第5話 おっさんたちとボードゲーム。
「なんにしても、リンド王朝での争いはご法度。関所は通せないわ」
クシャナはおっさんたちに苦言を呈した。
目的が勇者排除派のヒース王子、魔法局長トビン・ヴェール侯爵、冒険者ギルド総支配人ゲイリー翁だとしても、王朝の領土内に戦いの火種を持ち込むことは容認できない、ということだ。
特にヒース王子は、たとえ勇者排除派として暗躍していたとしても、王位継承者である。王朝としては「守るべき立場の人物」であることからも、もし王朝内に潜伏していたとしてもおっさんたちに引き渡すことはないらしい。
「君の立場を無視して言えば……王朝の云々など知ったことじゃない。俺たちのジャマをするのならリンド王朝とも事を構えるかもしれないぞ?」
ジューンは珍しく強い口調で言った。
「それは王の望むところではないけれど、どうしても押し通るというのであれば、私達魔法局が相手になるわよ」
クシャナも負けてはいない。
おっさんたちの連れの女の子たちは、ほとんどが気丈だ。その中で最も気が強いのは誰かと言われたら、全員がクシャナの名を挙げるだろう。
男社会の魔法局の中で己を磨き、セクハラ・パワハラに耐えて今の地位まで上り詰めた才女は、とにかく負けん気が強い。自分の主義主張を変えることは「恥だ」と考えているフシがあるくらい、とにかく頑固だ。
そんな彼女の性質を知っているジューンは「うーん」と唸る。
彼としては、できれば穏便に王朝領に入り、敵対する三人を捕まえて、説教するなりしてこちらに関わらなくなればそれでいいと考えている。そもそもここにいるのかどうかも当てずっぽうなのだから、ここで足止めされる道理はない。
「いや、足止めされる道理はあるでしょ。あなたたち自身がそもそも魔王より強い制御不能な化物なんだし、後ろには国家戦力並みの冒険者一団まで引き連れているんだから」
「じゃあ、冒険者が入らなければいいのか?」
「そういう問題じゃないのよ。あなたたち自身が凶器なんだから」
勇者は魔王を倒せるほどの尋常ならざる戦闘力を持っている。それは各国家にとっては危険極まりない「制御できない核弾頭」みたいなものだ。
だから、各国家は勇者を召喚したらまず心を縛る。
縁のある者を多く作り、国に恩義を感じさせ、この国のためにあろうという心持ちを維持してもらう。そのためなら多少の散財や、高貴な女性を充てがうことも辞さない。クシャナもそういう意味で勇者召喚の担当にされたと言っても過言ではない。
だが、残念なことにこのおっさんたちは縛られなかった。
だからリンド王朝は、勇者のおっさんたちに「この国に関わってくれるな」という姿勢だ。
おっさんたちには都市国家たる「仲の国」があるのだから、そこから出てこないで余生を過ごして欲しい。他国に攻め入ったりマウンティングしようとしないで欲しい。ただ、とにかく、死ぬまでなにもしないでくれ、という考えだ。
おっさんたちもそうしたいところだったが、先に手を出してきたのは勇者排除派、つまりは「国」が守っている「重鎮たち」の方だ。
「この会話は平行線だろう。お互いの意見をぶつけて妥協点を探れるタイミングはとうに過ぎている。私達は勇者排除派のヒース王子、魔法局長トビン・ヴェール侯爵、冒険者ギルド総支配人ゲイリー翁の三人を差し出すことをリンド王朝に要求する」
セイヤーが言うと、クシャナは
「その三人が王朝内にいるという証拠があるの? 私達が探し出せなかったら『隠している』と責められる可能性もあるわけでしょ? 少しのことでもあなたたちが王朝に攻め入る口実を与えるわけには行かないわ」
と拒否する。
ジューンの第一婦人の座を狙っていた頃のクシャナであれば「国なんかどうでもいいわ」と言っている所だが、今はそうではないのだ。
「じゃ、意見は通らなかったので、残る手は実力行使だね」
コウガは冷淡に言う。
「勇者だから意見が何でも通ると思ったら大間違いよ」
「犯人を引き渡せって言ってるだけでしょうが!?」
「いるかどうかわからない、罪状もはっきりしていない犯人を、私達王朝の人件費を使って探せと?」
「だから僕たちが探すから中に入れてって言ってるんじゃんか」
「あなた達は歩く最終兵器なのよ。そんな危険な人物を王朝内に入れる訳にはいかないわ」
「じゃ、意見は通らなかったので、残る手は実力行使だね」
「勇者だから意見が何でも通ると思ったら大間違いよ」
「ああああああああああああ!! 同じことを繰り返してる!! くっそめんどくさい!! ジューン! あんたの連れの子、くっそめんどくさい!!」
「残念だったな」
ジューンは苦笑する。その笑みの中には「コウガじゃこの子は落とせまい」という自負も含まれている。
「リィンの涙をぶっかけてしまったらどうだろうか」
セイヤーも多少イライラしているようだ。
「なぁ、あんたら、ちょっといいか」
関所を守っている冒険者の一人が頭を掻きながらやってきた。
「俺の名はハンス。ランクD冒険者だ。にっちもさっちも話が進まねぇようだから、出しゃばらせてもらった」
★★★★★
俺の名はハンス。
ランクD冒険者だ。
今、俺は一世一代の賭けに出ている。
敵の総大将であるおっさん勇者三人と、リンド王朝のスーパーエリート美女、魔法局長代理のクシャナ。その面子を前に出張った。
いやさ。ここで永遠に睨み合いとかされても、俺たち困るわけよ。さっさとこの依頼を終わらせて普通の仕事に戻らないと生活に響くわけ。わかる?
で、さっきからおっさんたちとクシャナ嬢の言い合いを聞いていたけど、どっちも立場があるし、言い分もある。
こういう時はボードゲームで勝敗を決めるってのが、リンド王朝の冒険者たちの習わしだ。
伸るか反るか。
クシャナ嬢ちゃんよ。まさか、これにも乗れないってんなら、俺たち関所の冒険者も敵に回すことになるぜ?
「賭け事で決めろっていうの!?」
いやいやお嬢ちゃん。ボードゲームは賭け事じゃない。
おっと。ボードゲームってのはな、
由来は異世界から来た勇者様らしいが「チェス」とか「イゴ」とか「ショーギー」とか聞いたことあるだろ。もっとディープな連中はテーブルトークロールプレイングゲーム……TRPGっていう遊びもやってるし、さらに濃くなると大戦略シミュレーションとかもやってるんだが、ありゃ素人が手を出すには早すぎる。
で、やるかい?
よし。
じゃあ、あんたらのとこでやってたボードゲームで勝負つけるのはどうだい?
ほら、さっきやってたろ。
おおう、結構あるな。
「バランスタワー」
クシャナ嬢は、同サイズの直方体のパーツを組んで作ったタワーを指さした。
これを崩さないように注意しながら、片手で一片を抜き取り、最上段に積みあげる。それを交代で行って崩したほうが負け、だ。
「けど、私一人で勇者三人と戦うのは比率があってないわ。代表一名を出してよ」
クシャナ嬢が言うと、おっさんたちは速攻で「柔らかなエリール」を連れてきた。
「あんたたちじゃないってどういうことよ」
「おっさん、細かい作業すると手が震えちゃう」
コウガっていう小さいおっさんが自慢げに言う。なんの自慢にもなっちゃいねぇ。
「じゃあ、私も勝ちに行くわ。あんた、やんなさい」
は?
俺?
俺がやんの????
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