第10話 おっさんたちと無敵の子孫。

 すでに勇者に勝てないことは分かっているだろうに、それでも円卓から立ち上がるイーサビットを、おっさんたちはシラけた目で見ている。


「くくく」


 意味深に含み笑いをしたイーサビットは円卓の周りに張ってある魔法障壁を解いた。


 ガラスが割れるような音がして魔法障壁が壊れたとわかったヒース王子たちだったが、障壁を外したのはイーサビットがおっさんたちと戦うためなのだろうとたかくくっていた。


 だが、イーサビットはおっさんたちの前に立つと、今まで貯めに貯めていたであろう笑いを解き放った。


「あははははははは! もうたまんない! あはははは!! ずっと我慢していたんですよ! もうおかしくておかしくて!! ひー、くるしい!!」


 イーサビットは泣くほど笑いだした。


「イ、イーサビットさん、なにを……」


 ヒース王子たちはその様子に嫌な予感を隠せなかった。


「すまんな人間たちよ。実はジャファリ新皇国の魔王、いや、皇帝は私ではない。ぷぷぷぷ……クリストファーという者がその座についている。くははははは!」


 クリストファーとは、かつてイーサビットが暴走した時にそれを諌めた魔族で、実に頭の回る男だ。


 皇帝とかめんどくさい! いやです! というのを強制的にやらせたので、多分イーサビットはクリストファーにあったら殴られるだけではすまないだろう。


「どういうことですかイーサビット」


 敬称も付けずにヒース王子は問い質した。


「くぷぷぷぷ。私はこの方々の勅令を受けて貴様たちの監視をしていたのだよ」


「!!」


 円卓の面々が顔面蒼白になる。


 英雄を簡単に倒した勇者たちに対抗できるのは、残すところこの魔族だけだと思っていたのに………元から敵だったとは。


「あのさイーサビット」


 コウガが白けた眼差しを送る。


「監視してたのはいいんだけどさ、その情報を僕たちに渡さなかったらなんの意味もないよね? ただここにいて、こいつ見てただけだよね?」


「え? 私は監視を命じられておりましたが報告せよとは言われておりませんでしたので……」


「うわ、こいつめっちゃ使えない部下だ」


 コウガは頭を抱えた。


 言われたことしかできない、では人は成長しない。


 言われたことを咀嚼して、それに何を加えたら目的のために有益になるかを考え、行動できる者でなければその先はないのだ。


 例えば「会議で議事録とって」と言われて、議事録だけを書くだけでは駄目で、出来上がったらそれを会議出席者に配るまでして「普通」なのだ。


 できる人なら、さらに誰でも見やすい議事録をフォーマット化し、議題と要点と結論を留め、見やすく無駄のない内容にこだわるだろう。


「まぁ、彼のおかげで魔族が勇者排除派に加わっていないことは僥倖だと思おう」


 セイヤーは頭を吹き飛ばされて横たわっている【サイコパス】に蘇生呪文をかけながら言った。


 確かにイーサビットはおっさんたちに敵対するような行動は一切行っていない。ただこの円卓でニヤニヤと人間たちの愚行を眺めていただけだ。


「!?」


【サイコパス】のアンソニーが起き上がる。


「僕は死んだはずじゃ……」


「蘇生した。まだ死ぬには早い年齢だろう?」


 セイヤーが無表情に言うと、アンソニーは目をうるませた。


「ああ!」


 歓喜して泣いているのかと思った。


 だが


「また人を殺せるんだね!!」


 と真っ直ぐな眼差しで言われ、セイヤーは「はい? 何いってんだ?」となった。


「僕は人が苦しんで死ぬ様を見るのが大好きなんだ。ああ、嬉しい。ありがとうおじさん。あなたは最後に殺してあげるね」


「いやまて……」


「まずは僕を殺したあいつから」


【サイコパス】はゆっくり立ち上がると、ヒース王子を睨みつけた。


「ヒッ!」


 ヒース王子が短く悲鳴を上げる。


「まて、おちつけ」


 セイヤーが魔法でサイコパスを縛る……が、あろうことかサイコパスはセイヤーの魔法を霧散させた。


「!」


「僕の勇者特性の一つは魔法効果の消去なんだ」


