異世界人を保護する法律と美女

中野莉央@Kindleで電子書籍化はじめ

第1話

「ここ……。どこだよ……」


 学校の帰り道で、気が付けば明らかにいつもの帰路じゃない。つーか、鬱蒼とした森の中だ。突然のことに途方に暮れていると草陰から、立派な角がはえた鮮やかな青色の鹿が姿をあらわす。青鹿は俺を見るなり、敵意むき出しで睨み付けてきた。


「ひっ!」


 とっさの事に固まっていたら、青鹿は俺を攻撃すべく突進して来た。恐怖のあまり、思わず目を閉じると突如、周囲の空気を切り裂く轟音が二度響いた。恐る恐るまぶたを開くと青鹿は俺の目の前で、血を流しながらバタリと地面に倒れた。


「あわわわわ……」


 突然の出来事に仰天していたら、背後からガサリと音がした。慌てて音のした方を向けば、燃えるような美しく長い赤髪、輝く緋色の瞳。豊満な胸元が強調されるようなピチピチのシャツ。大胆なスリットが入ったミニスカートにブーツという、セクシーかつ露出度高め、スタイル抜群お姉さんが猟銃を片手に現れた。


「アンタ、この森に丸腰で入るなんて自殺志願者?」


「い、いえ……。自殺志願者じゃないです!」


 俺は戸惑いながら、セクシーなお姉さんに事情を話した。


「ああー。そういえば、見慣れない服装だしアンタ、あれね。異世界からやって来た迷い人ね?」


「へ?」


 お姉さんの話によるとこの世界にはたびたび地球から、こっちに迷い込む人間がいるらしい。


「まぁ、こんな森の中で長話もなんだからウチに来なさいよ。ちょうど青鹿が狩れたし。アンタ、荷物持ち位は出来るでしょ?」


「あ、ハイ」


「アタシの名前はキイラ。よろしくね」



 キイラお姉さんは腰に差してあった短刀で青鹿の血抜きをした後、手際よく鹿の解体を始める。血の臭いが辺りに漂うが、何とか我慢して見守る。


 普通の肉部分はともかく、鹿の腹に切り込みを入れた瞬間、血と共に不気味な青い内臓が飛び出す。それを見た瞬間、グロテスク過ぎて顔が引きつる。思わず自分の口に手を当てるが「うっ!」と声が出てしまった。


 顔色を悪くしてる俺を見て、お姉さんは「異世界の男は軟弱ねぇ~」などと呆れ果てながら作業を続け、肉をブロックごとに切り分けていく。


 もう完全にキイラお姉さんのペースで、言われるままに解体した肉を持たされ、お姉さんの家である森の丸太小屋にたどり着いた。



「先に、肉を料理するわ。食べられない分は塩漬けにするから、アンタも手伝いなさい」


「は、ハイ」


 お姉さんの指示通り、鹿肉を塩漬けにするのを手伝った俺は、狩りたての青鹿肉で作った鹿鍋をごちそうになった。


「このお肉、美味しいですね!」


「そうでしょ~? この青鹿肉は絶品でしょ?」 


「はい。見た目があんな鮮やかな青色だけど、肉はものすごくジューシーで甘みがある!」


「青色の見た目が毒々しいから、食べないって連中もいるけど、バカよね?」


 セクシーなキイラお姉さんは、笑いながら美しい赤髪をかき上げ、上機嫌で青鹿鍋を平らげた。


「それで、異世界から迷い込んできたアンタの事だけど……」


「はい……」


「この国は、よく異世界人が迷い込んでくるから、ちょうど、この前、異世界人保護法ってのが出来てね……」


「異世界人保護法?」


「以前は、異世界の人間を捕まえて人買いに売り飛ばしたり、奴隷にしたりって事が頻繁にあったのよ」


「奴隷……」


 そんな世界なのかと、ドン引きする俺にキイラさんは苦笑する。


「あー。今は大丈夫よ。……ちょっと前に異世界から迷い込んだ女と、この国の王様が恋仲になっちゃってね」


「こ、恋仲?」


「そうよ~。アンタ運が良かったわね。つい先日『何も知らない異世界人を虐待、売買、殺害等すれば厳罰に処す』って法律が出来たのよ。……ある意味、私たちより保護されてるわよ」


「よ、よかった……」


 ホッと胸をなで下ろした俺に、キイラさんは呟く。


「でも、まぁ。ちゃんと働かないとね」


「え?」


「当たり前でしょ~。働かざる者、食うべからずよ~」


 腕を組んだキイラさんの豊満な胸元が強調されたのを、できるだけガン見しないよう配慮しながら、おずおずと尋ねる。


「あの……。元の世界に戻る方法は?」


「んなもん、無いわよ!」


 ガックリと肩を落とした俺だったが、確かにお世話になりっぱなしで、ただ飯を食らい続ける訳にもいかないので、キイラお姉さんの案内で街に降りて職を探す事となった。役所で異世界人としての登録を済ます。そして身分証明兼、貯金も管理できるカードを手に入れた。


