*残酷であるがゆえ

 ──そうして一年が過ぎ、弟子という枠を越えて仲間たちもベリルを信頼するようになっていた。

 独り立ちするのは思ったよりも早いかもしれない。ただ知識を持っているだけじゃなく、それらを確実に活かしている。

 カイルは、手際よく次の仕事の準備をしているベリルを眺めながら、

「お前、大学行ってこい」

「は?」

 唐突なカイルの言葉に眉を寄せる。

「何故でしょうか」

 その質問は当然だ。

 学歴はあまり関係のない世界にいる。それなのに、カイルはどうして大学に行けなどと言ったのか。

「いま幾つだ」

「十七です」

「傭兵っていうのはな、意外と表の世界とも通じている部分が多いんだ。お前、頭はいいが学校には行ってないだろ」

「それはそうですが」

「なんかはくの付くもん持ってた方が、何かと便利なんだよ」

「はあ」

 そう言われればそうかもしれない。カイルはこれでも大学を出ている。

 昨今の兵器には、小難しいシステムが取り付けられているものも少なくはない。より多くの武器を扱いたいなら、それらをすぐに使えるようにしておくことも重要だと考えてカイルは大学に通った。

 軍に入っても、馬鹿では大したこともさせてもらえないだろうと考えたからだ。

「箔。ですか」

「おう」

 深い考えがあって提案したとは思えない。外とはあまり交流を持たないベリルに、交流が必要となる環境を強制的に作ろうとしているのか。

 とはいえ、拒否する理由もない。

「解りました」

 彼の提案に従うべく端末を手にした。

「サラ。頼みたい事がある」

 通話の相手は、ベリルが馴染みにしている情報屋だ。

 入手した情報を売り買いする組織や個人、会社を「情報屋」と呼ぶ。情報屋によっては情報だけでなく、それなりの報酬を支払えばある程度の雑用まで請け負ってくれる。

 ベリルはその一人、サラの情報を得て幾つかの大学を選んだ。



 ──それから数週間後

「おい。マジかよ」

 カイルは卒業証書を手に帰ってきたベリルに目を丸くした。

「早すぎねえか」

「なんとか一週間で承諾して頂きました」

「で、どこの大学?」

「えと──」

「は!?」

 ベリルの口から出た大学名に、カイルは大口を開けて唖然とした。ちょっと優秀なだけではそう簡単には入れない、かなり上位にあたる大学だ。

 普通、一週間で卒業出来るもんか? いや、させてくれるもんか?

「お前、どこまで天才」

 それにベリルは眉間にしわを寄せる。

「話し合いの末に、ここが最も短期間で卒業させてもらえたので」

「そ、そうか~。はっはっはっ」

 きっとあれだな。こいつにいくつか試験を受けさせた結果、他の大学に渡すのが惜しかったんだろう。どんなに大学にいた期間が短くても、卒業証書を渡せば在学していた事実は残る。

