第6話 おっさんたちと最強の助っ人。
トビンが放った閃光は、セイヤーが渾身の力で解き放った「魔法障壁」での何万層もの防御壁の殆どを消滅させ、更に神が作り給うたこの「ダンジョン」の一部をも吹き飛ばしていた。
『おお? 揺れたなぁ』
デッドエンドオーバーロードは、自分の玄室で紅茶を煎れながら「ふふふ」と笑った。
『きっとあの勇者様たちがテミス様とお戯れなのだろう。いやはや、いやはや』
よいしょと玉座に座り、ティーカップを傾けようとした時。
なんと玄室の壁をぶち抜いて、おっさんたち御一行が吹っ飛んできた。
骸骨のどこに流し込もうとしていたのかわからないが、デッドエンドオーバーロードは口に含んでいた紅茶を盛大に吹き出した。
瓦礫と共に玄室に飛び込んできたおっさんたち。テミスやコイオス、聖竜リィンも一緒だ。
それがどれだけの衝撃だったのかはわからないが、全員倒れ伏している。
一番ダメージが大きかったのは聖竜リィンだろう。
リィンがクッションになっていなかったら、全員床に叩きつけられて原型を留めていなかったかも知れない。
『ななな、なんですか!? なにがあったんですか!!』
慌てるデッドエンドオーバーロードの前に、ひょこっと
彼も今の一撃で玄室が破壊されてしまったので、何事かと様子を見に来たのだ。
『うぅ………人の子らよ……人の子じゃないのもいますけど……みなさん、大丈夫ですか!?』
聖竜リィンが呼びかけると一同は頭を振りながら起き上がった。
『ああ、人の子はなんということを……まさか悪魔を降臨させるとは……』
聖竜リィンは悲しそうに頭を下げてている。
「いてて………おい、何だ今のは!?」
ジューンは「何でも鑑定できる」セイヤーに問いかけた。だが、それに応じる余裕はない。
セイヤーは新たに魔法障壁を作り、悪魔と一体化したトビン侯爵の追撃から全員を守ることで必死だ。
『くくく。どうだ、この世界の神となった私の一撃は効いたかね? もちろん、悪の神だがな!』
悪魔パズズと同化したトビン侯爵は、ゆっくりとデッドエンドオーバーロードの玄室までやってきた。
『う……わ……』
不死王と呼ばれるデッドエンドオーバーロードや
「悪だろうが善だろうが、神と戦うって………そんなゲームのラストバトルみたいな展開………いて」
コウガは鋭い痛みを感じて脇腹を押さえた。
金色のただの革鎧の隙間になにか挟まっている……ダンジョンを構成している今神の作り給うた石材の欠片だ。
それは鋭角な形になってコウガの脇腹を貫いていた。
と、いっても突き刺さっていたわけではなく、薄皮一枚割いた程度で、血もドバドバでるのではなく、滲むように出てくるだけだ。
「いてて、石が刺さってた」
「……」
「……」
ジューンとセイヤーは顔を見合わせる。
強運の勇者コウガ。
厄介事に巻き込まれても必ず生き残る男。彼に悪意を働けば、それ相応の代償を強制的に支払わせる「運」を持つ男。
その運力たるや、コウガが自覚せずとも、無意識下で事象を書き換えてしまうほどの「チート」だ。
三人のおっさんたちの中で最弱にして最強の勇者────その男に血を流させた。
その結果を悪魔パズズは必ず受けねばならない。しかもすぐに。
「困ったことになりましたねぇ」
黒装束の男が現れる。
認識阻害の力を持つ元ディレ帝国の暗部リーダー、デッドエンド氏だ。
大体常に勇者たちの近くに潜んでいる彼が戦いの場で姿を現すのは、おそらく今がよっぽどの時だからだろう。
しかし、コウガの強運効果として現れたのであればあまりにも場違いで力不足な、なんの足しにもなりそうにもない人選だ。
突然現れた黒子をみて、デッドエンドオーバーロードと
「あ、どうもどうも。あなたの名前にあやかっておりますよ、えぇ」
デッドエンド氏はデッドエンドオーバーロードに会釈する。
『あ、ああ……』
なぜかデッドエンドオーバーロードも会釈を返した。
だが、そんな悠長な状況ではない。悪魔パズズと同化したトビン侯爵は、悠々とこの玄室に入ってきたのだ。
『ふん。小さき者共がいくら増えようと、私の敵ではないわ』
「随分と偉そうなことを言いますねぇ。たかだか下級悪神風情が」
デッドエンド氏が煽る。
さすがのおっさんたち一行も「馬鹿、よせ」と小声で言うが、デッドエンド氏の口は閉じなかった。
「そりゃあ下級とはいえ神ですから、嵐を起こしたり疫病を撒き散らしたり、イナゴの大軍に作物を荒らさせたりはできるでしょうが、創造神ほどの力があるわけではないですよね」
