第12話 おっさんたちと涙と笑い。


「とにかく俺は死にたがるやつは嫌いだ」


 かつてジューンが、魔王城で会った妖精女王ティターニアに言った言葉だ。


 そのジューンの亡骸を囲む人々。


 視界いっぱい光に満たされた「禁断の地」に邪悪な影はない。


 クシャナが周りも気にせず鼻水を垂らしながら泣きじゃくり、女魔族エリゴスが沈痛な面持ちでその肩に手を置く。


 ティターン十二神のテミスだけが、悲しそうな顔をしながらも「勇者と言えど人の命は儚い……だから不老化計画をと……」と独りごちた。


 誰もが涙を流し、勇者ジューンの傷一つない亡骸を囲む中、コウガは身を震わせて力なくその骸の横に伏せていた。


「僕のせいで……僕を助けようとして……」


 セイヤーは、そんなコウガに慰めの言葉をかけることが出来ないでいる。それができるのならもっと人付き合いが上手だっただろう。


 そのかわり、セイヤーは神であるデッドエンド氏に詰め寄った。


「勇者の死は覆らない、というのはどういうことだ。なんとしてでも蘇生させてもらいたい」


「それはこの世界のことわりが許さないんですよ。過去の勇者たちもみんなちゃんとお亡くなりになってますよね?」


「今回は例外だろう!? 破壊神と戦ったんだぞ! 本来は創造神である君がやるべきことを!!」


「それが勇者の役割ですからねぇ」


「なに?」


「各王国が魔王討伐のために召喚した、というのはそういうサイクルで召喚するように因果律……つまり運命に働きかけているからです」


 デッドエンド氏は飄々と言い切る。


 その言葉を聞いてジューンの亡骸を囲んでいた面々から夥しい殺気が膨れ上がるが、気にしたふうもなくデッドエンド氏は言葉を続けた。


「勇者本来の役目は魔王退治ではなく、破壊神の破壊活動をある程度までで抑制することです。そして、今回もそれは成されました。前回も前々回も、勇者たちは最終的に破壊神と戦っているのですよ」


「そうなのか?」


 セイヤーが問いかけたのは、妖精女王ティターニアと元骸骨淑女のクラーラだ。


 ティターニアはサテライトキャノンを放つ「月の勇者」を夫にし、クラーラはブラックドラゴンの魔法の神ツィルニトラと戦って破れた勇者と共にいた───どちらも100年前にいた先代の勇者だ。


 他にも次元回廊の中で魔王アルラトゥといちゃこらしながら暮らしている闇の勇者、鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサスもいるが、この場にはいないので話は聞けない。


「そうですね。私の夫は破壊神との戦いで死んで精神体となりました」


 ティターニアは面白くない、という言葉が顔に書いてあるかのように、ふてくされている。


「私の方もそうだと聞いてます。私が勇者リーヘーと仲間になったのはその後ですから……私と組んでからブラックドラゴンに殺されちゃったんです」


 クラーラはそう言いながらもジューンの亡骸を見て、ほろほろと涙をこぼす。


「リーヘーのときだってこんなに泣かなかったのに、どうして涙が止まらないんでしょう」


「リーヘーがかわいそうすぎるから泣いてやってくれ」


 セイヤーは憮然と言いながらも、改めてデッドエンド氏に向き直る。


「どうしても蘇生できないのか」


「はい。よくお考えください。神の代行者たる勇者が不老不死だったらどうなると思います? 人の心はうつろいやすいもの……何百年か先、不老不死のあなたは退屈すぎて世界を滅ぼすかも知れない。もしくは世界を作り変えてしまうかも知れない。そんなことはしないと『絶対に』言い切れますか?」


