第7話 おっさんたちは抜け道を行く。

「関所は通らないって言ったわよね?」


 柔らかなエリールたち冒険者軍団と別れたおっさん三人+蜘蛛王コイオス+聖リィンは、クシャナに詰め寄られていた。


 なぜか魔法局の魔術師たちとは別行動でおっさんたちに張り付いていたクシャナは、爪先立ちでジューンを下から睨み上げる。


 豊満な胸が完全にむにゅっと当たっているが当人は気にしていないし、ジューンもそれで「うひょー!」となるほど若くもないので胸が当たる件についてはスルーしている。


「関所は通ってないだろ」


 おっさんたちは関所から南に移動し、リンド王朝国内に続いている鬱蒼とした森の獣道を馬車ごと進んでいる。もちろんこのまま進めば完全に王朝領内に出る。


「言い方に含みがあるから怪しいと思ったら、こういうことする!? 私はリンド王朝内に入ったら駄目と言ったのよ!」


「さっきの勝負は『関所は通らない』ということだったろ。だからわざわざ遠回りして馬車が移動しにくい獣道を進んでるんじゃないか」


 ジューンは自分でも言ってることが屁理屈だとわかっているので、言いながらニヤニヤしている。


「……まぁ、いいわ。私が監視役として同行するから」


「そりゃ好きにしてもらって構わないが……」


 こうしてクシャナも加えた一行は、馬車で獣道を進んでいく。


 どんな悪路でも振動を吸収するセイヤー自慢の馬車サスペンションで、幌の中は快適だ。


 その幌の中にはおっさんたちとクシャナ。


 御者を務めるのは蜘蛛王コイオス。


 セイヤーとコウガは幌の中に置いた木箱を背に、座ったまま腕組みして器用に昼寝している。


 つまり、今、幌の中で起きているのはジューンとクシャナだけだ。


 ジューンにとってクシャナは、この異世界に自分を呼んだ人物にして一番付き合いの長い相手だ。が、ジューンとの記憶を一切合切失っている彼女とどんな会話をすればいいのかわからず、寡黙になるしかなかった。


 クシャナも客観的事実として自分と勇者が共にいたことはわかっているし、求婚していたとの証言もある。だが、記憶がない。記憶はない……のに、ジューンを見ると胸が熱くなる。


『この私が、愚劣で卑しい男なんかに、どうしてこんなに……』


 先刻の「柔らかなエリール」と「ハンス」による、実に甘酸っぱい恋模様を見せつけられたせいだろうか。それとも胸の奥でわだかまっている強い感情が沸騰しているのか……クシャナは自覚なく、ジューンを求めていた。


「ねぇ」


「ん?」


「あんたたち、ヒース王子をどうやって探すつもりよ」


 これが何気ない会話の糸口になればいいな、という感じでクシャナは話を振ったのだが、そこに割り込む声があった。


につきまして情報を持ってきました」


 馬車の御者台から、クシャナの見知らぬ人物が幌の中を覗いてきた。


 全身黒尽くめで黒頭巾をかぶったその者は……元ディレ帝国の暗部でトップだったデッドエンド氏だ。


「久しぶり」


 ジューンは軽く手を上げただけで挨拶に変えたが、クシャナは「いつの間に!?」と驚いている。


「知らなかったっけ? この人はデッドエンドさん。元暗部で俺たちの協力者だ。あぁ、認識阻害の血統魔法があるから、いるのかいないのかわからない。そこは気にしないほうがいい」


「そ、そう」


「で、ってのは?」


 ジューンが尋ねると、デッドエンドは御者台から上体だけひねって幌の中を見ながら応じる。実に器用な体勢だ。


「ヒース・アンドリュー・リンド王子と、魔法局局長トビン・ヴェール侯爵は何かを探しているご様子で。その捜し物を見つけるためにコイオス様の姉君がおられる地下迷宮に向かわれたとの情報を得ました」


「ほぅ」


 デッドエンドと同じく御者台でリィンの手綱を持っていた蜘蛛王コイオスが、低く錆びたような声で声を漏らす。


 デッドエンドが言う「コイオスの姉」とは、ティターン十二柱が一人で法と掟の女神、伝説の女巨人テミスのことだ。


 ちなみに彼女はジューンの「婚約者」として彼に加護と「小野・テミス・淳之介」という名前まで与えた旧神だ。


「姉上の住処はここから近いのか?」


 コイオスがおっさんたちと同行している理由は、姉に会うためだ。つまり、テミスとコイオスが会うことは、この美男子との旅の終わりを意味している。


「はい。テミス様のダンジョンはここからなら30キロくらいかと」


「フッ……一石二鳥だな」


 コイオスが薄笑いを浮かべながら同意を求めてきたので、ジューンは仕方なしに頷いた。いまの同意は「テミスのダンジョンに行くんだよな?」という暗黙の問いかけに対する同意だ。


