第6話 おっさんたちと鈍感男。

 平和的な決闘。


 柔らかなエリールVS冒険者ハンス氏。


 勝者がエリールであれば、国境の関所を押し通る。


 勝者がハンス氏であれば、おっさんたちとエリールたちは撤退する。


 決闘内容は「バランスタワー」


 同サイズの直方体のパーツを、四角いビルのようにタワー状にし、これを崩さないように片手で一片を抜き取り、最上段に積みあげる。ただそれだけのボードゲームだ。


 だが、途中でどうしてもタワーは歪んでしまい一片を抜くのにもかなりの注意力と指先の器用さが問われる。


 無骨な冒険者には不得手とも思われるゲームだが、柔らかなエリールは「じゃあ、やりましょうか」と得意満面だ。


 クシャナが選抜した敵側冒険者のハンス氏は「なんで俺が……」と至極当然な疑問を愚痴りながらも席につき、クシャナに噛み付いた。


「なぁ、エリートさんよ。俺みたいな三下冒険者より、繊細な魔法やってるあんたのほうが、こういうのは器用にできるんじゃねぇのかい?」


「魔法構築とバランスタワーに関連性なんてないわよ。むしろ私はこういうの苦手なんだから。いい? 言い出したのはあんたなんだから、負けは許さないわよ。リンド王朝の名にかけて勝ちなさい」


「冒険者に掛ける名なんてねぇよ………それより、これの依頼料は別だろうな?」


「私のポケットマネーで勝ったら金貨10枚(約100万円)」


「さすがエリートは羽振りがいいな。じゃあ、そういうこった。よろしくなエリールさんよ」


 ハンス氏が向き直ると、柔らかなエリールは苦笑していた。あきらかに格下を見る眼差しで。


「あなた、ランクは?」


「Dだが?」


「そう」


 柔らかなエリールはにっこり微笑んだ。ファルヨシの町でギルド職員していた頃に見せていた、あの笑顔……つまり、作り笑いだ。


 ランクBのエリールからすれば、名もなきランクDが百人かかってきても勝てるかも知れない。が、これは殺し合いではなくボードゲームだ。勝負の先はわからない。


「じゃ、先攻と後攻を決めてくれ」


 ジューンが言うと、エリールとハンス氏は同時にテーブルの上に左手を置き、右手にナイフを取り出した。


「は?」


 何をするのかと思えば、二人はさも当然のようにお互いの左手をナイフで貫いて机に貫き止めた。


 ジューンは驚きのあまりセイヤーを見て、セイヤーはコウガを見た。


「ちょ……」


 コウガは驚きの声を上げてアワアワしているだけだった。そのっぽい仕草の可愛らしさの「あざとさ」を目の当たりにしたおかげで、ジューンとセイヤーは一瞬にして冷静になれた。


 当事者二人は額に血管を浮き上がらせて脂汗をかいているものの、一切声を漏らさずお互いを凝視している。


「なにをしているんだ、君たちは……」


 セイヤーが治癒魔法をかけようかと前に出たら、二人から睨まれた。


「「 冒険者同士の戦いに口を挟むな! 」」


「………いや、私も一応冒険者なんだが……」


 仕方なくセイヤーが周りにいた冒険者(敵側)に聞いた所、冒険者同士で行われる「戦い」以外の決闘では、先攻後攻が勝敗を決することもある。で、その先攻後攻の決め方は、お互いの手にナイフを突き刺し、ぐりぐりやって悲鳴を上げたほうが後攻になる、というものだ────これは冒険者としての我慢比べだ。


