第3話 おっさんたちと女の楽園。

 リンド王朝関所に陣取る敵冒険者たちの一角は、ゆる~い兵糧攻めでおっさん側に引き込んだが、それは全体の一割にも満たない。


 敵の牙城を崩すにはまだまだ手段を講じる必要があるだろう。


 だが、おっさんたちは焦っていなかった。


 ヒース王子たちの逃亡先がリンド王朝「だと思う」という憶測で動いていることもあり、焦ってここを突破しようとは考えていないし、むしろ、今の「武力を用いない攻防戦」を楽しんでいるフシもある。


 年の功と言うべきか、おっさんたちは人生の楽しみ方を知っている。


 今、この時、どうやったら楽しくなるのかを優先する精神的ゆとりがあるのだ。


「なんだそりゃ」と後で笑い話にできるような、酒のツマミになりそうなネタを求めている。なので「勝って楽しい、倒して楽しい、蹂躙して楽しい」では面白くもなんともない。むしろおっさんの自慢話にしかならない「笑えないツマミ」に仕上がってしまう。そんなもんで酒を飲んでも美味しい訳がない。


 では、この状況を酒のツマミとして美味しく仕上げるにはどうするか。


 ゆる~い兵糧作戦はやった。


 相手を羨ましがらせて投降させる作戦として、うまい飯や酒を用意し、マッサージ屋とかボードゲーム屋とかもやってみた。


 まだ足りない。


 もっと相手を飢餓状態にさせなければ、これらの設備は効果しない。


 ああ! 腹減った! あんな美味しいものが食べられるのなら奴隷にでもなります! と思わせなければならない。


 ああ! 体が凝って堪らない! イケメンや美女にマッサージされたい! と思わせなければならない。


 ああ! 退屈で死にそうだから遊びたい! ボードゲームやりたい! と思わせなければならない。


「というわけで、PR大使。敵兵にこちらの良さをアピールしてきてくれ」


 セイヤーに肩をポンと叩かれたコウガは「はぁ!?」と片眉を上げた。


「なんで僕を指名したし! こういうときはエリールとかグウィネスに頼んで僕らはニヤニヤ見てるってパターンでしょうが!」


「たまにはコウガのちょっといいとこ見てみたい」


「古臭い酒飲みコールだな!!」


 ちなみにコールというのは、酒を一気飲みさせる危険な合いの手で、コウガが古臭いと言ったコールは


『コウガくんの、ちょっといいとこ見てみたい!!

 大きく3つ(パンパンパン)

 小さく3つ(パンパンパン)

 おまけに3つ(パンパンパン)

 はい、イッキ、イッキ、イッキ、イッキ…

 はーい、はーい、はーい、はーい!!』


 と続くものである。


 他にも


『はい!

 のーんで飲んで飲んで!

 のーんで飲んで飲んで!

 のーんで飲んで飲んで!

 飲んで?』


 というものもあるが、おそらくパリピのコウガからしても「古っ」と言ってしまいそう一昔前のコールだ。


 コウガが知る最近のコールは


『なーんで持ってるの?

 なーんで持ってるの?

 飲み足りないから持ってるの!

 は~い、飲んで飲んで飲んで飲んで~♪ 』


 というものだが、さすがにパリピのコウガと言えども、若者とヒャッハーする機会はそれほどないので、それ以外には知らない。


「いや、コールのことなんかどうでもいいとして、だ」


 ジューンもセイヤーと同じように、コウガの肩をポンと叩く。


「寝返らせて来てくれ」


「無茶言うなし!」


 コウガは必死にいやいやするが、横でコイオスが蜘蛛の糸で金銀きらびやかな法被はっぴを織っている。


 背中の蜘蛛の足を器用に使って、凄まじい速さで仕立て上がったそれは、コウガのサイズにピッタリだった。


 強制的にそれを着せられたコウガは、単身で関所に向かわされる。


「覚えてろよー!!」


 そう言いながらも前に進むコウガ。


 敵から弓で射られたとしても、凄まじい強運で絶対当たらないという自信がからこそできる単身行動だ。


 それまでは「運とかわかんない」と自分の強運力や運命線の強制上書きについて、自信を持っていなかったコウガだが、ようやくと「僕ってすごいんじゃね?」とわかってきたらしい。


「期待しないでよ!?」


 コウガはニヤニヤしながら自分を見送るジューンとセイヤーを睨みつけながら関所に向かった。





 ★★★★★






 俺の名はハンス。


 ランクD冒険者だ。


 早速だが、今、俺は妙な男を見ている。


 敵陣が宴会しているので、攻め時は今だ!と息巻いていたところに、たった一人でやってきた敵の男だ。


 小柄なおっさん。


 そう評するしかない、あまり強そうではない中年男性が、金銀ギラギラな上着を着て、ニコニコ顔でやってくる。


 仲の国の色街の客引きでもあんな派手な格好はしていないだろう……なんなんだ、あいつは。


「やあ、僕はコウガ! 南の勇者だよ♪」


 小さなおっさんは引きつった顔で、なんだか年齢にふさわしくない愛らしい挙動を始めた。


 あ、鉄弓のニーナが弓を引き絞ってる。


 まてまて。和平交渉かもしれんぞ? あ、射つの? 容赦ねぇなお前。


 !?


 ちょ、見たか今の!


 ニーナが放った矢が突然の突風でかなり右に逸れたぞ!? あの矢も鉄製だよな?


