第13話 おっさんたちと円卓会議・番外編。

 円卓会議の後、魔族のイーサビットはおっさんたちに呼ばれて天守閣に来た。


 ちょっと前。勇者排除派たちが囲んでいた円卓の場では常にニヤニヤしていた彼だが、今は打って変わって「上司に呼ばれた新入社員」のような、どこか緊張した雰囲気を漂わせている。


 なんせ呼ばれたのは彼一人だ。


 なにか怒られるのではないか、勇者の折檻ってヤバそうだ、とビクビクするのも致し方ない。


「よく来たね」


 コウガはわざとらしく、テーブルに肘をついて顎の下で手を組んでいる。


 ついでにどこで入手したのか、メガネという文明がないこの異世界で丸いサングラスを掛けている。


 その姿勢とサングラスのおかげで、まるでどこかの特務機関の司令のような佇まいだ。


 ちなみにおっさんたちは、この異世界に来た瞬間に健康優良児ならぬ健康優良おっさんになっているので、視力も裸眼で2.0を超えているし、網膜は紫外線に強いのでメガネもサングラスも必要としていない。これはコスプレみたいなもので、コウガの「お遊び」だ。


 そんなコウガの後ろにセイヤーが秘書官のように立っている。


 コウガの遊びに付き合っているせいか「めんどくさい」オーラが滲み出ているが、この場に呼ばれたイーサビットから見ると「不機嫌そう」にしか見えず、更におどおどしてしまう。


「ねぇ、イーサビットは今から魔王領……じゃない、ジャファリ連合国? 新皇国? そこに帰るんだよね?」


 コウガは姿勢を崩さずに言った。


「ええ、ジャファリ新皇国ですが………」


 100年前、竜を怒らせて滅びたジャファリ連合国は、今はジャファリ新皇国と名とを変えている。昔は傲慢な人族ばかりの国だったが、今の人口の殆どは魔族と亜人種で構成されている。


 イーサビットはそのジャファリ新皇国の初代代表たる皇帝であり、魔族にとっては魔王(仮)という立場だ。


 が、おっさんたちから「ちょっと潜入捜査してきて」と使いっ走りにされたので、自国の政治には一切関わっていない。


 だが、それでもイーサビットは今でも皇帝兼魔王(仮)だ。


 『邪聖剣ニューロマンサーを持つ者が魔王となる』という不文律が魔族にはある。どんなに無能でも、どんなに悪辣でも、その剣を持つ魔族が魔族全体の………つまりはジャファリ新皇国の支配権を持つのがしきたりなのだ。


「で、さ。今、魔王の剣をちゃんと持ってる?」


「? ………はい、これですけど」


 イーサビットは渋々と空間に手を突っ込んで大きな剣を取り出した。


 セイヤーから亜空間収納の方法を教わってから使用している「アイテムボックス」だ。これは魔力が多い魔族などの限られた者にしか使えない魔法だが、イーサビットは上位魔族なので余裕で使っている。


「よし。無くしてはいないね」


「いやぁ、さすがにこれを無くしたらどうかと思いますよ、はははは」


 イーサビットは呼びつけられて怒られるのかと思っていたが、そうではなさそうなので急に砕けた態度になった。


「で、もう一度聞くけどさ。潜入任務も終わったから国に帰るんだよね?」


「え……ええ。一応ジャファリ新皇国の皇帝兼魔王(仮)ですし、私の民が待っていることでしょうから帰りますよ?」


「………どこからその自信が出てくるのか知りたいけど、とにかく、そのクリストファーから手紙が届いたんだよね」


 コウガが指を鳴らすと、セイヤーは半目になりながらもこの茶番に付き合うようで、懐から羊皮紙を取り出して読み上げた。


「拝啓、勇者の皆様。 (前略) 現在ジャファリ新皇国は法整備と治安の安定、食料の供給コントロール、異種族間の生活様式の統一化など、かなり高度な政治判断を必要としている時期です。イーサビットが帰ってくると迷惑の極みなので、帰ってこないように手はずをお願いします。敬具」


