第7話 ヒース王子と悪魔軍団。
いつからおっさんたちがここにいたのかはわからない。
そして、今のヒース王子はそこまで思考することもできなくなっていた。
なんせ目の前で「破壊神の神格を得てこの世を支配する」という野望を奪われ、絶望的に巨大な悪魔が生まれたのだ。冷静でいられる方がおかしい。
そんなヒース王子でも「このおっさんたちのありえないほどの力であれば」と心底思う。
「さあ勇者たちよ! あの巨大な悪魔を倒し、破壊神の神格を僕に!」
「何言ってんだボケ」
ジューンは冷たく言い放った。
「どこの勇者が破壊神の力をわざわざ悪者に渡すというのか。少しは考えて喋ったらどうだ」
セイヤーも冷たい。
「けど、このアホ王子が破壊神になってもあれよりは怖くないかもねー」
コウガだけはせせら笑っている。ヒース王子としてはこれが一番癇に障る対応だったが、今この勇者たちと争う意味などないことくらいは理解していた。
おっさんたちを見た瞬間から「こいつらは敵」だとか「勇者は排除対象」だとかいう考えは、頭から消し飛んでいる。
それほどに、この状況を打開できるのは彼らしかいないと思えたし、頼らざるを得ないということを心底思い知った。そして勇者たちがあの巨大な悪魔を倒したら、破壊神をも倒したのと同義……そんな神より強い者たちをどうのこうの出来るはずもない。世界の危機など勇者の掌の上だ。
「頼む。僕のことは置いといて、この状況をどうにかしてくれ」
「いい性格してんな、あんた」
ジューンは苦笑しつつ皮肉たっぷりに言うと、【
聖竜リィンの涙を浴びていたおかげで多少は元に戻ったとは言え、勇者の力は完全に回復しているわけではない。
それがどこまであの巨大な悪魔に通じるか………ジューンは単純に興味と好奇心で挑むつもりだった。
三人のおっさんの中で最大の攻撃力を誇るのはジューンだ。
セイヤーはそれをサポートすべく、ヒース王子が「なんだその魔法は!?」と声を出してしまうほどの強化魔法などをジューンに上書きしていく。
「あのでっかい足、ちょん切っちゃってー」
コウガは声援係だ。
「本気で行くぞ」
ジューンはアホほど努力を重ねて体得した脚力で地を蹴った。
踏みしめた大地はその信じられない摩擦と破壊衝撃によって空洞化し、空気抵抗で真紅の衣を灼熱の赤に塗り替えながらも、ジューンは駆けた。
そして、その亜光速に近いスピードの勢いを殺すことなく、大剣を力一杯振り切る。
時空も次元も吹き飛ばす勢いの一撃は破壊神や悪魔たちの神格を吸い取って巨大化したルーフ・ワーカーの片足を消滅させて然るべき攻撃だった。
だが、消滅したわけではない。足の底の一部の皮膚が削れ取れただけだ。
アリが人間に攻撃したとしたら、今のような状態になる。つまり────チクリとはする。
そのチクリとした痛みが何を引き起こしたのかわからないが、足の一部が細分化して行く。
細分化と言っても、一つ一つが数十メートルクラスの悪魔の化身だ。
それが巨大な悪魔から身を離して襲いかかってきた。その数も尋常ではない。まるで砂をこぼすかのようにくるぶし辺りからバラバラと落ちてくる。
「くそ!! なんだこりゃ! 最悪だ、数が多すぎる!!」
ジューンは渾身の魔術【蝋燭に火をつける魔法】を放ったが、それで消滅できた悪魔はほんの数体だけだった。
「これ一体一体が堕天使アザゼルより強いぞ!! セイヤー頼む!!」
「君が敵わない相手に私ができることなど……!」
セイヤーも限りある魔力を出し惜しむことなく、最大級の攻撃魔法を繰り出すが、結果はジューンとあまり変わらない。
セイヤーには「次元回廊送り」という最強の魔法があるのだが、そもそも次元回廊の扉が開いているので送ったところで舞い戻ってくるだけだ。
「どれもこれも一つ一つが性質の違う悪魔だし、魔法防御力が異常に高い! 回復力も瞬間再生レベル……確かにアザゼルより強いな」
魔法で敵の軍団を鑑定したセイヤーは、半分諦めたような声色になっていた。
おっさんは自分の限界を心得ている。
それを超えても努力するのはジューンのようなレアケースだけなのだ。
「あーぁ。楽しい夢だったなぁ」
コウガにおいては、もう死を覚悟しているようでもある。
「「 お前が一番死なない 」」
ジューンとセイヤーに言われても、強運の勇者は「いや無理」と諦めの境地に入った。
