第10話 おっさんたちと捻じ曲げ合う戦い。

 音速の衝撃波を巻き散らして悪魔たちを吹き飛ばしながら飛ぶセイヤーは、自身の周囲にいくつもの巨大な魔法陣を描き、そこから轟音を伴う閃光を放つ。


 呪文名は考えていないが、彼がイメージしたのは「サテライトキャノン」だ。


 いつぞや先代の勇者に取り憑かれていた妖精女王が、その先代勇者の御業を使い、それを「サテライトキャノン」と呼んでいた。


 名が示すような衛星砲撃であるはずがないそれは、太陽光を収集させて放つ、ソーラ・レイのような技だろう。セイヤーはその勇者固有技をイメージし、魔法で再現したのだ。


 聖なる光の拡散した線は、何百、何千という悪魔たちを消滅させて血路を切り開いた。


 それでも悪魔の大群からすると、ほんの僅かな消失に過ぎない。


 次はジューンが「おらああああああああああああ!」と怒声を発しながら大剣を振るう。


 普段の彼なら「いい年したおっさんが……」と恥ずかしがるところだが、今は叫ばないとやっていられない。


 それほど彼の周りで仲間たちが悪魔の軍勢に蹂躙され、悲惨な最期を遂げているのだ。


 あとでセイヤーかデッドエンド氏が蘇生してくれるだろうが、それでも人が惨たらしく死んでいくさまを見せつけられて、冷静でいられるはずもなかった。


 アホみたいに努力を重ねて生み出された剣圧は、真空の刃どころか空間の壁をも吹き飛ばし、切り裂かれた空間の亀裂に身をおいていた悪魔たちは一斉に原子の塵と化した。


『人の子らよ……あとは……頼みましたよ』


 聖竜リィンがどうと倒れ、そこに悪魔たちが群がり血肉を食らう。


「きさんらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 コウガは絶叫しながら悪魔たちに殴りかかる。


 何の力もないコウガのパンチは、悪魔に毛ほどの傷もつけられない────はずだった。


 ビルほどの大きさがある巨大な悪魔の足に当たったパンチは、悪魔の足を吹き飛ばし、その拳閃の直線上にいた悪魔たちも次々に吹き飛ばされる。


 コウガ自身にもなんでそんなことができたのかわからなかった。


 デッドエンド氏はそんなコウガを見守りながら何匹かの悪魔を消滅させ、「ほう」と感嘆の声を漏らす。


 神であるデッドエンド氏には、コウガの背にいくつもの英霊の姿が見えていた。


 この地で死んでいった仲間たちの精神体アストラルが、コウガに力を与えるかのように寄り添っている。


 エフェメラの23人の魔女たちがツーフォーと共に。


 ブラックドラゴンのジルが他のドラゴンたちと共に。


 ミュシャたち冒険者の魂も、コウガと共に。


 目を凝らすと、セイヤーやジューンにも数々の英霊たちが力を貸そうとしている。


 死んでいった女たちが、男たちが、魔物たちが、魔族たちが、みんなして勇者たちを支えようと精神体で集まってくる。


 残念ながらおっさんたちにその姿は見えていないようだが、ジューンにまとわりついてその頬に自分の頬を擦り寄せているのはクシャナだし、空を行くセイヤーの背中に亀の子のようにおぶさっているのはエーヴァ王女にエカテリーナ、そしてヒルデにダークエルフの七戦士たちだ。


「死して尚ですか………ふふふ、破壊神よ、これが生きとし生けるものたちの輝き、生きる力ですよ」


 デッドエンド氏は、防御魔法の中にいるヒース王子を見た。


 ────ふん。私はそれを壊すのが役目。相克とはそういうものだ。


「そうですね。破壊と再生なくして世界は循環しませんから。しかし、この現状は私もあなたも想定外のことわりでしょう?」


 ────否定はせん。私の力を人間ごときに奪われようとはな。


「手を貸しなさい。あなたの破壊神の力を少しの間でも封じるために」


 ────今の私は精神体だぞ? なんの力もない。


「私の力を貸しますとも」


 ────ふん。貸し借りはなしだぞ。


「もちろんです」






 破壊神の動きが止まった。


 そして破壊神の肉から生まれた悪魔たちの動きも。


 何事かはわからないが、これは好機。


 セイヤーは天を駆け、次元回廊の門の前に辿り着くことが出来た。


「!?」


 門の向こうに見知った人たちがいた。


 闇の勇者「鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサス」と美しき魔王アルラトゥだ。


 二人はからに出てこようとしている悪魔たちを次元回廊の門の所で抑えていた。


「早く門を閉めろ! 俺たちの愛の巣がこれ以上乱されるのは敵わん!」


「こっちに来ないのか?」


 どういう状況なのかわからず、セイヤーはどこか抜けたような口調で尋ねる。


「こっち側は時間が流れないから俺の体が朽ちることもなく永遠に彼女と一緒にいられる! 悪魔たちはこの次元回廊の中では無力だし、その門さえ閉じてしまえば平和なんだよ! さっさとやれ後輩!」


