おっさんたちと殿(しんがり)の物語
第1話 おっさんたちとシンガリの冒険者。
「それで……逃してしまったヒースとかいう男を追いかけたいが、行き先がわからないので、とりあえずその男の母国に向かおう、という話だったな?」
蜘蛛王コイオスが燦々と照り注ぐ陽光を浴びて、数倍増しの美貌で語りかけてくる。御者台に座るその美影身は、幌の中から見ると後光が射しているように見えてしまうが、正体はただの酒好き女好きの享楽神だ。
コウガは半目になりながらも、コイオスの問いに応じる。
「そうだけど、なに」
「東のリンド王朝と言ったか?」
「だからなにが言いたいのさ」
「多分その王朝とやらの国境がアレなんだろうが、簡単に通れそうにないぞ」
ここに来てようやく異変が起きていることがわかり「言い方が遠回しすぎ!」とプンプンしながらコウガが幌から顔だけ出す。
「うわぁ……」
国境の関所と覚しき壁と建物。
そこには木の杭で作られた柵が大量に設置され、その柵の周り、建物の中や外、屋根や壁際……とにかくコウガが「うわぁ」とこぼしてしまうほどの人の群れが、武器を構えてこちらを見ていた。
厳戒態勢とかいう話ではなく、完全におっさんたちが来るのを待ち構えていた感じがする。
群れている人々の格好からして国境警備隊などではなく、冒険者だろう。
「なるほど。我々を行かせないための
セイヤーも幌から顔を出してきた。
「ゲイリー総支配人……だったか? その一派なんだろうな」
ジューンも顔を出す。
おっさん三人が雁首揃えて幌から顔を出すのは、むさ苦しいにも程がある絵面だな、とコイオスは苦笑する。
おそらく落ち延びたヒース王子をおっさんたちが追いかけて来ることを想定したか察知したかで、ゲイリー総支配人が手駒の冒険者たちを配置したのだろう。
冒険者ギルドの最高地位の立場を利用して、いたいけな少女を手篭めにしようとし、それが叶わなければ犯罪者の濡れ衣を着せて捕まえる……そんな非道外道の爺でも、さすがは冒険者を束ねる者だ。よくもこれだけの冒険者をおっさんたちが通るであろうルートに配置できたものだ。
「フッ……どうする? あの者たちを皆殺しにするのなら私の妖糸一本で、全員の首を落としてみせるが?」
「おいおいコイオス。別に殺す必要はないだろ。連中だってよくわからずに俺たちと敵対している可能性が高いんだ。平和的に行こう」
ジューンは聖馬リィンに止まるように命じ、一人でその先に立った。
「おーい、通してくれないか? 無駄な争いは避けたい!」
ヒュンと風が鳴り、ジューンの額に矢が当たった。
「いて」
普通の人間なら頭を撃ち抜かれて即死する攻撃だったが、ジューンにとってはちょっと痛いデコピンをくらったような感じだ。
そして、ジューンはセイヤーやコウガと違い、敵対するものに容赦はしない。
一瞬にして関所までの間合いを詰めたジューンは、自分を狙撃した女冒険者の弓を掴み、ボキッと折った。
なんで顔面を射抜かれていない?
いつの間に目の前に?
どうやって柔鉄の弓を折った?
