第4話 ヒース王子と三人の冒険者。
ブランキー・ジェットの町の【マイティーポンティーアックス】はランクCの冒険者三人によるパーティだ。
冒険者は一人で出来ることは限られる。
効率的に良い依頼を受けるにはパーティを組んだほうが効率的だし、安全でもある。
なにより依頼を達成することは冒険者にとって「義務」だ。それを成し遂げるためにパーティを組んでおくことがどれほど有用なのかは、今更語るべきことでもないだろう。
そんな【マイティーポンティーアックス】はリンド王朝のヒース王子に、一日大金貨1枚(約100万円)、目的達成できたら金剛貨を10枚(約10億円)というとてつもない金額で雇われた。
本来ヒース王子はランクA冒険者を求めていたのだが、場末の温泉街にいるはずもなく、しかもおっさん勇者たちに追われていたことも相まって致し方なくこうなった。
【マイティーポンティーアックス】を構成しているのは、リーダーにして筋肉ダルマの
フードを目深にかぶった
重鎧を着込んで大盾を持っている
戦法はシメリノが大盾で敵の攻撃を防ぎ、チトナージャが魔法で敵を翻弄し、好機を見つけたレリモが突撃し、大斧で敵を一撃で葬り去る………このパーティは基本的に魔物を狩ることを得意としている冒険者の集まりだ。
探索任務はチトナージャ頼りになってしまうため、あまり受けていないのだが今回は金が金だ。受けない手はない。
だが、問題もあった。
「はぁ!? 禁断の地ぃ!?」
チトナージャは目深にかぶったフードを跳ね上げ、相手の喉笛に食らいついて肉を食いちぎりそうな肉食獣のような鋭い目つきでヒース王子を睨みつけた。
一行は追手がないことを確認し、険しい森の中で焚き火を作り、足を休めていた。
そこでヒース王子が今回の依頼内容の詳細をようやく明かしたのだが、その内容が「禁断の地の最深部に行くこと」だったので女魔術師が噛み付いたのだ。
「こ、こらチトナージャ。こちらは依頼人だし、王子様だぞ」
盾使いのシメリノは焦ってチトナージャのセリフを止めようとしたが遅かった。
「そんな
この地には冒険者ギルドが設定したいくつもの
聖なる滝と帰らずの森。
砂地獄の平原。
砂漠のオアシス・リアムノエル近くにある「遺跡」
氷に閉ざされた北の山脈。
灼熱の火山地帯。
そして、その中でも群を抜いて危険な場所が「禁断の地」だ。
その地区にいる魔物魔獣の類は、小ネズミ一匹であっても堅牢な三大国家の首都を崩壊させかねないと言われている「化物」なのだ。
豊富な宝石や魔石が入手できるので、かつて何度も軍隊が彼の地に向かったが、ほんの僅かな臆病者しか帰還することは出来なかった。
その臆病者達は、途中で耐えられなくなって引き返してきた者たちだが、賢明であると言い換えても良い。それほどに彼の地は「人が往くには無理がある」場所なのだ。
「安心しろ。魔物も魔獣も僕には近寄れない」
ヒース王子の絶対の自信がどこから来るのかわからないが、三人の冒険者たちはそれを信じるしかない。
『破壊神を宿す僕に対して、知性の低い生き物は近寄れないはずだ……』
確証は、ない。
だが、ここ数日の逃避行で何度か魔物たちを見かけたがあちらのほうが逃げていくのはわかった。なので「破壊神の精神体が宿っているからだ」と勝手に結論づけたのだ。
だが、それは正しい。
創造神の相克たる破壊神の息吹は、動物的本能が強い魔物や魔獣を畏怖させ、恐れ多すぎて近寄らないのだ。
「王家の魔道具かなにかで魔物避けしてくださるんでしょうな?」
リーダーの筋肉ダルマ……もとい、大斧使いレリモが低い声で尋ねる。
「とにかく道中の危険は魔物とかではないことは僕が保証するよ。だけど、一つ問題がある」
「なんです?」
「僕は今、勇者三人に追われている」
「「「 !? 」」」
