第3話 「密室の不可解事件」
三 「密室の不可解事件」
次の日(七月二八日)の朝、私はホームズを訪ねた。ホームズは、ちょうど朝食の最中だ
「おはよう、ワトソン。朝早くからご苦労様。いっしょにどうかね?」。
「おはよう、もうすませて来たよ。」
私は近くの安楽椅子に腰を下ろし、葉巻に火をつけながら、サイドテーブルの上のディリー・テレグラフ紙を取った。第1面に、エドワード七世の虫垂炎手術の回復も順調に進んで、来月の九日にウェストミンスター寺院で戴冠式が行われることが決まったことが出ていた。ホームズは、トーストを食べ終わり、ベーコンエッグズを頬ばりながら、
「戴冠式は、はじめ六月二六日の予定だったから、40日以上遅れたわけだ。各国は待ちくたびれただろう。」
私は、新聞記事を見つけて、
「ここに日本のエンペラーの名代、コマツ宮殿下のことが出ているぜ。彼は、六月十九日ロンドン到着、七月一日国王名代の皇太子主催の晩餐会に招かれ、2日間バキンガム宮殿に滞在し、七月三日に皇太子の見送りを受け、ロンドンを離れてパリに行ったらしい。現在はヨーロッパ諸国を歴訪中で、シベリア鉄道経由で帰国するそうだ。」
「それでは事件の時、コマツ宮は不在だったわけだ。フクシマ将軍を除いた随行員は全員同行したのかな?」
ホームズは、そう言ってカレンダーを見た。
「今日は、七月二八日だ。戴冠式まであと13日間しかない。捜査を急がなければならない。」
私は、なぜだいと訊いた。
「戴冠式後は、要職にいるフクシマ将軍はいつまでも英国に滞在できないよ。かといって彼は書類を持たないままではとても帰国できないだろう。下手をすると、彼は責任を取って所決するかもしれない。」
「ええ! まさか、いくらなんでも、そこまではしないだろう?」
「いや、昨日の彼の様子をよく観察したかい? 強く自制していたが、かなり心を高ぶらせていて手が震えていたよ。ニコルソン中将の説明の時などは、自責の念からか、ずっと下を向いていたね。それに、昨夜読んだ 初代駐日公使オールコック卿の著書によると、サムライというのは、命を惜しまないことを美徳と考え、我々西欧人には理解できないほど死を軽視する種族らしい。何か落ち度があると、HARAKIRIというそうだが、すぐ自ら短刀で腹部をえぐって自殺をするそうだ。」
「ああ、聞いたことがあるよ。随分野蛮で非人間的な行為だ。」
私は、ぞっとしながら、あの沈着冷静なフクシマ将軍がそんなことをするとは考えられなかったが、いや、死より名誉を重んじるというサムライの末裔ならやりかねないかな、と思い直した。
ホームズは急いで食事を終えると、私たちは辻馬車を雇い、サヴォイホテルに向かった。ホテルは、テムズ川沿いのトルファルガースクエア、エンバンクメントにあった。正面玄関からドアマンに導かれてフロントに向かおうとすると、ロビーにいた軍服姿の日本人が2人我々に近づき、上官と思われる1人が流暢な英語で話しかけた。
「シャーロック・ホームズ氏とワトソン博士でございましょうか?」
ホームズが答えた。
「はい、ホームズは私です。こちらはワトソン君です。」
彼はお辞儀をして握手を求めて言った。
「私は、日本公使館付駐在武官、陸軍歩兵少佐、宇都宮太郎と申します。こちらは小松宮随行員の西郷従徳歩兵少尉です。本日、お出でいただくことを福島少将からお聞きして、お待ちしておりました。お会いできて光栄です。」
宇都宮少佐は、中肉中背で容姿端正、挙止動作も上品で、いかにも理知的な感じがした。隣の若い少尉は手も足も大きい、角張った顔をしたいかつい大男で、やはりお辞儀をして
握手を求めた。彼は、野太い声でたどたどしい英語を使って、
「部屋までご案内いだします。こちらでごわす。」
彼は、さきに立って歩き出した。我々はあとに続き、エレベーターを使って3階まで上り、3010室に招き入れられた。前室を通って中に入ると、そこは豪華な応接間で、正面の広い窓からテムズ川全体が見渡せた、
