第9話 おっさんたちと凄惨な戦場。

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作者:注


文中に凄惨な描写がありますが、この世界は基本的に優しい世界であることを念頭にお読みくださいますよう、お願い致します。

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 おっさんたちが神に命じられた作戦は、倒しても倒しても蘇ってくる悪魔たちが通ってくる「次元回廊の門を閉じる」ということ。


 やり方は次元回廊を生み出すことが出来るセイヤーなら、なんとなくわかるそうだ。


 だが、問題がある。


 次元回廊の門が発生しているのは塔があった場所の上空だし、その塔は倒壊して瓦礫の山になっている。


 そのポイントまで行くには飛行魔法があるセイヤーに頼らざるを得ないのだ。


 だが、流石のセイヤーも、おっさんたちを防御しながら飛行し、悪魔たちを蹴散らしながら、次元回廊も閉じる……というマルチタスクは無理だと判断した。


「魔法は集中力だ。そんなにいっぺんにやることがあっては、私の集中力が保たない!」


 セイヤーはそう言いながらデッドエンド氏をにらみつける。


「神ならどうにかしてもらいたいものだ」


「うーん。神も人の世に降りると、この世界の概念や常識という枷に囚われて完全な力は発揮できないんですよ。そういう意味ならも……なんですけどねぇ」


 アレ。


 天空にそびえ立つ巨大な破壊神のことだ。


 その表皮からは数十メートルクラスの悪魔が分離し、手に掬った砂がこぼれるように地上へと降り注いでくる。


「常識ってなんなんだよ」


 ジューンが憮然とする。


「常識なんてどうにでも書き換えられるのが神様なんじゃないのか!?」


「いやいや、神がルールを破ったらだめですよ。それにこの世のルールをあれだけ逸脱した結果は、どんな形であれアレを追い込みます。問題はそれまでこの世界が………いえ、みなさんが耐えられるか、ということだけですな」


 飄々と言うデッドエンド氏が周りを見渡す。


 おっさんの仲間たちには、神やドラゴンを筆頭に様々な加護が与えられ、悪魔とも対等以上に戦えている。


 だが所詮は多勢に無勢だ。


 無量大数とも言える悪魔が飛来し続ける中、無尽蔵に動けるはずもない。


 早く次元回廊の門を閉じ、二度とこちらに顕現できないようにしてから殲滅しないと、いくら倒しても門から蘇ってくる。それを繰り返していれば仲間たちも倒れていくことは間違いない。


 異世界に来たこのおっさんたちにとって、この地で巡り会えた知り合いを失うことは何よりも耐え難い苦痛だ。


 そればかりはなんとしても避けなければならない。


「わかった。私一人で行く」


 セイヤーは長い髪を後頭部で結んだ。


 それはセイヤーが本気を出すときだけの行為だが、他の二人からは「いい年したおっさんがポニーテールとかやめてくれ」と毎度言われる。


 今回、その二人は口を閉ざしている。


 むしろ髪を結んで本気の目をしているセイヤーを頼もしそうに見ているくらいだ。


「サッと行ってパッとやってスッと帰ってくる」


 ジューンが得意とする擬音会話を真似たセイヤーは、軽く敬礼してみせたが、今まで人付き合いしてこなかったせいか、その敬礼は女子高生が目元でやる「裏ピース」しているような格好になっていた。


 ギリシアでやると「くたばれ」という意味になってしまうらしいピースサインだが、ジューンもコウガもそこには突っ込まないで「おう」「気をつけて」と声を掛ける。二人ともある程度の空気は読むタイプなのだ。


 セイヤーはその場に浮遊する。


「よし、やるか」


 ジューンは大剣を両手で握りしめる。


「僕は……うん、みんながんばれー」


 強運というだけで本人自体になんの力もないコウガは応援することしかない。


「いいねぇ、こういうヒーロー物っぽい展開」


 ジューンが苦笑いしながらこぼした言葉をきっかけに、三人は動いた。











 クシャナ率いるリンド王朝王立魔法局の魔術師達は、悪魔たちを退けるため魔力が枯渇するまで戦い続けた。


 次々に倒れる魔術師たちに魔力回復ポーションを飲ませて救護する「月夜の子猫」商隊のリリイとエレドアたち。


 だが、そんな彼女らの前に、防御魔法を叩き割りながら巨大な悪魔が降り立った。


「させるかあああああああ!!」


 クシャナが前に出て強大な魔法を放つ。彼女が使える最大最強の破壊呪文だ。


 が、それは悪魔の眼前で消失した。


「ここで魔法抵抗マジックレジストするなんて……!」


 まるで道化のような姿形をした悪魔は、にやけたような形をした口から青白い閃光を放つ。


 その光は驚きの声を上げる間もなくクシャナたちを包み、その場所を爆炎の火球に変えた。







「仲の国」のダールマ教ダークエルフ部隊も悪魔たちとの連戦でボロボロ……もう鎧を着ていても着ていなくても変わらないくらい外装は切り裂かれて、全裸に近い有様になっている。