「彼らは勇者の力を使ってこの世界を己がものにしようとしているんだ。それを止めるためには禁断の地に封じられた『神』を呼び覚まし、あの勇者たちを排除してもらう他にないんだ。いいかい、これは人類とこの世界の存亡をかけた旅なんだ────この目的が達成できたら、報酬はもちろん、君たちは貴族に取り上げると約束しても良い。それほどの大仕事だ」
「禁断の地に神が封じられてるぅ?」
リーダーのレリモは全身の筋肉を隆起させ、眉間にシワを作りながら女魔術師のチトナージャを見た。
「……聞いたことないわよ。禁断の地でしょ? なにがいたっておかしくないというか、あのあたりの魔物が異常に強いのが『神』とやらを守るためだとしたら合点は行く話だけど」
「王子。ご無礼を承知でお尋ねしますが、リンド王朝には禁断の地に神が眠るという確かな情報があるのですか?」
盾使いのシメリノが身を乗り出す。
休んでいても鉄兜を脱がないので表情は全くわからないが、この三人の中では随分と常識人のような言動をしている男で、声色からするとヒース王子と変わらない若者だ。
「あるとも。ただ、勇者たちに追いつかれるより早く彼の地に行く必要があることは理解したね? 君たちが頼りだ。よろしく」
「お、おう」
「仕方ないわね」
「御意に!」
三者三様の返答を聞きながら、ヒース王子は内心では『ふん、粗暴な輩どもめ』と見下していたが、にへら顔には一切そんな感情は浮かべなかった。
禁断の地。
ブランキー・ジェットの町を出てからそう呼ばれる土地まで、約1ヶ月。
勇者たちが追いつくのではないかとこの1ヶ月、まともに眠ることも出来なかった強行軍だった。
荒涼とした大地には、隆起した岩盤と赤く錆びれた土だけがあり、生き物の気配はない。
視界を遮る真っ白な霧………草木の一本もない乾いた大地で、どうしてこれほどの霧が発生するのか理解できない。まだ陽も高いというのに鬱蒼とした霧のせいで、まるで白い暗闇の中にいるようだ。
この地の空気を感じてヒース王子は、まるで高原のピクニックに来たかのように深呼吸する。
勇者たちに追いつかれる前に辿り着けた開放感は、何物にも代えがたい喜びだった。
だが、同行している【マイティーポンティーアックス】の三人は、このあたりに満ちている魔素にやられて呻いている。
「ダンジョンの最深層のほうがましだぜ、こりゃあ……」
リーダーのレリモはそう言いながらも自慢の大斧を構えている。
霧の中から何が飛び出してきてもおかしくはない緊張感から、構えずにいられないのだ。
「だめ……魔素が強すぎて私の探知魔法でも魔物の接近がわからない!」
チトナージャは自分の背丈より大きな杖の先に光の玉を宿して辺りをうかがっている。
「王子、この先のどこにいけばいいのですか」
大盾でヒース王子を守るようにして動くシメリノ。
その三人の動きを滑稽そうに眺めながら、ヒース王子は淀みなく歩いた。
まるでこの霧の中でも見えているかのような足取りだ。
────その先をまっすぐ行け。結界に守られた塔がある。その最上階に次元回廊を解き放つ装置がある。
脳裏に浮かぶ破壊神の言葉に従い、ヒース王子はスタスタ歩く。
その横で大盾持ちが重鎧をガチャガチャ言わせながら歩き、大斧使いが土塊を踏みしめるミシミシという音があり、女魔術師のローブを擦りながら歩くシュッシュッという音がして、テクテクという音もした。
「ん?」
ヒース王子は違和感から足を止めた。
この四人以外の音がある。
改めて冒険者たちの立ち位置を確認する。
ヒース王子が突然足を止めたので警戒しつつも、冒険者たちは全員いる。
そして、いるはずのない五人目もいた。
「こんなところでなにをしておる?」
テクテクと少し小走りで一行についてくるのは、5~6歳くらいの身長しかない、少しふっくらした幼児体型の男の子だった。
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