おっさんたちと破滅の王子物語。

第1話 おっさんたちは温泉を楽しむ(前編)。

『おとなしく準備が整うのを待っていてくださいね?』


 デッドエンド氏………に扮したこの世界の「神様」に忠告されたおっさんたちは、対「破壊神」の準備が整うまで待機することにした。


 と言っても、おっさんたちがこの異世界で出来る待機方法なんて「食う」「飲む」「寝る」という、休日のお父さんみたいな行動しかない。


 旨い肴を摘みつつ、美味い酒を飲んで、心地よく寝て過ごす……その「三種の神器」があれば、何の文句もなく待つだろう。


 だが、残念なことにダンジョン周辺にあるテント村では、おっさんたちを満足させる「三種の神器」が揃わない。




 ────というわけで、おっさんたちはダンジョンを離れ一番近い町を目指した。




 普通に考えれば「待っていて」とは「この場から動くな」「余計な行動をとるな」というニュアンスなのだが、おっさんたちには神の意図すら通じなかった。


 馬車竜たる聖竜リィンは十色ドラゴンを集めに。蜘蛛王コイオスとテミスの旧神姉弟は、他のティターン十二神を封印から救い出すために………それぞれが目的を持って離れたので、久しぶりのおっさん三人水入らずの道中だ。


 もちろん、だからといって嬉々とするものではない。


 そもそも生まれも育ちも境遇も違うおっさん三人だし、親友や家族のようにどこまでも相手を信用して接しているわけではない。多少は慣れてきて冗談も言い合える仲ではあるが、とは言え「良識と常識の壁」がある間柄だ。


 そんなおっさんたちだが、辿り着いた町の看板を見て、同時に「ほぉ~!」と、胸の底から声を出す。タイミングも音程もバッチリだった。


 おっさんたちはハモったことを気持ち悪がるより、胸の奥底から這い上がってくる「嬉々とした感情」を抑えられないでいた。


【ようこそブランキー・ジェットの町へ! 温泉とおいしい食事の町】


 ここは温泉街だったのだ。


 温泉────それは日本男児であるおっさんたちの心のオアシス。そして「行きたいとは思うけどなかなか腰が重くて滅多に行かない」場所。さらにいうと最近の深夜アニメでは必ず1クールのどこかに出てくると言われている、あの温泉だ。


「………ラスボスを目の前にして、おっさん三人で温泉回か」


 セイヤーはそう愚痴りながらも、率先して町の門番前に並んでいく。


 余所者が街に入る時は幾ばくかの金を払ったり、犯罪歴がないかなどの身元を確認するのがこの世界のセオリーだ。その点、ランクS冒険者であるおっさんたちは身元が保証されまくっているので心に余裕がある。


「女っ気ないけど、それもまたいいじゃないか」


 ジューンも少し浮足立っている。


「お? ナンパしちゃう?」


 急にパリピ気質を出してきたコウガが言うと、他の二人から「え、めんどくさい」と本気の返答を受ける。


「せっかく連れの女たちとか竜とか蜘蛛とかいないってのに、わざわざナンパとか………」


「お盛んでいいことだ。一人でやりたまえよ」


「ツレナイ」


 コウガも本気で言ったわけではないらしく、にやにやしている。


 そんなおっさんたちが難なく門の検問を通過し、町中に入ると薄く硫黄の匂いが漂ってくる。


 街の真ん中には源泉から引いてきた熱湯の川があり、盛大に湯気を立てて陽炎のような空気を生み出している。


 大きな温泉宿が軒を連ね、食事処や土産物屋も所狭しと並んで客引きにも余念がない。


「温泉まんじゅうはいかがですかー!」

「ブランキーさんがオススメする漬物あります!」

「お土産に木刀はいかがです!?」


「「「 ほ~~~ 」」」


 おっさんたちは、日本の温泉街を思い出してかなり顔をほころばせている。


 それから三人は、あーだこーだと言い合いながらも宿を選ぶ。


 それぞれに泊まりたい宿について主義主張はあるのだが、なにより寝床を重視するコウガが優先権を持つことになった。


 そして決まったのが3104丁目にある「赤い片面太鼓タンバリン亭」という温泉宿だった。


「いいね、悪くない」


 三人の声を代弁するようにジューンが宿を褒める。


 ここは決して日本の温泉宿ではない。町ゆく人々が西洋人顔なのだから、当然のように調度品も宿の作りも、どこを切り取っても西洋風だ。


 だが、この宿にどこか懐かしさを感じるのは「一生懸命に欧米文化を取り入れようと頑張っていた頃の日本」……つまりは明治・大正あたりのモダンな雰囲気があるせいだろう。


 それぞれ別の部屋を確保したおっさんたちは、部屋の中を確認するなり、すぐさま露天風呂に結集する。


 この世界の温泉は基本的に混浴で、家族風呂などはない。


 そして男女ともに風呂に浸かるので、タオルで身体を隠すのがマナーだ。


 が、当然濡れたタオルは透ける。しかし透けて秘部がうっすら見えていたとしても「まともに見えていなければ、よし」とされているらしい。


 このおっさんたちが10代の子供なら、ドキドキしていたことだろう────見られるのも見るのも恥ずかしいお年頃だからだ。


 このおっさんたちが20代の若者なら、ウヒヒヒとなっていただろう────やりたい盛りで、女体を剥いてみたくて仕方ないお年頃だからだ。


 このおっさんたちが30代の青年なら、やっぱりウヒヒヒとなっていただろう────知らない女の裸などAVでしか見る機会はないのだから、当然とも言える。


 で。もう40代半ばのおっさんならどうか、と言われると……。


 社会的責任と常識において知らない女の裸を直視してはいけない!という良心が働くセイヤーのようなおっさん。


 別に混浴なんだから見られようが見えていようが、気にするほうがおかしい!と湯浴みを楽しむジューンのようなおっさん。


 どこから来たの、誰と来たの、へぇそうなんだ!と絡んでコミュニケーションを楽しむコウガのようなおっさん。


 あとは助平心全開にする下賤なおっさんも稀にいるが、そういったゲスは全体から見ると少ない。少なくともこの異世界では。


「「「 ふぃ~~~~ 」」」


 おっさんたちからおっさんたる声が漏れ、湯船に顔だけ出す。


 実にいい湯だ。


 きめの細かい湯と称するべきか、まるでシルクのような肌触り。しかも熱すぎず温くもない湯加減もいい。


 岩場を改装した露天だと思われるが、足元がヌメるわけでもなく手入れも行き届いている。


「最高だ」


 ジューンはまだ陽の高い空を見上げながら、たまに吹いてくる風を顔に受け、嬉しそうにつぶやいた。


「ああ、最高だな」


 セイヤーとコウガも頷く。


「最高ですよね、この温泉────あ……」


 三人のおっさんに声をかけてきた湯船仲間が驚いた声を出す。


 おっさんたちがそちらを見やると、そこにいたのは目下、破壊神やら悪魔やらと結託して人を裏切った、少し顔をこわばらせたヒース王子だった。

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