第10話 閑話・女たちの行き先
私はクシャナ・フォビオン・サーサーン。
リンド王朝王立魔法局の局長代理。
本当の局長はトビン・ヴェール侯爵。
彼はヒース・アンドリュー・リンド王子と一緒に「勇者排除派」を立ち上げて、魔王より強い勇者はこの世界の脅威だ、と提言。
同意した各国の上層部と一緒になって勇者を排除しようとしたけど、実は勇者を排除するという口実で、戦後の三大国家を掌握しようとしていたのよ。そんなこと、外野にいる私でもすぐわかることなのにね。
結局、勇者排除派は、勇者たちに嫌がらせした報復を受けてボコボコにされて瓦解。首謀者の王子と局長は逃亡して雲隠れ真っ最中。
そのせいで今、リンド王朝魔法局はトップがいない。その代理にされたのが私。
私は才能もあるし? 遠縁で王族の血を引いているし? 領地持ちだけど? ここでは「所詮は女」と見られているのよね。
この男社会で生き抜くには飛び抜けて優秀であるしかない。中途半端に優秀なだけだと嫉妬されて足を引っ張られるだけだもの。
その点、私は三系統の属性魔法を使える魔法の申し子。
魔法局の中で私クラスの魔術師はいないわけだし、血統魔法では空間転移もできるのだから、まぁ、誰も敵うわけがない。局長代理にされても仕方ないわよね。
そんな私だけど、やっぱり女だってことでいろいろあるのよ。
局長代理になってしまったものだから、跡目争いに巻き込まれちゃってるし。
一度でも局長になれば一生安泰だから、その座を狙っている男たちはごまんといるし、派閥争いもすごい。男ばかりじゃなく女たちもね。
正直、嫌気が差してる。
ついぞ忘却してしまっている勇者のこともあるし。
この前やっと勇者ジューンに会えたんだけど、会った瞬間「あ、この人の子が生みたい」って思っちゃった。どうしてそう思ったのかわからないけど、私の本能が彼を求めてたわ。
記憶はないけど魂が覚えているってことかしら。だって私は勇者の従者としてずっと一緒にいたんだものね……覚えてないんだけど。
関所を巡る攻防と、冒険者ギルド総支配人との戦いを経て、私は元の仕事に戻ってきたわけだけど……正直、悶々としてるわ。
ジューンに会いたい。
そう思いながらの仕事は苦痛だった。
周りの男どもは私の体目当て、利権目当て、財力目当て……なんらかの魂胆付きばかり。
正直、ジューンより見た目や家柄のいい人はたくさんいるわ。ジューンみたいな変わった顔つきの人は亜人種と思われても仕方ない、ってくらいだし。
だけどね。
彼はなんの欲もなく私と接してくれた。
私も長年連れ添ってきた妻のように彼はツーカーの仲だったと思うわ。
彼がしてほしいことは手に取るようにわかるし、私がやることは彼がすべて掌握している。なんていうか、一緒にいて
清々しいといえば勇者コウガが「きよきよしい」と言っていたわね。勇者たちはベーシックな勇者特性として言語理解能力があるはずなんだけど、なにか違うのかしら。
それはどうでもいいとして。
私、エリート街道驀進するのに疲れちゃったみたい。
大体局長になったからといって、なに? って感じ。
一生安泰を目指すのなら領地経営しているだけでも普通に生きていけるし、立場が欲しいというわけでもない。ただ周りに舐められたくないという負けん気だけでここまで来ちゃったから、自分の幸せを見つめることなんてなかった。
私の幸せって、多分勇者ジューンと一緒にいることなのよね。
聖竜リィン様の貴重な涙を頂ければ記憶も戻るって言うし、立場も全部投げ捨てて彼を追うのもアリよね。
よし。
女は決めたら一直線。
辞表、よし。
身辺整理、よし。
引き継ぎ……は、しなくても別に誰も困らないわね。むしろ引き継いだ人が次の局長ってことになりそうだから、下手な人に引き継いだり出来ない。
手荷物は最小に。
退職金、よし。
ついでに宝物庫から魔道具をいくつか退職祝いとしてもらって、と。
よし。
勇者たちが行く予定のリンド王朝の北西部にある「ダンジョン」に転移!
これやると魔力が枯渇するから簡単にやるものじゃないけどね。
自由!
しがらみなく私は自由!
私がいなくなったことがバレたら大変なことになりそうだけど、知ったことじゃないわ。
野盗、魔物、どんとこい! 女一人だと思って舐めてかかってきたら全部消し炭にしてやるわ。
って……あの豪華な馬車はなんだろう。
ディレ帝国の王族の家紋があるわね。
勇者セイヤーの白い外套の背中にあった家紋はディレ帝国の国紋をベースに剣の印があったから、現ディレ帝国五公爵の一つ「オウトモッド家」……現帝王の家紋よね。
で、この馬車の家紋も同じ。
王族の馬車がどうしてリンド王朝のこんなところに!?