「第一発見者のアタシが、身元保証人になってあげるんだから、ありがたく思いなさい!」


「えっと、よく分からないけど、ありがとうございます……」


「まぁ、アタシにもメリットがあるから良いわよ」


「え?」


「とにかく、仕事探しましょ? アンタ何が出来るの?」


「え、えっと……」




 そんな感じで、俺が異世界に迷い込んで早くも3年が経とうとしていた。異世界に来たからと言って普通の日本人である俺にチートな能力がある訳もなく、何とか普通の就職先を見つけてコツコツお金を貯めた。


 俺が元いた世界と同じように親切な人もいれば、悪い人もいた。常識を知らない俺を騙して、金を巻き上げようと企む奴もいたが異世界人保護法のおかげで、何度も難を逃れる事ができた。この法律を作ってくれた国王には本当に感謝だ。


 キイラお姉さんには、あれから折に触れ、近況報告がてら街で買った手土産を持って会いに行った。異世界人は保証人に対して、定期的に近況報告をする義務がある。というのは建前で、俺は近況報告を理由にキイラお姉さんに会うのをいつも楽しみにしていた。



 豪快で明るく、美人なキイラお姉さんに対して、俺は密かに恋心を抱いていた。初めての異世界で、打算抜きで俺を助けて、身元保証人になってくれた。


 俺がこの世界に来たのはお姉さんに会う為……。いや、この国の王様が異世界人の女性と恋に落ちたように、俺はキイラお姉さんと結ばれる為、この世界へ来たに違いない……。


 意を決した俺は、キイラお姉さんが住む山小屋に向かっていた。いつも通り、笑顔で迎え入れてくれたお姉さんに求婚する。



「あの、初めて会った時から、ずっと好きだったんだ! 異世界人の俺じゃあ、頼りないと思うかもしれないけど……。け、結婚してほしいんだ!」


「……。んー。アンタ、貯金どの位?」


「え? えっと、カードに金額が、これだけだけど」


 貯蓄残高が分かるように、カードを見せながら俺は思った。プロポーズして開口一番、お金のことを聞かれるとは想像してなかったので少々、面食らったが女性は男より現実的だっていうし、まして俺は異世界人。金銭面で不安が大きいのは仕方ない事なのかも知れない。


 無茶苦茶、金持ちという訳ではないが、こちらに来てから無駄遣いする事無く、いつかキイラお姉さんと幸せな家庭を築く為の資金だと思って一生懸命、貯めてきた。果たして彼女のお眼鏡にはかなうだろうか? 


 俺が不安を抱えながらキイラお姉さんの様子を伺うと、俺のカードの残高を見たキイラお姉さんの瞳が、驚きで見開かれた。


「うわ……。頑張って貯めこんだのねぇ~。そうねぇ……。ずっと土産を持ってきてくれる関係でも良いかと思ってたけど、これで気まずくなって、アンタがここに寄り付かなくなるのも嫌だから入籍しましょうか?」


「ほ、本当……!? やったあ!」



 俺と、キイラお姉さん……。もといキイラは街の役所で婚姻届を出した。この世界の人間と結婚したからには、これ以降は異世界人保護法は適用されず、現地人としての扱いになる。役所の係員に財産は結婚相手と共同になるが良いかと質問された。


 色々、調べたが元の世界に変える方法は無い。愛する人に出会って結婚できたのだし、この世界に骨を埋める覚悟は出来ている。俺は「勿論!」と即答した。


 無事に婚姻届を出した後、俺は街にあった自分の住居を引き払った。これ以降はキイラの山小屋がマイホームとなるのだ。



 キイラは結婚祝いに特別料理を作ると言って、俺が初めてこの世界に来た時に食べた青鹿の小鹿を狩って、丸ごと持ち帰ってくれた。子供の個体の方が肉が柔らかく、美味しいから祝いの日に小鹿を食べるのも納得だ。


 ニコニコと笑顔で包丁を使い、鼻歌を歌いながら小鹿肉を切り分けていくキイラの幸せそうな様子に、こっちまで嬉しくなってくる。


「俺も何か手伝おうか?」


「ああ、そうね……。料理は私一人で大丈夫だから……。悪いけど、外に穴を掘ってもらえるかしら? ゴミ捨て用の穴が、もういっぱいなのよ」


「ああ、なるほど。分かったよ」


「生ゴミに虫が湧くだろうから、ここから少し離れた場所が良いわ」


「了解」


 玄関に立てかけてあったスコップを手にし、彼女の希望通り、離れた場所に穴を掘る。穴がある程度の深さになった所で、キイラが様子を見に来た。


「これ位の深さで良い?」


「う~ん。……まぁ、いいわ。さ、料理が出来たから食べましょう」



 キイラと共に家に帰り、食卓につく。木製テーブルの上には、こんがりとキツネ色に焼きあがったパンと、小鹿肉と野菜の煮込みスープ、小鹿肉のカルパッチョ、そしてもう一品、スパイシーな香りが漂う香辛料がふんだんにまぶされた串焼きが置かれていた。