 神の加護を受けているとはいえ、その体も満身創痍ばかり。中には腕を失ったり、半眼を潰されたダークエルフの美女もいる。


 そんな彼女たちでも必死に戦い続けている。もう武器を振るう力が失われていてもおかしくはないのに、精神力だけで体を動かしていた。


 しかし屈強な彼女たちでさえそれなのだ。ただの人であるダールマ教戦闘部隊はとっくの昔に戦力ではなくなり、殆どが救護テント送りか、原型留めない肉片になってそのあたりに散らばっている。


「まだまだ……」


 ヒルデはいつものとした口調を捨て、どこか嘲笑するように笑いながら大斧を振り上げる。


 なんとか一撃振り下ろし、悪魔の首を跳ね飛ばしたその時、悪魔の返り血で汚れた優しげな顔がこわばった。


 首を失った悪魔の体に新たな顔が生まれて、卑猥な笑い声をあげたのだ。


 ダールマ7たる臣下たちの「逃げてください!」という悲鳴のような声が聞こえてきたが、ヒルデはその声に応じることが出来なかった。


 首を失った悪魔に下半身を捕まれて持ち上げられる。


 戦斧でその腕を叩くが距離が近すぎてダメージが通らない。


「!!」


 凄まじい力で握りつぶされたヒルデは、水風船が破裂するような血潮を吹き上げた後、ゴミのようにその場に捨てられた。


 地面に叩きつけられながら、歴戦の将軍だった彼女は理解した。これは死んだ、と。


 ぼやける視界の中で、尽きることなく降り注いでくる悪魔たち。その一体一体が人の手に余る邪神……しかも倒しても倒しても減る様子がない。


 僅かではあっても人の手でその悪魔たちを足止めできている今がすでに奇跡なのだ。


 襲いかかってくる悪魔たちを取りぞけながらダールマ7が集まってくる。


 ヒルデを救うためにその体を盾にして引き裂かれる者もいた。


 悪魔を退けるために自爆する者もいた。


 そんな彼女たちに守られながらこのまま死ぬわけにはいかない。


 まだ死ねない。


 立ち上がろうとするヒルデだが、自慢の筋骨隆々な下半身に力が入らない。握りつぶされ、腰から下はグロテスクな形にねじ曲がっているのだ。


 ダールマ7のダークエルフたちは、ヒルデを守ろうとして悪魔たちの突き出す鋭利な爪や角に引き裂かれていく。


 ずっと自分についてきてくれた臣下たちの血を浴びながら、ヒルデは逃げろ、逃げろと口の中で反芻していた。


 私など置いて逃げてくれ、と。


「に……」


 ヒルデは仲間たちに伸ばした手を伸ばす。


 その腕は首を失った悪魔に掴まれた。


 最後の声もかけさせまいとする邪笑を浮かべる悪魔は、ヒルデを軽々と持ち上げた。






「うわあああああああ」


 ヒルデが首のない悪魔に引き裂かれる光景を目の当たりにした「英雄」たるビッチ田口美澪やヤンキー空城譲介は、絶叫ではなく悲鳴を上げていた。


 そして、その悲鳴は他者のためではなく、自分の身に起きている絶望的な状況で更に声高になる。


「いや……いやあああああ!!」


 ビッチは両腕を悪魔に掴まれ、まるで薄い紙を縦に裂くように、軽々と体を左右に引き裂かれた。


「てめ────」


 ビッチを助けられなかったヤンキーが怒声を発する前に、その頭上から降ってきた悪魔の巨大な足は、彼の体を踏み潰した。


 その悪魔はまるでゴキブリを踏み殺す人間のような、嫌悪を剥き出しにした、実に嫌そうな顔をしていた。






 後方で戦況を見ていた白薔薇の君ティルダと黒百合の君アントニーナは絶望していた。


 本当ならこの時点で撤退を指示するところだ。


 しかし、撤退したところでこの悪魔たちが世界に広がれば人の世界は崩壊することもわかっている。


「ここで死ぬしかないわね」

「そうですわね」


 かつて円卓では反目しあっていた二人の女王はお互いの顔を見合わせて苦笑する。


 王女だった頃には考えられないくらい、酷く汚れた顔………それは悪魔の返り血を浴び、爆発した土煙を浴び、仲間たちの血汗も浴びた結果だ。


 そんな二人のもとに女魔族エリゴス率いるメイドと執事の元暗部たちが集まるが、元いた人数の半分もいない。それに全員満身創痍だ。


「女王たち。戦況報告するわよ」


 女王相手に口調が悪いのは、エリゴスが魔族だからなのではなく、仲の国の女王より勇者の従者である彼女のほうが格上だからである。


 しかしエリゴスも女王たちに対して見下した言い方をしているのではなく「対等の仲間」として接しているからこその口調だった。


「良い知らせは……ないわよね」


 白薔薇の君ティルダが暗い顔をする中、エリゴスは淡々と戦況報告する。


「ディレ帝国のデー・ランジェ新女王率いる虹色騎士団、壊滅。エーヴァ王女率いるエーヴァ商会戦術部隊、壊滅」


