第2話 おっさんたちと兵糧攻め。
「うかつに攻め入れば、あちらもこちらも怪我人……いや、死傷者が出るだろうな」
セイヤーは「できれば本当の敵以外は穏便に済ませたい」と言う。
「確かにあの関所で
ジューンも「めんどくさいからあいつら投降してこないかな」とブツブツ言っている。
もちろん、ジューンが呼びかけても投降してくる冒険者はいなかった。
「じゃ、こういう作戦は?」
コウガは「北風と太陽」の話を始めた。
「なるほど。ならば私が各方面に働きかけてこよう」
セイヤーは転移魔法で消え去った。
「……どういう作戦ですか?」
柔らかなエリールが首をかしげる。
「北風と太陽の話、知らない? あ、知らないよね。これは僕たちのいた世界の童話なんだけど……」
コウガはエリールに説明する。
寒い北風と暖かな太陽が、「どちらが旅人の服を脱がせるか競争だ」と賭けをした。
「なんでいきなり追い剥ぎみたいなマネを。みなさんの世界の太陽と北風は強盗ですか? それとも旅人の服を脱がそうとするエロオヤジ?」
エリールは訝しげな顔をしたが、コウガは咳払いしつつ話を続けた。
北風は旅人めがけて冷たい風を吹き付けた。
だが、旅人は風が吹けば吹くほど外套の襟を立てて、しっかり両手で服を抑えてしまう。
次に太陽は暖かな光を旅人に浴びせた。旅人は温もりの中、外套を脱いだ。
「ああ、太陽神アポロンと北風の神ボレアスの話ですか」
エリールは納得したような顔をした。
「こっちにも同じ話あるの?」
「ええ。最終的にはアポロンのソーラ・レイで旅人を焼き殺すという……」
「あ、違うわ。その話全然違うわ」
コウガは慌てて訂正する。
「つまり、手っ取り早く乱暴に物事を片付けてしまおうとするよりも、ゆっくり着実に行う方が、最終的に大きな効果を得ることができるって話さ。もしくは、冷たく厳しい態度で人を動かそうとしても、かえって人は頑なになるけど、暖かく優しい言葉を掛けたり、態度を示すことによって初めて人は自分から行動してくれるという組織行動学的な……」
「つまり、戦わずしてあの敵陣を潰すには、遠隔魔法で蒸し上げる、と?」
「違う」
コウガは肩を落とした。どうやらエリールには物の例えが通じないようだ。
「そんなことするより、敵を味方に変えてしまうほうが良いでしょ!」
「そんなこと、できませんよ。あちらも報酬もらって敵になっている冒険者ですから」
「できる」
ジューンが会話に参戦する。
コウガとエリールの視線が集まったところで、ジューンは
「ゆる~い兵糧攻めだ」
★★★★★
俺の名はハンス。
ランクD冒険者だ。
早速だが、今、俺は生命の危機に瀕している。
窮地に立っている。ピンチに陥っている。絶体絶命になっている。
俺たちが陣取っている関所前で、攻城戦みたいな陣形を作っているのは、なんと勇者率いる反冒険者ギルド軍……そう。あれはもう軍と言ってもいいだろう。
ゲイリー総支配人の独断支配に反旗を翻したギルド職員や冒険者たち、そしてゲイリー翁の幼女趣味に犠牲になった子どもたちやその親───うん、どう考えても正義はあっちだ。
だが、金で雇われている以上、正義だのなんだのは関係ない。嫌なら依頼を受けなきゃいい。それが冒険者だ。
とは言え……今回はゲイリー翁の強制だったので受けたくないのにこんな場所まで引っ張り出されちまったわけだがな。
ん、どうしたんだい鉄弓のニーナ。
いい匂い? む、確かにうまそうな匂いがする。
って、敵さん、陣形整えたまま炊き出しを始めたぞ?
おいおい、なんで野戦の炊き出しに「月夜の子猫商隊」とか「ミノーグ商会」みたいな有名所が食材供給とかやってんの? てか、どこから現れた?
は? 馬車数十台が一度に転移してきた!? そ、それもあっちの勇者の力か!?
奴らが本気出したら俺たち全員どこかの壁の中に転移させられて即死するんじゃねぇか!?
……おいおい、奴らすげぇ良いもん食ってんぞ。
なんだよあの肉とか魚とか……。
え? あの「天翔ける龍の架け橋亭」の料理人が来てる!?
あの宿の高級料理を戦場で食ってんのかよ!? 敵側、贅沢すぎじゃねぇか!?
というか、なんで攻めてこないんだよ!
うわぁ、あいつら酒飲み始めた。
なんかの楽器出してきたし、柔らかなエリールが胸さらけ出して踊ってんぞ、おい……。
くっそ、いい匂いさせやがって!
俺たちの方は食料なんか用意されちゃいない。冒険者は自給自足が鉄則だから、携行食料として持ってる黒パンと燻製肉くらいだ。
それでも腹の足しになればいい……いいんだが……目の前であんな美味そうに美味そうなものを美味い美味いと美味がってたら、こっちの食事は喉を通らねぇ。
え、ちょっとまて。
あっちのほうでシチューみたいなものを美味そうに食ってる奴ら、関所の第一部隊じゃないか?
はあ!? 投降した!?
そこの守りはどうなってる! 他所の部隊で補填しろ!
くそっ、第一部隊の奴ら、この戦いが終わったら絶対ぶっ殺してやる。
おぉぉぉぉぉぉい! 第二部隊! なにしてんの!!
子どもたちが持ってきてくれた葡萄酒とほかほかのパンと肉に釣られて、喜色満面で敵に寝返った!!
お前ら絶対ゲイリー総支配人に殺されっぞ!
どうしたニーナ。
おいおいランクB冒険者の鉄弓のニーナともあろう女が、なにをもじもじしてんだよ。
あっちを見ろ? ん。
テント? ベッド? なにやってんの、あれ。
看板がある……マッサージ!? 戦場で疲れた体を癒やすとな!?
なんかすげぇイケメンがマッサージしてるんだが、俺の目がおかしいのかあのイケメンの背中に蜘蛛の足が見えるんだ……。
両手と蜘蛛の足先で器用に女体の背中をもみほぐして……あれって昇天してね?
あっちのテント……ちょ、なんだあのキレイな馬。馬なのか? ユニコーンとかペガサスとかいう伝説の動物じゃなくて!?
その馬が
いや! いかんいかん。
敵が油断しまくってる今こそ攻め時だろ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます