◆第二章-火薬と血と仲間

*知りすぎだ

 カイルは、そこを動くなとベリルに言い残し、指揮系統が集まるテントに入った。

「相手は何人だ」

「三十人程度らしい」

 数人いるうちの一人が答える。

「そうか」

 こちらは二十五人と確かに苦しいな。デスクに広がっている建物の見取り図を見下ろしてあごをさする。

「あん?」

 テントから出ると、地べたで廃屋の見取り図を見ている数人のなかにベリルも混じって会話をかわしていた。

「大きいですね」

「だろ。部屋数も多い」

 見知らぬ少年が上からやり取りを見下ろしていたときは驚いたが、カイルが連れてきたと知って男たちは安心したのか、そのまま会話を続けていた。

 一階のエントランスはとても大きく、両側に階段が展開されている。階段真ん中にはパーティでも開く部屋なのか、扉の向こうに大きな空間が設けられていた。

「壁もあちこち崩れていて、使えそうな部屋はほとんどないらしい」

 二階は主に生活空間らしく、南奥には客間があり、そこは角の部屋で窓が二つある。敵が集まっているとすれば寝室かリビングだろうと推測していた。

「窓ガラスは?」

 もっとよく見ようと、ベリルは片膝を突いて見取り図に目を通す。

「全部割れてるって話だ」

 いくつかは板で内側から閉じられているらしい。

「そうですか」

「ガキ。何やってる」

 カイルは違和感なく仲間の中にいるベリルに眉を寄せた。

「地形や建物だけでも把握しておこうと」

 言って立ち上がる。

 動くなと言われていたことを忘れた訳じゃないだろうに、興味が先に立ったのか。好奇心は旺盛のようだ。

「お前、戦場は?」

「初めてです」

 それにしちゃあ、随分と手慣れているというか、場数を踏んでいる感じなんだが。

「シミュレーションを何度か」

 そんなカイルの表情にベリルは説明を加えた。

「ああ、なるほど」

 ──って納得出来ると思うか。そのシミュレーションとやらを、一体どこでやっていたんだ。

 そしてそのシミュレーションをしていた理由はなんだ。

「今から一時間後に決行だ」

 戻ってきたジャンがカイルに決行時間を伝えた。

「夜間ではないのですか?」

 ベリルは怪訝な表情を浮かべて問いかける。基本的には、こういった攻撃は夜間がベストなのだが、一時間後といえば昼を過ぎたあたりだ。

 カイルは、それを知っているベリルに眉間のしわを深く刻む。

「相手の方が俺たち傭兵より、夜間に長けているのさ。でかい家といっても、外に比べりゃ狭いことには変わりない。視界のおぼつかない夜間より、昼間を選んで戦った方が有利だ」

