第11話 おっさんたちと戦いの結末。
「ジューン?」
コウガは倒れ伏したジューンに震える声で呼びかけたが、ピクリともしない。
眉間を破壊神の銃で撃ち抜かれたジューンはその地面に大量の血の池を作り始めていた。
「ジューン!!」
空で次元回廊を閉じるために魔力を駆使していたセイヤーも叫ぶ。
そのセイヤーは慌てたせいか動揺が激しかったせいか、魔法をうまく操れずに次元回廊の門を閉じきれないでいる。
『ひひ……ひひひ……ひひゃひゃひゃひゃ!!! 殺った! 殺ったぞ! 俺は勇者をぶっ殺してやった!!』
ルーフ・ワーカーが体を仰け反らせながら笑う。
『ふん。創造神どもが俺たちの動きを止めたようだけどよぉ……それもあと数分ってとこだな』
ルーフ・ワーカーは勝ち誇っている。
彼の言う「俺たち」とは、破壊神の力の権化である雲を貫く巨人と、その肉片から生まれた無量大数の悪魔たちのことだ。
『みんな死ね。だが、てめぇら勇者だけは俺の手で殺してやる』
ルーフ・ワーカーは銃口をコウガに向けた。
「……ざけんな」
コウガは噛み締めすぎた唇から血が溢れても、その怒りの眼差しをルーフ・ワーカーから逸らさない。
「ざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突進。それはなんの考えもない突進だ。
ルーフ・ワーカーは勝利を確信し、自ら射程内に入り命中精度を上げてくれるコウガに向けて銃の引き金を引いた。
「くそっ! くそっ! うまく魔力が! ええい!」
セイヤーは焦っていた。
女性と性交渉したら魔法が使えなくなる───ということはなく、ただ動揺して魔法を繰り出せなくなるという「自分の弱さ」に起因するものだとわかった。
そしてそれは女性とは関係なく、ジューンが撃ち殺されたという動揺によっても同じ状態に陥っていた。
『落ち着いてくださいセイヤー様』
エーヴァ王女の声がする。
『そうそう。落ち着いて。助けも来ますから』
侍女のエカテリーナの声も。
『慌ててもいいことはないんですよぉ~♡』
ダークエルフのヒルデ。耳をすませば七戦士たちの応援する声も聞こえてくる。
幻聴か。それとも……。
「力を貸すぞ!」
テミスらティターン十二柱がやってくる。それに続いて魔族のイーサビットたちも。
「魔力を集めろ! 悪魔たちを止めていられるのも僅かだ! 時間がない!」
下でヒース王子が叫んでいる。
「ふっ……あいつは味方なのか敵なのか」
蜘蛛王コイオスが苦笑気味に問いかけるが、誰も応答しない。それどころではないからだ。
「閉じろ」
「閉じろ!」
「閉じろぉぉぉぉ!!」
乱調気味なセイヤーをカバーするように多くの魔力が次元回廊の門を閉じようと集まる。
そして。
閉じていく次元回廊の向こうで、闇の勇者と元魔王が微笑みながら手を振った。
『!?』
ルーフ・ワーカーは唖然となった。
放った破壊神の弾丸は、突如舞い降りてきた黒いドラゴンの体を吹き飛ばし、コウガに当たらなかったのだ。
『旦那さま』
ブラックドラゴン……『魔法の神』と名高い『ツィルニトラ』の孫ジルは、最後にそれだけ言うと長い首を地面に落とした。
『人の子ルーフ・ワーカーよ。お前に救いはないと知れ』
聖竜リィンが憤怒の形相で舞い降りてくる。ほかにも様々な色味を帯びたドラゴンたちがルーフ・ワーカーを囲む。
『ちっ、どいつもこいつもボロボロの傷だらけのトカゲ風情がぁ!!』
再び破壊の銃を放つ。それはドラゴンに向けてではなく、コウガに向けて、だ。
だが、コウガの前に次々とドラゴンたちが立ちふさがり、弾は届かない。
「やめろ! みんな死んじゃうから!! やめろって!!」
コウガが必死に叫んでも、ドラゴンたちはコウガを守ろうと身を挺した。
『人の子コウガよ。これは私達の
聖竜リィンが最後の弾を受ける。
そう。最後の弾を。
『!?』
銃である以上、弾は必要不可欠だ。それがたとえ破壊神の力を宿してものであっても。
それを撃ち尽くした。
