第9話 閑話・不死王の物語(前編)
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おっさんたちがダンジョンに来るちょっと前の話
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どんな魔物の生態系とも異なり、生命体と呼んでいいのかもわからぬ存在……幻魔。
「魂の採取者」や「冥府の番人」とも呼ばれ、一説によると神に滅ぼされた「旧神」の一神だったのではないかとも言われている。
その幻魔の中でも名を持つものは珍しい。アップレチ王国の地下に巣食っていた幻魔にも名はなかった。
が、彼には名がある。
自分がそう名乗ったことはなかったが、人々が勝手に彼をこう呼んだ────デッドエンドオーバーロード………不死の王、と。
自分がいつ『発生』し、なんのために『存在』するのか、彼は考えたこともない。
ただ、自分が住む玄室を守り、清潔に過ごしたい。それだけだ。
「ちわー、道具屋でーす」
ダンジョン最下層の彼のもとに大きな木箱を運んできたのは、地上の屋台村でもう数十年も商売をしている「バルバロッサ商店」の跡取り娘、ゾフィーだ。
『重かっただろう? ご苦労さま』
デッドエンドオーバーロードが優しく言うと、ゾフィーは「えへへ」と照れ笑いした。
ダンジョンは冒険者と商売人と魔物の共存関係で成り立っている。
冒険者はダンジョンで金目の物を探し、魔物と戦って実力を身につける。
ダンジョンの主はダンジョンの維持に務め、魔物を適切な階層に安定供給する。
商売人は冒険者にアイテムや食事や寝床を提供して財を得る。そしてその財の一部をダンジョンの主に還元する。
その関係性の中で、ゾフィーは地上の屋台村からダンジョン主が前もって発注していた商品を届けに来たのだ。
『ゾフィーちゃん、お茶を飲んでいくかね?」
「あ、いいんすか! あざす!」
元気な娘は木箱をいつもの場所に置くと、ペコペコ頭を下げながらデッドエンドオーバーロードの勧める席に腰掛けた。
全身威厳ある骸骨のローブ姿で、見た目はめちゃくちゃ怖いデッドエンドオーバーロードだが、紳士だ。ゾフィーが席につくときも、ちゃんと椅子を下げる。
格下の商人相手でも「女性は敬うべし」と本当のダンジョン主である女神テミスに強く言われているのもあるが、彼は元々善人なのだ。
このダンジョンの本当の主である女神テミスは、勇者ジューンに惚れ込んでしまい封神されていたはずなのに、いとも簡単に抜け出して旅に出て、またふらっと帰ってきた。
テミス不在のダンジョンを管理するのがデッドエンドオーバーロードの責務であったが、本当ならその役目はテミスに返したい。ところが、テミスから「面倒だからよろしく」と振られてしまい、テミスがいるのに彼がダンジョンを管理しているのだ。
以前、勇者ジューンによって一撃で吹き飛ばされた彼ではあるが、不死の王の名は伊達ではなく、いまではすっかり元の姿を取り戻している。
しかし、ここまで回復するのに相当な時間がかかった。二度と戦いたくはない。
それにデッドエンドオーバーロードが回復するまで、ダンジョンは荒れ放題で
「あ、そうだ。不死王さん!」
バルバロッサ商店の娘ゾフィーは思い出したように姿勢を正した。
『どうしたね?』
「頼まれていた【不実のりんご】なんですけど、ありゃ無理ですよ~。神器みたいなアイテムじゃないですかぁ~」
『ははは、やっぱり駄目だったかい』
「こんな僻地のダンジョン村にある商店で揃えられるもんじゃないっすよ~」
『悪かったね。今日はクッキーもつけよう』
「やった!」
娘は席で背伸びして嬉しそうな顔をする。
こんな恐ろしげな見た目ではあるが、デッドエンドオーバーロードは玄室奥のキッチンでクッキーを焼いたりする。そのときはローブの上からエプロンも身につける凝りようだ。
バルバロッサ商店の娘は、デッドエンドオーバーロードの見た目を全く気にしない気丈な性格をしている。相手が人間であろと魔物であろうと幻魔であろうと、その本質を見て接する生粋の商売人だ。
もう15歳くらいで結婚適齢期だが「いやぁ、いい男っていないもんなんすよぉ」と彼女は笑っていた。
おそらく彼女の、そしてバルバロッサ商店を切り盛りしている両親の御眼鏡に適う相手はなかなかいないだろう。
『そういえばゾフィーちゃん。屋台村の武器屋の
「ちょ! 誰ですか! 不死王さんにそんな事言ったのは!!」
『ふふふ。その
「はぁ!?」
ゾフィーは怪訝な顔をした。
「不死王さんはなんて言ったんすか!?」
『女性の口説き方を幻魔に聞くようじゃ駄目だよ、って追い返したさ』