 もう一回射ったニーナが驚いた顔をした。


 それもそのはず。神風は二度に渡って小さなおっさんを守って矢を逸らせた。すげぇな。超ラッキーだわ、あのおっさん。


 え、ニーナ、ムキになってないか? 三度目の正直? 矢がもったいないと思うけど、まぁ好きにしたらいいさ。


 あーあ、ほら。今度はすごいスピードで飛んできた小鳥に当たって矢の軌道が逸れた。小鳥かわいそうに。


 四度やっちゃう? 涙目だし、もう意地だなニーナちゃん。


 ぶっ、今度は弦が切れた!? すげぇな。今まで切れたことないし、毎回張り替えて新品同然の弦が切れるなんて……え、それってエンシェントドラゴンのヒゲなの? なんでそれが切れるんだよ……って、ニーナが切れた。


 プライドにかけてあの小さなおっさんを殺すと言い出して、短剣持って飛び出していったぞ。


 おーい、おっさん。


 逃げたほうが良いぞー。ニーナは弓だけじゃなくて剣も達人だぞー。冒険者ランクBだからなー。


 って、ニーナ。


 短剣持って関所出た辺りでなにかに足を滑らせて転んだわ。


 あ、痛そうな音がした。


 足元にあった石で頭を強めに打ったっぽい。


 小さなおっさんが困った顔してこっち見て手を振ってるけど、俺はうかつに行かないぜ? 俺、多分もうすぐここに攻めこまれて死ぬんだろうけど、最後の最後まであがくつもりだから。その最後の最後の前に危険なマネはしたくないわけよ。


 小さなおっさんは仕方なさそうにニーナを引きずって自陣に戻っていった。


 なにしにきたんだよ、あのおっさん。


 敵陣に連行されたニーナは治癒魔法を掛けられて意識を取り戻したっぽい。


 おうおう、派手に暴れて「くっ、殺せ」とか言ってるよ。あれって最近流行りの『女騎士が敵に捕まったときに言う言葉』だろ? 知ってる知ってる。広場とかで吟遊詩人が劇でやってるもんな。あれって誰が流行らせたんだったっけ……確か元白薔薇親衛隊の双子騎士のレスリーとリンダだよなぁ。


 その「くっ、殺せ」状態のニーナだけど、ここから見る限り随分と手厚く介抱されてるぞ。


 なんだ?


 トレイに湯気が立つ皿……ありゃあ敵の食事をわけてもらってんのか? え、なんかメチャクチャ美味そうに食ってない? 泣きながら食べてるぞ、あの女。 あれ絶対嬉し泣きだよな! 何食ってんだ! ちくしょう、よく見えない!


 ちょっとまて。酒も飲んでやがる!! 誰か望遠鏡もってこい! よしよし。これでよく見える……うわぁ、最近流行りのビーフシチューってやつじゃねぇか。銀貨5枚(約5000円)もするんで、その日暮らしの冒険者には食えそうもない食事だぞ。


 俺はまぁ、一度贅沢して娼婦に奢るついでに食ったことがあるんだが、あんな美味いものは他にねぇよな。


 酒は? 銘柄が見えるぞ……砂漠のオアシス「リアムノエル」で作られてる高級酒「ラキア」じゃねぇか!! 俺でもこれまでの一生に、たった一度しか飲んだことがないやつだ!!


 く、くっそ! ニーナのやつ、もう顔が溶けてんじゃねぇのか?


 敵陣にいる捕虜だってことも忘れてるよな、あれ。


 敵の女冒険者たちと「ラキア」で乾杯してる……読唇術で会話を確認しとくか……うわぁ、ガールズトークしてやがる。好きな男のタイプとか嫌いな男の話とか……俺の話はしてねぇよな?


 あ? 女同士みんなで密閉されたテントに行ったぞ。


 あの湯気……まさか風呂なのか!? 


 嘘だろあいつ、ほこほこして出てきたぞ。


 風呂上がりには氷で冷やしたエール!? 氷とかどこから出てきたんだ!?


 エール飲みながらマッサージしてもらいつつ、寝転がったまま女冒険者たちとボードゲーム……なんだよあれ。腰を揉んでもらってる間、完全に発情した女の顔になっちまってるぞ。


 おい、どうした?


 は? うちの他の女冒険者たちが騒いでる? なんだよふぇいしゃるまっさーじ、って。えすててぃしゃん? なんかの魔法か?


 って、あいつ敵陣で寝た! スヤァ……って寝てる!


 油断しすぎだ馬鹿野郎! ランクBでも寝てるときは無防備だ! 殺され………ないだと? なんかふかふかの布団をかけてもらって幸せそうに寝てやがる。


 男たちに陵辱されることも拷問されることもなく、美味しい酒と飯にありついて風呂入ってマッサージ受けてスヤァ……なんなんだよあいつ! 敵を攻撃しに行って完全に飼いならされてんじゃねぇか! くっそ羨ましい!!


 って、おおい! うちの女冒険者たちが両手上げて投降していくぞ!


「私達もキレイになる権利がある!」


 何言ってんだあいつら。綺麗どころから一番縁遠い野獣みたいな女冒険者どもが、なんでいきなり色気づいてんだよ!


 おい、まてお前ら!


 まじかよ……防衛戦力半分くらいになってねぇか?


 あー、駄目だわこれ。もう絶対負ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る