*理解

 明かりもなく、差し込む太陽の光で薄暗い室内の気配を探る。別の部屋に続く入り口に銃口を向け、別の仲間が倒れている敵を拘束した。

「お前はこいつらを見張っていろ」

 ケインに指示を受けたベリルは黙って頷き、周囲の気配に気を配りつつ縛られた敵を見やる。年の頃はどの男も二十代後半だろうか。

 この部屋にいた二人が命を落とし、三人ほどが手榴弾の衝撃で倒れていた。ふと、一人の腕から血が流れているのを見つける。

 ハンカチを巻かれた男は驚いて少年を凝視した。そんな男に、ベリルは小さく笑みを見せる。

[どうせ殺すつもりだろう。余計なことをするな]

 憎らしげにつぶやいた言葉で英語圏の人間では無いのだと解った。睨み付ける男を一瞥し、部屋の入り口を見張っている仲間に目を向ける。

「彼らは殺されるのですか?」

「ん? いや。国に強制送還されるんじゃねぇか。この国の人間じゃねぇからな」

 それを聞いた少年は再び男に視線を合わせた。

[あなたがたは強制送還されます。その国の処置は解りませんが、このまま殺される事はありません]

 ベリルは彼らの言葉で説明した。

[俺たちは殺しまくったからな。国に戻されても処刑されて終わりさ]

 別の男が終焉しゅうえんを迎えるような薄笑いを浮かべた。それにベリルは眉を寄せる。

[解っているのなら、何も言う事はありません。しかし、命を奪ってきた罪を理解しているのなら、死を迎えるまでに出来る事があるのではありませんか]

[なんだって?]

 少年の言葉に男たちは目を丸くした。

「おい、あのボウズ。あいつらの言葉を話せるのか」

 様子見と休憩に戻ってきた仲間が驚く、未だ銃声は鳴り止まない。カイルはベリルと拘束されている男を無言で見つめた。

[少年。いくつだ]

[十五です]

 問いかけた男はそれに目を細める。

[俺は五歳のときから戦場で撃ちまくっていた]

 目を伏せて、ささやくように続ける。

[相手の命なんて、考えたことはなかった]

 生き残ることが全て。死んだ奴らが弱かっただけだ。命の重さなんて知らない。それが普通だった。

 長く続く紛争地域では、まだ善悪の区別のつかない子どもを拉致し兵士に育てることもある。

 そういう子どもは、疑問を持たずただ敵を撃ち殺す殺人兵器になる。大人を洗脳するより、子どもを使う方が楽だからという理由で子どもが利用される。

[こんな俺でも、死ぬまでに何か出来るだろうか?]

 彼のように、戦うことに疑問を持つ人間は少ないのかもしれない。

[出来ないはずはありません]

 少年の強い声と眼差しに、男は何も言えずただその瞳を見つめていた。

 今まで人を殺して生きてきた。それを今更、どうしろと言うんだ。このまま国に送られて、そこで処刑されて終わりで構わないんじゃないか。

 しかし、この少年の言うように、最期くらいは何か出来るのだろうか。

 ──そのとき、入り口から銃声が鳴り響く。残っていた敵が壁を盾にして撃ってきた。

「伏せろ!」

 仲間が声を張り上げた瞬間、敵の一人が撃ちながら突入し入り口近くにいた仲間にライフルの銃口を向けた。

 もうだめだと思った瞬間、

[よせ!]

 ベリルは思わず二人の間に割って入った。

「なに!?」

 間に入ったものが子どもということもあり、男は引鉄を絞る指を止めた。どうしてこんな子どもがここにいる。

 ベリルに銃口を向けた男は、躊躇ったためにカイルたちの銃口に囲まれた。もちろん、そのまま引鉄を絞っていれば、カイルたちは容赦なく銃弾を浴びせていただろう。

[どけ]

 ギラついた目でベリルを睨み付けながら、銃口を顔の前にちらつかせる。

[それは出来ません]

[この距離から外すと思っているのか]

 一触即発の状態に誰もが体を強ばらせる。目の前でガキが死んだとあっちゃあ、後味が悪すぎる。

[やめろ。相手は子どもだ]

[お前、何言って──]

 今まで散々、殺してきたのに何を今更。

[もういいじゃないか。俺たちは人を殺しすぎた]

 うなだれる仲間を見た男は、ベリルを睨みつけてライフルを構え直す。

[貴様があいつに何か吹き込んだのか]

[やめろと言ってるんだ]

[今の現状を、良しとは思っていないのでしょう?]

