*命の計り
アフガニスタン──アフガニスタン・イスラム共和国。中東・中央アジアに位置する、多くの民族が住む他民族、共和制国家である。首都はカーブル。
西にイラン、北にはタジキスタンなど、国の東端は中華人民共和国に接している。
ベリルは仲間たちと共に首都、カーブル市に足を踏み入れた。日本ではカブールという呼称の方が馴染み深いかもしれない。
カーブル州の州都でもあり、ヒンドゥークシュ山脈の南縁にある標高およそ一八〇〇メートルにある町だ。ここで他の仲間たちと落ち合うことになっている。
近代的な建物も多く見受けられるが、未だ発展途上の域にあることが窺える。現場はここではなく、その一角の敷地を借りて集合場所にしている。
集合する敷地は町の外れで、舗装された道路もなければ、人の姿もまばらだ。いかつい車が何台も駐まっているため時折、住民が物珍しそうに眺めに来ている。
「合計、何人だ」
ドナートがベリルに尋ねる。
彫りの深い顔立ち、柔らかなブラウンの髪質にあご髭と口ひげをおしゃれにきめている。イタリア人の彼は気さくな性格で、チームのムードメーカーでもある。
「我々を除いた二十五人」
「多いな」
ブルーノが口笛を鳴らした。
青い目が陽気に動く。彼はカイルと同じアメリカ人だが時折、悪ノリして場の雰囲気を悪くしてしまうところがある。
今回は前に出ず、控えめにしておくと事前に宣言していた。
ベリルは端末でリストと敷地内にいる人数を確認していく。あと数人かと考えていると、近づいて駐まったジープから出てきた三人に、これで全員が揃ったと敷地内を見渡す。
「おい。こっち向いてくれ!」
ドナートが手を叩いて注意をひく。ベリルはそれに礼をするように目を合わせ一歩、前に出る。
「今回の指揮を努めるベリルだ。多数の不満はあるかもしれないが、それに従っている時間はない。それらは完遂後で個々に聞く」
それに数人が舌打ちをし、多くは感心した。
ベリルが最年少であり、ベリルより年下はここにはいない。
若いという時点で不満だということはベリル自身も理解している。しかし、それにいちいち反応をしている暇はない。
こうもあっさり、「不満があるならあとで言え」と言われれば、指示に従うしかない。何より、その実力を見ていない現時点での判断は早すぎる。
──カーブルから移動すること数時間、ベリルたちは小さな町に到着する。住民は避難を終え、町は静まりかえっていた。
立てこもりのテロリストを一掃することが要請内容なのだが、人質の生死は触れられていない。死亡しても不問にすると暗に示されている。
政府の関係者は同行せず、傭兵に全てを任せる事に多少の嫌悪感を募らせつつも、下手に関わられてもこちらが動きづらくなるだけだと切り替える。
軍が動かないのは現在、武装勢力との抗争下にあり、戦力をさけない状況にあるためだ。
テロリストとされる人間は、町の有力者の邸宅に立てこもっている。中東での市街地戦には慣れているとはいえ、屋内戦はあまりしたくはない。
周囲の建物よりは立派だが、豪勢という訳じゃない。舗装されていない道と壁の色は大差がない。
二階の窓にはすでにガラスもなく、厚いカーテンが重々しくかかっていた。
ベリルは、立てこもっているテロリストを逃がさないために、前もって現地入りしていた仲間の一人に歩み寄る。
見張りは一定の距離で四方を囲うように配置されている。
塀がないため、一応は軍も協力はしているようだ。あちこちに銃を構えた兵士が見られた。
「状況は」
「
立てこもってから数週間は経っている。今日までに軽い銃撃戦はあったものの、大きな衝突はない。
「人質はまだ生きている可能性がある」
武器をしこたま持って逃げ込みやがった。そのせいでむやみに突入できない。
数週間も経ちながら立てこもり続けていられるということは、誰かが食料を密かに届けているということだ。
人質の家族だろうという予想はついている。しかれどその心情を思えば、咎めることも止めることも出来ない。
「そうか。引き続き、頼む」
仲間の肩を叩き、テントが張られた地点に戻る。
見取り図と報告されている状況を交互に見やり思案していく。テロリストは五人、人質は二人。この中に女性はいないようだ。