中央のソファの前に昨日の福島少将ともう1人の将校が立っていた。福島少将が、随行員の安藤歩兵中佐と紹介した。挨拶が終わると我々はソファを勧められ、福島少将は向かいの安楽椅子に座った。左側の椅子に安藤中佐、右側に宇都宮少佐が腰を下ろした。若い少尉はドア近くの腰掛けに座った。私は、メモのためいつもの黒革張りの手帳とペンを取り出した。福島少将は、我々の訪問を感謝してから、
「関係者はこの4人のほか、あと3人おりまして、公使館付駐在武官の玉井海軍大佐、及び海軍省軍務局の財部海軍少佐、もう一人小松宮使節団随行員の柴陸軍中佐がいます。玉井大佐と財部少佐は本日、ポーツマスに入港している訪問艦隊のほうへ出張中で、柴中佐は公務で現在イギリスを離れております。」と言い、次のように付け加えた。
「陸軍協約書の存在を知っていたのは以上の七人だけです。いずれも軍関係者で、他の随行員の侍従や式部官、侍医の医科大学教授などは知りません。」
「コマツ宮殿下はご存じですか?」とホームズが尋ねた。
「畏れ多い事ですが、宮殿下にはいまだお知らせ申しておりません。陸軍大臣、参謀総長の厳命により、許可が下りるまで、交渉委員とその補佐官、事務に当たる陸軍関係者以外には、誰にも知らせないことになっております。」
このとき、ドアがノックされ、ボーイがお茶を運んで来た。さきほどの少尉がトレイを受け取り、ごつい手でコーヒーの茶碗やタルト、ガラスの器に入った果物などをテーブルに並べた。ホームズはさらに尋ねて、
「紛失した書類をごらんになった方は、フクシマ将軍とウツノミヤ少佐以外にどなたですか?」
宇都宮少佐が、
「書類の管理は実質的には私に任せられていましたので、代わってお答えします。福島閣下と私以外には誰もおりません。駐在武官の玉井大佐と海軍省の財部少佐にも、厳秘ということで陸軍単独の協約書のほうはお見せ申しておりません。ここにいる陸軍の関係者も、不在の柴中佐も含めて3人とも書類そのものは目にしておりません。」
と答えて、ただし、七日の日英陸海軍代表者会議のあと、ロンドンに残った陸軍関係者全員で、翌日の会議の打ち合わせや資料準備などしたため、皆、日本側の要望事項や提案の内容は知っていると断り、次のように付け加えた。
「七日に締結した陸海軍共通協約書の原本2通の内、海軍用の1通は玉井大佐が保管し、陸軍用の1通は私が預かって公使館にもどったあと、いったん武官室の金庫に入れて保管しました。翌八日、もう一度代表者会議の場に持参して、この日新たに締結した陸軍単独の協約書といっしょに書類鞄に入れ、私がホテルまで持参しました。」
福島少将は、その後に続けて
「あとは昨日お話しした通り、もう一度中身を確認の上、書類鞄に施錠し、寝室の戸棚に収納いたしました。それ以降、鞄はこの部屋から出しておりません。紛失までの間、私以外に部屋に立ち入った者は、ホテルのメイドを除くと、随行員の陸軍関係者及び公使館の玉井大佐と宇都宮少佐、海軍省の財部少佐のみです。」
ホームズが尋ねて、
「八日に鞄に入れてから十三日に紛失に気づくまで、書類をご覧になったことはありますか?」
「一度あります。この部屋で九日午後に玉井大佐ら海軍関係者とここにいる宇都宮少佐などで陸海軍共通協約書の日本語翻訳の打ち合わせを行いました。但し、陸軍単独協約書については鞄に入れたままにしておきました。」
私は、横から口を出して言った。
「それでは、九日午後まではあったわけだ。無くなったのはそのあとから十三日の紛失の発覚時までとなる。」
福島少将は、首を振りながら、厳しい表情で重々しく答えた。
「そうなります。」
この後、ホームズは関係者全員の行動を明らかにする事を求めて言った。
「念のために、書類の存在を知っておられる関係者の、九日から十三日までの行動を教えていただきませんか?」
いままで沈黙していた安藤中佐が、