馬車が止まって、いかにもお姫様な格好をした可愛らしい美女が降りてきた……と思ったら、あなたディレ帝国の第二王女エーヴァ様じゃない。
勇者のことは覚えていないけど、あなたや侍女のエカテリーナのことは覚えてるわよ。
「クシャナ様、どうしてこんなところに!?」
いえ、それ、私のセリフ。
どうして他国にあなたが? あ、侍女のエカテリーナもいるじゃない。
もしかして二人で? よく野盗に襲われたりしなかったわね。
「最近は魔物も少ないですし、野盗もいなくなって本当に平和なんですよ。これも全部勇者様たちのおかげですね」
エーヴァ様はそう言いながら、腰にぶら下げた「魔砲」を叩いてる。あれって勇者セイヤーが開発した魔力を増幅して打ち出す破壊兵器よね?
アップレチ王国が開発していたという「銃器」を参考にしたとかしてないとか……とにかく、並の魔力でも山をも吹き飛ばすとかで、世界に一つしかない魔道具のはず。
そりゃ安全に旅もできるわ。
そんなエーヴァ王女は、ここではない遠くを見ている。
その眼差し、わかるわぁ。
あなたも「勇者の記憶はないけれど、魂が覚えている」タイプなのですね?
「はい。どうしても勇者セイヤー様にお会いしたく、国を飛び出して参りました」
無茶するわね……まぁ、職務放棄した私が言うことじゃないけど。
「王女様はエーヴァ商会の会頭でもあられますのに、こんな暴挙を……よよよ」
侍女のエカテリーナが泣き真似している。
実はあなたも勇者に会いたいんじゃないの?
「めめめめめ滅相もないです。私は愛人ポジションを狙ってますから!」
……狙ってるじゃない。
いっとくけどジューンは駄目よ。
「「 はい、わかってます 」」
二人揃って言われた。
「もともとディレ帝国の暗部にいたデッドエンドという者が、勇者様たちがこの国のダンジョンに向かうはずだと知らせをくれまして。いてもたってもいられなくて、こうしている次第です」
エーヴァ王女は覚悟を決めた女の顔をしてるわね。
「おかげで今頃ディレ帝国ではデー・ランジェ宰相が捜索隊を編成しているころです」
エカテリーナは天を仰ぎながら言った。ちょっと楽しそうね、あなた。
それにしてもデー宰相ねぇ……。
女性でありながら宰相になり、ディレ帝国を実質的に管理運営している才女。
もちろん知ってるわ。
そもそもランジェ家と帝王家であるオウトモッド家は、同じ血筋から分派した宗家と本家だし、ディレ帝国は弱肉強食の実力主義だから女性でも宰相になれる要素はあるのよね。ま、それでも男尊女卑であることには変わりないんだけど。
この世界は「女は家庭や家族を守り、男は外で働く」ってことが不文律なわけだし。
どうせその不文律に従うのなら、好いた男の側でやりたいってのもわかるわ。
けど、王女様。エーヴァ商会はいいのですか?
勇者排除派に加わった愚か者の幹部数人が島流しになって、今は大変だって噂は聞いたけど………。
「国営企業ということにして、デー宰相管轄下に置き換えて参りました。民の生活基盤のすべてをエーヴァ商会が握っているのも、帝国としては解せない面もありましょうし」
光熱、上下水道、通信、交通、魔導兵器に高等学校……確かにエーヴァ商会がディレ帝国のすべてだと言っても過言ではない状態よね。
最近は勇者が作った都市国家「仲の国」の文明発展の方がすごいらしいけど、ディレ帝国の首都は三大国家のどこより抜きん出てすごいから……その利権はとんでもないものでしょうね。
けど、よく宰相様は引き受けたわね。
「書き置き残してきただけですよ……今頃デー宰相は悲鳴を上げていることでしょう」
侍女のエカテリーナが溜息をつく。デー宰相に同情するわ。
「クシャナ様。目的が一緒なら、是非ご同行を」
エーヴァ様に言われるまでもなく、私は馬車に乗ったけどね。
じゃ、勇者を探しにいきましょ!!