「あれ、この料理は? 初めて見るけど……」


「それは、青鹿のレバー。肝臓よ」


「肝臓……」


 俺は初めてこの世界に来て、彼女が青鹿を解体する時に、鹿のお腹から飛び出てきた不気味な内臓を思い出して、思わず眉をひそめた。


「内臓はすぐに鮮度が落ちて悪くなっちゃうから、いつもは食べないんだけど……」


「……」


「今日は近くで狩れたし、せっかくの小鹿のレバーですもの。是非、あなたに食べてほしいの! スパイシーで美味しいわよ?」


「う、うん」


 彼女が料理を頬張るのを見て、俺も串焼きを手に取り、一口食べる。柔らかい肉が口の中で、ほろほろと蕩ける。そして、スパイシーな香辛料が食欲を刺激する。俺は味わいながら、ゆっくりと小鹿のレバーを飲み込んだ。


「美味しい!」


「でしょう?」


 彼女は美しい瞳を細め、満足そうに微笑んだ。野菜がたっぷり入った小鹿肉の煮込みスープも、野菜と肉の旨味がよく出ていて、とても美味しく、カルパッチョは柔らかい肉とピクルス、酢、ハーブの相性が抜群だった。


 二人ですべての料理を平らげるとキイラは、おもむろに席を立つ。そして俺の腕に手を絡めた彼女は嬉しそうに「二人で星空が見たいわ」と耳元で囁いた。


 笑顔のキイラに誘われるまま、外に出た。冷たい夜風が気持ち良いと思ったのも束の間。俺と腕を組んだキイラが、ぴったりと寄り添って歩くので、やわらかく豊満なキイラの胸が俺の腕に密着している。


 思わず顔が赤くなってしまうのを、出来る限りのポーカーフェイスで取り繕いながら歩いていく。俺たちは満天の星空の下、二人きりで肩を寄せ合い輝く星々を見ながら語り合った。



「私の料理の腕もなかなかの物だったでしょう?」


「うん。特にレバーの串焼きなんか、スパイシーな味つけが、舌にピリッとして……。あれ?」


「どうしたの?」


「お、おかしいな……。舌だけじゃなく、手が痺れてきた……。あ、足も……」


「……」


 急に手足に痺れを感じた俺は、最初こそ、軽い痺れという症状だったが、嫌な悪寒がどんどん強くなり、強い震えに変わるのに時間はかからず、シロウト目にも体調が悪化する一方で俺は焦りだす。


「うっ! 背中まで痛くなってきた……!」


「ふふ……」


「え?」


「あはは! やっと効いてきたわね!」


「!?」


 俺は全身の痛みに苦しみながら、豹変した彼女の様子に戸惑っていると、キイラは失笑しながら語りだす。


「こっちの世界の常識を知らない、バカな異世界人に教えてあげるわ。青鹿は普通に肉を食べる分には問題ないけど、内臓の青い部分は猛毒なのよ?」


「な、何で?」


「は? ……そもそも、アタシが鹿の一頭も仕留められないような、生っちょろい異世界人と結婚したいなんて思う訳が無いじゃない!」


「な……」


 唖然とする俺にキイラは続ける。


「異世界人保護法さえ無ければ、アンタなんかすぐに人買いに売りたかったけど、あの法律は異世界人を虐待、売買、殺害したのが発覚すれば最悪、死刑だからね」


「……」


「でも、アタシと結婚して、異世界人保護法から外れたアンタは、国の保護対象外……」


「!」


「異世界人じゃなくなったアンタが、どっかで野たれ死んでも、国は探したりしないわ!」


「そんな……」


 俺は手足の痺れと共に、震えが止まらなくなっていた。ガクガクと全身が震え、筋肉が痛み、悲鳴を上げる。バクバクと心臓の音が大きくなり胸をおさえるが、呼吸が苦しくなる一方だ。


「た、助けて……。げ、解毒を……」


「解毒剤は無いわよ」


「!」


「解毒不可能。予防法は青鹿の内臓を食べないこと……。だから、青鹿肉があんなに美味しいのに、食べる人が少ないのよね~」


「そ、そんな……」


「まぁ、アンタが貯めこんだお金は、伴侶となったアタシが使ってあげるから、安心して逝ってね」


 長い髪をかき上げながら、セクシーな赤い唇を三日月形にして笑ったキイラはゆっくりと俺に近づく……。ダラダラと大量の冷や汗をかきながら思い出す……。俺の後ろには、さっき彼女に頼まれて、俺自身が掘った穴があるという事に……。

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