おっさんたちと悪魔の物語。

第1話 おっさんたちと露天のやきとり屋。

 東の大国リンド王朝の北西部。


 年中温暖な気候で、王侯貴族の別荘地帯でもあるこの地方にある「ダンジョン」は、ティターン十二柱が一柱、旧神テミスを封神古の施設だ。


 作り上げたのはティターン族たち「旧神」を押しのけて今の神となった者たちと語られているが、その真偽を確かめる方法は人の歴史の中には、ない。


「ふっ。今代の神でなければこのようなものは造れまいよ」


 ティターン十二柱が一柱、旧神にして蜘蛛の王コイオスが薄く笑う。


「確かに人が作るのにしては、目的が不明だしな」


『人の子らよ。なぜこれほど人間が集まっているのですか?』


 聖リィンが不思議そうに尋ねる。


 このリィンには手綱は付けていないがながえという、後ろの幌車を引かせるための棒が付いている。それを外すのはコウガの仕事だ。


「ダンジョン目当てに冒険者がたくさんいるんじゃない?」


『こんな危険な場所で何を目当てに……』


 その說明に応じたのは、ここをよく知るジューンだ。


「ダンジョンは一攫千金を狙える場所なんだそうだ」


 クシャナに以前受けた說明では「低層は頭の悪い魔物しかいないから楽勝。中層は亜人系の魔物が多くて連携してくるから要注意。深層は悪魔とかドラゴンとかとんでもないのがいるからかなり注意。最深層にはなにがあるかわからないけど、過去の例からすると超お宝があるわ。それこそ勇者の武器とかね」ということだった。


『なるほど、金目当てですか……人の業ですね』


「そうだな」


 と、適当に相槌を打ちつつ、ジューンは『最深層に直接移動できる昇降機の鍵、アリます』という看板を置いた露天商から銀貨5枚で鍵を購入した。


「この鍵でエレベーターを動かして一気に最下層に行ける。一般人は魔素が濃すぎて一気に最下層まで行くと体が持たないらしいが、俺たちなら大丈夫だろ」


「それ、ジューンだから耐えられると言うだけで僕とか無理なんじゃ……」


 コウガが顔をひきつらせる。


「私が魔法障壁を貼っておくから安心していい……」


 今まで押し黙っていたセイヤーは、そう言いつつもとある露天から視線を外せないでいた。


 その視線を追ったコウガも口を半開きにして「ぉぉ……」と物欲しそうにしている。


「?」


 ジューンもその視線の先を見る。


 そこにあったのは、よく祭りの夜店で出ているような「やきとり屋」だった。


 店の前には「大きなバラ肉串、大銅貨5枚!」とか「塩、タレ、選べます!」とか「大人気 もも皮!」「ももニンニクとエールのセット」「みんなだいすき、つくね」など、いろんな張り紙がしてある。


『人の子らよ。寄り道する暇はありませんよ。悪しき王子と魔術師が良からぬことを企てているのでしょう!?』


 おっさんたちの欲望の眼差しに気がついた聖リィンが警告する。


「いいではないか、聖竜リィン。彼奴らがどこで何をしていようと、このおっさんたちに勝てるものではあるまい」


 蜘蛛王コイオスはスタスタと露天商のところに行く。


「勝手知ったるダンジョンだし、余裕余裕」


 ジューンもそれに続き、コウガとセイヤーも続く。


『ずるいですよ! 私だけ馬車の見張りとかずるいですよ!』


「ちゃんとお前の分も買ってくるから、おとなしく留守番な」


 ジューンは振り返らずにひらひらと手を振った。


『まったくもう……自由すぎでしょうに』


 おっさんは基本的に集団行動が出来ない。


 自分の欲望と興味に忠実だし「どうせあとでちゃんと集まれるでしょ、大人なんだから」という前提があるので、結構適当に行動する生き物なのだ。






「へい、らっしゃ……」


 炭火の上でネタを刺した串を回している店主は、三人のおっさんたちの顔を見比べた。


 あまり見たことがない平たい顔をした人種だ。


 一瞬、亜人種かとも思ったが、人族との差異はわからない。


 この辺りは都会ほど寛容ではないため、人族以外の亜人種は「区別」される。


 煙たがられ蔑まれる「差別」ではなく、人族とは生活様式や食事内容が異なる様々な亜人種を「区別」するのだ。


 例えばこのようなやきとり屋は、有翼人種にとっては見ていて気持ちいいものではない。もちろん鳥と有翼人種人はまったく違う生き物だし、共食いになるわけではない。人間と猿のように違うものなのだ。


 だが、自分の姿形によく似たものが焼かれている光景は不愉快だろう。人族も、自分と似た姿をしている妖精族が体を串刺しにされてそのままの姿で火にあぶられていたら、とても気持ち悪く感じるし、食べるなんてもっての外だと思うことだろう。