「なるほど………あなたの墓碑は豪華なものを作っておこう」


「死んでないからな! いいからやれって!!」


『させるかクソッタレ!!』


 聞いただけで吐気がするような憎悪の塊みたいな声が降ってきた。


 それは天を貫くほど巨大な悪魔……破壊神の中から響き、その動きを封じられた破壊神から、小さな小さな欠片が分離して、セイヤーめがけて降ってきた。


「!?」


 ルーフ・ワーカー。


 悪辣のルーフの名も持つ、元冒険者。


「まさかあんなやつが……」


 すっかり忘れていたし、路傍の石ほどの存在感しかない悪人が、まさかこの土壇場でこの世界を破壊しかねない悪事を働いていたとは夢にも思わなかった。


『てめぇらは俺が! 直接! ぶっ殺す!!』


 ルーフ・ワーカーは天空から降下しながら手にした銃を構えた。


 今、なにかわからない力によって止められてしまった破壊神の力……その中でも僅かに、ほんの数欠片だけ動かすことが出来た力を凝縮して作った銃だ。


 たとえ勇者であろうと破壊する。その自信がある銃だ。


 その雰囲気はセイヤーにも伝わった。


 慌てて鑑定魔法を使うと、その銃は「破壊神」と名がついていた。


 数々のバラメーターはすべて振り切れており、備考欄には「撃たれたら勇者でも余裕で死ぬ」と随分ラフな記述があった。


「冗談ではない!!」


「おい後輩、あんなのは後だ! 回廊を閉じろ!」


 鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサスが門のあちら側で悪魔たちを抑えながら叫ぶ。


「あれは下のあの方達に任せて、封印を!」


 魔王アルラトゥに言われて眼下を見ると、ジューンとコウガが駆け寄ってくるところだった。


「ならば……!」


 セイヤーは急降下してくるルーフ・ワーカーに特大の重力波を投げつけた。


『ぶっ!?』


 凄まじいがブラックホールになるまでではない重力を受けたルーフ・ワーカーは、空中にいたセイヤーを通り過ぎて地上に激突した。


 地面に衝撃波が広がり、大地がくぼみ、砂塵が噴水のように立ち上る。


 だが、ルーフ・ワーカーは無傷で立ち上がった。


 その体は一時的に動きを止められている本体と違い、わずかな破壊神の欠片だ……が、どんなに小さくてもそれは創造神と対をなす大いなる神だ。


 たかが人間の勇者風情にどうすることも出来ない高みの存在であることは間違いない。


 しかし勇者たちもただの人間ではない。


 創造神の加護を受け、破壊神を倒す全権を委ねられ、数々の英霊たちに祝福された勇者だ。


 次元回廊の封印に集中しているセイヤーを除き、2対1。悪い勝負ではない。


「早く死んでしまった仲間たちを蘇らせてやりたい。全力で行くぞ」


 ジューンは【吸収剣ドレインブレイド】を構え………驚愕した。


 遅れてやってきた銃声が耳に響くより早く、【吸収剣ドレインブレイド】が根本からへし折れて粉々になったのだ。


「なっ……」


『俺の銃は破壊神の化身。壊せねぇものなんて、ないんだよ!!』


 神々の遺産とも呼べる神器すら破壊する。それはとんでもない力だ。当たれば勇者の鎧たる真紅の衣でも無事ではないだろう。


「コウガ、下がってくれ。あれは本当にやばい」


「しゃーしかったい! 下がるわけなかろうもん!!」


 コウガは仲間たちが死んだことにかなりキレている。怒り心頭なのはジューンも同じだが、それ以上に相対しているルーフ・ワーカーが「やばい」ということも感じ取っているので、コウガよりは冷静だった。


『死ねや』


 ルーフ・ワーカーが勝利を予見して顔を歓喜に歪ませる。


「させるわけなかろうが!!」


 コウガはジューンの予測外の行動をとる────なんと、ジューンの前に飛び出して手を広げたのだ。


 自分の勇者としての強運を信じているから出来る行動。それは正解だった。


 破壊神の力を持った銃から放たれた弾丸は、英霊たちや神の加護など様々な奇跡によって、コウガがまとっているの曲面で上手い具合に弾かれ、周りで硬直している悪魔たちの方に飛んでいった。


『な、なにぃ!?』


 次々に撃ち抜かれた悪魔たちが消滅していき、その弾丸は最期にはルーフ・ワーカーの方に向かった。


『ふざけんじゃねぇ!! 俺様が! 俺様の弾で! やられるものかあああああ!!』


 ルーフ・ワーカーは銃を振り、弾を弾いた。


 コウガの持つ勇者特性「強運」


 どんなに平和に過ごしていても必ず事件に巻き込まれるが、満身創痍であろうとも生き残り、さらにやられた被害は倍にしてやり返すという「因果律すら書き換える力」を、ルーフ・ワーカーはさらに捻じ曲げたのだ。


 弾はまっすぐコウガの方に飛んでいく。


 今度はどんな軌跡もその弾の軌道を捻じ曲げられなかった。


「!」


 人間の動体視力や反応能力では回避できないスピードで弾はコウガに向かう。


 なのに、まるですべての時間がスローモーションのように動いているようだった。


『テメェが捻じ曲げたものを更に俺が捻じ曲げた。つまりはもう捻じ曲げられねぇってことだ!』


 どういう理論なのかわからないが、ルーフ・ワーカーが自慢気に言う。


 弾はゆっくりコウガに迫ってくるが指先を1ミリたりとも動かすことが出来ない。


 コウガが止まっているのではない。


 死の直前、人は時間が止まって見えるという────まさにそれだと確信したコウガは、くそったれ、と思いながらも諦めた。


「くそったれ」


 コウガが思った言葉をそのまま口に吐き出しながら、ジューンは再びコウガの前に飛び出し、弾丸を受けた。


 努力に努力を重ね、アホのような防御力を持っているはずのジューンが、眉間から血を吹き出し、後頭部から鮮血を撒き散らしながらゆっくり倒れていく。


「え……」


 コウガが認識し、嘘だろ、と脳が言葉を紡ぎ出すより早く、頭を撃ち抜かれたジューンの骸は、幾多の英霊たちの悲鳴と共に地面に転がった。

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