「と、いうわけでさ。帰国やめてさしあげて?」


 コウガが首を少し横に傾けて、おっさんらしからぬ可愛い仕草をするが、イーサビットは額に血管を浮かべて「あんにゃろう! 私は帰国しますよ! 魔王(仮)なんで!」とキレた。


「けどさぁ、実際は宰相のクリストファーさんが国を切り盛りしてるんだよね?」


 コウガが言うと、イーサビットは嫌な予感がしたのか、露骨に顔をしかめた。


「それはそうですが、魔王(仮)たる私をないがしろにしすぎです!」


「今キミが帰ったところで役に立つと思うわけ?」


「ひどっ。これでも上級魔族ですよ! 当然役に立ちますとも!」


「ほう?」


 セイヤーが冷たく口を開く。


「今回の潜入捜査の働きっぷりは最低だった」


「うっ……」


「定期連絡もよこさず、ただここにいるだけ。何の仕事をしているのか、さっぱり理解していなかったと思うが?」


「そ、それは指示がなかったので……」


「指示されないと動けないような男に皇帝が務まると思ってるのか」


「ううっ……」


「新皇国の未来のためにも、君をこのまま帰す訳にはいかないなー、と。だからさ………」


 コウガはパチンと指を弾いた。


「呼ぶのが遅ぇよ」


 声は遅れてやってきた。


 気がついたらイーサビットの手から『邪聖剣ニューロマンサー』は消え、それを持ったジューンが円卓の向こうに現れていた。


 衝撃波を起こさない最大限のスピードと体の動きで、さくっと『邪聖剣ニューロマンサー』を奪い取ったジューンは「案外軽いな」と巨大な抜身の剣を振りながら感心している。


「ちょ、なんで簡単にそれを持てるんですか!!!」


 邪聖剣ニューロマンサーは資格のない者が持つことを許さない「自我」を持っている。


 魔空王と3つの聖杯、蘇生の書と賢者、伝説の鎧と伝説の楯、埋葬しても掘り返された邪聖剣……この剣にまつわる伝説は魔族側で広く知れ渡っているが、今は省こう。


「たまたま女魔王のアルラトゥが残したコレをお前が拾っただけなのに、そんなんで魔王になれるのか? 本当はちゃんとした持ち主が持つと光り輝くとか、そういうのはないのか?」


 ジューンは邪聖剣ニューロマンサーをブンブン振り回し、切れ味確認!とか言いながら円卓に叩きつけようとしている。


「扱いが雑!! やめて!!」


 イーサビットが悲鳴を上げる。ジューンの馬鹿力だと邪聖剣ニューロマンサーが折れても不思議ではない。


「持つ者によって変わるのか、ちょっと試してもらうか」


 セイヤーがくいっと手首をひねると円卓のそばに空間の歪みが生じた。


「え」


 執務に使う羽ペンを持ったまま、椅子ごと強制転移させられたクリストファーは、突然のことにキョトンとした顔をしている。


「ちょっと持ってみ」


「?????????」


 おっさんは人に説明するのをめんどくさがる。


 わけがわからないうちにクリストファーは邪聖剣ニューロマンサーを受け取っていた。


「!?」


「「「 おおー 」」」


 邪聖剣ニューロマンサーの刀身が紫色に鈍く光った。


「な、なんですか……これ邪聖剣ニューロマンサーですよね!? というか、ここはどこですか? なんで勇者の皆さまが? って、どうしてお前がいやがるんですかイーサビット代表」


「私の扱いも雑!? 仮にも皇帝兼魔王(仮)に対して、お前、って!」


 イーサビットが吠えるが、それを無視しておっさんたちは拍手している。


「「「 新魔王おめでとう 」」」


「は?」


 困った顔をしたままのクリストファーは、何の說明も受けないまま邪聖剣ニューロマンサーと共に、元の場所に強制転移されてしまった。


「無茶苦茶だ! あんたら無茶苦茶だよ!」


 剣を奪われたイーサビットは半泣きだ。


「お前さんには別の仕事があるんだ。上位魔族のイーサビットにしか頼めない重要な仕事だ」


「………なんなりと」


 ジューンが真面目顔で言うと、イーサビットは自尊心をくすぐられて溜飲を下げたようだ。











 灰かぶり姫アッシュヘッドはセイヤーを。雪白姫ヴィルフィンチはコウガを。妖精女王ティターニアはジューンを────妖精三巨頭は、それぞれのおっさんにゾッコン(死語)である。