『………』
「ましてや今この世界を統治して……ちょ~っと飽きたからこっそり仕事をほっぽりだしてこの世界に降り立っている今の神の足元にも及ばないわけですよ、あなたは」
おっさんたちは状況忘れて
「なんでそんな裏事情知ってるんだ?」
「
「
と首を傾げている。
『貴様……何者だ』
パズズは悪鬼羅刹のような顔をさらにしかめた。
「何者かわかりませんか、そうですか。やはりその程度なんですよ、あなたは、えぇ」
デッドエンド氏は黒頭巾を脱いだ………脱いだら仮面をかぶっていたのでおっさんたちはずっこけそうになった。
「仮面かぶっているのなら頭巾なんかいらないだろうに!」
思わずジューンが突っ込む。
「いやいや、素顔を見せると私の神気でみなさん倒れてしまいますから」
「は?」
「「 あ! お前は!! 」」
旧神姉弟がデッドエンド氏を指差しながら声を張り上げる。
「どうも。私が今代の神、つまりこの世界の管理者ならぬ管理神です」
デッドエンド氏はぺこりと会釈した。
おっさんたちは口を半開きにして言葉もない。
「私があなた達にくっついて回っていたのは……ま、それは後でお話するとして、とりあえずアレを始末しますね」
デッドエンド氏は唇の右端を吊り上げるように「にやり」と笑いながら悪魔パズズに向き合った。
『き、貴様……どうして神が人の姿に!?』
そこから何がどうなってどうしたのか、おっさんたちには理解できなかった。
一瞬。
そう、ちょっとまばゆい光が視界を埋めたかと思ったら、音もなく衝撃もなく、悪魔パズズは消滅し、生気のすべてを抜かれてミイラ化したトビン侯爵の躯だけが残されていたのだ。
後々、旧神姉弟に訊ねたら「あのときは……やつが悪魔に神の一撃を繰り出して、悪魔はそれに対抗しようと時間を止めたが、神は止まった時間の中でも動けるから、余裕でタコ殴りにしていた」そうだ。
「はい、とりあえずの驚異は排除しましたよ」
黒頭巾をかぶり直したデッドエンド氏の声はどこか笑っているようだった。
神様の登場。
と、言われても、おっさんたちにとっては「スパイの人」という印象が強すぎて、いまいち神様感はない。
「私が皆さんに付いて回っていたのは、この世界に悪魔が降り立とうしていたからなんです。ほら、皆さんだったら確実に悪魔とぶつかるだろうな、と思いましてね」
「そんなの神様の力でひょいひょい見つけてぽいぽいすればいいじゃないか」
ジューンは擬音で言葉を紡ぐ。おっさんというのは「あれをあっちにあれしてきて」という曖昧な指示をするものだが、ジューンの場合はそれに加えて擬音を用いることが多い。
しかし「あれをあっちにぽいぽいしてきて」と言われると「これをあっちに捨てるのか」と案外伝わったりする。
「神といえど、人の身になってこの世の降り立ったら、それなりの制限がつくんですよ。そうしないとこの世界の事象が狂ってしまってむちゃくちゃになってしまいますから────ねぇ、セイヤーさん」
「ん? なんで私に振った?」
「あなたの特性……どんな魔法も使えてどんな魔法も作り出せる……それはつまり創造神に等しい力ですよね。そんな力を軽々しく使いまくった結果、世界の事象に歪みが生じて悪魔がこの世界に入り込んでしまったんです」
「私のせいなのか!?」
「はい、そうです。と言いたいところですが、あなたにそんな力を授けたのは神ですからねぇ」
「は?」
「あ、ご存じない? 異世界から召喚されてくる勇者に固有の特性をつけるのは転生神の仕事でして。と言っても、くじ引きして適当につけるだけなんですけど……まさかそんなとんでもない能力が付与されるとは神もびっくりですよ。その転生神の尻拭いをするために今の世界の管理神たる私が降臨したんですよ、えぇ」
「まったく。私達から神格を奪っておいて、なんという体たらくだ」
蜘蛛王コイオスが憮然とする。
「そう言いますが、ティターン神の皆様も相当適当だったじゃないですか。だから私達の代があなた方を追放したんです」
「………」
身に覚えがあるのか、コイオスとテミスは黙ってしまった。
「しかし今は旧神たるティターン神の皆様にも
デッドエンド氏は声色を低くした。
「悪魔の中の悪魔、破壊神………やつが人の身を借りて降臨しています」
テミスとコイオスは驚いたように顔を上げた。
「あー、勇者の皆さんはご存じないと思うので説明しますと、破壊神は私達神の代表たる創造神の対局に位置する悪神で、すべてを破壊し尽くす神です」
「ま、名前からしてそうだろうな」
