第9話 おっさんたちと欠陥召喚。

 勇者VS英雄。


 観客は円卓の者たち。


 最初に戦いの口火を切ったのはコウガとヤンキーだった。


「なめんじゃねぇぞ、チッせぇおっさんが!」


「あ?」


 コウガの目が座る。


「なんや、もっぺん言ってみんや。こっくらわすぞ」


 地元言葉が出る。


 コウガはヤンキーではなくただのパリピだ。


 だがパリピが喧嘩が弱いなんて一言も言っていない。


 むしろ小回りの効くコウガは、忍者の家系という優秀な遺伝子もあり、若い頃は素手ゴロは負け無しだった。


 そう。若い頃は。


 問題は年齢だ。


 どう見ても高校生くらいのヤンキーの若さ相手に、40過ぎたおっさんが立ち向かえるかどうか。


「ぶっ殺す!!」


 ヤンキーが一気に間合いを詰めて右フックを放ってきた。


「うおっ!?」


 あまりの速さに思わず声が出た。


 凄まじいスピードのパンチは、空気の層をパァァンという衝撃波と共に弾いて、コウガの横っ面をスレスレで飛んでいった。


 勇者としての尋常ではない防御力がなかったら、今頃コウガの顔は衝撃波で吹き飛んでいただろう。


「!」


 コウガはカウンター気味にパンチを繰り出す。


 残念ながらコウガ自身には化け物じみた戦闘力はない。衝撃波も出せないし魔法も使えない、ただ強運持ちのおっさんだ。


 ボクッ


 と鈍い音がして、コウガのパンチはヤンキーの鼻っ柱にクリーンヒットした。


『勇者相手にこんなパンチ効くわけないか』


 腰にぶら下げたオリハルコンのツインソードを抜くしかないか、と思った瞬間………


「うがあああああああ!!」


 ヤンキーは鼻血を吹き出し、顔を抑えて倒れた。


「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ジタバタと転げ回るヤンキー。


「え、なんで?」


 殴ったコウガが驚いている。


 周りも戦闘をやめて呆然とその様子を見る。


「え……ちょ……打たれ弱すぎじゃない? さきの啖呵タンカはどこいったし?」


「て、てめぇ……手に何を仕込んでやがる……」


 鼻血をドバドバ垂れ流すヤンキーは涙目だ。


「何ってほどじゃないけど」


 コウガは拳を開いた。


 そこにはクリーピングコインが数匹いて、ちょっと蜘蛛の足を片方だけ上げて「よぉ」と挨拶してくる。


 確かに指の間に挟んだで殴りつけた。


 ナックルの代わりにして少しは痛がらせようという魂胆だったが、ここまでの威力があるとは思っていなかった。


「汚ねぇ真似しやがって!! ぶっ殺す!!」


 ヤンキーは再び殴りかかってきた。


 が、自分が垂れ流した鼻血の水たまりに足を滑らせ、顔面から大理石の床に激突した。


 ピクリとも動かない。


「……」


 そっと髪の毛を掴んで頭を引っ張ると、ヤンキーは白目を剥いていたし、床には折れた歯が散らばっていた。


「……ドジっ子?」


「いや、コウガの強運が炸裂したんだろ……」


 セイヤーが呆れたように言う。


「てか、このヤンキーの勇者特性ってなに? もしかして喧嘩が強いとかそんなやつ? なんにしても打たれ弱すぎるけど」


 円卓の方に訊ねたが、誰も返答してくれなかった。


 ヒース王子に至っては、傾けているワイングラスからチロチロとワインがこぼれているのに、マネキンのように固まったままだ。


「ま、まさか」


 リンド王朝魔法局局長のトビン・ヴェール侯爵が震え声を出す。


「100年に一度しか召喚できない理由は、まさか!」


「なんだよ、早く言えよ」


 ジューンは大剣を肩に置いて、魔法障壁の先にいるトビン侯爵に促す。


「ほ、本来、勇者召喚の儀は、星の位置の兼ね合いから100年に一度と定められていたが、それは『召喚するのに事細かな条件が加わっているため100年に一度しか行えないもの』と私が解き明かした……細かな条件を取っ払えば、いつでも異世界から勇者を召喚出来ると……だが、もしや、事細かな条件というのは、勇者の強さに関係していたのでは!?」