「私は、七日の会議には出席しておりませんが、日本側の準備作業に加わりました。八日の陸軍のみの会議は、歩・騎兵専門委員として会議の前半のみ参加いたしました。会議終了とともに任務が終わったので、翌九日朝、小松宮殿下に随行するためロンドンを離れました。先週ロンドンに至急戻るように命令を受け、昨日ブリュッセルからこちらに到着し、事件を知りました。」
福島少将は、宇都宮少佐のほうを見て説明を促した。
「九日は、先ほど福島閣下がおっしゃった通り、閣下と海軍側の玉井大佐、財部少佐及び私がこの部屋で翻訳の打ち合わせを行いました。翌十日は、閣下は私を同伴の上、午前10時にホテルを立たれ、英国陸軍最高司令官ロバーツ元帥、及びブロード・リック陸軍大臣を表敬訪問されました。十一日は、閣下は午前九時にホテルを出発、ポーツマスにいる訪問艦隊の伊集院少将のもとを訪ね、その日は、巡洋艦浅間に宿泊されました。私は、公使館で終日、執務をしておりました。十二日、閣下は、十日からポーツマスに出張していた玉井大佐と一緒にロンドンにもどられ、私は駅まで迎えて、公使館で閣下と林公使との昼食会に同席しました。午後は武官室で打ち合わせのあと、ホテルまでお送りし、晩餐をともにしてから公使館に戻りました。翌日の朝、閣下が書類の内容を確認しようとした際、紛失に気づかれたのです。」
宇都宮少佐の説明を聞いているうちに、私は思わず口に出して言った。
「そうすると、十一日早朝から十二日夜にかけての間、この部屋は無人だったわけですね?」
福島少将は、
「会議やら視察、表敬などであちこちに出かけますので、よく留守をします。そのため、西郷少尉を留守番としてホテルに常時待機させるようにしておきました。」
宇都宮少佐が、補足して
「西郷少尉に確認したところ、十一日、閣下が出発されたあと、メイドが掃除とベッドメーキングを行ったそうですが、いつものことで不審な点はなかったということです。その日は閣下が留守をするので、彼はとくに気を配っていたそうですが、部屋を訪れる者は一切無かった、ということです。少尉の部屋は閣下の部屋の真向かいにあり、宮内省の若い式部官と相部屋です。この式部官は宮殿下の各国歴訪中は、ロンドンで連絡係命ぜられていました。彼も留守の部屋が多いので、注意していたそうです。」
ホームズは、もう1人のここにおられない中佐の方はいかがですか、と宇都宮少佐に聞いた。
「柴中佐は、宮殿下に随行されるため、安藤中佐に一日遅れて十日早朝ロンドンを出発されました。前日の九日は、王立陸軍士官学校の視察のため、終日お出かけでした。現在は、使節団一行を離れて、フランスの砲工学校視察のためまだ向こうにおられますが、すでに緊急の連絡を送っていますので、用務を終え次第すぐにお戻りになられると思います。」
私は、メモを取りながら、 そうするとサイゴウ少尉を除いて、アンドウ、シバ両中佐とも、十日の10時以降はホテルにはおられなかったのですね?と言って、随行員の中でホテルに残ったのはだれかを訊いた。
宇都宮少佐が西郷少尉になにやら日本語と思われる言葉で話しかけると、彼は立ち上がって少佐に受け答えしていたが、しばらくして我々に向き直り、たどたどしい英語で語った。
「英語があんまりうまくないで、申し訳ないでごわす。お答えいだします。七月三日、宮殿下がご出発なったあと、閣下以外は、安藤中佐殿、柴中佐殿、おい。あとは宮内省の楠式部官が残り申した。そんで公使館の書記生が一人、1日おきに通いで昼間だけホテルに来ちょりました。九日と十日に安藤中佐殿と柴中佐殿が宮殿下の元へ出発されたんで、残っちょるのは、閣下と楠はんとおいだけとなりもうした。十日と十一日に閣下がお出かけに行かれもうしたんで、おいは楠はんと丸三日間ホテルに詰めて留守番して見張ちょりました。ほかにはどっこも行っておりません。」
