第4話 おっさんたちと王立魔法局。
敵陣の女性冒険者の過半数、いや、ほぼ全員がおっさんたちの軍勢に投降した。
そしてたっぷり滋養を得てシャワーを浴びてエステして、完全に武装解除してゆったりくつろいでいる。
おっさんたちの陣営には、女性に変な視線を送ったり舌なめずりしながらゲヘヘヘとやるような冒険者はいない。普段は荒くれ者の冒険者だというのに、どういうわけか誰もが紳士的で親切。これは冒険者と言うより「正義の味方」と言ったほうがいいだろう。
なぜこうなったのか。
すべては聖竜、いや、聖馬リィンのせいだ。
美しき馬は冒険者たちに「正しき道」を説き、それに感化された冒険者たちが正義感に目覚めたようだ。
それと、ダールマ教徒となった冒険者が複数人いたせいで、彼らから伝播した「正しき人のあり方」というのも相乗効果を与えた。
おっさんたちが気がついたときには、自陣の冒険者たちは「キレイな冒険者」になっていた。
どんな荒くれ者でも「人々のため! 正義のため!」と意気高揚しているのだが、おっさんたちからすると、なにか洗脳されているのではないかと心配になるくらいだったし、なにより「偏った正義感」が怖かった。
おっさんたちのいる世界では、誰もが自分の正義を掲げて喧嘩し、戦争し、人を殺す。そう思えば平和のためだと完全無抵抗で殺されてもいいという人々もいるし、きっと絶対誰かが守ってくれるからという根拠のない他力本願主義もいる。
ものの考え方に良し悪しはない。ただ、それを他人に強要するようになると軋轢が生まれる。
「大丈夫かな、俺達のほうの連中は」
ジューンが違和感を語るのも当然だ。
「ま、悪事を働くよりはマシだろう」
セイヤーは楽観視しているようだ。
「自軍の方はどうにでもなるとして、敵軍の切り崩しを今後どうするの?」
コウガは現実主義だ。
「うちの連中みたいに、リィンに説法してもらってきれいな心に浄化するわけにもいかないだろうしさ。まだまだ切り崩さないと、関所は超えられないよ? 女の子抱かせるとかいう昭和の営業会社みたいな手は使わないでよ?」
「そんなことするかよ」
ジューンとセイヤーは憮然とした。
「うちの子たちをそんな道具にするくらいなら、金払ってこっちに付いてもらったほうがマシだ」
視点が親目線なジューンが言うと、セイヤーはポンと手を叩いた。
「確かに、冒険者が動く理由は報酬だ。私達が彼らを買収すればこちら陣営に加わる理由付けにもなるだろうし、それはアリかもしれないな」
「だけど、敵さんは金をゲイリー翁からもらっているわけだろ? その倍払ったとして乗り換えたりするもんなのか?」
ジューンが疑問を呈する。
「普通の冒険者は受けた依頼を貫くだろうな。もっといい条件を提示されたからといって、ポンポン乗り換えるような者はビジネスの世界では信用されない」
「けど、より良い条件で働くことがビジネスで儲ける方法だろ?」
「それは1つの取引相手からどれだけ有利な条件を引き出すかということであって、条件の良い別の取引相手に浮気して、また別の、さらに別の、とやっていく浮気者に仕事を任せたりはしない。もちろん『あっちはこういう条件を提示してきた』という取引材料にすることはできるだろうが、あまり好まれる手法ではないな」
「ビジネスってのは面倒だな」
「いやいやジューン。君も営業畑で社会人していたのだろう?」
「経営者じゃないからな。一兵卒と一緒さ。どんなに理不尽でも上からの命令に従い、文句ばかり一人前の下を上手くコントロールしながら働かせつつ自分の目標数字もこなす……俺、異世界に来てよかった」
ジューンはなにか思い出したようにつぶやいた。
現実世界の、歯車の中にある仕事をやっているより今のほうが『生きている』ことを感じられる。
それは安定志向であるジューンの気質にはまるで合っていない生き方ではあるが、慣れた。そして、気に入った。
「この世界、良い世界なんだよな……俺は嫌いじゃない」
「ああ、そうだな。だから悪者は排除したい。ヒース王子に魔法局局長?と、ゲイリー総支配人……やつらは早くどうにかしないとな。ところでコウガはどこに行った?」
「んぁ?」
ジューンは目を細めて敵陣の方を見る。
なんとコウガは派手な衣装を着たまま、単身で敵陣の手前まで進んでいた。
「なにをするつもりだ、あいつ」
セイヤーはしばらく観察しようと思った。
★★★★★
俺の名はハンス。
ランクD冒険者だ。
今、俺は妙な男に話しかけられている。
派手な衣装を着た小さなおっさんだ。
さっきは鉄弓のニーナを含めたほとんどの女冒険者たちが投降しちまった騒動のせいで、この小さなおっさんが何しに来たのかよくわからなかったが、今回はやっと目的がわかった。
なんでも「今の依頼料金の倍を払ったら寝返るのか?」という話をしにきたらしい。
話にならん。馬鹿にするなと言いたい。
俺たち冒険者は金で命を売る………つまりは金さえ払えばなんでもする、と思われがちだが、そんなわけはない。金ですべてを解決するのは闇ギルドのクソ共だけだ。
俺達風来坊のような冒険者にもルールってもんがある。
中でも、受けちまった依頼を捨てて別の依頼に乗り換えるなんてのは、タブー中のタブーだ。そういうことをする輩は、同業者からもギルドからも見放されて、依頼を受けられずパーティも組んでもらえなくなり、終いには仕事を失うってのが道理だ。
いいか、小さいおっさん。
あんたに五倍払われようが十倍払われようが、はいそうですかと依頼を乗り換えるクソ冒険者は、ここにはいないって言ってるんだ。
なんせここにいる冒険者は、ゲイリー総支配人の意向に逆らえない連中、つまり俺も含めて「良い子ちゃん」なんだよ。
クソ冒険者なら、こんな強制依頼なんて無視してるさ。
言い訳だっていろいろできる。
「聞いてなかった」「知らなかった」「体調が悪かった」「通りすがりの病気の老人の世話をしていたら間に合わなかった」とかな。
ま、俺らみたいな「良い子ちゃん冒険者」が、依頼人であり冒険者ギルドの総支配人でもあるゲイリー翁を裏切ったりできるわけねぇだろ。
いや、しつこいな、小さいおっさん。
だからさぁ……俺たち今回の依頼の報酬すら聞いてない状態で集められてるんだ。いくらのっけようとしても、元の依頼料を知らないんだって。
って、んー? 俺たちが必死こいて関所閉じてるってのに、リンド王朝側からなんか来たぞ?