「……」


 絶対などという言葉はない。


 セイヤー自身も、明日の自分がなにをして、どう考えを変えるのかわからないのだから。


「だから勇者は有限なのです。限りある生命だからこそ、私は神の代行権を渡し、ありえないほどの勇者能力を持たせているのです」


「勇者の寿命こそが勇者が暴走したときの保険、ということか」


「そうです。だから勇者が死んでも蘇生は出来ません。過去も今もこれからも、ね」


「………」


「もちろん、勇者ジューンの魂は私がに運び、裕福で平和で安らかな人生を送れるように致しますのでご安心ください」


「元の時代と言ったか? 元のではなく、と!?」


「あれ。お気付きではない? 便宜上と言っているこの世界は、あなた方が生きていた時代の遥か未来なんですよ」


「な……」


 セイヤーばかりか泣き伏していたコウガも驚いて顔をあげる。


「そうでなければギリシア神話の神々の名前がこの世界にあるのはおかしいと思いませんか?」


 デッドエンド氏はティターン十二神を指差したが、指さされた蜘蛛王コイオスたちは「何の話だ?」と首を傾げている。


「あなた方の時代の後、気軽な遺伝子操作、人工擬体の開発、霊子力エネルギーの普及、エターナルマナの発見による魔法力の行使、世界戦争と文明劣化、外宇宙生命体との人類戦争、遺伝子操作によるデミヒューマンの誕生……などいろいろありましてね。正当に地球の未来ですよ、この世界は」


「………」


「そしてこの地は、あなた方の時代で言うところの日本列島の一部、九州という地です」


「はぁ!?」


 九州男児のコウガが驚いて立ち上がる。


「この九州には東西南北に大国がありますが、それらの規模はあなた方の時代であればどこかの市くらいの程度でしょう? ああ、そうそう。あなた方が作った仲の国があるのは、九州の中心付近……高千穂と呼ばれていた地にあります」


「え……この世界、いや、この時代には九州しか存在していないの……?」


 コウガが問いかけると、デッドエンド氏は首を横に振った。


「いいえいいえ。世界はもっと広いですよ。日本列島も健在ですし、もっと大きなユーラシア大陸・アフリカ大陸・南北アメリカ大陸・オーストラリア大陸・南極大陸……多少はあなた方の時代からすると地形は変わっていますが、それでも大きな変化ではありません。たかだか数千年の時間差ですからねぇ。恐竜がいた時代からの変化に比べたら変わっていないと言っても過言ではないでしょうね」


「この地だけが世界のすべてだと思っていたが……」


 セイヤーも驚きを隠せないでいる。


 いつぞや全力の魔法探知で世界を、そして宇宙を探索したことがあったが「目標物を探すための探知」だったので、世界地理は見てはいなかったのだ。


「まだ冒険できるところが山程あるってことか」


 ジューンが言うと、デッドエンド氏は振り返り、


「そうです。だから勇者のみなさんは有意義な余生を送れ……」


 とまで言って硬直した。


 普通に立ち、腕を組みながらふむふむとデッドエンド氏のネタバラシを聞いているジューンを見て、セイヤーとコウガも声と言葉を失っている。


「ジューーーーーーーーーーーン!!」


 わあっ!と人が押し寄せてくる。


「ぐえ」


 クシャナをはじめとするいろんな女たちに抱きつかれ、ジューンは「待て! 圧死する! やめろ、こら!」と必死に抵抗している。


「どういうことですか、これは」


 ジューンの復活はデッドエンド氏の想定外だったのか、ヒース王子の横にいる破壊の女神に顔を向ける。


「私に聞かれても知らんよ。私は破壊専門だから蘇生などしない」


「私ですよ、神さま」


 妖精女王ティターニアは「してやったり」と満面の笑顔を浮かべた。


「どういうことですか?」


「ジューン様と魔王城で会った時、誓いあったんです。『私が死なないんだから、あなたも死なせません』って。そして


「!? 妖精女王の祝福キスですか!!」


 デッドエンド氏が初めて大声を上げる。


「ええ。創造神たるあなたが私に与えた妖精女王の力です」


 元気な時に命の一部を切り離し、それを貯蓄しておく。いざ死にかけた時、死んでしまったときにその生命の一部を戻すことによって蘇る────それが妖精女王の祝福だ。


「もとからあった命を戻しただけですから蘇生ではありません。この世のことわりには抵触しません」


「これはやられました」


 デッドエンド氏はどこか嬉しそうな声色で言う。


「キスなら私も!」


 クシャナやエリゴス、テミスたちがジューンを押し倒す。


「ジューン復活の大騒ぎはいっとき収まりそうにないな」


 セイヤーは満面の笑みで、もみくちゃにされて「助けてくれ!」と叫ぶジューンを見ている。


「心配させやがって、もう!」


 コウガも目元の涙を拭いながら笑う。


 その間、ジューンは「ぎえええ」と叫びながら、幾人もの人の波に飲まれて命の灯を消しそうになっているのだが、おっさんたちは笑いが止まらなかった。

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