「さすがっす。ってかナーキの野郎、後で角材の角のところで頭をぶん殴ってやる!」
『まぁまぁ。幼馴染なんだろう? 仲良くしたまえよ』
デッドエンドオーバーロードは温かい紅茶とクッキーをテーブルの上に置いた。
ゾフィーは険しい顔から一変して、えへへとゆるい顔になって、クッキーを一枚口に運んだ。
「! お、美味しい! なにを練り込んでるんですか!?」
『
「へぇ~! けどここじゃ上手く干せないんじゃ?」
『ははは、火魔法ですぐだよ』
「あ、そっか。さすが不死王さんっす! 自分の嫁にしたいっす!」
『幻魔の、しかも男の私を嫁にって………ゾフィーちゃんもその口調をどうにかすれば、あちこちから求婚されると思うんだけどねぇ』
「いやぁ、いらないっす。世の中ろくな男がいないっす。自分ハードル上がりまくってるんで!」
ゾフィーはむしゃこらむしゃこらとクッキーを頬張っている。
『そんなに慌てて食べなくてもまだたくさんあるよ』
「ふぉんふほほぶっ」
『ほらほら、慌てて食べるから口の中の水分持っていかれちゃったんだよ。紅茶をどうぞ』
「ごきゅごきゅごきゅ! あぁ! 紅茶が飲みやすい適温! 不死王さん最高っす!」
『ははは、ごゆっくりどうぞ』
「あ、そうそう。不死王さん。隣の部屋の
『ん? 彼がどうかしたのかい?』
デッドエンドオーバーロードは自分も席に腰掛け、紅茶をカップに注いだ。
二人が同席すると、その体格差が如実にわかる。
骸骨でもゾフィーの倍くらいあるデッドエンドオーバーロードは、角も大きく、とても怖そうに見えるのだ。
が、幼いときから見知っているせいか、ゾフィーは全く気にした風ではない。
「そう。その彼ってのがですねぃ……不死王さんはずっと勘違いしてるんだろうなぁって……」
『どういう意味?』
ゾフィーは言いにくそうにしている。
「実は彼女だという……」
『ぶっ!』
デッドエンドオーバーロードは自分も口に含んでいた紅茶を吹き出した。
『いやいや、ゾフィーちゃん、それはないよ。だって彼はいつも首を持ち歩いているよね? あの首は男性の首だよ?』
「不死王さん、あれ、
『はぁ!?』
「あれって
『基本的にお互い自分の玄室から出ないし……って、いやいや……なんで他人の首なんか持ってるの……』
「伝承でしか知らないんすけど、自分の首が見つかるまでの代役だとか。自分の首が見つかったら成仏するらしいっす」
『そ、そうなの……てか、待って? そんな情報よりすごい情報あったよね? え、女の子なの、あれ』
「貧乳だし、鎧でよくわかんないと思うんすけど、よく見るとわかるっすよ」
『うそ~ん……もう何百、いや、千年近く一緒にいるけど知らなかったよ。今後は態度を改めないといけないね。で、どうして今その話を?』
「
『うそ~ん……』
デッドエンドオーバーロードは、カップを傾け過ぎてドバドバ紅茶をローブに落としているのに気がついていないほど動揺していた。
「あの人、首がなくてしゃべれないじゃないですか? なので商売人的にいろんなコミュニケーションを図ってるわけっす。そして判明したんですがね……ラブなんですって!」
『そ、そうなの……へ、へぇ』
「自分も負けないっす」
『はい?』
「自分にどうして男いないのかわかります? ハードル高過ぎって話さっきしましたよね? あれ、不死王さんを見てきたから男のハードルが上がったんす。つまり、自分は不死王さんこそ基準にして至高なんす!
『なっ……』
このタイミンクで玄室の扉が開いた。
死人の顔だけひょっこり出てきたが、そのあとに鎧姿がぬっと入ってくる。
『!』
「そんなことやってみないとわかんないっす!」
『!!』
「受けて立つっす!」
『えー、通じてるの、その会話……』
デッドエンドオーバーロードを挟んで、道具屋の娘と
そんな折、玄室内に「ぴこーんぴこーん」と警戒音が鳴った。
『む、この最下層に誰か来たようだね。ささ、二人共。勝負はあとにして、とりあえずゾフィーちゃんは一旦地上に戻ってね』
「うーん、仕方ないっす。じゃ、またあとで来るっす!
『!』
『(ほんとに勝負するのか……)』
デッドエンドオーバーロードは少し頭を抱えつつ、
『さて。久しぶりの挑戦者だけど、どれくらいの実力者だろうね』
玄室の扉が開く。
デッドエンドオーバーロードは玉座に座り、挑戦者を待っていた。
『不届きな人間どもよ! 我が前にひ………』
デッドエンドオーバーロードは勇者ジューンと目が合った。
『(え、あれ? また来たのこの人!? ってか
デッドエンドオーバーロードはズサァ!と土下座した。
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