 どの大学も優秀な人材は欲しいものだ。大学側の思惑が透けて見えて、カイルは思わず乾いた笑みを浮かべた。

 しかし、大学は幾つ通っても構わないのだから、短期間での在学なら急ぐ必要もなかったように思われたがベリルは元より、いち大学だけ通いたいと言ったのかもしれない。

 そうとなれば大学側も、どうにかしなければならない。これは、特に意味もなく説明したベリルの勝ちだ。

 実のところ、カイルはベリルに傭兵という仕事から少し離れて過ごして欲しかったのだ。この二年というもの、ベリルは仕事が無いときはカイルと過ごしていた。

 それが鬱陶しいという訳ではなく、戦いばかりではいけないと考えての提案だった。しかし、一週間では若者たちとの交流もしていなければ、のんびりもしていないだろう。

 教授顔負けの成績に、ほぼ全ての学科でベリルだけに組まれた特別講義を受けていた。

 こいつ、一週間で論文を書き上げて卒業しやがったのか。ケイ素と重合体の多様性ってなんだよそれ。

 超短期間での卒業を了承する代わりに色々と条件は付けられたようだが、それらを呑む形でサインをしたらしい。

 とはいえ、大学を薦めたあとでこいつの容姿のことを思い出し多少はやばいと思った。普通に大学にいたなら、グルーピーが必ず出来ていただろう。

 そこから変な揉め事が起こり、大学全体の騒動にまで発展していたらと思うと怖すぎる。そうならなくて良かったと本気で安心した。

 だが──

「もうちょっとのんびりしろよ」

「何をです」

 ベリルは意味がわからず眉を寄せる。

「いや。随分と急いでいるように見えるからよ」

「ああ」

 カイルの言葉の意味を理解し、手入れをしていたライフルをテーブルの脚に立て掛ける。

「そう、ですね」

 どう言えば伝わるだろうかと思案する。

「迎えが来る恐怖はあります」

「お前」

 まさかと片目を眇める。

「しかし、それによる焦りはありません」

 焦っても仕方の無いことに精神をすり減らす意味はない。そんな事に気を回すくらいならば、したいことに費やしたい。

「あのときまで、定められた日程と限られた世界が私の全てでした」

 それを苦痛であると感じたことはなかった。自身の存在を思えば、これはむしろ恵まれている。

「私が、彼らの望むようなものでなかったなら。教育すら受けられたか解らない」

 多くの犠牲のうえに私は成り立っている。

 しかしそれも──

「いま、ここにいるためのものであるならば」

 無駄ではなかったのでしょう。

 施設にいた頃は、学んだ全ての事柄を活かせる場がどこにもないことに、少なからず虚しさを感じていた。

「活かせる場のための犠牲が、あまりも大きすぎた事に胸は痛みます」

「お前のせいじゃない」

「いいえ、私が招いたものです」

 例え、他者の意思によって生み出された存在だとしても。

「私という存在が、彼らの命を奪った事に変わりはない」

 それだけは逃げる訳にはいかない。そうでなければ、私が学んだ事のあらゆる全てが無駄になる。

 この心の痛みも、一つの私の記憶と学びに他ならない。弱さを知った事で強さを学ぶ事が出来る。私にとっての間違った道を選択せずに済む。

「それでも、手にした自由に歓喜しました」

 哀しみと共に訪れた自由への扉──躊躇いながらも、それに手を伸ばした。

「あなたと出会い、傭兵という仕事を学び、私は持てる力の限りを活かしている」

 あの頃に適わなかった自分の意思で、足で動いている。

「ですが、そうすればするほどに」

 心には大きな責任が積み重なっていく。

「私の行動一つで、目の前の命を救えない」

 そんな危うい状況が幾つもあった。

 仲間が危険に晒されることも、自分の命が危機になることも──それらは、傭兵という道を選んだ自由から起こることだ。紛れもなく、選択の自由のうえにある。

「その言葉が、どれほどの重みを持つものなのか。ようやく理解できました」

 カイルはそれに目を見開く。元々、自由を手にしていた人間から思えば、ベリルの環境こそが特別で理解が難しい。

「自由という言葉は、ひどく残酷にも思います」

 その言葉からは、責任の重さを感じられないのですから。

 カイルは、語り終わったベリルを見つめる。

 確かにそうかもしれない。自由という言葉をはき違えずにいる者が、どれ程いるのだろうか。その言葉のうえにのし掛かるものを、どれほどの人間が理解しているのだろうか。

 それは、何もかもが許されること。という意味ではない。

 したい事が出来ること──それが自由。

 そこにはルールがあり、行動には必ず責任が伴う。決して切り離せないものなのに、それをすぐに忘れてしまう。

 言葉もなく見つめるカイルに笑みを浮かべ、

「落ち着いたら一人旅をしてみようと思います」

「おう。それがいい」



 ──しかし、このことがベリルにとって永遠の後悔となる。

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