*仕事
──走らせる車の窓からは、延々と続くかと思われる小麦畑と草原に牧草地、時折遠方に小さな森を捉えることが出来た。
カイルはベリルを一瞥し、
「怖かったか?」
「いえ、少しだけ」
「そうか」
少しね。返ってきた言葉に薄笑いを浮かべる。それが本当なのか見栄を張っているのか、カイルには計りかねた。
遂行開始直前、ほんの一瞬だがベリルの手が震えていた。目には恐怖とも武者震いともとれる感情を読み取ることは出来たが、どちらが勝っていたのかまでは解らない。
子どもというものは図太くて繊細だ。自分の図々しさを理解しているカイルは、それだけに慎重にならざるを得ない。
「さてと。折角、のんびりしようと思ったら変な邪魔が入った。新たに目的地を決めるとするか」
それに、さしたる反応を見せないベリルをちらりと見やる。
「行きたい所はあるか?」
「私、ですか?」
問いかけられるとは思っていなかったのか、やや驚いた目をした。ベリルにしてみれば、その変な邪魔の一つは自分なのだ。
「なんだ、無いのか?」
「いいえ」
ベリルは一度、外を見やり、
「多すぎて決めかねます」
「言うねぇ」
希望を讃えた瞳に口角を吊り上げる。
こいつは自分の感情を表現するのが下手くそなんだ。それが感情が薄いという印象を持たれてしまう。
いや実際、薄いのかもしれないが。今はまだそれを判断するには早すぎる。
「じゃあ、オーストラリアなんてどうだ?」
「オースト、ラリア」
ベリルはそれに若干、眉を寄せた。
「人種至上主義者がまだ多く存在する国ですね」
「んあ? 俺にはそんなことわかんねえけど、あそこはいいぞ。アボリジニたちの精霊が宿る大地だ」
「精霊──」
思いもかけない返答だったのか、切れ長の目が丸くなる。
「そんなの信じねぇか?」
「いえ、すみません。知っている知識だけで発言しました」
「お前、物知りだね」
「それが仕事でしたから」
「仕事?」
「施設では多くのものを学んでいました」
カイルはそれに目を細める。
未だ心を開いているようには感じられないが、少しずつでも自分なりに何かを見い出そうとしている事が窺える。
ベリルとって、それは辛いことなのか。瞳には複雑な色が見え隠れしていた。
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