セイヤーは面白くなさそうに、まるでゲームのNPCの話をスキップできなくてイライラしているプレイヤーみたいな態度で聞いている。
「破壊神は世界の存続には必要のない存在なのですが、世界の均衡はすべて相克によって成り立っておりましてね。善があれば悪がある、光があれば闇がある、神がいれば悪魔がある……そんな感じで表裏一体なんです」
「質問いい?」
コウガが手を挙げる。
「はい、なんでしょうか」
「その破壊神、なんでわざわざこの世界に人の身を借りてやってきたの? 神のままヒャッハーすればいいじゃない?」
「ははは。そうでもしないと創造神の作った次元回廊から抜け出ることは出来ないからです」
「次元回廊……」
ジューンとコウガはセイヤーを見た。
「それって、セイヤーが堕天使を封じ込めたとこじゃないか?」
「そのとおりです。おそらく破壊神は堕天使アザゼルの知識を得て、虚ろな人の身に降臨し、次元回廊から抜け出す方法を編み出したのでしょうね」
セイヤーは頭を抱えた。
まさか自分の生み出した差異次元の閉鎖空間がそんなところとつながっていようとは想像していなかったのだ。
「破壊神がそのまま現れたらさすがの私も勝てません。むしろ創造神と対等なので、勝てる相手はいないでしょう。もちろん、あなた方でも、ね」
「「「 ……… 」」」
「しかし人の身に降臨したのなら、今の私のように、かなりこの世界の事象によって力の制限をかけられているはずです。そこで皆さんの出番です。破壊神を倒────」
「まてまてまて! なんであんたがやらないんだ!?」
ジューンが噛み付くが、デッドエンド氏はその反応を予想でもしていたのか、肩をすくめて「そりゃそうでしょうとも」と言い出した。
「この世界のことに神が干渉しすぎるのは事象を歪める原因なのです。あなた方は勇者なんですから、ラスボスくらい倒してくださいよ」
「そんな、ゲームみたいに簡単に言うな」
「ジューンさん。私はなにもあなた方三人だけにお願いしているわけではないんですよ」
デッドエンド氏は旧神達を見た。
「ティターン神の皆様にも出張っていただきたい事態と言いましたよね。ご協力いただければ、あなた方を天界に戻して神格を与えますが?」
「「 断る 」」
テミスとコイオスはきっぱりと言い放った。
「私はジューンの妻となる方を選ぶ」
「私はこの世界の酒や美女と戯れて過ごしている方が幸せだ」
「あらら」
デッドエンド氏はあてが外れたのか、改めて肩をすくませた。
「「 だが 」」
姉弟は言葉をハモらせた。
「私はジューンが行くところ、やることに付き合うつもりだ。妻として」
「私は我らティターン以外の神を認めない。人間に敬われ、恐れられ、愛されるのは我々であるべきだと思っている。破壊神だろうが貴様だろうが、邪魔な神は排除する」
「おぉ、それでこそティターン十二柱。では残りの十柱の神々の封印を解いてきてください。きたる最後の戦いのために」
二人は促され、頷いた。
「それと聖竜リィン」
『は、はい!』
「あなたは十色ドラゴンすべてを集めてください。敵は人の身とはいえ強大です。あなた方も参戦してください」
『はい! この身に代えて集めてきます!』
「デッドエンドオーバーロードさん」
『はっ!』
「不死王たるあなたの眷属や、あなたに従う妖魔・妖怪・妖獣たちを集めてください。この世界が破壊されたら、あなたたち陰の者たちもなくなってしまうのですが、ここは勇者に協力すべきです」
『はっ、賜りました』
「
『!』
「あなたはデッドエンドオーバーロードさんのサポートをお願いします」
『!』
「さて、私は他の神々に協力を要請してきます。勇者の皆さんは準備が整うまで、破壊神と出くわさないようにおとなしくしていてくださいね」
「俺たちも各国の軍隊とか冒険者とか魔族に協力要請したほうがいいんじゃないのか?」
ジューンとしては建設的な意見を言ったつもりだった。
しかし、デッドエンド氏は首を横に振った。
「その必要はないでしょう。すでにあなた方に惚れ込んだ女性陣が動いていることでしょうから。あなた方は実に恵まれた、そういう運命を背負っているのです」
「?」
「ま、それはいいとして、もう一度いいますよ。おとなしく準備が整うのを待っていてくださいね?」
「おう」
「わかった」
「はーい」
その軽い返事にデッドエンドは少し不安そうに肩をすくめた。
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