 だから店主は客の人種を見て「区別」する必要があるのだ。


 おっさんたちは美味そうにネタを見ている。おそらく人族で間違いない、と店主はホッとした。


 が、おっさんたちの後ろ目に佇む美男子に「睨まれている」とわかったトキ、心臓が凍りついたかと思えるほど、ギュッと胸が苦しくなった。


 美男子は、この辺りの屋台では他に取り扱いのないネタを凝視していた。


 毛ガニだ。


 それを丸焼きにして実に香ばしい香りを漂わせている。


「……」


 店主は知る由もないが、この美男子は蜘蛛の王。蜘蛛の化身。封じられていたティターン族の一柱……旧神コイオスである。


 自分と似た姿の生き物がそのままの姿で焼かれている様に、なにか思うところでもあるのか、ジッと毛ガニを睨みつけている。


 その視線に気がついたジューンが「カニ好きなのか?」と尋ねる。


 ジューンからするとカニと蜘蛛はまったく違う生き物なので「似ている」という判別もしていなかった。


「食べたことはない。これはなんという蜘蛛だ……この世のすべての蜘蛛の種族を掌握する私が知らぬとは……」


「蜘蛛じゃない。カニだ。甲殻類。同じ節足動物かもしれないが別物だ」


「なるほど。実に美味そうな匂いだが、可愛い我が子たる蜘蛛と同種だと思うと食うに食えなかったところだ」


 美男子は嬉しそうに毛ガニを指さした。


「店主、これをいただこう」


「あ、あいよ」


 なにか不穏な会話が聞こえたような気もしたが、店主は気にしないことにした。


 あっつあつの毛ガニを皿に置き、レモンとソースを添えて出す。


「……」


 今、美男子の顔の下半分が、まるで蜘蛛のようにクパァと展開して毛ガニにかぶりついたように見えたが気のせいだろう。


 石より硬いと言われているリンドビヲルワタリガニを甲羅ごと噛み砕いているなんて、ありえない光景も気のせいだろう。


「僕はこっちの四つ身ね」


 コウガがネタを指さしたトキ、セイヤーとジューンは顔を見合わせた。


「「 四つ身ってなんだ? 」」


「はぁ!? 四つ身を知らないの!?」


 コウガも驚く。


 コウガの出身である九州地方。とくに上の方では、まずやきとりを注文すると、ポン酢ダレがかかったキャベツが大皿で出てくる。それをむしゃこらと食べているとその上に焼き上がった串が順番に置かれていくシステムになっている。更に言うとほとんどの店がキャベツおかわり無料だ。


「せせり」や「四つ身」というネタは関東では見慣れないものだ。「せせり」は鶏の首肉で「四つ身」はもも肉。どちらも身が締まり弾力のある食感が人気だ。


「福岡でやきとりに行ったらまず頼むのは、カワ、バラ、四つ身だからね!」


「そんなローカルネタをこの異世界で言われても」


 ジューンとセイヤーは「やれやれ」という顔をする。


 ちなみに、福岡のやきとり屋さんで「バラ」と言えば豚のバラ肉のことであり、もはや鳥ではない。が、「やきとり」とはにあらず「焼いて(串から)取ること」だという説もある。


 よって、串からネタを外さずそのまま食べるのがイキな食い方だ、という者もいる。もちろん「食い方なんてどうでもいい。美味ければそれで良い」というジューンのような者もいる。


 おっさんたちは、それぞれ何本も串を買い、生温いエールも持ってリィンの待っている馬車留めに戻る。


 コイオスは既に三杯目のカニにかじりついている。


 カニは生きている時は1匹2匹と数え、生きていない状態……つまりは商品として数える時は1杯2杯と数える。さらに販売する際に、片方の肩と足をまとめた状態(半身)だと1肩ひとかたと数え、2肩で蟹1杯分となる。こちらは1杯の蟹から甲羅部分を除去した状態を言う。


 カニを「杯」と数える理由は、江戸時代から漁師たちはカニを秣桶まぐさおけのような丸い桶単位で取引しており、当時桶を「杯」で数えた名残でそのままカニを「杯」で数えるようになった……という説もあるし「甲羅をひっくり返して盃として利用していたから酒を呑む時の1杯2杯と数えるようになった」という説もある。


 当然おっさんたちが好きな説は後者だ。


「セイヤー、エールをキンキンに冷やして」

「ジューン、焼き鳥に塩をもう少し」

「コウガ、別の屋台で枝豆買ってきて」

「フッ……カニを追加希望だ」

『人の子らよ? 私の分は?』


 こうしておっさんたちはダンジョンに着いたというのに、夜遅くまで屋台を堪能し、結局は馬車で朝まで熟睡した。






「ぉぅぇ……」


 最下層、最深層。


 呼び方はどうあれ、このダンジョンの一番底の底に昇降機で降りてきた勇者おっさんズと蜘蛛王コイオス、そして聖リィン(馬車なしバージョン)は、昨日の酒が抜けきっていないのか、濃い魔素を吸って嗚咽した。


 ゾクッとするほど寒く、息が詰まるほど粘っこい空気が満ちているここは、ジューンが一度踏破している。


 その後、10の玄室に(最後の一つは旧神テミスだろうが)何が巣食っているのか知らない。


「最初の玄室には首なしの騎士デュラハンがいたなぁ」


 ジューンが一発本気でぶっ叩いたら、鉄と肉のミンチのようなものとなっていた。


 懐かしむようにジューンが最初の扉を開けると、そこには自分の頭を小脇に抱えてこちらを見る首なし西洋甲冑がいた。


「お。久しぶり」


 ジューンが軽く挨拶すると、首なしの騎士デュラハンは首を地面に置き、ズサァ!と土下座を敢行した。

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