「それ、いまさら言うことですの!?」


 ディレ帝国のアントニーナ元第一王女が「ごもっとも」な金切り声を上げる。


「なるほど」


 セイヤーは気絶したヤンキーを鑑定魔法で見た。気絶した今なら認識阻害なしでステータスを確認できる。


 そして自分たち【おっさん勇者】と、新たな勇者たち……自称【英雄】が、根本的に違っていることに気が付いた。


 おっさんたちは100年に一度しか召喚できない「本物」の勇者だが、その次に呼ばれたこの英雄たちは「簡易勇者」だったのだ。


 本物の勇者に付与されるのは、個々の特別な勇者特性以外に、この世界の誰よりも強い肉体と逞しい生命力と持久力、四肢を切り落としても生えてくるほどの尋常ならざる回復力と蘇生力、強い子孫を設けるために必要な異性を虜にする能力────etc,etc。


 これらの普通の人間では絶対持てない神のような付与効果を付けるためには100年に一度しか召喚できない。


 それが本物の『勇者』なのだ。


 それと比べて「簡易勇者」は諸条件が取り払われているせいで、本来なら勇者の誰もが持つべきベーシックな付与能力がまったくない。個々に発現する勇者特性以外、ほとんど普通の人なのだ。


 「つまりこいつは俺が殴れば死ぬってことか」


 ジューンはビッチたる元カノを見た。


 ビッチは顔面蒼白になる。


「ち、ちょっと淳之介……あんた、女を殴ろうってんじゃないでしょうね……やめてよね……」


「殴られても仕方ないことをしたよな? 俺は20年鬱積が溜まってんだ。一発ビンタ食らわせても許されると思うぜ? ただ俺のビンタは光速だ。顔が残ると思うなよ」


「い、いやよ……女殴るなんてサイテー………」


「じゃあ」


 ジューンはビッチを蹴り飛ばした。


 たしかに殴ってはいないが、ビッチの身体は蹴られた部分から真っ二つに引き裂かれた。


「あー、やりすぎた。セイヤー、頼む」


「何がしたいんだ君は……」


 渋々とセイヤーはビッチに蘇生魔法をかけ、暖かい光と共にビッチは元の姿に戻った。


「い、いま、私、死んだ? 殺された!?」


「もっぺん死にたくなければ黙ってそこに正座してろ」


 ジューンに凄まれ、ビッチは気絶したヤンキーの隣で正座した。


「あ……あはははははははは!!!」


 サイコパスが爆笑する。


「僕を勇者じゃないって散々下に見ていた連中が、勇者のゴミクズだったなんてな! あははははははは!!」


 ビッチはグッと唇を噛みしめて下を向いた。


「こいつらに比べたら、僕のほうがよっぽど勇者だね。ねぇ、おじさんたちはランクA冒険者のグウィネスって女、知ってるよね? ねぇ?」


 知ってるがおっさんたちは反応しなかった。


さざなみのグウィネス】と呼ばれ、ミノーグ商会会頭の秘書をしていた元冒険者には、一度負けている。


 グウィネスは【漣の一閃】【夢幻分身】【死角潜み】という3つもの勇者固有特性を受け継いだ「勇者たちの子孫」だ。彼女に勝つには、おっさんたちが本気で「殺す気」にならなければ無理だろう。


「僕はね、そのグウィネスにも勝ったことがあるんだ。知ってる? その女は3つも勇者特性を使えるって────ところが僕は5つの特性を引き継いでるんだよ」


 おっさんたちに戦慄が走った。


 ビッチやヤンキーはわざわざ日本から召喚されてきた「噛ませ犬」だったらしい。


 一番やばいのはこのサイコパスだ。


「せっかくだから教えといてあげるよ。そこの勇者もどきの異世界人共は【人間の限界値までのスピードを出せる】能力と、【馬鹿みたいに大量の魔力】っていう勇者特性を持ってるんだけど、あんたたちには勝てなかったみたいだね」


