第7話 おっさんたちは恐怖する。

「俺は宗教と政治と野球の話はしないことにしてる」


「そ、そうなんですか……」


 ジューンは「飲み屋でしてはならない話題」について並走しているダールマ教徒に告げながらも、ほぼ脇見状態で敵兵数人をまとめてぶっ飛ばしていく。


 大剣【吸収剣ドレインブレイド】の側面で敵兵をコマのようにぶっ飛ばすその様は、まるで流れ作業のようでもあった。


 ジューンと共に戦場を駆ける豪胆なダールマ教徒が「さぞ名のある冒険者とお見受けしましたが、あなたもダールマ教徒なのですか!?」と尋ねてきたので、先の答えを返したようだ。


「しかし、あなたほどの腕前があれば、ダールマの称号も夢ではないかと!」


 敵兵の猛攻をくぐり抜けながら、また別のダールマ教徒が問いかけてくる。


「なんだその称号……いらないな」


 そんな、ダールマ教徒との何気ない会話の最中にも、敵は必死の形相で攻撃を仕掛けてくる。


 もちろんジューンにとってこの程度、敵ではない。


 彼の動体視力と反射神経の前では、どんな攻撃もスローモーションとなる。


 だからジューンは余裕をぶっこいて、後ろにいるダールマ教徒たちに攻撃が及ばないように、飛んでくる弓矢を剣圧で叩き落としたりもしていた。


 そして迫り来る敵兵をドカンドカン吹き飛ばしていく。


 まさに一人軍隊、一人要塞、一人大艦巨砲主義だ。


「なんだあの赤い鎧のやつ!?」


「攻撃が通じない!? 化物か!」


「赤いやつに攻撃を集中させろ!」


「邪教徒が先だ! 強いやつなんかほっといて数を減らせ!」


「うるさい! 早く街に火をつけろ!」


 敵はギャーギャー騒いでいるが、連携が取れていない。


 身につけている鎧の形状からして三大国家の兵士を混合させた部隊のようだが、指揮がしっかりしていないらしい。


 その混乱に乗じてジューンは単身でひょいひょい敵陣に入り込み、大剣の腹で敵兵をぶちのめす。こうして敵兵はポップコーンが弾けるように宙に舞い上がり、地面に叩きつけられて気絶していくのだった。


