第8話 おっさんたちと総支配人と。

 おっさんたち御一行は、のんびりと馬車でリンド王朝の街道を進んでいく。目指すのはテミスが封じられていたダンジョンだ。


 クシャナ曰く「王朝側は、勇者を怒らせたくないから関わりたくないと考えて、妨害はしないと思う。魔法局が動いたのは私の独断だし」との事だったが、そのとおりでなんの妨害もなかった。


 そう。なんの妨害もしなかった。


 妨害してきたのは別口だ。


 おっさんたちの馬車が進む街道を塞ぐように横一列で待ち構えていたのは、まだ10代前半かそれ以下に見える複数の少年少女だった。


 その子どもたちの数歩後ろにいるのは、冒険者ギルドの総支配人ゲイリー翁……つまり、この子どもたちは彼の秘蔵っ子たる冒険者候補生なのだろう。


 どう見てもまだ幼い。


 なのに、どの顔も能面のように無感情で、ジッと感情の色味がない瞳でこちらを睨んでいた。


「……」

「……」

「……」


 おっさんたちは嫌な予感を禁じ得なかった。


 相手が悪辣非道な者であれば良心の呵責なく叩き伏せる自信がある。だが、相手が子どもならどうか。それも、どう見ても洗脳されていると分かる子どもたちだ。


 おっさんたちは誰一人子持ちではない。だが、いい年して大人だけに、子どもに対しては守らなければならない対象として「親目線」になってしまう。


 苦虫を噛み潰したような顔をするおっさんたちをほくそ笑むように見ていたゲイリー翁は、折れかけの枯れ枝みたいな体の割に腹から響く大声で宣戦布告した。


「どうだ勇者たち。貴様らに子どもを倒せるか!? こやつらは容赦なく貴様らを殺すぞ!」


 実のところ、おっさんたちが苦々しい顔をしていたのは、子どもたち相手に戦いにくいとか、そういうことではない。子どもを戦いに利用するゲイリー翁に対して心底ムカついたから出た表情だ。


『人の子らよ。あの幼子たちは心を蝕まれて自我を持たないようですが……まさかあんなわらべをも打ち倒そうというのではないでしょうね?』


 聖リィンが心配そうに言う。


「フッ、子ども相手にどうするのか楽しく見させてもらおうか」


 蜘蛛王コイオスはどこで仕入れていたのかワインの瓶を持ち、御者台から観戦する気満々だ。


「こやつらはすべて勇者の血を引き、わしが手塩にかけて育てている精鋭! 甘く見るでないぞ!」


 ゲイリー翁が言うや否や、子どもたちは一斉に動いた。


 二人ほど瞬間移動のようなスピードでおっさんたちの真横に現れ、刃渡り30センチほどの薄い短刀を突きつけてきた。それと同時に正面からは空気が消滅してしまうほどの獄炎魔法が襲いかかってくる。


「……」


 横から来た子どもたちはジューンが素手で短刀を払い飛ばし、次の行動に移る前に馬車の方にぶん投げる。


 それをさも当然のようにコイオスが蜘蛛の糸で縛り付ける。


 前から来た獄炎の魔法は、セイヤーが生み出した何百層もの魔法障壁の前に霧散し、魔法を唱えた子どもたちは魔力を練りだせないように呪文封じを施された。


 悠々と前に出るコウガめがけて殴りかかった子どもたちは、足を滑らせたりもつれたりして一斉に倒れ、打ちどころ悪くそのまま気を失う。


 時間にして2秒もかかっていないだろう。ゲイリー翁が用意した子ども冒険者たちの殆どが戦闘不能になった。


 勇者たちは基本的に善人なので、子ども相手に力を振るえまい……そう考えたゲイリー翁の秘策は一瞬にして破られたのだ。


 そして、このじじいは踏んではいけない地雷を踏み抜いていることに気がついていない────おっさんたちは昭和の正義感あふれる漫画やアニメで育った世代だ。それゆえに「勝つためにどんな手でも使う」という手法を忌み嫌う。更に言うと「自分より立場や身体が弱き者を虐げる行為」は絶対に認めない。


 ヤンキーでもそういう仁義があった時代のおっさんたちだからこそ、弱い者いじめを心底嫌うのだ。


「子どもを戦わせて自分は後ろから見物か」


 ジューンの眉毛は逆立ち、それをなでつけることすらしない。


 彼が纏う真紅の衣はその怒りを糧にでもしているのか、まさしく紅蓮の炎のような赤い陽炎を生み出し、【吸収剣ドレインブレイド】の刃にまでそれを纏わせる。


「貴様のような老害がいるから団塊ジュニアは余計な税金を多く払わされているんだ」


 セイヤーは純白の魔法衣ディレの風が自己進化した純白の「君主の聖衣」をたなびかせ、オリハルコンの杖リンガーミンの宝珠を構えた。


「年金もらって当然だとおもってんじゃないの? 年金支えてる僕たちに感謝してよね!」


 コウガは黄金の軽鎧(ただの革鎧)と素手だ。オリハルコンのツインソードはそれを突き刺したサイコパスと共に時の止まった監獄の中にあるが、最早コウガに武器は必要ない。


「ふ、ふん。なにを言っているのかはわからんが、儂は聞いておるぞ。貴様らは闇の勇者の呪いを受けて、その力の殆どを失っているそうではないか。くははは、せっかく儂が授けたランクSも無駄になってしもうたわい!」


 ゲイリー翁は自分の近くに控えていた少女の一人を抱きかかえた。


「動くなよ勇者共。この娘がどうなってもいいのか!」


 おっさんたちの足が止まる。


 まさか子どもを人質にするとは想像していなかった。


「儂は慈悲も良心の呵責もなく、この細い首をへし折れるぞ。ガキなどどこにでも掃いて捨てるほどいるからのぅ……試すか!? どうじゃ!」


「……」

「……」

「……」


「おおっと、動くなよジューン。貴様がどれほど早く動けたところで、わしの手が力を込めるほうが早い! それにセイヤー。貴様ならこの娘が死んでも蘇生できると思っているかもしれんが………」


 ゲイリー翁の御高説中にコウガがこそっと一歩踏み出す。だが、それと同時に少女が「うぐ」と苦しそうな声を漏らした。


「コウガ、動くなと言ったぞ! この娘を見殺しにしたいのか!?」


 ゲイリー翁は首だけ握りしめて少女を持ち上げた。


 そしてその頬にべろりと舌を這わせる。


「気持ち悪ぃ」

「汚い」

「吐きそう」


 おっさんたちは動かない代わりに撃を始めたが、ゲイリー翁はどんなに罵倒されてもカカカと笑うだけだった。こういう罵倒への耐性は年相応にあるらしい。


「後ろに控えておる旧神や聖竜も余計なことはせぬことじゃ。貴様らにとってこんな人間の幼子など、どうでもいい存在じゃろう? それに、この娘が死ねば勇者たちがお主らを許さんと思うぞぉ~? おっとセイヤー、魔力も動かしてはならぬ。儂は魔力の動きが読み取れるでのぅ……一番厄介な魔術師の貴様を!」


 セイヤーは半目でゲイリー翁を見る。虚を突いて魔法でどうにかしてやろうと思ったのが筒抜けだったようだが………セイヤーは小声で「見えてないじゃないか」とつぶやいていた。


 ジューンとコウガも気がついている。ゲイリー翁は


 ゲイリー翁は押し黙ったおっさんたちを見ながら、胸元からチェーンで繋がれた球体を取り出した。


「これは神器ワルドナの護符! これを持つ者にはいかなる攻撃も通じず、どんな魔法も消滅する。セイヤーよ、もし儂がこの娘を殺したとしても、蘇生はできんぞ? なんせ儂の傍らにいる限りどんな魔法も霧散するのじゃからな!」


