第4話 おっさんたちと死のゲーム。

「よく神を洗脳できたものだ」


 感心するセイヤーだったが、ここからの打開策はない。


 相手は仲間である女神テミスだから攻撃するわけにもいかない。かといって、このまま置いて立ち去るわけにもいかないし、逃げ回り続けることも出来ない。


 賭けるとしたら……




 セイヤー

「ジューン。君の女だ! 君が語りかけたまえ!」


 ジューン

「俺の女ってわけでもないんだが……おーい、テミス。しっかりしろー。気をたしかに持てー」


 コウガ

「ちょ! やる気ないでしょ!」


 テミス

「………うっ、頭が」




 テミスは美しい顔を苦痛に歪めた。やる気のない棒読みのようなジューンの声がけに、テミスは揺れているようだ。


 さすがのおっさんたちも、こんな安易な展開に半目になった。


「……まぁ……それほどに洗脳前のジューンへの想いが強いと見るべきだろうな。さぁ、ジューン、もう一押しだ!」


「セイヤー……お前、絶対楽しんでるだろ……テミスー、もどってこーい。よしよししてあげるからー」


 呼びかけに応じたのか、しゅるるると普通の人間サイズになったテミスではあるが、洗脳と本能のせめぎあいで頭が痛いらしく、美しい顔を苦痛に歪めてその場にうずくまっている。


「私……ジューン……コイオス……セイヤー……小さいおっさん………」


 思い出すように名前を上げていくテミス。


「ちょ、僕のとこだけおかしくない!?」


 コウガが奮然と抗議する。


『人の子コウガよ。認識されているだけ幸せです。私は視界にも入っていないようですよ……』


 聖竜リィンはすっかりいじけている。


「おいで」


 ジューンはうずくまるテミスの頭をよしよしと撫でる。それは父親か親戚のおじさんが娘か姪っ子にやるような感覚だ。


 コイオスは「神の頭をよしよしするなど、本当なら天罰覿面だが、許す」と小声で言っているが、前に出ずセイヤーの後ろに隠れるようにして立っている。よっぽど姉テミスのラブラブ攻撃が堪えたのだろう。


 旧神が「頭を撫でる」ではなく「頭をよしよしする」と表現してしまうのは、相当な精神汚染を受けた証だ。


「ジューン……旦那様……ダーリン!!」


「ぶっ!?」


 テミスが神乳でタックルするようにジューンに飛びつく。なんとか倒されずに耐えられたのはジューンの防御力があってこそ、だ。


「自力で洗脳を解いただと!!」


 知らない声が響いた。


 全員の視線が大きな玉座の方に向く。


 誰もいない。誰もいないが……第三者が潜んでいるのは間違いない。


 「………」


 コウガは足元に転がっていた壊れた鎧の装甲板を手に取り、適当にぶん投げる。自分が「強運体質」だと自覚したコウガは、こういう時にラッキーヒットを出せるとわかっているのだ。


 そして、結果は………コウガが適当に投げた装甲板は、運良く玉座の横に隠れていた人物に当たった。


「ば、ばかな! 私の姿を見破ったというのか!!」


 透明化が解除され、姿を見せたのは魔法局局長のトビン侯爵だった。


 彼が頭からかぶっているローブ。それは神器の一つで「インビジブルマント」と呼ばれている。


 まとった者の魔力と引き換えに、その姿を完全に消え失せさせるそれは、ここが現代世界で、どう科学的にスキャンしてもその存在を確認できないという代物だ。


 彼がこのマントで透明化し、女子更衣室に忍び込んだとしても誰も気が付かない。


 実際、彼はこのマントを使って何度もクシャナの着替えを覗き見ているが、あの天才魔術師相手にも見つかったことはないのだ。


 だが、唯一の弱点は「完全なる透明人間ではない」ということ。ちゃんとその場に存在しているため、触れることができる。そして、触れられたら魔法は解けて次に発動させるまでにはかなり時間を要するのだ。