女冒険者は真っ二つにおられた弓を足元に捨てられ、混乱したまま顔面蒼白になっていた。
その周りにいる冒険者たちも体が
「こ、これが真紅のジューン……」
女冒険者がガクガクと震える唇で言うと、ジューンは「は?」という顔をした。
「俺はそんな二つ名が付いていたのか。恥ずっ」
頭をかきながら、馬車の方に戻る。
そしてまた大きな声で「ここを通せば危害は加えないぞー!」と言い出す。
「いやいやいやいやいや! いま特攻したよね!? そのまま連中をボコってしまえばよかったんじゃないの!? なんでまた戻ってきたし!」
コウガが抗議するが「話し合いは大切だろ」とジューンはスルーした。
「……そこそこの付き合いになるが、ジューンの考え方は読めないな」
セイヤーはやれやれという顔をして、「しんじらんない」とぶつぶつ言うコウガの肩を叩く。
「なんなら馬車ごと関所の向こう側に魔法で転移する」
「できるの!? できるならもうあれよ! ヒース王子のところまで転移しちゃってよ!」
「どこにいるのかわからない相手のところまでは転移できんよ。楽をしようとするな」
「楽したくもなるよね」
コウガは馬車の後ろを指差した。
後ろにも大量の冒険者たちが迫っているのが見える。
前後を冒険者に挟まれた。その数は前に500と後ろに500といったところか。
「仕方ない、か」
セイヤーは長い髪を結ぶ。
コウガも拳を鳴らす。
ジューンは気合いで逆立つ眉毛をなでつける。
コウガとセイヤーは「よっこいしょ」と締まらない声を出しながら馬車から降り、先に降りていたジューンは「降参しないと痛い目にあうぞー」と関所の冒険者たちを威嚇している。
コウガとセイヤーは馬車の後ろに回る。
前にはジューンがいるし、聖馬リィンや蜘蛛王コイオスもいるからなんとでもなるだろう。
「ん……」
馬車の後ろから来た冒険者たちの先頭にいるのは、見た顔だった。
セイヤーが目を凝らすと、向こうから手を振ってきた。
柔らかなエリール。ランクB冒険者で、反ゲイリー総支配人派冒険者の筆頭だ。
「久しぶり」
よく見ると【
さらにはおっさんたちを負かしたランクA冒険者の【
「君たちがいるということは、ツーフォーたちもいるのか?」
「いえ、ミュシャさん以外の皆さんはカイリーの町にいらっしゃいます。この場に来たのは冒険者だけです」
すでに記憶が戻っている
「冒険者ギルドの汚点は冒険者が晴らす。と、いうことだそうだ」
元ランクA冒険者で、ミノーグ商会会頭秘書だった【
相も変わらず、決して当人はエロさをアピールしているわけではないのに、何故か女の色香が辺りに漂うほどグラマラスだ。
だが【
「
「なるほど。だから冒険者があんなに」
柔らかなエリールは敵対冒険者たちをキッと睨みつけた。
★★★★★
俺の名はハンス。
ランクD冒険者、つまりABCDEFGの7ランクあるうちのど真ん中。熟練冒険者たるランクCには及ばないまでも、そこそこの実績を積んできた自負がある。
そんな俺でも今回だけは「あー、俺、今日死ぬんだな」と思わず愚痴ってしまった。
周りを見ると他の冒険者たちは、もう死を覚悟した顔をしていた。
この仕事を始めた時から分かっていることだが、冒険者の命は安い。その生命と引き替えに財を得るのが冒険者だ。
だから、安請け合いはしないし、自分の命の価値も十二分にわかっている。
だが、今回は違う。
冒険者ギルド総支配人ゲイリー翁が、すべての冒険者に「強制」し、この場に集めさせた。
報酬は提示されてすらいない。これは「どうせ死ぬから報酬を提示するだけ無駄だ」という態度の現れだろう。
それでもギルドの「強制」を断れば、冒険者資格剥奪されてしまう。つまりは
ギルドからの依頼内容は「冒険者ギルド反抗勢力の殲滅」だが、こんな国境線に、これだけの人数で陣取っていることからも「防衛戦」としか思えなかった。
そして今わかった────相手は防衛できるような敵ではない、と。
誰かが先走って弓を射た。
あれは鉄弓のニーナだ。
百発百中の腕を持ち、かつて三本の弓を同時に放ちガスドラゴンを倒したこともあるランクB冒険者だ。あんな凄腕もここに来ていたのか。
柔鉄の弓から放たれた矢は、敵の顔面を貫通する勢いがあったというのに傷一つ負わせられなかった。
そればかりか矢で傷一つ受けなかった男は、真っ赤な全身鎧を空気抵抗で赤く燃やすような勢いで、一瞬にしてこちらの陣地に現れた。
どうみても100キロ超えていそうな全身鎧で、赤い光弾のような早さで、これだけの人数がいる中でも正確に弓を射たニーナの前に立った。
正直に言おう。チビッた。
鉄弓のニーナもスカートの下……足元に水たまりができていたが、彼女の名誉のためにも俺は見なかったことにしよう。
俺たちがチビるほどの鬼気迫るオーラを纏って現れた赤い鎧の男は、ニーナの持つ弓をひょいと奪い、ペキッとへし折り、ポイッと捨てた。
鉄だぞ!? しかも弓として加工した柔らかい鉄だ。どんな力自慢が曲げても元の形に戻るだけだと言うのに、それを折った!