 本来なら他のおっさんたちとも相談するべきだが、どっちも寝ているし、起きていたとしても反対はしないだろう。


「しかし問題がありまして」


 デッドエンド氏は「この先に冒険者ギルドのゲイリー翁がいます」と告げた。


 完全にこちらの行動を把握して、待ち構えているらしい。


「へぇ。総支配人が最終防衛戦を自らで……ってことか?」


「そうです。彼は勇者の血族などではありませんが、なのに冒険者ギルドの総支配人に上り詰めただけの『実力』がありますので、お気をつけください。その忠告に参りました」


「実力ってどんな?」


「ずる賢さです」


「……」


「力押しだけではない難敵です。どうか気を抜かず……」


 スッとデッドエンド氏は姿を消した。


 ジューンは今の今までゲイリー翁のことを「爺さんだから余裕」と構えていたが、なぜか背筋に寒気が走った。






 ★★★★★






 俺の名はハンス。


 ランクD冒険者だ。


 関所の攻防は、よくわからないが的に終わり、両軍とも「終わった終わった」と武装解除する中、俺だけが窮地に立たされている。


 目の前にいるのは柔らかなエリール。


 俺とエリールを取り囲むように女冒険者たちが輪を作ってるんだが、敵だった連中も味方だった連中も、ほぼ全員の女が周りに揃っている気がする。


 そんな俺とエリールの間に立っているのは、ランクA冒険者の【さざなみのグウィネス】……この女になぜ俺が睨まれているのか。むしろどうして俺はこの場で囲まれているのか。


 よくよく見たら俺の後ろには【勇殺者ブレイブキラーのミゥ】もいるし、勇者の側近だった【猫頭人身族ネコタウロスのミュシャ】もいて硬そうな鋼の爪を伸ばして「シャー!」と威嚇してくる。


 俺、死ぬの?


 俺、なにかしたか?


 って、おーい、鉄弓のニーナ助けてくれ!


「いい加減腹をくくったら?」


 どういう意味だよ? 俺がなにしたってんだ!


「自覚がないだと? ……お前、男の風上にも置けないやつだな」


 さざなみのグウィネスが言うと、女冒険者たちが「そうだそうだ!!」とシュプレヒコールを上げ始める。


「だから、俺がなにしたってんだ!」


 さすがに怒鳴り返すと、輪の周りで様子を窺っていた男冒険者たちが「幸せ者!」「ぜろ!」とブーイングしてくる。


 なに? 女だけかと思ったら俺、気が付かないうちに冒険者全員敵に回してるのか!?


 さっきのバランスタワーで勝ったから相手から敵視されるのはわかる。だが、なんで関所守ってた仲間からもブーイングされているのか全く見当がつかない。むしろ鉄弓のニーナ、お前なんでそんなに俺に「死ねバカ!」とか言ってんの? ひどくないか?


「もう一度言うが、俺がなにかしたってのか!?」


「なにもしてないわよ」


 柔らかなエリーナは顔を真っ赤にして横を向いた。


「だったらちょっとどうにかしてくれ、さんよ。身に覚えもないことで俺はここにいる連中を敵に回しちまったようなんだが、本当になにもわかんねぇ。俺はどんなヘタ打ったんだ?」


「おい鈍感。まだわからんのか」


 さざなみのグウィネスは半目で俺を見てる。


「お前はうちの総大将であるエリールを口説き落とした。その責任をとってくれるんだろうな」


「………はぁ………はぁッ!?」


 いや、俺じゃなくてもビビってそんな声出すだろうよ。一瞬思考停止しちまったじゃねぇか!


 俺が柔らかなエリールを口説き落とした!? 愛の言葉なんか囁いたこともねぇこの俺が!? 口説いた!? どこの俺がそんなことをやってのけたんだ!? 俺が!? 俺なの!? 嘘だろ、おい!!


