつが怖いとつぶやいたことがあった。

 あまりにも冷静すぎる言動に、一歩違えれば俺と対立する側になり得るからだそうだが。どうしてだか、俺はそんな予感も想像すらしなかった。

 こいつの奥底を知っている訳じゃあないが、「私にとっての間違った道を選択せずに済む」と言ったこいつの芯を見た気がした。

 こいつは、俺なんかよりも無謀なことをする。それは間違いない。今のうちから言っておかなければとたしなめたものの、こいつはまるで聞いちゃいない。

 聞いてる振りをしているだけだ。他の奴には解らなくても俺には解る。

 こいつが無謀になるのは早死にしたいだけじゃない。異常なほど高い身体能力故の行動でもある。

 研究所だかにいたとき、自分の詳細データを見ていたんだろう。こいつはそれらを充分に活かしている。

 代謝も速く、ちょっとした怪我ならすぐに治っちまう。一般平均の二倍から三倍ってところか。少なくとも、俺の二倍以上なのは明らかだ。

 とはいえ、俺は歳食って下り坂に対し、こいつは若くて成長期という違いはある。

「なんですか」

 じっと見ているカイルにいぶかしげな表情を浮かべる。

「お前、俺がいないからって無茶するなよ」

「あなたがいてもいなくてもしません」

 むしろ、あなたの無茶をどう止めようかと、そればかりを考えていた。私が加わったことで彼の怪我が減ったと聞かされたとき、敵を止めるために自ら起爆スイッチを押して吹き飛んだブルーの姿が脳裏に過ぎった。

 伝わる爆音に、立ち止まりかけた足をだめだ止まるなと奮い立たせた。戻ってきた場所には、人の気配は微々たるもなく──二度と、あんな思いはしたくはない。

 私はこの出来事を、死ぬまで忘れることはないだろう。

 これほどに、自由という言葉が重くのし掛かかろうとは思いもしなかった。目の前の自由に足を浮かせ、身近な者の危機すらも感じ取ることが出来なかった。

 常に冷静でいることが、どれほど重要なのかを思い知らされた。



 ──そうして十八歳となり、独り立ちを果たしたベリルは仲間たちから歓迎される。

 ベリルの能力以前に、若いということで敬遠されているのか、大した依頼も要請もなく。

 仕方がないと理解して、しばらくは自身の能力を理解してもらう事と信頼を得るための行動に終始した。

「俺たちを舐めてるのか」

 とある要請に、仲間の一人が舌打ちした。

 カイルの仲間は彼の頼みもあり、そのままベリルにつくことになったのだが、リーダーが若く無名であることは悔しさだけでなく苦しみも与えていた。

「とりあえず、生き残りがいないか探そう」

 目の前に広がる残骸は、手遅れであることの証だ。

「もっと早く要請がきていれば──」

「お前のせいじゃない」

 お前を認めない奴らのせいだ。

 今は耐えろ。そんな、仲間の言葉が突き刺さる。

 西アフリカからの要請は内戦で取り残された村人の救出であったがしかし、集落が巻き込まれてから一ヶ月近く経っての要請ではあまりにも遅すぎた。

 元より村人を助ける気などなく、「救出をしようとした」という体でベリルたちは利用されたのだ。

 もし、ベリルの知名度が高かったなら、他の誰かがこの惨劇を目の当たりにしていただろう。

「初めから助からなかった命だと、割り切って諦めろと言うのか」

 くすぶる焼け跡に眉を寄せる。

 カイルもこんな経験をしたのだろうか。苦い記憶と多くの死を乗り越えて、今の彼があるのだろうか。

 どんなに怒りを募らせても、どうにもならない事がある。己の力に限界があることくらい知っている。

 どうあがいても救えない命があることも、嫌というほど理解している。

 それでも──

「あがけなければ、なんとするのだ」

 奥歯を噛みしめ眼前を見据えた。



 ──それから小さな仕事をこなし続け、二十歳を迎えるというとき、今まで受けてきたものとは異なる規模の要請がベリルの元に寄せられる。

「覚悟はしておけよ」

「はい」

 カイルの言葉に気を引き締めて中東に向かった。

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