銃以外に破壊神の力はなにも持っていないルーフ・ワーカーは、慌てて体のあちこちを弄るが、予備の弾丸などない。
そもそもこの破壊神の力も破壊神の精神体と創造神によって「限定的に封じられている」中、なんとか掻き集めた欠片のようなものであり、それを考えなしに使い切ったのだ。
『ひっ』
ルーフ・ワーカーはいつの間にか眼前にいたコウガの、血眼になった瞳を直視して顔をひきつらせた。
「死んで詫びろや、くそったれが!!」
コウガは自分の拳を、ルーフ・ワーカーの顎先に真横からぶつけた。
忍者家系のDNAに刻み込まれたその動きに、死んでいった仲間たちの英霊が乗り、さらにコウガの勇者特性たる強運も加味され、破壊神と化したルーフ・ワーカーの首の骨は、たった一発のパンチで折れた。
『きゅ……ふ……』
筒から空気が抜けたような言葉になっていない声が漏れ、ルーフ・ワーカーは倒れた。
ルーフ・ワーカーという依代を失った破壊神の力は、ヒース王子の中にいる破壊神の精神体が「いまだ!」とばかりに回収する。
その瞬間、動きを封じられていた雲を突き抜ける巨人の体は光の粒になって散っていく。
その破壊神の肉でこの世に出てきた悪魔たちも消えていく。
視界全体が光の粒に埋もれる中、上空でティターン十二柱や魔族たちが歓声を上げる。次元回廊の門が閉じられたのだ。
セイヤーが必死の形相で舞い降りて来ても、光の粒はわずかにその軌道を乱しただけでこのあたりに充ち満ちている。
「セイヤー、早く死んだみんなを!」
「わかっている! けど、その前に……」
セイヤーはヒース王子を睨みつけた。
「破壊神の力はこいつに宿った」
コウガもヒース王子を睨む。
「え……あれ……そ、そうなのだが……ちょっと破壊神、どうするんですか、これ!」
────どうしたいんだ、バカ王子。
「ち、ちょっとあなたの力を使ってどうにかしようとかいうのはやめです、やめ! あんなふうにはなりたくない!」
首の骨を折られて転がっているルーフ・ワーカーの死体は、破壊神の力と融合した反動なのか、世にも醜い醜悪な人型の肉片になり、ぐすぐずに腐り落ちていく。
────ならば貴様に憑依しておく必要もなかろう。
ヒース王子の体からごっそり力が抜け落ち、彼は白目を剥いて倒れた。
その倒れた背中からゆっくり起き上がったのは、コウガとセイヤーが息を呑むほどの美女だった。
『我が名は破壊神。この世界を破壊せし者……なんだけど、帰るわ』
「「 え 」」
『バランスよね』
破壊の美女は、いつの間にかおっさんたちの横にいたデッドエンド氏に向かってウインクした。
「ええ、バランスですとも。この世界はすでに結構破壊されましたからねぇ。創造と破壊は表裏一体なので、すべてを破壊し尽くしたり際限なく創造し続けたりすることはないのです」
「神々の会話はよく理解できないんだけど! それより、その神の力で死んでしまった者たちを蘇らせてよ!」
コウガが言うと、デッドエンド氏は首を横に振った。
「本来、有機物無機物問わず、失われたものが蘇るのはこの世界の法則に当てはまらないずるなのです。それを神である私がやるわけにはいきません……しかし、あなたは別ですよ」
セイヤーに指先を向ける。
「わかっている。神がやらないのなら私がやるまでだ」
言うや否や、光の粒が舞い散る視界いっぱいに暖かな別の光が広がっていく。
その光の中で死んでいった者たちが、完全に五体満足な状態で起き上がってくる。
おっさんたちの連れの女の子たちが。
各国の兵士たちが。
冒険者たちが。
魔物たちが。
みんな平等に、暖かい光の中で息を吹き返していく。
「しかし……」
デッドエンド氏はまだピクリとも動かないジューンの亡骸を見て顔を背けた。
「勇者の死は覆らない」
ジューンだけが、その蘇生の光の中において、眉間の傷が治っただけで起き上がろうとしなかった。
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