しかしふと、判明しているテロリストの名前に体が強ばった。
「カルナ・マシアス」
その名に目を眇める。つい先日、判明したそうだが、どうして彼がここにいるのか。強制送還のあと、監獄に収容されていたはずだ。
「馬鹿な──」
一ヶ月前には監獄にいたことを確認している。一体、何があったのか。
カルナはベリルが十五のときに初めて加わった戦闘でベリルに銃を突きつけた男だ。あのときのテロリストたちを、ベリルはずっと気に掛けていた。
彼らは監獄で模範囚として真面目に努めていると報告を受けている。いつか、再会出来ればと思っていたが、それはこんな形ではない。
とにかく、今は私情を挟むな。視界がぼやける思考はだめだ。テロリストの一掃という時点で、彼が助からないことは確定されている。
あのときに向けられた瞳に偽りは無かった。ならば何故、彼がここにいる。
助ける方法を探してはいけないと自分に何度も言い聞かせる。立てこもるまでに、彼らは住民を何人も殺害しているのだ。
判断を誤れば仲間が犠牲になる。逃がせばさらに危機は増す。
「ベリル」
ドナートの呼びかけに我に返る。
「ヘッドセットを」
意識を引き戻し、ヘッドセットの入ったバッグを示した。
それにブルーノも手伝って仲間たちにヘッドセットを配っていく。調整がてらに、これからの作戦をヘッドセットから伝える。
「チームを四つに別ける。Aチームのリーダーと総指揮は引き続き私が行う。Bはリデル。Cはハサン。Dはコニーだ」
聞こえていることを確認して続ける。これなら後ろの仲間にもスムーズに伝えられるし、声を張らなくてもいい。
「Aは東、Bは西、Cは南、Dは北から突入する。Aを除いた全てが合図と同時に戦闘を開始」
ここまで質問はないかと問いかけ、無いようなので次に進む。
「戦闘は夜間に行う」
住民の避難が済んでいるのだから気兼ねなく戦える。
現在も監視を続けている仲間は建物から二十メートル離れた周囲に配置変更し、戦闘が始まってもそのまま見張りを継続して行う。
それらを伝え、各チームのリーダーを集めた。
「テロリストの一掃が目標だが、確保も視野に入れている」
「なんだって?」
ハサンは本気かと眉間に深いたてじわを刻んだ。
数週間が経つも、どこからも声明が出ていない。捕らえたところで役立つ情報を持っていないのは明らかだ。
「同情の余地など無いだろ」
コニーはやや怒りを帯びた声色でベリルを見据えた。
「可能であればだ。確保に重点を置く必要はない」
そんな風に言われれば、念頭に置くくらいならと答える他はない。こちらも、殺しがしたくてここに来た訳じゃない。
死なずに高い報酬が得られればそれでいい。
「殺しは嫌いか」
B班のリーダー、リデルが問いかける。フランス人で多少、やさぐれた感はあるが涼しい眼差しの男だ。
「好きではないな。優先するものを間違えたりはせんよ」
皮肉を交えた言葉に怒ることもなく、しれっと答えたベリルに目を丸くした。これではこっちが大人げないじゃないかと恥ずかしさに視線を逸らす。
このなかじゃあ一番、小柄のくせに堂々としてやがる。若さが見えるのは外見だけかと呆れるくらいに肝が据わっている。
「決行は二十二時だ。準備を進めてくれ」
「可愛げねえな」
遠ざかる背中にコニーがつぶやく。
「あったらあったで言うんだろ」
「まったく。綺麗な顔して度胸ある」
ハサンは肩をすくめた。
「顔は関係なくないか」
「なんだよお前」
いちいち言葉を挟むリデルにコニーはしかめた顔を向ける。
「いや。なんか気に入った」
大勢での指揮は初めてだと聞いていたのに、それを感じさせないどころか歴戦の勇者ばりに落ち着いている。
「これなら、いけそうだ」
経験不足の奴に指揮されて死ぬのはまっぴらだと考えていた。カイルについては、優秀な傭兵だったと聞き知ってはいても、弟子も優秀とは限らない。
これは、ベリルという傭兵を広く知らしめるためのものだ。成功すれば、それなりに高い評価を得られるだろう。
本人がそれを知り得ているかは解らない。その思惑があるにせよ、ないにせよ。
成功させなければ、犠牲者が出るだけだ。
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