ホームズはここまで聞くと、それでは部屋を見せてくださいと言って、立ち上がった。福島少将が先に立って、寝室のドアを開けた。中には、豪華なベッドが二つ並んでいて、装飾を施した化粧台、ソファなどが置かれていた。姿見を埋め込んだ壁の横に飾り戸棚があり、福島少将が鍵で観音開きの戸を開けると、中に真新しい黒革製の上等なブリーフケースが入れてあった。鞄はふたを広げて開けるタイプで、鞄の左右に丈夫な皮バンドが通してあって、がっちりと全体を締め付けるようになっていた。ふたは鞄の真ん中の掛け金で止めて鍵をかけ、把手は金具で固定して、極めて堅牢な作りだった。今現在、書類は公使館の金庫に保管してあるので中は空だった。ホームズが鞄を手にとって調べ、私に向かって、英国製で製造業者はホワイトハウスコックスだと言った。
「こういう状態で戸棚に鍵をして、施錠した鞄を入れておきました。鍵は常時持ち歩いていました。紛失に気づいた十三日の朝もこのままの状態で戸棚の中にあり、開けてみると陸軍単独の協約書の書類だけが無くなっていたのです。」
福島少将は、こう言って、ポケットから戸棚の鍵と鞄の鍵らしいものを出して見せた。ホームズは、書類以外は何が入っていたかを聞いた。
「何も入れていません。この鞄は重要書類を保管するため、ロンドンで購入したもので、他には使っていません。」
ホームズは丹念にブリーフケースを調べて、書類の分量や大きさを尋ね、そして、どこで購入したかを聞いた。宇都宮少佐が代わって答えた。
「ボンドストリートの文具・鞄の専門店で私が購入しました。店の名前は確かスマイソンだったと思います。購入は今月の初めでした。」
ホームズは部屋とクローゼットの中とベッドの下をざっと調べ、もとの部屋にもどって今度は念入りに調べ始めた。窓、カーテン、扉、天窓など一つ一つ調べ、ときどき拡大鏡を出してじっくり観察した。床の上に腹ばいになって絨毯の様子を調べたりした。みんなは、じゃまにならぬよう部屋の隅に寄って、興味深そうにホームズの様子を眺めていた。浴室と洗面室に入ったが、こちらはすぐ出てきた。やがて部屋の隅に鍵の掛かった扉を見つけ、ここを開けてほしいと言った。
福島少将が言った。
「そちらは隣の3009号室の部屋に抜ける扉で、普段は鍵がかかっています。鍵は西郷が預かっているはずだが。」
ホームズが、誰の部屋かと聞くと、少尉が少しあわてて、おどおどした調子で、
「そっちは柴中佐殿の部屋になっちょります。たったいまフランスにおられるけん、おもどりになってから、お調べもうしたらどぎゃんだすか?」
ホームズは、分かりました。そうしましょうとあっさり同意し、少尉に柴中佐が戻ったら連絡してほしいと頼んだ。また、宇都宮少佐に向かって、明日にでも玉井大佐と財部少佐にもお会いしたいと言った。
宇都宮少佐は、ちょっと困った顔して、
「一応、ご希望ということでお伝えしておきますが、玉井大佐のほうはお忙しい方なので会えるかどうか…、」と言って、ともかく伝えことを約束した。
ホームズが、調べは終わったと伝えると、
「お手数をおかけします。今後ともよろしくお願いいたします。」
福島少将は深々と頭を下げた。他の将校たちも同じようにお辞儀をした。
我々は見送りを断り、1階に下りてホテルの支配人に、小松宮使節団の盗難事件で面会を求めた。ホームズの名刺を出していたので、支配人はすぐに現れて、驚いた様子で、と心配そうに言った。
「これは、これは、高名なシャーロック・ホームズ様でございますか。使節団の貴重品盗難事件の事でお調べでしょうか。なんでも金時計やダイアモンド付きの勲章を取られたとか? あの件については、外務省、警察の方で詳しく調べ、当ホテルとは無関係ではないか、と言われておるのでございますが、何か新しい事実が見つかりましたのでしょうか?」
ホームズは、いや、外国の要人なので失礼になってはいけないから、もう一度調べてくれと外務省から依頼されたと言って、部屋係のメイドを呼んでもらった。メイドはすぐに来たが、不安そうな様子だった。
私は、なだめるように言った。