 最後の一人まで悪魔に破邪の剣を突きつけていた虹色騎士団は、全員悪魔たちにもてあそばれるように四肢を引き裂かれた。


 特殊車両のエーヴァ商会戦術部隊は、悪魔たちの持つ超常の力を前にしてなんの力も発揮できず、動く棺桶と化した特殊車両の中で蒸され、焦がされ、溶かされた。


「彼らを率いていたデー・ランジェ新女王、エーヴァ王女、侍女のエカテリーナも彼らと運命を共にしたわ……」


「……」

「……」


「ツーフォーとミュシャ率いる冒険者軍団も壊滅。名だたる冒険者たちも全員……」


 ランクAの【漣のグウィネス】が、生前の悩ましいほど肉感的な体の半分を悪魔に喰われながら、糸の切れた人形のように悪魔の巨大な口からぶら下がっている。


勇殺者ブレイブキラー】のミウも、時を止める【微笑みのリサ】も悪魔たちにかじられ、その眼前にオブジェのように置かれているのは、鋭利な触手のような物で貫かれながらも互いに抱き合いながら絶命している【柔らかなエリール】とハンス氏だった。


「……」

「……」


「まだ続ける?」


 エリゴスに問われ、二人の女王は頷いた。


「目を背ける訳にはいかないわ」

「そのとおりよ」


「さすが女王ね。アップレチの天位の剣聖ガーベルドとその婚約者のシルビア率いる騎士団も壊滅」


 彼らのいた地点……そこは今、焼け焦げた岩盤があまりの熱で融解しており、マグマのように地面が沸き立っていた。


 そのズブズブに赤くなった大地に剣聖と婚約者の固く結んだ腕が沈んでいく。


 同じくアップレチの善王エドワードは妖魔をその身に宿していたが、悪魔相手に妖魔などなんの価値もない存在だったらしく、騎士団団長シルベスタ伯と共にすり潰されていた。


 レスリーとリンダの双子騎士も「おほおおおお♡」などと喜びの声を上げる暇もなく、王や剣聖たちと同じむくろとなって転がっている。


「移動要塞ファラリスはもう………」


 エリゴスが報告している最中、爆音がして巨大な要塞が炎の柱に飲み込まれた。


「………クラーラ嬢と、彼女を守っていたリザリアン族も壊滅したわ」


「……」

「……」


「今、悪魔たちとやりあえているのは十色ドラゴンたちと、ジャファリ新皇国の魔族軍、そして妖精族、魔物、そして旧神ティターン十二神だけね。だけど、どの軍勢も、もう保たないわ」


 エリゴスの言葉通りだった。


 神に等しいとされているドラゴンたちは、悪魔に群がられて一匹一匹肉塊と化して地上に落ちてくる。


 聖竜リィンとブラックドラゴンのジルですら、翼をもがれ、血まみれのまま悪魔たちと戦っている。


 デッドエンドオーバーロード率いる魔物の軍勢は、数だけでなんとか悪魔たちとやりあえてはいるが、それでも虫を駆除するかのようにあしらわれていることには変わりない。


 魔族軍はもっと悲惨で、人間の数十倍も種族として強いというのに、人と大差ない扱いで悪魔たちに蹂躙されている。


 新皇帝クリストファーも、イーサビットも自ら前線に立って戦っているが彼らも満身創痍だ。


 唯一悪魔たちを叩き潰しているのがテミスや蜘蛛王コイオス率いる旧神たちだが、たった12の神ではこの無量大数の悪魔を駆除できないでいる。






 ────これは、不味いな。


 ヒース王子の中にいる破壊神の精神体アストラルがうめく。


 ────おい、バカ王子。聞こえているのか?


 聞いていない。


 セイヤーが作ってくれた防御結界の中に、邪神に憑依されて自我を失って立ち尽くしている【マイティーポンティーアックス】と共に匿われているヒース王子は、目の前で繰り広げられている凄惨な惨殺劇に何度も嘔吐していた。


 これは戦争でも戦いでもない。悪魔による虐殺だ。


 ヒース王子でなくてもこの状況を見れば誰もが心を壊して仕方ない。それほど凄惨だった。


 ────聞け、バカ王子。このままだと私が破壊神の力を取り戻すチャンスが永久に失われる。破壊神としては些か不満だが、勇者や神に力を貸してやらんこともない。


「早く! それ、早くやって!」


 ────といっても悪魔は「悪しき神」だから止まった時間の中でも動けるし、あれらを完全に消し去ることは出来ない。せいぜい次元回廊の中に閉じ込めるしかこの場を切り抜ける方法はないのだが、それはお前のようなアホによってこじ開けられてしまったからなぁ。


「僕は開けてない! 開けようとしたけど開けてない! むしろこんなことになるのなら開けるわけがない!!」


 ────うるさい。今の私ができることはこの程度のことだけだ。


 言うや否や、空から降り注ぎ続けていた悪魔たちの流れが止まった。


 ────我が半身たる破壊神の力を抑えてやろう。だが、長くは保たんぞ、勇者ども。

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