 ジャンの説明でベリルは納得する。

「お前はカイルと同じチームだ」

「解りました」

 カイルたちはBチーム。西からの突入だ。チームリーダーはケイン、歳の頃は三十代後半か黒髪に青い瞳の男だ。左の眉に縦に伸びる傷がある。

 南には玄関のAチームが監視と攻撃を兼ねる。双眼鏡を覗くと、かつては家を取り囲んでいたであろう白い塀の残骸が散乱していた。

 冷静な表情を見せているベリルだが、カイルは少年が緊張している事を読み取り背中を軽く二度叩いた。

「お前は後ろからついてくるだけでいい」

 ベリルはそれに無言で頷いた。

 武装している姿はいっぱしの兵士に見えるものの、まだ少年の面影を残す顔立ちにカイルは目を眇めた。

 ──遂行開始地点まで息を潜めて進み、建物から周囲三十メートルの三カ所で各々がグループごとに集まる。

 どうせ敵は攻撃されることを予測しているのだから、隠れる意味はない。こちらが見ているのなら向こうも見ているだろう。

 腕時計を確認し、決められた時間がきて南のA班以外は一斉に建物に走った。A班はリーダーを務めるため遅れて突入する。

 建物まで二十メートルをきったところで、

「待って!」

「うっ!?」

「なんだ?」

「えっ!?」

 ベリルの制止する声で仲間は立ち止まる。

「どうしたんだ?」

「怖くなったか?」

 ベリルはそんな声には意に介さず、何かを探るように目を眇めた。

「なんだっていうんだ」

 不満げにつぶやいた男の足元に近づいて片膝を突く。何を見ているんだと他の仲間もベリルの視線の先を見やる。

「テグス?」

 金髪に栗色の瞳の、ほっそりとした顔立ちのリッキーが目を凝らすと、男の足に細い糸が少しかかっている事に気がついた。

「動くなよ」

 ようやく事の重大さに気付き、男に手で示す。

「どこにつながっているんだ」

 ゆっくりテグスを辿ると、前方に何かが見えた。

「こいつは……」

 テグスは十メートル先にある、パイナップルという愛称で知られる手榴弾のピンにつながれていた。

「ここでピンが外れて、走ってきた奴にドカンか」

「トラップはいくつある?」

 ケインが問いかける。

「見たところ、これだけだな」

「お手柄だ」

 ケインがベリルの背中を叩く。

「ちょっと待て。ここにトラップがあるってことは、C班は──」

 カイルが発した刹那、

<うわっ!?>

<ぐお!?>

 ヘッドセットから爆発音と仲間の叫び声が響く。

「おい! 大丈夫か?」

<ト、トラップが>

 流れてくる呻き声を聞きながらリッキーは少年を見つめる。

「こいつがいなかったら、俺たちも同じ目に?」

<負傷者はキャンプに戻れ。他は続行だ>

「了解した」

 ヘッドセットから聞こえたジャンの声にリッキーが答え、仲間たちは無言で頷く。トラップを解除し、再び建物に向かって足を進めた。

 カイルは後ろからついてくるベリルを一瞥し、恐れることもなく、さらにトラッブに気がつく度胸は大したものだと驚嘆する。

 焦らずに向かっていると、地面に弾丸の当たる音と同時に小さな土煙が舞った。

「止まれ」

 ケインの声に仲間たちは一斉に出っ張っている地面を探して姿勢を低くした。右側に伏せたカイルはベリルの袖をグイと引っ張り自分の所へ引き寄せる。

「他の場所でも始まってるな」

 ヘッドセットから聞こえてくる音にリッキーは苦い表情を浮かべる。カイルたちは敵の攻撃に、建物まで十メートルほどの所で立ち往生していた。

「止まねえな」

「わざとずらして撃ってやがる」

 にっちもさっちもいかず苛ついている仲間に、ベリルは前方を見やり自分の小銃に目を移す。

「セミオートなら」

 ベリルはつぶやいて、怪訝な顔をしているカイルを見つめると、

「肩を貸してもらえますか」

「おい?」

 眉を寄せるカイルの左肩に銃身を据えると、左目で照準を合わせた。

「お前、左利きなのか?」

「両利きです」

 一、二度深く呼吸して引鉄ひきがねを絞る。

「当たったぞ」

 双眼鏡で覗いていた仲間が倒れた敵を確認する。

「ここで牽制けんせいします。その間に建物へ」

 そうは言っても、子どもである彼を一人、残していく訳にはいかない。仲間たちはどうしたものかと顔を見合わせた。

「俺がついている」

 カイルの言葉に仲間たちは互いに頷いて建物に向かって走った。

「やるじゃないか」

「いえ。手過ぎた真似をしました」

 突然、現れた新米の子どもが他の仲間たちをさしおいて出しゃばる事は、確かに暗黙のルールの中ではあまり良い事じゃない。

 しかし、この状況下ではそれが最良の方法だった。

「お前に戦術を教えた奴は、凄い奴だったのか?」

 ベリルはそれに一瞬、体を強ばらせた。目を伏せるその表情は、どこか愁いを帯びている。

「兵士だったと聞きました」

「ほう」

 なるほど、軍人から手ほどきを受けていたのか。ならば合点がてんがいく。

 軍は団体行動がメインだ。いくら戦術を学んでいようと、俺たちのなかにこうもぴたりと入ってこられる訳がない。

<カイル! もういいぞ>

 聞こえてきた声に、ベリルとカイルは建物に向かって駆けだした。そうして仲間たちと合流し、建物の壁にへばりつく。

「中に入ったチームは?」

「まだだ! やっばり数が足りない」

 カイルの問いかけに仲間が声を張る。一歩遅く到着したB班だが、未だにどのチームも建物内に侵入出来ていない。

「チッ。敵の食料が尽きるのを待った方がよさそうだ」

「飢餓状態の相手は何をするか解りません」

 つぶやいたカイルにベリルは淡々と応える。

「しかし、室内戦にならずには済んだかもしれない」

「敵が重火器を所持している場合、室内戦に持ち込んだ方が、こちらの戦力を大幅に減らされる危険は無くなります」

「お前、言うね」

 確かに、室内で使うには重火器は向かない。敵がそれを持っていないとは言い切れない。

「余計なことを言いました」

「別に怒っちゃいねぇよ」

 ベリルの頭に軽く手を置いた。少年はそれに複雑な表情を見せる。そういう事をされるのに慣れていないような、そんな顔だ。

「中の状況が掴めない」

 カイルたちBチーム、西の班の壁には大きめの窓があるだけで侵入には困難を極める。元々は庭に続く引き戸があったと思われる。それを夫婦から買い取った者の仕業だろうか、コンクリートで強引に窓にしてあるようだ。

 敵を分散させるために四方から攻撃したが、ここからはこちらが不利だ。

 仲間の一人が手榴弾のピンを外して中に投げ入れた。数秒後、爆音と衝撃波が窓から吹き出される。

 ゆっくりのぞき込むと、うずくまっている敵の姿が見えて一人がすかさず中腰になって手のひらを上に手を組み、その上に仲間たちが次々と足を乗せて侵入していく。

 最後にその仲間を引き上げ、カイルたちは侵入に成功した。

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