「……」


「これを身につけた者には永遠の回復力と最高の力を授ける! ジューンがいかに儂より強かろうと、これがある限り負けはせぬぞ!」


「……」


「くくく、これこそ我が王ヒース様より賜った信頼と信用の証! いかに強運の勇者でも、この護符の前では無力と知れ!」


「……」


「それに旧神や聖竜と言えど────「話なげぇな、爺さん」────!?」


 ギョッとしたゲイリー翁の手からヒョイと少女を奪い取ったのは、冒険者風の男だった。


「き、貴様……どこに潜んで……一体何者じゃ!?」


「俺の名はハンス。ランクD冒険者だ」


 ハンス氏は意志を感じない少女を片手に、満面の笑みを浮かべた。






 ★★★★★






 俺の名はハンス。


 ランクD冒険者だ


 今、どうして俺がここにいるのかわからない。


 視界がぐにゃりと歪んで……え? 誰だあの爺さん……あっちにいるのは勇者たちか?


 どうやら俺はおっさん勇者たちと戦っている爺さんのに出現したらしい。


 爺さんは小さな女の子の首だけを掴んで持ち上げている。ひでぇことしやがるな……こいつ悪人で確定じゃねぇか。


 依頼料さえ貰えば老人だろうと容赦なくぶん殴るところだが、俺は冒険者だ。依頼なく力を振るう訳にはいかない。そういうのは三下以下のイキリ勢がやることだ。ちゃんとした冒険者は、自分の力の使い所こそ生きる糧だとわかっているから無駄に使ったりしない。


 ん。


 あっちの馬車の幌のところにいるのは、魔法局のクシャナ嬢じゃないか。


 ……なんか目配せしてるな。


 ははぁん、あの娘が俺を魔法で呼んだんだな? 確か転移の魔法が使えるとか言ってたもんな。


 ってか、このジジイはなんなんだ? こんな子どもの首根っこ捕まえて持ち上げるなんて。それに女の子の顔をべろりと舐めやがった。


 うわぁ、気色悪い。ドン引きだぜ、このクソジジイ。


 ん。クシャナ嬢がなにか動いてる。


 ふむふむ。このクソジジイから女の子を奪い取れ……ってことか?


 そうらしい。


 案外ジェスチャーで会話できるもんだな。


 よっしゃ。


 俺も「報酬は?」と手で合図してみる。


 指五本出してきた。


 大銀貨5枚(約5万円)ってところか。


 ふむ、まぁ、いいとしようか。


 そうこうしてる間にジジイが悦に入ったような自慢話をし始めた。


 俺は長年培ってきた隠形の足運びでジジイに近寄り、タイミングを見計らって女の子を奪い取った。


 簡単だったな。ひょーい!と奪えた。


「話なげぇな、爺さん」


 俺が余裕ぶっこいて言うと、唖然とした顔つきでわなわなと唇を震わせやがった。


 あー、これお怒りだよな? 大丈夫か? 血圧上がると老人にはよくないらしいぜ?


「き、貴様……どこに潜んで……一体何者じゃ!?」


「俺の名はハンス。ランクD冒険者だ」


「このれ者が!!」


 ジジイが鬼のような面相で手を伸ばしてきた。


 女の子を奪い返そうってか? そうはいくか。これでも頑強のハンスって呼ばれてるんだ。ねばり強くて、どんな相手にも屈しないぜ?


 ドンと胸元に衝撃が走った。


 は?


 ジジイの手刀が俺の相棒レザーアーマーを貫通してやがる。


 嘘だろ……こいつは安物だが俺が長年大事に手入れしてきた品だぞ。ってか革鎧を素手で貫くって、どんなジジイだよ……。


 あ……こいつ見たことある。冒険者ギルドの総支配人のゲイリーじゃねぇか……。


 やべぇ、なんか胸が痛い……吐きそうだ……。


 だめだ……今吐いたら抱きとめてる女の子にぶっかけちまうだろう……。


 くそっ、なんだよ……視界がぼやけて……耳鳴りが…… … …… …すまねぇ……  …   …… エリール。

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