第11話 おっさんたちと円卓会議・第一部。

 調印の城・天守閣。円卓の間にて。


 今から行われるのは、この国の今後を話す重要会議だが、参加しなければならない面子が多すぎるので、何回かに会議を分けることになった。


 まずは円卓会議・第一部としてその場にいるのは………。


「早く一杯飲みに行きたい」と愚痴愚痴言ってるおっさんが三人。


 英雄の【ヤンキー】と【ビッチ】は円卓の横に正座している。


 次に白薔薇の君ティルダ王女とアントニーナ王女、蘇生されたグレゴリー侯爵も、円卓には座らず正座させられている。


 ────つまり、円卓に座っているのはおっさんたちだけで、他の面子は正座であり、この正座組を今後どうするかが議題だ。


「私はジューン様に嫁ぎたい」


 突然わけのわからないことを言い出したのはアントニーナ王女だ。


「おい人妻、何言ってんだ?」


 ジューンは心の底から呆れたような半目になっている。


 聞くと、アントニーナ王女は、サイコパスの攻撃から身を挺して自分を守ってくれたジューンの行動にズキューンと胸を打たれたらしく「この方こそ私が探し求めてきた殿方……」と、悪役令嬢から恋する乙女に成り下がったらしい。


 逆に、セイヤーに蘇生してもらった旦那のグレゴリー侯爵に対しては「私を守るどころか真っ先に死んで私を血みどろにした情けない男」と、ゴミのような扱いをするアントニーナ。


 くだんの旦那は、本来は野心など分不相応な小心者で、ここまでずっとアントニーナ元第一王女に引っ張り回されてきた男だ。


 それでも彼女のためにならと頑張って付いてきたが、さっくりサイコパスに殺されるし、そのアントニーナにはてのひら返されるしで、流石に激怒。「もう付き合いきれない」と正座したまま離縁を申し出た。


 彼にとって結婚は政治事であり、アントニーナと離縁したら王家筋との関係は絶たれてしまうのだが、それでも我慢の限界だったのだ。


 当事者のジューンにとっては「なんだこれ」状態だが、酒のツマミになりそうな人生喜劇を生で見れて、セイヤーとコウガはニヤニヤしている。


「バツイチですが、末永く……」


 アントニーナは離縁を告げられた数秒後には、勝手に正座を解いてジューンの席に嬉々として近寄り、頭を下げていた。


 だが、そんな元王女がジューンに寄り添おうとするのを止める女がいた。


「ふざけんな!」


 リンド王朝が召喚した「英雄」の一人で通称【ビッチ】……本名を田口美澪と言う女は、ガバッと立ち上がりアントニーナの腕を引っ張ってジューンから遠ざけようとする。


「なんですかミレー! あなたが私の腕を引っ張るなど不敬ですわ!」


 こちらの世界でビッチはミレーと呼ばれているらしい。


「淳之介は私の元彼よ!? なんであんたみたいな女が付き合う感じになってんのよ!」


 ミレーが怒っているのをジューンは不思議な表情で眺めていた。


 このケバケバしい女は、若い頃のジューンと同棲していた事もあったが、他の男を引き入れて浮気し、悪びれることなく出ていった。


 そんな女がなぜ「元彼」と称しておきながら、ジューンとくっつこうとする女を排除しようとしているのか、まったく理解できない。


 そもそも性悪令嬢っぽいアントニーナとつもりはないが、それでも「お前にとやかく言われる筋合いは1もない」と思わず口にしてしまった。


「そうですよ。ジューン様がおっしゃる通り! ってことは、あなたはもうジューン様と別れていらっしゃるのですよね? 何様のつもりでこの私に意見を述べているのですか!?」


「はぁ!? ふざけてんじゃないわよ!」


「ふざけてるのはお前だ」


 ジューンはミレーの脳天に軽く手刀を落とした。


 軽くと言っても、防御力が人並しかない「簡易勇者」であるミレーが、ジューンの手刀に耐えられるはずもなく、悲鳴を上げ、頭を抑えて転がりまわって短いスカートが捲れ上がる。


 だが、誰もそれを「げへへ」といやらしい目で見ないので、やはりビッチの価値はかなり低いようだ。


「浮気して出ていったお前が俺のことに口を挟む資格なんかない。お前が俺にできることは、聖女のように品行方正になった姿を示すことだけだ。それが出来ないのなら、俺の見えないところで


「なるから! 聖女になるからもう一度私と!」


 セイヤーとコウガは「見ろ、あれがメンヘラホイホイだ」と小声で言い合っている。


 そんな外野を少し睨みつけながら、ジューンはミレーにゆっくりと低い声で諭すように言う。


「口ではなんとでも言える。特にお前は女じゃなくて女になりかねん。とにかく清く正しい女になってからじゃないと、俺は話もしたくない」


 ジューンに凄まれてミレーはビクッと身を震わせた。


「まぁ、お前に浮気された当初は殺してやりたいほど恨んだが、20年も過ぎるとどうでもよくなるもんだ。だけどな、恨みが消えたわけじゃない……だから俺を怒らせるな」


「は、はい」


 その後。


 ビッチこと田口美澪ミレーは、よりによって


 男を寄せ付けず(寄っても来ず)、ただひたすらに経典を教え説く暮らしを続けた。


 もちろん、ジューンに生まれ変わった自分を見てもらって、もう一度恋人関係になるためにやっているのだが、その下心ありきの行いが良いのか悪いのかは誰にも判別できないことだった。


「それと元王女。俺はあんたを助けたが、あんたが欲しくてやったんじゃないし、添い遂げるつもりもない」


「そんな……なら、この恋い焦がれた私の胸の内をどうしてくださいますか! これほど貴方様への思いで身を焦がすくらいなら、いっそ死んだほうがマシですわ!」


「しらんがな……」


 ジューンは半目から白目になりつつある。


 セイヤーとコウガは「さすがメンヘラホイホイだ」と小声で言い合っている。


 そんな外野をかなり睨みつけながら、ジューンはアントニーナ元王女にゆっくりと低い声で諭すように言う。


「あんた王族なんだろ? 簡単に死んだほうがマシとか言うなよ」


王族ですわ! 今はただの恋する女です!」


「(うぜぇ……)あんたくらい手練手管で生きてる女なら、この国でちゃんとした政治ができるんじゃないのか? なぁ、白薔薇の人」


「は?」


 突然名前を呼ばれたアップレチ王国の王女ティルダは、眉を寄せた。


 実はこの調印の城に来るまでに、蜘蛛王コイオスと聖竜リィンに素性を問われ、洗いざらい話をしてあり、その内容は既に勇者たちにも伝わっている。


 コウガは飲み友達が敵だったと知り「まじかー」と項垂うなだれ、ティルダ元王女も飲み友達が勇者だと知り「うそでしょ」と同じように項垂うなだれたらしい。


 ちなみに、白薔薇の君がリィンたちとここに来たのは「勇者排除派たちを説得してこれ以上の戦争行為を止めさせる」ためだった。


 円卓から排斥されても、彼女は彼女なりの信念を持って「民のため」に行動していたのだ。


 そんな白薔薇の君をジューンはある程度認めている。


 だから「二人でこの国を良い国にしてくれ」という言葉につながった。


 目を白黒させているディレ帝国のアントニーナ第一王女と、アップレチ王国のティルダ王女の二人は、顔を見合わせて「なんで私がこんな女と」ときれいにハモった。


「そう言うけど、あんたら二人はもう行き場がないってこと、わかってるのか?」


 白薔薇の君ティルダはもう国元に帰れない。王族としての権利も資格も財産も名前もすべて失った身だ。


 アントニーナも公爵と離縁したことにより、ディレ帝国の王家に戻ったとしても後家として扱われて肩身の狭い思いをするだけだ。その証拠に隣で正座しているグレゴリー侯爵が「うんうん」と力強く頷いている。


「白薔薇の君と黒百合の君ってコンビ名で、いい感じにこの都市国家を【】にしてくれ。それに、あんたらはまだ若い。いい政治をすればいい男は腐るほどよってくるさ」


「え、なぜわたくしが黒百合?」


 アントニーナは突然二つ名を付けられてキョトンとしている。


「君には黒百合が似合う」


 ジューンは「白薔薇とコンビを組ませるのならアントニーナにも二つ名がいるだろうし、だったら対になるもので」という適当な感じで言っただけなのだが、アントニーナは惚れた男からの言葉に心臓をバクバクさせて顔を真赤にした。


 その後、本当にアントニーナとティルダの政治はこの国を変えた。


 お互い切磋琢磨しながら、正しく、民のために、冷酷でなければならないことも行い………「白薔薇の君」と「黒百合の君」という二人の美しい女王によって統治された仲の国は、末永く安定した国となった。


 ただ、【】ではなく【】になったのはどういうことか。


 外からやって来る商人や旅人に対して「ようこそ仲の国へ!」とキャストが満面の笑みで受付をし、中にはたくさんのファンシーなショップが立ち並び、アハハウフフなカップルたちが楽しむアトラクションが揃い、親子連れが一日中楽しむ遊園地があったり……だが、この時点で、まさかそんなことになろうと予想する者はいなかった。