「おのれ……」


 トビン侯爵はしかめっ面で眼下の一同を睨みつけてくる。


 しかしおっさんたちはまったくそれに動じない。


「大方、テミスを洗脳してコイオスを旦那だと誤認させ、ジューンを嫉妬に狂わせようとでもしたのか? それとも洗脳する時にジューンという強烈な存在感を消し去ることが出来ず、止むを得ずコイオスを餌にしたか? どちらにしても【ジューン】というキーワードで暴走させる手口は………ベタすぎてつまらなかった」


 手の内をボロボロに剥いていくセイヤーの言葉に、トビン侯爵は顔をひきつらせる。


 だが、トビン侯爵にはまだ余裕が垣間見える。彼は伊達に魔法局局長を務めていたわけではない。ヒース王子の腰巾着ではない、彼自身の「力」があるのだ。


『あいつ、まだなにか隠し玉をもってやがるな』


 ジューンは動物的勘とも言うべき本能で、その雰囲気を察した。


「旦那様。私を愚弄したあの人間、私が始末していいわよね?」


「いいや。私だ。姉御にあんな仕打ちをされてトラウマを抱えてしまったこの蜘蛛王の怒りをぶつけねば!!」


 旧神姉弟の鼻息は荒いが、そんな二人を前に出すのは危険だとジューンは判断した。


「二人とも待て。やつはまだなにかやるつもりだ。そうじゃなければこの場に残ったりしない」


「ふん。そのとおりだとも」


 トビン侯爵は舌打ちしつつも、余裕の表情で巨大な玉座にもたれかかり、煙管キセルを袖から取り出した。


 刻み煙草を入れる様子もマッチや火打ち石を使う様子もなかったが、煙管の先からは紫煙が立ち昇る。


「ゲームをしようではないか」


「……お前、頭湧いてるのか? 絶体絶命のピンチなんだぞ?」


 ジューンが眉を寄せる。しかしトビン侯爵はフフンと鼻を鳴らす。


「このトビン・ヴェール。何の策もなくここにとどまるわけがない。君がさっきそう言ったんだ」


「!!」


 おっさん三人と旧神姉弟には、どこからともなく現れた「なにか」が頭に装着された。


 ヘッドギアのようなそれは、自分に装着されているものは近すぎて全容が把握できないが、他の者にくっついているものを見ると「逆トラバサミ」だとわかった。


 トラバサミとは、動物の足を挟んで捕まえる設置型のまるで鮫の口みたいな鉄の罠だ。あれは閉じるものだが、おっさんたちにつけられたこれは強引に押し開くもの……だから逆トラバサミなのだ。


 アメリカンフットボール選手が装着するヘルメットの下半分だけのような装着具に固定された逆トラバサミ………これが強引に開いたら顔は真っ二つに避けるだろう。


「なんだこれ!? どこから湧いて出た!?」

「ふむ、魔道具か」

「うわ、うわ、うわぁー!?」


 おっさんたちが三者三様のリアクションをする中、トビン侯爵は煙管をくゆらしながら說明を続ける。


「私は転移魔法が使える。君たちの顔に装置を転移して装着させることくらい朝飯前だ。ああ、そうそう。もう一度言うがこれはゲームだ。拷問ではない」


 恍惚とした表情で語り始めるトビン侯爵。


「私はゲームが好きでねぇ。いろいろなゲームをやってきたよ。例えば『密室で片足を鎖で拘束された2人が無事に脱出できるか心理戦を展開させるゲーム』とか『カミソリだらけのワイヤーが仕込まれた部屋から出るゲーム』とか。みんなクリアするのに必死だった」


「……そのゲームの条件は?」


 平然と尋ねたのはセイヤーだ。


 彼は経営者だった現世で、グループ会社の一つにゲーム開発運営会社も持っていたので、多少なりとも「ゲーム」という単語には反応してしまうのだ。


「さすが魔法の天才と呼ばれる勇者セイヤー。常に冷静なのだな。しかし、その罠が作動始めても冷静でいられるかな?」


「いいから条件を」


「ふん。今、君たちの頭を装着したものは時間経過で顔面が吹っ飛ぶ仕組みになっている。助かりたければ君たちの仲間を殺し、最後の一人になることだ。最後の一人になったら装置が外れるようになっている」


