第2話 おっさんたちとダンジョン。

 首なしの騎士デュラハンは、肉片になってもちゃっかり復活していたくらいなので、確かに不老不死なのだろう。


 だが、復活までにかなりの時間を要したこと、鎧を最近ようやく新調できたこと、あの瞬殺を経て二度とジューンとはやり合いたくないこと……などを必死に身振り手振りでボディーランゲージしてくる首なしの騎士デュラハンは、どこか哀れでもあった。


 とにかく戦いたくない、すいません、ごめんなさい、という態度の首なしの騎士デュラハンを見て、さすがのジューンも「じゃ、素通りするか……」と優しさを見せた。


 おっさんたちが対戦の意思なしとわかったので首なしの騎士デュラハンは安堵したらしく、『出口はこちらでございます」とでも言いたそうに、ペコペコと無表情な生首を俯かせながら案内してくれた。


 要求したらお茶でも出しそうなペコペコっぷりに、セイヤーとコウガは「ジューンは以前ここで何をやらかしたんだろう」と半目になっている。


「……よっぽど君と戦ったことがトラウマになったんだな」


 セイヤーのジト目にジューンは気にした風でもない。


「さて、次はなんだったっけか」


 実のところ、ジューンはこの最下層の玄室をほぼ一撃で踏破していたので、各玄室のボスキャラについて、記憶が薄い。


「僕も大概テキトーだと自覚してるけどさ。ジューンよりマシだと思うんだよねぇ」


 コウガの適当加減とジューンの適当加減は似て非なるものであるが、セイヤーはあえて口を出さずに黙々と歩いた。


 そうしているうちに一行は次の玄室に辿り着く。


「あぁ、思い出した。次はデッドエンドオーバーロードってやつだ。名前が中二病っぽくて覚えてた」


 扉を開けながらジューンが言う。


『あのぉ、人の子ジューンよ。それって不死王ですよね!!!』


 聖馬リィンは慌てて聖竜(小型バージョン)の姿に戻る。


 十色ドラゴンの長である聖竜リィンが身構えるほど強大な敵────デッドエンドオーバーロードとは、この世界における「魔物」の類ではアップレチ王国王城地下にいた「幻魔」に近しく、どんな生態系にも関わらない特殊な存在だ。


 ちなみに………その恐るべき存在の名前を頂戴しているのが、ディレ帝国の元暗部リーダーであり、神出鬼没の黒子「デッドエンド」氏である。暗部というだけあって彼の「デッドエンド」という名はコードネームなのだ。


 一度セイヤーが彼を魔法で鑑定したことがあったが、勇者を遥かに上回る認識阻害能力(血統魔法?)のせいで、何一つステータスは確認できなかったらしい。


 そんな御大層な敵が待ち構えているであろう玄室の扉を開けると、三メートルを超える巨大なローブ姿の骸骨が、簡素な玉座に鎮座していた。


 骸骨といえば骸骨淑女のクラーラを思い出すが、そこにいるのは彼女のようにかわいいものではない。


 渇いた血のような色をしたローブを纏い、自身の肩幅より横に長い角が生え、頭蓋骨の目元に眼球などないはずなのに赤光を放っている。


 その見た目は「人が想像するよくある魔王」そのものだ。


 デッドエンドオーバーロード……聖竜リィンが不死王と呼ぶ存在は、ジューンが入ってくるや否や、玉座から立ち上がる。


『不届きな人間どもよ! 我が前にひ………』


 デッドエンドオーバーロードとジューンの目が合った。


 と、同時にデッドエンドオーバーロードはズサァ!と土下座した。


『……えぇ~?』


 聖竜リィンですら驚きの声を上げる見事なスライディング土下座だった。


『わ、我が主ジューン様。斯様かような場所にわざわざ足をお運びとは!』


 頭蓋骨を床に擦り付け、まったく頭を上げずにデッドエンドオーバーロードは平身低頭、いや、身低頭と言い表しても過言ではない姿勢になっている。


「確か空間ごと捻り潰したよなぁ? なのにあんたも復活してたのか。まいったなこりゃ」


 ジューンはコキコキと首の骨を鳴らす。別に戦闘態勢になろうというわけではなく、会話ついでに鳴らしただけだが、デッドエンドオーバーロードは五体投地して身震いしている。


「ジューン、君は彼にどんな仕打ちをしたんだ……」


 セイヤーが白目になりながら尋ねると


「あの時はフルパワー出せたから、空間ごと捻り潰した上に魔法で焼いた」


 という答えが帰ってきた。


 空間ごとねじつぶす。


 なにをどうやったらそんなことができるのか知らないが、聞く気にもなれないことをジューンはやってのける。


 それに、アホの子のような努力の末に身に着けた「極限まで鍛えられた初期中の初期魔法」は、魔力だけで言えばセイヤーを遥かに凌駕する。


 そんな魔法をどれだけセーブして放ったとしても、デッドエンドオーバーロードが消滅したのは想像に容易い。むしろ、その状態からここまで蘇っていることが拍手モノだ。


「とりあえず通らせてもらっていいかな?」


 ジューンが言うと、デッドエンドオーバーロードは音がするまで床に頭蓋骨を擦り付けた。


『ははー!! それはもちろん! どうぞこちらでございます!』


 不死王の威厳はどこに。


「そういえば俺さ。あんたと戦ったときと違って、今は呪われて勇者の力の大半を封じられてる……はずなんだ」


 ジューンがチラッと不死王デッドエンドオーバーロードを見ると『むむ、復讐のチャンス?』と顔に書いてある。


「再戦するかい?」


『い、いえ、ご勘弁ください。封じられてるとか絶対嘘ですよね? 私を油断させてボコボコにするための罠ですよね?』


「そんな性格の悪いことはしないぞ? 封じられた上でどれだけ通用するのか試したいだけだ」


『ほんとに勘弁してください……ここまで再生するのにものすごく苦労したんですから……私じゃなければこの世界から消滅してますよ……』


「俺が激弱になっていたら復讐のチャンスだと思うが?」


『絶対弱くなってませんよね? まとってるオーラが変わってませんから! いじめっ子が【俺、今日体調悪くて弱いからお前にも勝てないと思うんだよね~。だからちょっと殴ってみ?】とか促して殴らせておきながら【じゃあ反撃な~】とか言って一方的にボコボコにしちゃうやつですよね!?』


「お前………その姿になる前、なんかあったのか?」


『も、もう、そんな話はいいので、早く先にお進みください!』


 ささっと案内された一行は、不死王に土下座で見送られて次の玄室に向かう。


 コウガとリィンとコイオスが先頭を行き、一本道に蔓延っている魔物を駆除している中、後ろからついていくジューンに対し、同じくみんなの後ろからついていくセイヤーが声を掛ける。


「おい、いじめっ子」


「誰がいじめっ子だ」


 セイヤーが揶揄し、間髪入れずにジューンが応じる。この二人にとってはいつものやり取りだ。


「さっき勇者の力が封じられているという話をしていたと思うが、私達の封印は半分くらい解呪されているぞ」


「はぁ!? 半分って!? いつの間に?」


「思い出してみたまえ。カイリーの町でミノーグ商会とやりあったときのことを。聖竜リィンが狭い建物の中でドラゴンの姿に戻って号泣しただろう?」


「ああ。骸骨淑女のクラーラの呪いが解けた時か」


「あの滝のような涙を、もれなく私達もかぶっただろ」


「………え? あれで呪いは解けていたってことか?」


「半分だがな。というのも呪いの効果が薄くなっていることに気がついたのは、私もここ最近だ。以前より魔力は有り余っているし、広範囲の探索もできるようになった……もちろん全盛期の足元にも及ばないが」


「半分でも解けていれば十分だろ。むしろ封印されていてもあまり不自由はしてこなかったわけだし」


「もともとが規格外だからな」


「おーい、二人共。次の玄室着いたよー」


 コウガとコイオス、そして聖竜リィン(小)が前から声を掛けてくる。


「開けるよー」


 玄室の扉をコウガが押し開ける。


「うわ」


 コウガがドン引きしたような声を出す。


 聖竜リィンも玄室の中を覗き込んで、物悲しそうに『ここに住んでいた者たちに幸あれ』とつぶやいてしまう。


 それほど凄惨な現場だった。


「ここにはなにがいたんだ」


 セイヤーが白目になってジューンに尋ねるが、ジューンは頭を掻きながら「忘れた」と言い放つ。


 勇者に忘れ去られた名もなき何かの凄惨な死骸を横目に、一行は先に進む。


 次も。そのまた次も……玄室に残っていたのは前回ジューンが一撃で倒してしまった魔物たちの亡骸だった。


 どれもこれも人々にとっては「天災」「厄災」と称されるクラスの魔物ばかりだが、今は哀れな死骸だ。


「ジューン。君は魔物を倒したら、ちゃんと後始末までしたまえ。腐ってるじゃないか」


 セイヤーは憮然となってその亡骸たちを聖魔法で消滅させていく。


 そんな作業がいくつかの玄室で続き、最後手前でジューンは「あ、ここは覚えてる」と目をキラキラさせた。


 そこにのはエンシェントブラックドラゴン。『魔法の神』と名高い『ツィルニトラ』────の亡骸だ。


 コウガの連れであるジルにとっては祖父にあたり、ブラックドラゴンの一族からは「厄介者」としてこの地に封じられたとも聞かされた。もちろんジューンにとっては倒した後で聞いた話だ。


『見事な骨格標本……』


 神に最も近いと称されたドラゴンは、綺麗な白骨になって、玄室の真ん中で仁王立ちになっていた。


 それを見た聖竜リィンは『下手をしたら私もこうなっていたのかも……』と身震いする。このおっさんたちはリィンの涙をもらうためであれば、どんな責め苦も繰り出しただろう。特にジューンは躊躇なくそれをやりそうだ。


「次がテミスのいる玄室だが……おかしいな」


 ジューンは首をかしげた。


「ここまで、にへら顔の王子と悪い魔法使いに出くわしてないぞ?」


「確かに!」


 コウガは気がついていなかったらしく、大げさと思えるほどに驚いていた。


 セイヤーも範囲をこのダンジョンに絞ってヒース王子を魔法捜索しているのだが、まったく気配を探知できないという。


 もうこのダンジョンにいないのか。それとも元から来ていないのか。


 そもそもヒース王子がこのダンジョンにいるという話はどこから出た話か……確か道すがらデッドエンド氏が「ヒース・アンドリュー・リンド王子と、元魔法局局長トビン・ヴェール侯爵は何かを探しているご様子で。その捜し物を見つけるためにコイオス様の姉君がおられる地下迷宮に向かわれたとの情報を得ました」と言っていた。


 彼の情報はあてになる。


 ヒース王子たちもおっさん勇者たちが追いかけてくることを想定して、なんらかの方法で身を隠している可能性があるので「いない」とも断言できない。


 それに、ヒース王子たちを探し出せなくても、コイオスをテミスに会わせるという目的は果たせるわけだから損はないのだ。


「とりあえずコイオスをテミスのところに連れて行こう」


 セイヤーが言うと「そうかも」とあっさりおっさんたちはヒース王子のことを忘れた。おっさんは、興味のないことに関しては深く考えない生き物なのだ。


 そして最後となる10番目の玄室。


 おっさんたちはゆっくりその扉に手をかけた。

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