第3話 おっさんたちは王子を介抱するが逃げられる。

『ふふふ、愚かなおっさんどもめ。僕が本当に酔っ払ったとでも思っているのか』


 ヒース王子がケツの穴おっぴろげの痴態を見せてまで泥酔したをしたのは、あの場から逃れるためだ────と、いうことにしておかないと羞恥心で舌を噛み切りたくなる。


 ────めっちゃ泥酔してたよな?


『うるさい役立たずの破壊神! あの場を切り抜けるにはああでもしないと無理だったんだ!』


 ────私が力を取り戻したら、真っ先に貴様のその矮小な自我を破壊してやろう。


『ふん。僕とお前は一心同体なんだ。そんなことできるものか!』


 ────それはそれとて、早く『禁断の地』に向い、次元回廊の封を解け。それ以外に貴様がこの世を統べる手はないのだぞ。


『簡単に言うな! 禁断の地と言われているくらい危険な場所なんだぞ! 護衛もなしに行けるわけ無いだろうが! 僕がこのブランキー・ジェットの町に来たのは温泉が目的ではない! 冒険者を雇うことが目的なんだ!』


 ────ほう。少しは考えていたのか。


『当然だ』


 ────では、この状況も切り抜けられるな。頑張れよ。


『は?』


 パチリと目を開ける。


 すると、目の前におっさん三人の顔があり、自分を覗き込んでいた。


「お。気がついたみたいだぞ」


 ジューンは「やれやれ」と言いながら徳利ごと煽り始めた。中身は古代の勇者がこの異世界に広めた日本酒もどきだが、なかなかの味わいで、ジューンは大満足の一品である。


「ふむ。私の治癒魔法が効いたのだろう」


 セイヤーは少し赤ら顔でワインを飲み始める。


「てか治癒魔法じゃなくてこういう時って解毒魔法じゃないの? ま、いいけどさ!」


 コウガはエールだ。


 ヒース王子は酒が醒めたせいではなく、状況の悪化を悟って真っ青になった。


 ここはおっさんたちが借りている宿の部屋のようだ。


 誰が借りた部屋なのかはわからないが、とにかく三人揃って部屋で酒盛りをしている。


「お前さんがどうして俺たちを排除したがるのか、今夜はとことん膝を突き合わせて話そうじゃないか」


 ジューンは「飲め」とばかりに自分が口をつけていた徳利を差し出す。元いた世界で部下に対してこれをやれば、立派なアルコールハラスメントとして訴えられそうだ。


「いやいや、まずはトビン侯爵に悪魔を憑依させる方法をどうして君が知っていたのか。それを聞きたいな」


 セイヤーは自分の周りにいくつもの小さな魔法陣の光を浮かべている。魔法に詳しくないヒース王子は、それらがどういう効果のある魔法陣なのかはわからないが、嫌な予感しかしない。


「ちょ、若者をそんなに詰めたらだめでしょうが。ここは僕が」


 コウガがニコニコしながらヒースの手を取り上体を起こす。


「ここで死ぬか洗いざらい話すか、それとも飲むか、選ばしちゃーたい」


 一番たちが悪い。


 ヒース王子は立ち上がり、ひったくるようにしてコウガが飲みかけていたエールの瓶をくわえ、一気に流し込んだ。


「飲むらしいよ」


 にやりとコウガが笑うと、おっさんたちは「よし」と頷いた。要するに酒のつまみとしてこの王子様をおちょくろうという魂胆なのだ。


 おっさんたちにとっては、破壊神も勇者排除も、実のところ眼の前にある酒に比べたら「どうだっていい」話なのだ。


 だが、ヒース王子は酒を流し込んだ勢いで、人生でこれほどのスピードを出したなどないと断言できる早さで部屋から飛び出した。


 風呂上がりでもおっさんたちの優しさで浴衣のようなものを着せてもらえていたので、全裸ではない。


 ただ、下着の類はつけていない。


『僕の部屋まではバレていないはず!』


 ヒース王子は追手がないことを確認しつつ自分の部屋に転がり込み、服と小さな「亜空間収納バッグ」を手に取ると、勢いを殺さず宿から転がりでた。


 このバッグは高名な魔術師が作った魔道具で、これ一つが国家予算の10分の1はするという代物だ。それだけに収納性能は素晴らしく、こんな小さなバッグなのに部屋一杯分の荷物を詰め込める。


 難点は取り出し口以上に大きな荷物は収納できないことだが、この中にはヒース王子の全財産がある。旅路のためには必要不可欠な代物だ。


 おっさんたちの追手がないことを何度も確認しながら路地裏で服を着替え、そのままの脚で冒険者ギルドに駆け込む。


「昨日オーダーした冒険者は見繕えたのか!」


 ギルドの建物に入るなり大声で喚く。勇者排除派を集めた円卓会議でのあの余裕ぶったヒース王子の姿はまるでない。


「あ。はい……ヒース様がご要望されておりましたランクAの冒険者となりますと、そう簡単には……」


 受付嬢はカウンター越しに立ち上がり、軽く会釈しながら応じた。


「BでもCでもかまわない! いますぐに呼べ!」


「そう仰られましても……いまこのフロアにいる冒険者たち以外は出払っておりまして」


「む……」


 ヒース王子はここに来て初めて周りに目をやった。


 筋肉に足が生えて歩いていそうな大男や、フードを目深にかぶった魔術師風の女、重そうな鎧を着込んだ大盾持ち……3人しかいない。


「彼らはこのブランキー・ジェットの町が誇る冒険者チーム【マイティーポンティーアックス】ですが、ランクは全員Cです」


「構わん。彼らを雇う」


「おいおい、ちょっとまってくれよ」


 筋肉ダルマは壁に立てかけていた大斧を肩を担いで前に出てきた。


「俺たち冒険者は仕事を選ぶ権利がある。あんたの身なりからしてどこかの貴族なんだろうが、奴隷じゃねぇんだ。はいそうですかと雇われてやる理由はねぇな」


「僕はリンド王朝のヒース王子だ。王命だと思って従いたまえ」


「はっ! 酒クセェ王子様がいたもんだぜ」


 冒険者たちは吹き出すように笑いだした。


「あの、こちらの方は本当にヒース王子様です」


 ギルドの受付嬢が言うと、ピタリと笑いは止まった。


「無論、報酬も払う。一日大金貨1枚(約100万円)払おう。目的が達成できたら金剛貨を10枚(約10億円)だ」


「ほ、ほんとうか!?」


 それは冒険者を今すぐ辞めて、悠々自適な生活を送れる金額だった。


「君たちの素性は道すがら聞く。急いでいるんだ、行くぞ!」


「お、おう」


 冒険者【マイティーポンティーアックス】の三人は、ヒース王子に押されるがままギルドを出た。











「行ったな」

「ああ、行ったな」

「そりゃ行くよねぇ」


 おっさんたちは、ニヤニヤしながらヒース王子たちの後ろ姿を眺めていた。


「禁断の地とかいうところがどこかわからなかったが、これであのアホ王子が勝手に案内してくれるな」


「ふむ。しかし神様的なデッドエンド氏に大人しくしていろと言われていたような気がするが?」


「大人しく尾行しよう!」


 三人のおっさんたちは、まるでかくれんぼでもしているような『遊び感覚』で、ヒース王子たちの後をのんびりと追いかけた。

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