 にっこりとセイヤーに微笑んだサイコパスは、駆け足で円卓の上に飛び乗った。


「イーサビット! 人殺しをさせるな!」


 セイヤーが叫び、イーサビットが凄まじいスピードでサイコパスめがけて駆ける。


 だが、次の瞬間、サイコパスの左腕は本体から離れて一瞬にして、イーサビットの首元まで転移し、がっちり首を締め付けて床に叩き伏せていた。


「勇者特性その三、岩も握りつぶす馬鹿力」


「ぐっ!?」


 ゴキリという音と共に喉笛ごと首の骨を握りつぶされたイーサビットは、目を大きく開いたまま絶命していた。


「……私としたことが、しくじった」


 サイコパスを蘇生してしまったことをくやみながら、セイヤーはイーサビットにも蘇生魔法をかける。


 元々魔法抵抗力が高い魔族に、蘇生魔法はなかなか通らない。


 その隙を突いて、サイコパスは血まみれのまま呆然としているアントニーナ元第一王女の前に立った。


「旦那と一死に墓に入れるのは幸せでしょ?」


 ナイフを喉に突き入れ───られなかった。


 ナイフの切っ先をジューンが握り止めたのだ。


「んー? こいつらはおじさんたちにとって敵でしょ? なんで止めるの?」


「女や子どもを殺すのは、そいつらが世のため人のため俺のためにならないとわかった最後の最後だけだ」


 その言葉を聞いて正座していた【ビッチ】がビクッと体をこわばらせた。


 ビッチもヤンキーも、現段階では完全な戦力外なので、誰もそちらに目を向けていない。


「あははは。女子供は殺さない、とは言わないんだね?」


「ああ。俺は殺す」


 ジューンはナイフを突き放し、大剣でサイコパスを斬りつけた。


「なるほど、確かに子どもの僕でも殺すんだね」


 大剣の切っ先の上に立つサイコパス。


「ちっ……」


 大剣を持つ手に重さを感じないジューンは舌打ちした。


「これ、勇者特性その四。自分の重さを0にできるんだ。あなたは舞い落ちる鳥の羽を斬れる? 剣圧で羽は飛んでいってしまうでしょ? それと同じで僕を斬ることは不可能さ」


「お前は羽じゃない。それだけ標的が大きければ斬れるさ。それに────俺は羽でもなんでも斬れる」


 ジューンの腕から先が消えた。


吸収剣ドレインブレイド】を一秒間に数万回振るうというトンデモ技は、ありとあらゆる物質を消滅させる。


 だが、サイコパスはその剣閃すべてを回避していた。


 どうやって回避しているのかわからない。ただそこに立っているだけにしか見えないのに、一撃も掠っていない。


「これ、勇者特性その五。僕に攻撃は通じないよ」


「コウガ! 私はイーサビットの蘇生でまだ手がかかる! そこのアホどもを連れて安全な所に!」


 セイヤーに促されると同時にコウガは動いていた。


 まずは唯一の女性であるアントニーナ元第一王女を助ける。


 グレゴリー侯爵は絶命しているが、あとでどうにか蘇生できるだろう。


 エーヴァ商会の裏切り者たちも足が竦んでいるようだったが、コウガが押すようにして玄室の端まで追いやる。


 あのの王子-と魔法局局長は……いない。


 ハッと見ると、おっさんたちに「ランクS」を授与した冒険者ギルドの総支配人ゲイリー翁に引き連れられ、隠し扉から逃げていくところだった。


「どこにいたんだあのクソジジイ!?」


 コウガが叫ぶが、三人の姿は玄室から消えた。


 あの先の小部屋には魔法転送装置がある。どこに繋がけて転移するにしても、すぐに追いかけるのは不可能だろう。


 それに、まずはこのサイコパス野郎をどうにかしないと。


「無駄無駄!」


 ジューンがどんな攻撃を放ってもサイコパスには当たらない。


 途中から加勢に入ったセイヤーの魔法も霧散してしまう。


【身体部位の視界内転移】

【魔法効果の消去】

【岩も握りつぶす馬鹿力】

【自重0】

【絶対防御】


 これはとんでもない相手だとセイヤーは歯軋りする。


 放置しておけば人を殺して回るであろうサイコパスに気取られないように爆弾を仕込み、体内から爆破したヒース王子は、実は良いことをしていたのかもしれない。それを蘇生してしまったのはセイヤーの「優しさゆえの大失態」だろう。