化物だ。
誰一人としてその動きを追えていない。
「こ、これが真紅のジューン……」
ニーナがガクガクと震える唇で言う。
真紅のジューン!? それって勇者!?
「俺はそんな二つ名が付いていたのか。恥ずっ」
勇者のおっさんは頭をかきながら、なにもせず馬車の方に戻っていった。
「ここを通せば危害は加えないぞー! 降参しないと痛い目にあうぞー」
単身で攻めてきて、一瞬でここにいる冒険者全員の心をへし折っていったおっさん勇者が改めて呼びかけてくる。
余裕が半端ない。
いつでも俺たち全員をいとも簡単に殲滅できるという余裕だ。
さらに敵の馬車の後ろにも新たな敵がいる。
斥候係の冒険者が言うには、反抗勢力の冒険者たちのようだ。
そちらにいるのは………反抗勢力のトップであるランクBの【柔らかなエリール】だ。
引退してギルドの受付嬢に収まっていたが、実のところ彼女の徒手空拳に勝てる冒険者は一人としていない。
それに彼女の統率力と、男女を問わず君臨できるその気質は「冒険王」いや「冒険女王」とも言える存在で、冒険者なら誰もが知っている。
他にも【
風を操るというその技は、並の人間に見切れる代物ではない。
娘のエリーゼはゲイリー翁に狼藉を働いたことにより、犯罪者として指名手配されているはずだが、血色も良い顔をして信念をもった表情でこちらを見ている。
これは、ゲイリー翁にまつわる「幼女趣味」の犠牲者で冤罪だったのかも知れないな。あれは犯罪者の面じゃないと俺でもわかる。
他に敵側にいるのは……なに? ランクA冒険者の【
どこかの大手商会の秘書だか愛人になったと聞いていたが、彼女は勇者特性を3つも引き継いだ勇者の子孫だ。
ランクA冒険者なんて世の中にそうそういない化物だし、たとえ勇者のおっさんたちがいなくても、グウィネス一人で俺たちは全滅させられるだろう。
他にも勇者のパーティで戦っていたというランクC冒険者の【
敏捷性と一撃必殺のアダマンタイトの爪。
同じくアダマンタイトの骨格と魔法抵抗力の高い毛並み。
「当たらなければどうということはない」戦法で、すばやく敵を撹乱しながら接近し、致死の一撃を与えて離脱していく。
そんな
アップレチの王族は全員胸糞悪い連中だが、最近、若い聖人君子以外が全員死んだと聞いている。ザマァだ。
さて。どうでもいいことを考えて現実逃避していたが、周りを見てみると他の冒険者もだいたい同じだった。
「俺、この戦いが終わったら地元で幼馴染と結婚するんだ」
「俺の病気の息子が待ってるんだ」
ああ、古の勇者から伝わる「
そして冒頭の俺の愚痴につながる。
「あー、俺、今日死ぬんだな」
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