「そりゃそうだろうな」


 セイヤーは冷や汗を気にしながら応じた。


 ヤンキーの【人間の限界値までのスピードを出せる】という能力は、普通の人間の体が耐えられる限界値という天井がある。骨格や皮膚や神経が耐えられないスピードは出せないのだ。


 だが、ジューンは違う。本物の勇者なので肉体も尋常じゃない。人間の限界値を振り切ったスピードも余裕で出せる。


 それにビッチの【馬鹿みたいに大量の魔力】も、所詮は魔力が多いだけで、魔法を創造できるわけではないのでセイヤーの敵ではない。


 更に言うと、高度な魔法は術式を組み立てなければならないが、そもそもの魔法原理を学ばなければ、使いこなせるものではない。


 元来勉強も出来ず、頭の回転も悪く、欲望には忠実で貞操が緩い馬鹿な彼女が行使できる魔法は「猛烈な光の照射による敵対者の灰化」だが、その魔法の正体は「夜中に本が読める指先の光」という、ジューンでも使える初期魔法だ。


 つまりは、ジューンと同じように、ただの初期魔法を莫大な魔力で究極魔法のように使っているに過ぎないのだ。


「やれやれ。僕がこんな勇者もどきたちの尻拭いをするなんて。あはははははは!!」


 サイコパスはナイフを片手に持って大笑いする。


 胸の奥から。


 腹の底から。


 精神の奥底から。


 その笑いは湧き上がってきて止まらないようだ。


「特性5つはやばいぞ」


 ジューンはセイヤーとコウガの前に立つ。


 このおっさんたちは自然と、ジューンが前衛で敵の足を止め、セイヤーが後衛で魔法を繰り出し、コウガが適当なところで強運を発揮する、というコンビネーションが出来上がっっていた。


「けど、尻拭いなんて、だね」


 サイコパスはおっさんたちではなく、円卓の方を見た。


「は?」


 ヒース王子が眉を寄せる。


「僕はそこの勇者もどきと違って召喚されたわけじゃないから、絶対服従の枷なんてないし、今まで適当に扱われて虐げられてきた怨みもある。だから、お前たちに命じられるのは嫌だ、と言ったんだよ」


「貴様、我々を裏切るつもりか!!」


 アントニーナ元第一王女の夫、グリゴリー侯爵が吠える。


「うるさいなぁ。殺すよ?」


 サイコパスはナイフを逆手に持って円卓の方に進んだ。


 おっさんたちは、最悪と思われるサイコパスの注意が円卓の方に向いたので少し安堵していた。


「ふん。この魔法障壁をどうするつもりだアンソニー。これはイーサビット殿が……」


「僕の勇者特性の1つはこれさ」


 サイコパスのナイフを持つ手が消えた。


 と、同時にグレゴリー侯爵の首から鮮血が吹き上がる。


「え」


 アントニーナ元第一王女は血のシャワーを顔面に浴びても、何が起きたのかわからず呆然としている。


「僕は自分の身体の一部を目の届く範囲ならどこにでも飛ばすことができる。今みたいに魔法障壁なんか無視してね」


 倒れ伏したグレゴリー侯爵の上には、ナイフを持った肘から先の腕が浮いていた。


「あはははははははは!! は?」


 サイコパスは違和感を感じた。


 その次の瞬間、サイコパス少年の頭は水風船のように、パンと割れた。


「絶対服従の枷がない? そんなことは百も承知だったさ」


 ヒース王子は手元に作っていた魔法陣の光を払いのけた。


「君の頭の中には魔法爆弾を埋め込んでいたのさ。埋め込んだのは優秀な我が国の魔法局局長だけどね」


「恐れ多いお言葉」


 トビン・ヴェール侯爵が頭を下げる。


「僕の命令魔法を使えば一撃でご覧の通りだったのさ。残念だったね勇者の子孫。というか、勇者排除派の僕たちが命令できない勇者を残すと思っていたのかな?」


 頭を失ってサイコパスの身体が倒れる。


「ひでぇことを。自分の部下だろうに……」


 ジューンは眉毛が逆立っていくのを感じた。


「さて、そろそろ役に立っていただきたいものですな、イーサビットさん」


 ヒース王子が促すと、ニヤニヤしながら睥睨していたイーサビットは、やっぱりニヤニヤしたまま立ち上がった。

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