「ほらほら、ぼけっとしてると死ぬよ?」


 サイコパスの片手が消えたかと思えば突然セイヤーの目の前に現れ、凄まじい力で殴りつけてくる。


「!」


 セイヤーの魔法による防御結界がいくつも弾け飛び、セイヤー自身も吹っ飛ばされる。


「くそっ、ジオ◯グかよ!」


 ジューンはおっさん以外には通じない『両手を飛ばして有線全距離オールレンジ攻撃してくる、とあるロボットアニメのラスボスの名前』を叫んだ。


 叫びながらもなんとかして攻撃を当てようと大剣を振るうが、一切当たった感触がない。剣閃はサイコパスの身体を貫いているのに、まるで幻を斬っているように手応えはないのだ。


「……」


 戦闘の役にたたないコウガだが、なにかかもしれない、と、オリハルコン製のツインソードを抜く。


 そして忍者のようにサイコパスの死角に忍び寄ろうと走────ったところでヤンキーの垂れ流した鼻血で足を滑らせた。


「ぶっ」


 ずっこけて手からツインソードが離れる。


 その二刀は、さっくりとサイコパスの背中を貫いて胸に血まみれの切っ先を生やした。


「え……ゴフッ!」


 サイコパスは驚愕しながら吐血した。


 なぜこんな攻撃とも呼べない攻撃が通じたのか。


 彼以外にはわからないことだが、彼の【絶対防御】は、自分が意識している攻撃に対しては有効だが、意識外からの攻撃には全く効果しない。


 いま、コウガが剣を投げてきたのは完全に意識の外での出来事で、攻撃されたことに気付けなかったので【絶対防御】は発動しなかったのだ。


 だが、もし意識の外から攻撃されても【自重0】という鳥の羽を攻撃するような能力があるはずだが、それを無効にしたのは、ただひたすらにコウガの「強運」によるものだ。


 コウガの強運は舞い落ちる鳥の羽を貫くという難事を成し遂げたのだ。


「やれやれ」


 血を吐いて倒れ伏すサイコパスを見下ろして、ジューンはふぅとため息を付いた。


「殺すのはどうかと思うんだが、放っておけば大量殺人鬼を世に放つだけ……か」


 セイヤーはうーむと唸った。


「なら、あの人のところはどう?」


 コウガはポンと手を叩いた。











「聖なる滝」のある人類未踏の密林地帯に一番近い「ホドミの町」


 ここには【勇殺者ブレイブキラー】と呼ばれた勇者の子孫ミウとその娘エリーゼが住んでいる。


 そしてここの冒険者ギルドにいるリサは、犯罪者の時を止めて投獄することができる時空能力者だ。


 そのリサが午後の紅茶を楽しんでいると、目の前に見たことがある三人のおっさんが現れた。


「え」


 おっさんは、胸から剣を生やした少年をリサの前に突き出した。


「こいつはランクA冒険者のアンソニー。殺人狂だ。投獄しといてくれ」


 ジューンは今にも死にかけの少年を押し出してきた。


「え………い、いや……手続きとか……って、どこから出てきたの……」


「頼んだ。あ、早く投獄しないと死ぬぞ」


 セイヤーはにっこり笑いかけ、「ちょっ!! 僕の剣が刺さったまんまなんですけど!!」と騒ぐコウガを引っ張ってジューンと共に歪んだ空間に入っていった。


 そしておっさんたちはたった数秒で消え、目の前には半死半生の子どもが残された。


「なにやってんだか……」


 リサは致し方なく、サイコパスの時間を止めた。











「さて。いろいろ後始末が必要だな」


 仲の国、調印の城天守閣に戻ってきたおっさんたちは、イーサビットに見張られて逃げようがなかった者たちを正座させた。


 旦那の血を浴びてまだ放心状態のアントニーナ元ディレ帝国第一王女。その血の主であり、蘇生してもらったが貧血で青ざめているグリゴリー侯爵。


 そしてディレ帝国エーヴァ商会の幹部数人。


 英雄のヤンキーとビッチ。


 城の下ではダールマ教徒がかなり押し込んでいる。指揮系統がちゃんとしていたら白旗を上げるべき大敗だが、それでも兵士たちは教徒を押し返そうと躍起になっている。


『人の子らよ~』


 外を見ると聖竜リィンが元の龍の姿になり、背中に蜘蛛王コイオスと女性を一人乗せて飛んできた。


「……?」


 リィンの背中に乗せられて血の気が引きまくっているのは、白薔薇の君、ティルダ元王女だ。


 同時に調印の城にダールマ教徒軍が攻め入り、この動乱は終結したようだった。


「これからが忙しくなるぞ」


 セイヤーは戦後処理の事を考えると目頭を押さえずにいられなかった。


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