そうしているうちに無量大数の悪魔たちが血肉を持って降り注いでくる。
とある悪魔の攻撃は、セイヤーが張り巡らせた防御魔法を半分以上吹き飛ばした。
とある悪魔の吐息は、空間を歪ませてジューンの真紅の鎧に亀裂を入れた。
とある悪魔の雄叫びは、大地も酸素も吹き飛ばし、重力さえも一瞬奪われた。
そんな超常の攻撃が四方八方からおっさんたちに襲いかかってくる。
ヒース王子と倒れ伏して拘束されている【マイティーポンティーアックス】の三人は、セイヤーの防御結界内だから生きていられるが、一歩でも外に出たら魂ごと塩の柱になって消滅していることだろう。
そして、巨大な悪魔ルーフ・ワーカーも動いた。
空気抵抗で真っ赤に燃えた巨大な指先が空の上から降ってくる。
コウガは心の中で「あー、スペースシャトルが大気圏突入する時ってあんな色で燃えてたなぁ」と漠然と思う。
それほど現実離れした高さから、指が振り下ろされた。
どこの指先なのかはわからないが、その範囲は数キロ……とても逃げられるものではない。
「くそっ!!」
ジューンが叫びながら大剣を振るが、指の落下は止まらない。
「全魔力で防御!!」
セイヤーは残った魔力すべてを投じた防御結界を築いた。
「あー、もう! 神様どうにかしてよ!!」
コウガは神様に文句を言う以外やれることがない。
………だが。
「はいはい、どうにかしますとも」
神様は現れた。
漆黒の衣装と頭巾で身体を覆った、デッドエンドという名前の人間の姿になって。
「「「 神様きたーーーーーーーーーー!! 」」」
三人の歓声と指の落下してくる轟音が重なる。
「大人しくしておいてくださいとお願いしたはずですが、まぁ、するわけないですよねぇ」
心なしか
「そんなことより!! あの指を!!」
ジューンが叫ぶとデッドエンド氏は、絶対覆面の下で「にやり」としたであろう声で「わかっていますとも」と言った。
そして片手を上げる。
それだけで、ドンと世界が揺れた。
見えない力が落下してくる指を受け止め、弾き返したのだ。
「力というのは心技体そろって初めて発揮されるものです。神格だけの力など、心のない身体だけの関係、みたいなものです、はい」
「例えはどうかと思うけど、さすが神様!」
コウガは掛け値なしの大喝采を送った。
だが、状況はあまり変わらない。無量大数の悪魔たちが今もルーフ・ワーカーから細分化して降り注いでくるのだ。
「神様! 呪われて本来の力の半分も出ない俺たちじゃ、あれに勝てない! どうにかできないのか!?」
「そうでしたね。どうにかできますが……どうにかするとこの世界の因果を捻じ曲げてしまうことになるので反動がありますが、いいですか?」
「どんな反動……」
コウガが嫌そうな顔をしたが、ジューンとセイヤーは「構わない」と前に出た。
「今やらなきゃならないのは、アレをどうにかすることだろ」
「後先考えてる場合ではない」
「……ま、そうだよねぇ。こんな優しい世界を壊されてたまるかっての」
コウガも納得したところでデッドエンド氏は頷いた。
「みなさんの呪いを完全に解きます。但し、反動があることだけはご了承ください。あ、それと今更ですがセイヤーさん」
「ん?」
「あなた、童貞じゃないと魔法が使えないって思ってますけど、そんな枷、ないですから」
「なんだって!!!」
「多分女性に不慣れなのに接触されたことで動揺して、魔法がうまく繰り出せなくなってるだけでしょう」
ジューンとコウガがニヤニヤしながらセイヤーを見る。
「これ終わったら合コンしなきゃな」
「うんうん。セイヤーに彼女見つけなきゃ……って、もう王女様とかダークエルフとかいたような気もするけど」
そんな牧歌的な会話を繰り広げている間にも、ルーフ・ワーカーだった悪魔、いや、破壊神から大量の悪魔たちが分離細分化してくる。
「さぁ、いきますよ皆さん!!」
再びデッドエンド氏が手を挙げると、空間のあちこちに転移の魔法陣が生まれた。
「おや。準備が間に合ったようです」
今度のデッドエンド氏は、少し驚いた声を出した。
「「「 !? 」」」
「!!」
おっさんたちが驚き、ヒース王子が唖然とする光景。
それは、おっさんたちがこの異世界で築き上げてきた人と人とのつながり……その集大成が転移してくる光景だった。
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