「なんだ、口説いたつもりはないみたいな驚き方だな」


 さざなみのグウィネスの半目に殺気が載っている。


 俺を囲んでいる女連中からも沸々と殺気がこぼれてやがる。


「あれだけうちのエリールを女扱いして、当人もそんな感じになってるっていうのに、まさか無自覚で口説いてたってわけか?」


「待ってくれ。口説い────って、えぇぇ!?」


 エリールが上目遣いで俺を睨んでいる。一杯涙が溜まって今にも零れ落ちそうだ。


 コレが戦場で先頭切って駆け回る女の顔か!? さっき上半身裸で乳揺らしながら踊ってた女のする顔か!? いや、いい乳だった。違う、そうじゃない。


「待て。泣くな。駄目だ、泣くな」


 どこに行った、俺の語彙力。


 褒めよう。女の涙は嫌いなんだ。ここは褒めて褒めて笑顔を取り戻そう!


「あんたは可愛らしい。それは間違いない! そう、間違いなくいい女だ! 料理も美味い! 見た目も可愛い! スタイルだっていいし、嫁にするなら最高の女だ!」


 どんどん墓穴を掘っていく気がする。あとはその墓穴に自分で埋まりに行くだけだ。


「きっと俺の人生であんたくらい良い女と出会って、しかもいい感じになることはもうない! 運をここで使い果たした! だけど……だけどな! 俺達は冒険者なんだ!」


「それがなによ」


 ああああああああ!! ついにエリールの瞳から珠のような涙がボロボロ落ち始めた。


「お、俺はこの仕事以外に食っていける生き方を知らないんだ。あんたをめとっても養っていく稼ぎを得られるかわからないし、この仕事は定住に向かない。あんたもわかるだろ! この家業は結婚にゃ向かねぇんだ!」


「なんで私が家庭に入ることになってるのよ。私は! あんたよりランクの高い女冒険者よ!」


「ぅ……俺が家庭に入るのかよ」


「バカ言ってんじゃないわよ! 二人で冒険者やればいいじゃないのさ! 死ぬときも迷うときも戦うときも全部一緒よ!」


「いや……お前、子どもとか、どうすんだよ」


「出来たら出来た時よ! てめぇはそんな度胸もない男なのかい!?」


「おい……なんか口調がべらんめぇになってきてるぞ……」


 俺と柔らかなエリールがやり合っていると、さざなみのグウィネスが割って入った。


「明るい家族計画は後にしてくれ。今、この場で決めるべきことは一つ……君たちは結ばれるんだな?」


「そうよ。ね?」


 う? なんか睨まれてる。柔らかなエリールが柔らかくない目で睨んでいる。


「お、おう」


「わああああああああああああああああ!!」


 俺が頷いたと同時に大歓声が巻きおこった。


 次々に冒険者たちが飛びかかってきて、笑いながら俺は軽く殴られたり締め上げられる。


 柔らかなエリールに助けを求めようと思ったが、あっちはあっちで女冒険者たちと泣きながら抱き合ってる。なんなんだよ! なんで無関係な女が泣いてんだよ!!


 ってか、痛い! 誰だ俺の股間を握りつぶそうとしてるやつは! お前かさざなみのグウィネス!! やたらセクシーな目で見ながらそれやるの、やめろ!!


「そういえばあんたの二つ名ってなに?」


 柔らかなエリールに問われ、俺は冒険者たちを押しのけながら……


「かっちかちのハンス」


 俺の股間を握りしめながらとんでもないことを言うさざなみのグウィネス。


 エリールはブッと笑った。


 あぶねぇ、まともな女だったら「あたしの男に何やってんのよ!」か「他の女にナニにぎらせてんのよ!!」と飛びかかってくるところだ。こういうとき、冒険者同士の機微がわかるってのは、たしかにいいな。


 おっといかん。俺の二つ名をちゃんと伝えなきゃな。


「俺はのハンスって呼ばれてる。まぁ、守りが堅いって意味じゃなくて堅実な仕事しかしないって意味なんだが」




「柔らかなエリールと頑強のハンス。こりゃいい組み合わせだ!」

「ひゃっはー!!」




 おい、みんな。撤収作業はどうした。


 どうして酒樽が転がってきた? 誰だよリュート鳴らしてるやつは。


 なんか規則正しく踊りながらペアを組み始めた? ってか女冒険者のほうが多いのか。知らなかった。いやいや、そんなことはどうでもよくて………。


 あー、なんだこれ。いにしえの勇者が残した伝統的な酒宴の「合コン」っていうやつか? 俺たちを契機にカップリングしようってところか。そりゃ別にいいんだが、俺、なし崩し的に人生の伴侶が決まったんだが。これ、どういうこと?


 ええい! うだうだ悩んでも仕方ねぇ。いいとも、付き合ってやろうじゃないか。なぁ、エリール! 今夜はお愉しみだからな!!

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