「君を疑って調べにきたのではないのだ。もう一度はじめから調べ直すために君にも来てもらったのだ。盗難が見つかった日のことをもう一度詳しく聞かせてほしい。」
「あの日のことは何度も聞かれてすべてお答えしているのですが、なにを答えたらよろしいのでしょう?」
彼女は安心したらしく、少しいらだった様子で言った。ホームズは、まあまあとなだめて、十一日に、掃除で部屋に入った時のことを詳しく聞き始めた。
「はい、あの日は、3010号室のお客様がお発ちになった後、掃除をしようとスペアキーで鍵を開けていると、すぐ前のお部屋のお客様が出てきて部屋の中に入ってきました。私が掃除をしている間、お部屋の中で見張っているような様子でした。私は、同じ日本の方なので、留守番をしているなと思って気にしませんでした。掃除を終えて外に出ると、その方からチップをいただきました。」
「部屋の中の様子で、何か気のつくことはなかったかい?」
「とくに気がつくことはございませんでした。部屋をきれいに使われる方で、掃除が楽でした。」
「寝室の飾り戸棚の中は掃除したかな?」
「いいえ、しておりません。お客様の滞在中は、クローゼットや戸棚が閉まっている場合、開けないことにしています。お客様の持ち物が入っていますので。」
「君は、隣の3009号室の部屋係もしているのかい?」
「はい、そうです。」
「十一日に、その部屋も掃除をしたかね?」
「いいえ、3009号室は、お客様は十日からしばらくお留守なので、掃除はしておりません。掃除は、十日にお客様が出かけられたあと行いました。」
「十日のいつ頃掃除をしたのかな?」
「確かお客様が朝九時前、トランクを出して、ポーターに運ばせているのを見ました。それで出かけられたと思って、掃除に行きました。当分留守にされることを聞いていましたので、部屋のカーテンなども全部締めておきました。」
「部屋の鍵は掛かっていたかい?」
「はい、掛かっていました。」
ホームズは、ありがとうと言ってメイドを帰した。
そのあと、支配人に、隣の3009号室の部屋の構造と3階の使用状況を聞いた。支配人によると、3009は、3010の控えの間としても使えるように、壁に行き来できる扉がもうけてあり、3階は、偶数番号がメインルーム、奇数番号が控えの間となるよう、すべてがこのような構造となっているといった。
3階は、フロアー全体が七月三日まですべて日本の使節団の貸し切りとなっていたが、小松宮殿下の出発後は、3009、3010、3011、3016の四室を使用中とのことだった。各室の鍵及び控えの間との境の鍵はまとめて使節団に渡しているということで、どの部屋に誰が入っているかは、部屋割りを日本側がしているのでよくわからない、とのことだ。ホームズは、協力を感謝し、必要なときにはまたお伺いすると言って、ホテルを引き上げた。調査を終えて、ベイカー街に戻る途中、私は、ホームズに言った。
「正面の扉からの侵入は目立つし、それに向かいの部屋に留守番がいて、常に見張っているからやりにくいだろう。隣の室からの侵入は、合い鍵さえあれば十分考えられるね。両方の部屋とも留守でいないのだからやりやすいと思う。ただ、鍵のかかった鞄から、鍵なしでどうやって書類だけ取り出したのだろう。やはり合い鍵を使ったのかな?」
「いろいろの可能性が考えられる。ともかく、捜査の方向は2つある。一つは犯行の手口の解明だ。もう一つは犯人の割り出しだが、そのため書類を盗む動機を持つ者を洗わなければならない。」
下宿に戻り、ハドソン夫人のすばらしいキドニーパイの昼食を取ったあと、2人で今日の調査結果をもう一度整理した。一段落してホームズは、今日はこれくらいにしようと言って、
「明日は、僕1人で調査するので、君は医院の仕事をしてくれたまえ。明後日、午後からでも来てくれたら助かるよ。」
私は、了解して自宅に帰った。
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