*そのときまで

 お互いに寝付けなかったが向こうを向いて膝を折り、まるまって静かな寝息を立て始めたベリルの背中をカイルは見つめた。

 緊張の糸が切れたこともあるのだろう。出会った頃の苦悩した様子はない。

「いやしかし、狭い」

 ガタイの良いカイルは起こさないようにと、なるべくがわあおりに寄る。

 なんとなくこっちが遠慮してしまうのは、やはり少年に起こった出来事を聞いたせいだろう。

 まるまって寝るのは元々の性格によるものなのか、精神的なものなのかは解らない。

 ──寝付いたことを確認し、ベリルの言葉を反芻はんすうするため目を閉じる。話のあとカイルはさりげなく、待っていれば国の人間が来たんじゃないか。と問いかけてみた。

「ええ、そうでしょう」

 そう応え目を伏せて次の言葉を探す。

 迎えが来れば、再び研究が始まるかもしくは、死ぬまで外に出ることはないだろう。襲撃を受けたことで、研究データ流出の危険性を問題視し、危険だと判断されれば殺されるかもしれない。

 しかれど、そのどれもがベリルをその場所から引き離す理由ではなかった。

「触れたいと思う世界が、目の前に広がっていると気付いたとき──」

 私の足は施設から遠ざかっていた。

「施設から離れれば離れるほど、心は躍りました」

 それでも、すぐに連れ戻されるかもしれないという恐怖が立ち、捜索を困難にするために森の中を動き回った。

 まだ少し、もう少し先を見たい。あと数メートル、あと数十メートル。もっと、もっと遠くを──

「私は、自分自身で世界を知りたかった」

 画面に映されるものではなく、眼前に広がる世界に手を伸ばしたい。

「この手で、肌で触れたかった」

 ほんの一瞬でもいい。果てしない大地というものをこの目で見てみたい。

「──っ」

 カイルは、閉じたまぶたに力を込める。やはりまだ、全てを信じ切れてはいない。しかし、全てを嘘とも思っていない。

 話していた様子から、大体は真実なのだろうと理解はした。信じ切れていないのは、俺にとって、あまりにも非現実的だったからだ。

 一般人からすれば非現実的だと言われてもおかしくはない仕事をしていても、それとはまた違った世界に即、馴染める訳じゃない。

 色々と聞いてはっきりしていることは、こいつは本当に何も憎んではいない。もちろん、襲撃した奴らにはそれなりの怒りや憎しみはあるだろう。

 そいつらを捜し出すすべすら見つからない現状に苛立ちもあるかもしれない。どうにも出来ない今は、考えないようにしているとは言っていた。

 こいつは、自分の生まれも、外に出られなかったことも、そういうものだと割り切って生きてきたんだ。

 自由を手にした今も、国の人間に見つかって迎えが来れば、素直に従う気でいる。

「そんな奴を、放っとける訳ねえだろ」

 小さな背中につぶやいた。

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