 二人は睨み合いながらナイフをグリグリと回転させ、そのたびに手の甲からどっくどっくと鮮血が溢れる。


「いや、ちょ、きっつい。きっついわぁ」


 コウガは血が苦手で、拷問スプラッター系の映画は見てられないタイプだ。


「やるわね。私のコレで悲鳴を出さないなんて」


「女に言われちゃぁなぁ」


「あら、女は痛みに強いのよ?」


 柔らかなエリールは、ニコニコと温和そうな笑みを浮かべながらナイフの柄を時計回しにねじっていく。


「あー、やめだ。俺が後攻でいい」


「あら、もう降参? 痛かったかしら」


「痛さは我慢できるんだがなぁ。女の手を痛めつける趣味はねぇんだよ、俺」


「……存外に甘いこと言うのね」


「うるせぇ。こんなかわいい手をグリグリできるかっての」


「かわいい? よく見なさいよ。私の拳は戦いで皮膚を擦りむきすぎて、男みたいな……」


「こんな小さな手をかわいい以外になんて言うんだよ。いいからほら、あんたが先攻だ」


「……」


 柔らかなエリールは、まったく柔らかくない表情になって、バランスタワーの一片を取り除き、上に載せた。なにか不満でもあるのか、少し唇がとんがっている。


 ちなみに、相手が逃げないようにナイフを刺したまま決闘を続けるのが冒険者の流儀らしい。


 ハンス氏も危なげなくバランスタワーに同じことをする。


 それを数回繰り返した辺りで、エリールは舌打ちした。


 引き抜こうと思った一片が、意外に固くて抜けきれないのだ。


「一度手に触れたピースは絶対抜くこと」


 ハンス氏がニヤっとする。


 抜けやすいものを試すために木片をツンツンする行為はNGなのだ。


 だが、エリールは気合一閃。指一本の「突き」で木片を抜き取った。さすが徒手空拳最強冒険者の一人と謳われるだけある。


 しかし運はハンス氏に味方した。


 簡単に次をクリアしようとするハンス氏。


 エリールはハンス氏の手の甲を貫いているナイフに力を込めた。これは冒険者の間では「許される妨害」だ。


 ハンス氏は痛みに眉を寄せながらも、クリアする。


「あなた、どうして私の番の時、なんの妨害もしないのよ」


「あ? 痛みに強いんだろ? やって無駄なことはしない主義だ」


「……タイミング合わせて痛めつければ私だって手元が狂うかもしれないじゃないの」


「だから、女の手を痛めつける趣味はねぇんだよ。ほれ、あんたの番だ」


「………」


 次のターン。


 まさか柔らかなエリールがバランスタワーを崩してしまうとは。


「………」


 クシャナはジト目で負けたエリールを見る。


「なに?」


「あなた、今、わざと倒したでしょ」


「は? 私も柔らかなエリールと言われるランクB冒険者よ。手なんか抜かないわ」


 微妙な空気が流れたが、それに割って入ったのは空気を読まないセイヤーだ。


「勝負は勝負だ。私達は負けた」


 セイヤーは負けたエリールを責めるでもなく、二人の冒険者からナイフを引き抜き、即座に治癒魔法を掛けて傷などなかったことにする。


 だが、血までもとに戻るような強い治癒魔法をかけたわけではなさそうだ。二人の冒険者は貧血で顔色が悪い。


「ほんとに引き下がるんでしょうね?」


 クシャナがいぶかしげにおっさんたちを見る。


「約束通り超えない」


 セイヤーは真摯な顔で頷いた。






 ★★★★★






 俺の名はハンス。



 ランクD冒険者だ。



 今、俺は自分の左手の甲を見ながら「ほんとに傷一つねぇな」と感心している。


 治癒魔法ってのは使い手が少ない。使い手がいたとしても、一回その魔法を使ってもらうのにかなりの大金を要求されるので、一介の冒険者には縁のないものだ。


 それを初めて受けた。いや、すごいな。全然傷がない。


 ただ、ちょっと血が出すぎた。大したことはないが多少の貧血は自覚している。


 そんな俺を勇者のおっさんたちは「こっちで静養していけ」とテントに案内してくれた。


 おお、メシ!


 食っていいのか? タダで?


 !!!


 俺が今まで食ってきた肉ってなんだったんだ? なんだこの柔らかくてジューシーで芳醇な生命の濃さを感じる肉は!


 タレ? これに漬けて食うのか? 少し付けるだけでいい? って、なんであんたが横にいるんだ、柔らかなエリール。


「私も貧血気味だから食事で補うためよ」


 そりゃそうだな。


 どれ。言われたとおりに黒い「タレ」とかいうのにちょっと付けてから……美味い。ちょっと涙が浮かんでくるくらい美味い。


 人間、本当に美味いものを食うと感動して泣くんだな。今の今まで知らなかった。


「こっちも美味しいわよ」


 エリールが草を盛ってきた。なんだよ野営じゃねぇんだからここでまで草を食うことなんて……なに? ドレッシングとかいうのを掛けて食べると美味しい?


 ……美味い。


「このマッシュポテトはどう?」


 おお、これも美味い。コショーか? あんたら高級調味料も贅沢に使ってんだな。


「それ、私が作ったのよ」


 おう、あんた冒険者だけじゃなくていい嫁さんにもなれそうだな。ははは。


 どうでもいいが、なんでこのテントの周りにいる連中はニヤニヤしながらこっち見てるんだ? あんたら負けたんだぜ? 勝った俺を睨みつけるならまだしも、どうしてニヤニヤしてんだ?


「ところでハンス。あなた意中の女とかいるの?」


 んあ? すまない。肉にかじりついてた。ちょっともぐもぐさせてくれ。


 ……ふう。あ? 女? いるわきゃねぇだろ。その日暮らしの冒険者が恋人とか家庭とか、そう簡単に持てるもんか。


 ラッキーなパターンは依頼を受けた遠くの村で、村娘と好いた腫れたな関係になって、冒険者なんか辞めて村人になることかな。


 あとは冒険者のパーティ仲間同士でくっつくって話もあるが、くっついたら大体が冒険者稼業なんて引退するもんだ。


 ま、俺はこの仕事が嫌いじゃないし、これ以外に食っていくすべを知らない。だから女にうつつを抜かしていられない。


 金でもありゃあ娼館で女を買ったりするんだろうが、その日暮らしの冒険者なんで金なんかない。宿代と飯代、装備品の保守、酒場での情報料……それで精一杯だ。


 たまにパーティの女冒険者が出先で「金くれるならヌいてやるよ」とか言ってくるんだけどよ。俺、こう見えて繊細で敏感だから、そういう女は無理なんだよな。ははは。


「繊細?」

「敏感!?」


 周囲がざわっとした。


 その中にはおっさん勇者たちと、クシャナ嬢もいる。あんたら敵同士じゃねぇのかよ。ってか、関所の守りについてる冒険者たちも普通にいるし、飯食ってるし。もうグダグダだな、おい。


「ところで、ハンス。あなた周りから鈍感とか言われない?」


 失礼だな、柔らかなエリール。俺はこう見えてもどんな場所でも神経細かくやってきたからこうして生きてるんだ。この前なんてなけなしの金で娼館行ったとき……すまん、娼婦の話なんか、女のあんたにする話じゃなかったな。ははは。


 それにしても、このメシ美味いな!


「それも私が作ったのよ」


 ほう、すげぇな! なんで顔赤いのか知らないが、エリール、あんたいい嫁になるぜ!

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