[なんだと?]

[虚しさを感じた事はありませんか]

[知った風なことを!]

 彫りの深い顔に少しの戸惑いが浮かぶ。

 ただ殺せと命じられ、人を殺した。生き残れば貰える報酬に満足し、また次の殺しを命じられる。

 毎日を誰かと戦っていた。どんな奴かも解らない。それが生きていることだと言い聞かせた。それでも、戦場で自分とは違う生き方をしている人間を目にして疑問を持たない訳じゃなかった。

 俺には家族がいるんだと叫んだ男の頭に撃ち込んだときも、何も感じなかった。それが普通だと思っていた。

 しかし成長するにつれ、自分は何をしているんだろうと考えるようになった。

「おい、なんの話をしてるんだ」

 彼らの言葉が解らない仲間がカイルに問いかける。

「さあな」

 ぶっきらぼうに応え、いつでも撃てるようにハンドガンを男の頭に向ける。

 このガキ、闇雲に説教たれてる訳じゃねえ。相手の心の奥にあるくすぶりを感じ取ったんだ。

 カイルは流暢に話すベリルに眉を寄せた。英語にも違和感がなかった。こいつの生まれはどこなんだ。

[貴様──]

 どうせ死ぬなら、このまま誰かを道連れにしたい。しかし、少年の瞳がそれを許さない。まるで、大きな何かに射すくめられたように体は強ばっていた。

 男は憎らしげにベリルを睨み、引鉄にかけている指に力を込める。

「お前、死ぬことが怖くないのか」

「解りません」

 少年の答えに目を見開き、何度か喉の奥から笑みを絞り出したあと溜息を吐いてふいにライフルを下げた。

 それにより、戦闘は一瞬にして終了を迎えた。



 ──ベリルの行動で仲間にも相手にも思ったより死傷者は出なかった。とはいえ、敵の死者は十人ほどになる。現状を考えれば少ない方だ。

 落ち着いた頃、カイルはベリルを呼びつけて表情を険しくした。

「俺が言いたいことは解ってるよな」

「はい」

 いい返事だとカイルは右手を振りかぶる。

「お、おい。そこまでしなくても」

「こいつも解ってるんだしよ」

 仲間から口々になだめの言葉がかけられた。

「おまえら、そんなに子どもに甘かったか?」

 平手打ちをする手が泳ぐ。

 確かに、むやみに命を奪う事は避けられたが少年の勝手な行動は許されるものではない。仲間を危険に晒したことは事実だ。

 ベリルもそれを十分に理解しているため、動かずに殴られるのを待っている。

 何故だ? 何故、こいつはそれを理解出来る。

 実戦は初めてだと言っていた。シミュレーションや学んだ事だけで、どうしてそこまでの場数が踏める。

「はあ~」

 カイルは小さく溜息を吐き出すと、上げた手をベリルの頭に乗せ乱暴にわしわしとなで回した。

「殴らないのですか」

「俺が悪人になる」

 言ってジャンの元に向かった。



 ──撤収作業を終えカイルは車に乗り込んだ。

「どうした。乗らないのか?」

「構いませんか」

「別に悪かないぜ」

 乗って良いものかどうか計りかねていたベリルは、安堵したように口元を緩める。

「おう、ベリル!」

 ジャンの声に振り返ると、投げ渡されたものを目で追い、落とすことなく上手く掴み取った。

「これは」

「お前の報酬」

 笑って指を差し遠ざかっていく。

 手にあるものを見下ろすと、革の鞘に収められた小型のサバイバルナイフだった。

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