「総力を上げて探し出せ!」
デー宰相は悲鳴に近い声を上げた。
「なにがなんでもエーヴァ王女を連れ戻せ! 彼女はディレ帝国のお世継ぎなんだぞ!! 国の守りなどいらん! 全兵力で探し出せ!! エーヴァ商会の全権委任など冗談ではない!! あんな超高度文明の管理などできるか!! 大体、これ以上仕事を増やされてたまるか!!」
本音が半分以上入り混じった叫び声は、王城中に響いた。
「帝王もなにか言ってください!」
デー宰相は、玉座に座ってニコニコしているディレ帝王と后に向かって、不遜にも叫び声を上げた。
「ははは。我が娘たちの中で一番野心がなく、大人しいと思っていたエヴゲニーヤ(エーヴァ王女の本名)が、男を追って国を出るなんてなぁ」
「愛ですわねぇ」
「帝王、后様! エーヴァ王女はこの国の世継ぎなんですよ!」
「あら。別にオウトモッド家だけが王家筋というわけではなくてよ、デーちゃん」
「后様! デーちゃんはおやめください。兵が見ております!」
「あらあら、うふふふ。あなたがオネショしている頃から知っているから、つい」
「やめて? ほんとにやめてよおばちゃん!」
「あらあら、后様って呼ばなくていいの?」
「うぐぐ……」
「デー宰相」
帝王が威厳ある声で言う。
宰相は低頭し、今の失態を叱責されるのかと
「我がディレ帝国は五公爵家から成っている。明確な王家筋というものは存在せず、公爵家が帝王を持ち回っている。それは理解しているか」
「はっ……」
「今でこそ我々オウトモッド家が帝王の王家となっているが、次代はランジェ家が王家でもいいと思っているぞ。もちろん他の家にも根回し済みだ」
「はっ……って、え? 根回し?」
「うん。だからデーちゃん、ディレ帝国の女王ね。わしら引退すっから」
「おじちゃん、まって!! なに口走ってるのよ!」
「いやぁ、長女は離婚したけど仲の国の女王になって今では黒百合の君って呼ばれてるしさぁ。三女は伯爵家でのほほんと過ごしてるし、エーヴァちゃんは勇者のところに嫁ぐでしょ? って、なると世継ぎがいないかなって」
「勇者セイヤーを次の王に仕立てたらいいじゃん! どうせ実権持つのはエーヴァちゃんなんだし! なんで私なのよ!」
「んー。デーちゃんのが王様に向いてるよね。雰囲気的に」
「そんな理由!?」
半年後、ディレ帝国の現帝王は引退し、新たな王家となったランジェ公爵家は、デー宰相を新帝王……デー女帝とした。
「総力を上げて探し出せ!」
リンド王朝王立魔法局は、出奔したクシャナを探すために全魔術師を投入、いや、リンド王朝の全兵力を動員していると言っても過言ではない。
クシャナはリンド王朝の秘蔵っ子である。
彼女ほど魔法に精通している魔術師はいないし、彼女ほど場を仕切れる者もいない。
ゆくゆくは魔法局に留まらず、王朝の宰相、そして女王に、という声も強い。
彼女に嫉妬して悪口を言う者や、彼女の魅惑的な容姿に舌舐めずりする野蛮な連中、彼女の領地や将来性に乗っかろうとする者も少なからず存在するが、そういう輩は秘密裏に消されていくさだめにある。
なぜなら彼女は王家の遠縁────なんて薄いものではなく、現王様唯一の実子なのだ。
現后様との間には子宝に恵まれず、一夫多妻制ではないリンド王朝では王家の血が絶える可能性もあった。そこで王は否応なしに側室を迎え、その中で唯一子を恵まれたのがクシャナの母であった。
クシャナの母には口止め料と養育費という隠れた名目で、サーサーン領とフォビオン領が与えられ、フォビオン・サーサーンという家名を持った。
成長したクシャナは領地運営の手腕も見事で、その2つの領地で数十倍の利益を生み出している。彼女はその手腕を女王として発揮する日を待ちわびられていた存在だ。
勇者召喚という実績も、魔法局局長という立場も、すべてはゆくゆく女王になるための布石だ。
そしてクシャナと勇者が結ばれ、勇者の血を王家に迎え入れることが出来れば、リンド王朝の未来は盤石なものになる……はずだった。
まさかクシャナが出奔するとは誰が想像できただろうか。
「とにかく探しだして、なんとしてでも国に連れ帰るんだ!!」
アップレチ王国の善王と呼ばれるエドワード王と、ディレ帝国の天才と呼ばれるデー女帝………。
その二国に対してリンド王朝は世継ぎもなく、次世代では相続問題も起こり、内乱が勃発。
長きにわたる内乱で治安は乱れ、国力は低下し、国民が見限って他国に亡命するものだから、さらに国力は落ち続ける。
こうして世に言う「五大国家」の中では一番弱小国家となってしったリンド王朝は数十年後、この世界の地図から名前が消えることになるのだが、それもまた、別の吟遊詩人が歌うことになるのだろう。
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