ありゃあ……王朝の、っていうか三大国家最強の魔術師集団「リンド王朝王立魔法局」の旗じゃねぇか?
俺たち冒険者を
そもそも俺たちの仕事は本当はここを守ることじゃなくて敵の殲滅なんだが、ま、どう考えても潰せる気はしなかった。ふう、やれやれ。これでお役御免ってところか。
「勇者ジューン!!」
キンと耳に響く金切り声と共に、とんでもなく色っぽい美女が前に出てきた。
てか、あの色っぽいねぇちゃん、知ってるぞ。
魔法局の局長だったけど今は行方をくらましてるって噂のトビン・ヴェール侯爵の秘蔵っ子で、スーパーエリート魔術師。三系統もの魔法を扱える勇者の連れ……クシャナ・フォビオン・サーサーン嬢だ。
王家の遠縁だかなんだかで、王朝随一の美女で、服の上からでも形の良さがわかる爆乳。
ありゃあ男たちが群がってくるだろうなぁ。
噂じゃ随分とトビン・ヴェール侯爵が色目を使っていたらしく、それを気にして誰も近づけないって話もあったがな。
ま、万年冒険者の俺には縁のない女だ。
で、そのスーパーエリート美女が魔法局の魔術師を連れて、こんな最前線まで来たってことは、本気でおっさんたちを潰すつもりか。
「勇者ジューンはどこ! 私は魔法局長代理のクシャナ! 私のことを知っているのなら出てきなさい!」
クシャナ嬢が怒鳴るたびに、ローブの胸元がゼリーみたいにたゆゆんたゆゆんって動いてるが……あーあ、関所の冒険者たちが口半開きで見入ってやがる。
「勇者ジューン! どこにいるの! 出てきなさい!」
あー、もしもしお嬢さん。勇者は関所のあっち側だぜ。内側で叫んでも無駄だろうよ。
「ふ、ふん。わかってるわよ!」
ツンと顔を背けてクシャナ嬢は関所の門を通り抜け、勇者たちの方に姿を見せた。
魔術師達は関所の手前に置き去りかよ。
「ジューンという男はどこ!」
「あ?」
大剣を担いだ赤い鎧の男……真紅のジューンが前に出てくる。
「なんだ。クシャナか」
「やっぱりあなた、私のことを知っているのね」
「そりゃ、まぁ、しばらく一緒にいたと言うか、俺をこの世界に呼び出したのは君だからな」
「そう。状況証拠的にも周囲の話的にも、私があなたを呼び出したし、婚姻しようともしていたようね」
「婚姻は知らないが、君は闇の勇者の呪いで勇者に関する記憶を失……」
「知ってるわよ。知ってるけど私の頭が納得していないからこうして会いに来たのよ」
「ああ、無理に記憶を戻そうとか考えていない。君が今幸せにしているのならこのままで」
「いいから記憶を戻しなさい。なにか方法があるんでしょ!?」
「最後まで人の話を聞け?」
「うっさいわね! 記憶が抜け落ちてるのが気持ち悪くてしょうがないのよ! 戻して!」
おーい。痴話喧嘩かー? それなら他所でやってくれないか?
あ、魔法局の魔術師のみなさん、休憩したいのなら関所の中にどうぞ。ろくな食い物はないけどな。
それと関所に残ってる冒険者のみんな。休憩だ、休憩。
勇者の連中は本気で攻めてくるつもりはなさそうだし、いいよもう。てきとーで。
「記憶が戻らなくてもわかるわ。私はあなたのことが好きなのね。すごく胸がドキドキするし!」
「お、おう」
おいおい、なんだよあいつら。
もうやってられっか。誰か関所の中に酒とか置いてないか確認してきてくれ!
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