「………つまり、この装置を外したらゲーム終了ということか?」


「そうだ。が、最後の一人しか外れない。それを脱ごうと足掻あがけばトゲが首に突き刺さるぞ?」


「なるほど。ゲーム開始はいつからだ?」


「今からだ!」


 トビン侯爵が手を振ると、全員の頭に装着された罠がカチカチと音を刻み始めた。


「ちなみに時間は1分。それ以内に事を済ませないと全員死ぬぞ」


「だ、そうだ」


 セイヤーは自分の頭から転移させた装置を足元に捨てながら言った。


「へぇ……」


 装置を軽く引きちぎってペイッと捨てたジューンはつまらなそうにしている。


「……」


 頭も身体も予想より小さかったらしくコウガは、装置をするっと外した。自分は小さなおっさんなんだな、と否応なしに認識されられてコウガは不機嫌そうだ。


 旧神テミスは力任せに。蜘蛛王コイオスは小さな小さな蜘蛛の匠の技で。それぞれが装置を外し、足元に叩きつけて踏み壊す。その壊すタイミングはまったく一緒でさすが姉弟だと思わせられる。


『人の子らよ、私は遊びに混ぜてもらえませんでした……』


 聖竜リィンは頭の形状が違いすぎて、最初から除外されていたようだ。


「んぁ………?」


 常人がどうあがいても外れるはずのない装置をいとも簡単に外されてしまい、トビン侯爵は唖然としている。


「本当につまらん。次のゲームはもういいぞ」


 ジューンはトントンと軽く跳躍し、大剣を構えた。


「ふ……ふふ。私の転移魔法を舐めているんじゃないか? その気になれば君たちの体内に異物を転移させることも……」


「無理だな。そういうことをする輩もいるだろうと思って、私が全員に777層の魔法障壁を張り巡らせている」


 セイヤーの言葉を証明するように、トビン侯爵が転移させたはずの石ころは、セイヤーの眼前でなにかに弾かれて床に落ちた。


「ふ……ふふ。わ、私の血統魔法はそれだけではないのだよ。なんせ私は勇者の血を継いでいるのだからな。見よ! 女神テミスをも操った最強の洗脳魔術を!!」


「……だから、魔法障壁を張ってあると言ったはずだが……」


「ふ……ふふ………ふっ!?」


 トビン侯爵は自分の魔法が弾かれたことを感じ取って声をつまらせた。


「もういいだろ。めんどくさい」


 ジューンは床を蹴り、トビン侯爵めがけて大剣を振り下ろす。


 だが、ジューンの大剣はトビン侯爵の細い指先二本に挟まれて、止られていた。


「!?」


「私がどうしてここに残っていると思う? 私の中の勇者の血筋など、実のところ飛沫のような力に過ぎないのだよ、勇者ジューン」


「もうその強がりにも飽き────」


 突如、なにかの圧に吹っ飛ばされたジューンは、うまく受け身が取れずに床に叩きつけられた。それでも無傷なのはさすがジューンだが、動揺は隠せない。


「なん、だ……?」


 全員が見守る中、玉座に座ったままのトビン侯爵は、全身からドス黒い気配を立ち上らせて真っ赤に変容した瞳で一同を見下ろした。


 テミスの巨人状態のサイズに合わせてあるはずの玉座が小さく見えるのは、トビン侯爵が大きくなっているからだ。


 背中からは鳥の翼が左右に4枚広がり、額からは鶏冠のような角が生え、指先は鉤爪のように硬質化し、インビジブルマントを引きちぎりながらも肥大化していく全身は青紫色になっていく。


「なんだよあれ!? 堕天使!?」


 コウガが悲鳴に近い声を上げる。


 コウガですらそんな声を張り上げてしまうほど、トビン侯爵の姿は直視することが畏れ多く感じる「神々しさ」すらあったのだ。


『堕天使だと? あれは所詮、神の尖兵たる天使の堕落した姿に過ぎない』


 トビン侯爵の声が玄室内に響く。いや、その声は全員の頭の中に響くようだった。


おののくがいい。私はと一体になったのだ!』

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