 その想い人たちから「守ってほしい人間がいる」と言われたら断れない………たとえの守ってほしい相手が、性格のねじれ曲がった元王女たちであっても、だ。


【白薔薇の君】たるアップレチ王国のティルダ・アップレチ第一王女と、【黒百合の君】たるディレ帝国のアントニーナ第一王女。


 妖精三人と仲の国の女王二人で、女性は計五人。


 そこに国教ダールマ教の教祖ヒルデと【ビッチ】こと田口美澪、アイドル化しているダールマ7が加わると、女性だけで十四人。


 男女を問わず組織というのは派閥ができてしまうと、うまく回るものも回らなくなる可能性がある。特にこの面子と派閥は、まるで上手く回る気がしない濃い顔ぶれだった。


 そんな彼女たちの潤滑油となるおっさんたちが常時いるのなら、上手く組織は回るだろう。


 しかしおっさんたちには「逃げていったヒース王子たちを追いかける」という仕事がある。


 であれば、おっさんたちに代わって、このハーレムのような組織を上手く回す者が必要だった。


「それが君だッ! これは君にしかできない仕事だッ!!」


 コウガに指さされ、イーサビットは「お、おおー」と高揚している。


「やってくれるかね」


 コウガが意味深な笑みを浮かべるとイーサビットは「おまかせを!」と、魔王の座を奪われた今までの剣幕はどこに行ってしまったのか、自信満々で胸を叩いた。


「……」

「……」

「……」


 おっさんたちは、ほくそ笑む。


 この国の重鎮となる女性陣は、大小どんな組織でもちゃんと回せる「頭」を張れる者が多い。そこに違う「頭」としてイーサビットを入れるのは愚策だし、イーサビットではとても組織を回せないこともわかっている。


 そこで「共通の敵」として彼を選抜した。


 以前、おっさんたちが勝手に魔王城に攻め入った時、連れて行かなかった連れの女性たちの中に唯一の男性として混じり、立ち回り、女性陣の歯に衣を着せぬ罵倒も馬耳東風でまったく動じなかったイーサビットの「空気の読まなさ加減」については報告を受けている。


 彼はその状況を「俺ハーレム状態だわー」と壮絶勘違いして、逆に紳士的になっていたらしい鋼の精神の持ち主だ。


 きっと、折れることなく女性たちの「共通の敵」として良い潤滑油になってくれることだろう。











 ジューン

「あとはリンド王朝のヒース王子と、魔法局局長のトビン・ヴェール侯爵。そして冒険者ギルドの総支配人ゲイリー翁だな」


 セイヤー

「結果的に一番の大物が最後まで残ってしまったな」


 コウガ

「でもさ、あいつら転移で逃げたんでしょ? どこに行ったのかわかんなくない?」


 三人のおっさんたちは仲の国の大門外を進んでいる。


 見送りはない。


 こっそりと出立だ。


 聖リィンに馬車を引かせ、「お前なんも役に立ってなかったから御者ぐらいしろ」と旧神である蜘蛛王コイオスに不敬を働きながら、その幌の中で行き先を相談する。


 相談してから仲の国を出ればよかったのだが、ディレ帝国エーヴァ商会の裏切り者幹部数人を「更生させてくれ」と教祖ヒルデに預けた際「やっぱり、XXXがうずきます~」とセイヤーが貞操を食われそうだったので、焦って飛び出したのだ。


 今頃仲の国ではヒルデが教徒に「マスターダールマ様を探すのです!」と下腹部をさすさすしながら号令をかけているかも知れないので、早くトンズラするに限る。


「なんにしても俺の連れにも会いに行かなきゃいけないし、ヒース王子の母国なんだからリンド王朝を目指すか」


 ジューンの提案に否という者はいなかった。

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