◆第四章-その重み

*こぼれ落ちないように

 ──東アフリカ某国。無政府状態により争いが止まず、町が分断され取り残された住民の救出をカイルたちは行っていた。

<もうちょい右だ>

「了解」

 ヘッドセットから聞こえてくるカイルの声に、ベリルはライフルの銃口を右に向ける。

 あのあと、アメリカに入るまでの間にカイルはベリルの偽造パスポートなどの手配をした。

 パスポートと出生証明書が出来るまでベリルはカイルの家に閉じこもり、世間についてを学んでいた。

 閉じこもっていたとはいえ、買い物くらいは外に出ている。

 ベリルの場合、偽造というよりも元々なかったものなのだから作成という言い方でも問題はないようにも思われる。

 そうは言っても出身をアメリカにしたのだから、やはり偽造ということになるのだろうか。

 ──無政府状態のため内乱が続いているなかで、カイルたちは逃げ惑う住民を捜索し救出していく。

 あちこちから聞こえる銃声に注意を払いつつ、仲間たちは動き回っていた。カイルのような傭兵は多くは無いが、それなりにはいるようだ。自然と集まった仲間なのか、付き合いは長いらしい。

 ベリルはふと、スナイパーライフルに持ち替えてスコープを覗く。

「十二時の方向、カイルからおよそ二十メートル先に兵士。政府軍ではないようです」

 ベリルからは百メートルほど離れている。十五人ほどの仲間は散り散りに捜索しているため、それらを把握するのは簡単じゃない。

 ベリルの報告でそれぞれ自分がいま、どの位置で何があるのかを把握する。全てを報告してはいられないからだ。

<警戒しててくれ>

「ブルーノが気付かれました。戦闘になっています」

<すまねえ! 見つかった!>

 ベリルの報告と同時にブルーノの声がヘッドセットに響いた。

<ドナートだ! 俺が行く>

 応援に向かう影をスコープで捉え周囲を確認する。すると、近くに隠れている子どもが見えた。

「ドナートの付近に子どもがいます」

 このままでは銃撃に巻き込まれるか敵に見つかる。

<誰かいけるか>

<すまん! ちょっと無理だ>

<こっちも無理っぽい>

 カイルの問いかけに、どの仲間も苦戦していることが窺える反応が返ってくる。近くにいるドナートは交戦中で身動きがとれない。

<頼む>

「警戒は個々で行ってください」

 カイルの指示にベリルはそう応え、その場から離れて子どもがいる場所に向かった。瓦礫の中を駆けるのは難しく、加えて敵がどこから攻撃してくるか解らない。

 国民の命を救うための行動であるだけに政府軍と名乗る組織からはある程度、カイルたちを支援はしてくれる。

 それでも微々たるもので、敵と間違えて撃たれても文句は言うなと暗に示されていた。今に始まったことでもない返答に、カイルたちが躊躇うことはない。

 当初、弟子になりたての頃は連れてきてはもらえなかった戦場に一年が経ち、ようやく戦力として加わっている。

 今回は特に重要な位置を任された。全体の指揮を行うのはカイルだが、ベリルはその補佐的な役割にある。

 何度目かの戦場に、カイルは任せられると判断してのことだ。

 鍛えた体は引き締まり、整った顔立ちに相応しく全体の美しさをこれでもかと伝えている。もちろん、本人にその自覚はあまり見られない。

 元々、戦闘の知識があったベリルだが、それだけで傭兵として成り立つものではない。

 弟子をとらないカイルが弟子をとった事と、ベリルの的確な行動とその戦闘センスとが仲間たちの注目を集めていた。

 ──スコープで見た子どもは栗色の髪を肩まで伸ばした少女で、かなり怯えていた。おそらくは十歳未満だろう。

 家族とはぐれたのだろうか、一刻も早く助け出さなければ。

「まずいな」

 戦火は確実に広がっている。

 仲間が戦ってくれているおかげか敵に出会うことがなく、スコープで確認した少女がいた場所はもうすぐだ。

 瓦礫を避けながら周囲を見回し、少女の姿を捉えて駆け寄る。少女は確認した場所から少しも動いてはいなかった。

[ひっ!?]

 ベリルの影に小さく叫び、体を強ばらせる。

 淡いピンクのワンピースは薄汚れ、あちこちが破れて足や腕には幾つも擦り傷と切り傷がついている。

 ベリルは少女を怖がらせないようにと笑みを浮かべ、ゆっくりとしゃがみ込んで胸のリボンを結び直した。

[大事ないか]

 ベリルの声に緊張が解けたのか、少女は顔をくしゃくしゃにしてその胸に飛び込んだ。

 転けたのだろうか、少女の膝から血が流れていた。ベリルは持っていたバンダナを取り出し、女の子の膝に軽く巻き付けた。

 藍色のバンダナが気に入ったのか、少しの笑みを見せるが未だ泣き止む気配はない。

[ここから離れよう。いいね]

 少女は泣きじゃくりながら頷いた。しかし、その足は震えて走れそうにはない。小さな子どもが走るには足元もままならない。

 ベリルは少女を抱えて注意深くその場から遠ざかる。

 まだ早い──そう感じた刹那、ぴたりと足を止めると右から眼前を銃弾が横切りコンクリートの壁に無数の穴を空けた。

[首にしがみつけ!]

 その声に少女はベリルの首に必死に腕を回した。ベリルは少女を守るように敵に背を向けながらハンドガンを手にして、その頭を狙う。

 何発目かで額に命中し、走りやすい地面を探して駆け出す。走りながら確認すると、少女には当たっていないようで安堵した。

「ベリル! 無事か!」

 なんとか戦闘から脱したカイルがヘッドセットに声を張る。互いの戦力が一時的に衰えたのか、耳に届く爆音も減ってきている。

 他の仲間もランデブーポイントに急ぐと、ベリルが少女を抱きかかえて立ち尽くしていた。

「ベリル」

 その光景に、カイルは思わず息を呑む。

 まるで、こぼれ落ちようとする命をすくい上げるために、懸命に抱きしめているように見えた。

「血だらけじゃねえか」

 背中を叩き、ひとまずの戦闘の終わりを告げる。

 そのときに浮かべたベリルの笑みは、いつまでもカイルの記憶に残るものとなった。

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