「で、あの二人と結婚してこの国の初代王になるのか?」


 セイヤーが揶揄するように言うと、ジューンは「そんなつもりは1ミクロンもない」と憮然とする。


 そのやりとりを聞いていた【ヤンキー】こと空城くうじょう譲介じょうすけ……こちらでは「クジョー」と呼ばれる英雄は、細く剃った片眉を上げながら「先輩パイセン……ミクロンってなんすか」とコウガに尋ねていた。


「長さの単位だったはず。あんまし使わない単位だよね」


「へー」


 このヤンキーことクジョーは、後に仲の国騎士隊の隊長として【夢の国】っぽくなった都市国家内の治安維持に務めることとなる。


 そして「ヤンキーが子犬を拾うとすごいいい人に見える法則」もあり、真面目に働く異世界人クジョーは部下にも民にも慕われ、クジョーカットと呼ばれる襟足の長い髪型が流行することになる。


「ミクロンというのはマイクロメートルの昔の言い方だ」


 セイヤーが言うと、クジョーとコウガはキョトンとする。


「今この場においてはどうでもいい話だが、ミクロンとは1800年代後半から使われてきた由緒正しき長さの単位だが、日本では90年代後半あたりで使用禁止になってマイクロメートルと呼ばれている」


 コウガもクジョーもそれは知らない。


 なんせ使用禁止になった頃の90年代後半は、クジョーはまだヤンキー高校生で勉強なんかしているはずもないし、社会人であるコウガは「そんな普段使わないような単位」の変更などには気付かないまま、今に至っている。


 これはおっさんだが、学生の頃に習ったことが今では随分と変わっていることがある。


 たとえば「大化の改新」は645年から646年に変更されており、かの有名な「鎌倉幕府成立」も1192イイクニ年から1185イイハコ年に変更されている。


 特に鎌倉幕府は「いい国1192作ろう鎌倉幕府」と覚えてきた世代からすると「7年もずれるとはどういうことだ!」と憤慨する事件である。


 そればかりではない。


 人類発祥は約200万年前と教わってきたのに、気がついたら700万年前になっている。500万年のズレの前では、鎌倉幕府の7年のズレなど毛ほどの差でしかないだろう。


 年がずれることはよくある。新しい発見や研究によって変わっていくのが過去の歴史というものだ。


 最新の研究によって士農工商という身分制度など存在しなかったことが判明したのも、おっさんたちにとっては衝撃だっただろう。


 他にも、後の研究によって名前が変わるものもある。


 最大級の前方後円墳「仁徳天皇陵」が「大仙古墳」に改名されたり、島原の乱が「島原・天草一揆」と名を変えたり、応仁の乱は「応仁・文明の乱」となった。


 だが、縄文式土器が「縄文土器」となって「式」の字を取られたりするのは「本当にどうでもいい修正だな!!」とおっさんたちは激怒する。


 たったその一文字がなくなるだけで、今の子どもたちに「縄文土器」と言うと「式とか言わないし~」と小馬鹿にされるのだ。


 「勉強だけではなく学校の制度もいろいろと変わっているぞ」


 セイヤーに言われて、コウガとクジョーは興味津々の顔をする。


 もはや円卓会議・第一部はどうでもいいようだ。


 コウガにとっては自分の知っている過去との違いを。クジョーにとっては未来での変更点を。それぞれが楽しげに聞こうとしている。


 セイヤーの経営していた複合企業の事業中には学校関係も含まれていた。そのおかげで他のおっさんたちより現代事情に詳しかったので、いろいろ教えることが出来た。


 例えば、男子も女子も「◯◯さん」と呼ぶように指導され、名簿の順が男女混合になていることや、ランドセルはどんな色でもいいらしく、鉛筆はHBが売っていなくて(近頃の若者は筆圧が弱い)2B~6Bばかり。水道水は飲まず水筒は持参し、給食も嫌いなものは戻していいから、昼休みまで泣きながらご飯を食べる必要はない。


「はぁ、未来はそうなってんすか」


 クジョーは「まぁ、大して変な感じはしないっす」と言ったが、セイヤーが次に言った「体操服の下は男女ともにハーフパンツになってブルマは存在しなくなった」と言うと、驚天動地といった顔になった。


 今や「そんなエロい格好をしていた時代があったのか!」と若者に驚かれるブルマは、おっさんたちやクジョーの時代にはとても当たり前の体操着で、特段エロ目線で見てもいなかったものである。


「あと、環境問題で学校内に焼却炉がなくなったので、いたずらで上靴を焼かれたりすることもなくなった」


 セイヤーがしんみりと「実はセイヤーは虐められていたんじゃね?」というネタをぶっこんできたので、コウガとクジョーは顔を見合わせて口を閉ざした。

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