 ちなみに刃を立てて斬り裂かないのは「戦闘不能にすれば、それでいいだろう?」というジューンの優しさだ。


 だが、ジューンは他の二人のおっさんと違う性質を持つ。


 自分の道の邪魔になるものや不愉快な相手なら、彼は容赦なく殺す神経の図太さがあったし、ここは日本ではなく血で血を洗う世界なのだという自覚もある。


 だから────


「それ以上抵抗するな!!」


 本来自分たちが守るべき民を盾にし、その喉元に短剣を突きつけていた指揮官らしい騎士を見た瞬間、ジューンの眉毛が逆立った。


「抵抗するならこの者たちの命は────」


 敵はそれ以上の言葉を紡げなかった。


 一瞬にしてジューンに打ち込まれ、両手両足を斬り飛ばされた挙げ句、「この糞野郎が」という冷たい一言と共に首まで落とされたのだ。


 本当に一瞬の出来事だったが、それを目の当たりにした敵兵は、鬼神の如き表情で将校の死骸を見下ろしているジューンに恐れをなして撤退していく。


 逆にダールマ教徒側は歓声に沸いた。


「両手足を飛ばしたぞ! あれはダールマの刑じゃないか!?」

「経典にある熾烈なる拷問の形!」

「あの方は教祖ヒルデ様が仰っていた【マスターダールマ】なのでは!?」


 ジューンは今の斬撃でも血糊一つ付いていない大剣【吸収剣ドレインブレイド】を肩に担いで、憮然とした。


 いまの惨劇を見ながらも、まだ攻撃を仕掛けてくる敵兵アホがいるのだ。


「俺はアップレチのシチト男爵! 貴様の首を貰い受け……」


 挑んできた若い兵士はジューンに蹴られ、どこかの建物の壁を貫通して姿を消した。


「俺はディレ帝国の……」


「邪魔」


「私は……」


「どけ」


 名乗ることも許さない勢いで、ジューンは兵士たちを蹴り飛ばしていく。


 だが蹴りを浴びせた一人が吹っ飛ばなかったので「!?」とその顔を見る。


 その男は、こちらの世界では初めて見る「アジア顔」をしていた。


 豪華な革鎧と天鵞絨のマントをつけ、英雄のような出で立ちをした目付きの悪い若者は、襟足の長いオールバックの髪を振り乱し、ジューンに殴りかかってきた。


 この戦場において徒手空拳で挑んでくるとは思っていなかったが、もっと想像を超えていたのは、若者のパンチが見えなかったことだ。


 回避できたのは、ぶっちゃけ危険を察知した動物的「勘」による偶々たまたまだ。


 「よぉパイセン」


 若い男はファイティングポーズを取りつつ、すごい目つきでジューンを睨みつけてきた。


「あ?」


 パイセンの意味がわからず眉を寄せると、若者はあっという間に懐に入り込んできた。


「早い!?」


 ジューンの体に衝撃が走り、民家の壁にめり込むほどの勢いで吹っ飛ばされた。


 あばらが軋む痛みが走り、ジューンは驚愕した。


 そんなこと、はずなのだ。


 まず、最初の理由は、ジューンがまとっている【真紅の鎧】は、魔法と物理の攻撃をほとんどすべて無効化してしまう勇者専用フルプレートメイルだ。


 その強烈な守備能力の対価として、着用者は鎧に血を捧げる必要があり、10分も着ていたら失血死するレベルで血を吸われる。そんな怪しい防具に血を吸われてもジューンが平然としていられるのは、勇者固有特性の超絶健康体能力のおかげだ。


 血を失っていく直ぐ側から血が生まれていく……つまり血の消失と再生のスピード、バランスが均等なので、プラスマイナスゼロで使用できる……勇者しか使えないという理由は、それだ。

 

 さらに理由としては、ジューン自身の防御力だ。

  

 実のところ、真紅の鎧なんぞジューンには必要ない。


 彼がこの世界に来たばかりの頃、早々に守備の弱さを悟ったのでスライムを相手にアホの子のように努力に努力を努力して努力した事があった。


 その結果、ジューンはアホみたいな防御力を生身で持っている。


 セイヤーに「なにをどう努力したらそうなるのか意味がわからない」と言われたほどの防御力とは、である。


 どうやって髪の毛まで鍛えたのかは謎だが「努力した結果が常識ではありえないレベルの効果を生む」というジューンの特性は、髪の毛一本、産毛一本からしても人間の、いや、生物の防御力を遥かに超えたのだ。


 そんなジューンに「痛み」を感じさせた。


 雑な言い方をすると、この若者のパンチは核爆発を超えた破壊力だとも言える。


 ありえない。


 そんな非常識な力を振るうのは、おっさん勇者たちだけのはずだ。


「なんだよおっさん。もう終わりかぁ? ああん?」


 ガニ股で近寄ってくるその若者は、まるで昭和のヤンキーみたいだった。


 鈍い痛みと共に起き上がったジューンの目の前には、すでに拳を打ち振るうポーズの若者がいた。ジューンの動体視力と反射神経を以てしても、そのヤンキーの移動は捉えられなかった。


 今度は鎧を介さず、顔面に直接一撃食らった。と、同時にジューンもヤンキーを蹴り飛ばした。


 両者ともボールのように吹っ飛び、地面に倒れる。その時の衝撃波で両軍の兵士たちまで吹っ飛ばされる光景は、もはやシュールなギャグアニメのようだった。


 しかし、当人たちは命がけだ。


「てめぇ、このガキゃあ」


 ジューンは口の中に滲んだ血をペッと吐き出して、ヤンキーを睨みつけた。


「んだこらやんのか、おぅ? シメんぞゴラァ!」


 ヤンキーも立ち上がってガン飛ばしてくる。


 その時、カーンという甲高い音が「調印の城」から聞こえてきた。


 調印式の時に鳴らした「平和の鐘」の音だ。


 鐘の音は敵軍にとって「撤退信号」だったらしく、周りにいた敵兵は背を向けて逃げ出す。


 それを見たヤンキーは舌打ちした。


「チッ、覚えとけやコラ。次会ったらぶっ殺すぜオッサン」


「おい待て。お前、何者だ」


 口調といい、ジューンをぶっ飛ばす力といい、その顔つきといい、とてもこの世界の者には思えないので、つい質問してしまった。


「てめぇらの次に呼ばれた勇者に決まってんだろうがコラ」


「な……」


「てめぇらと間違われたくないんで【英雄】ってことにされてっけどよぉ。さっさと死んでくれよ、なぁ?」


「な、なら、お前は日本人か?」


「ったりめぇだろうがボケ。殺すぞジジイ!」


「……マジか」


 日本人が敵………いや。敵側が次の勇者を召喚していたことのほうが驚きだ。


「とにかくてめぇは俺を怒らせた。次はタイマンでぶっ殺す」


 ヤンキーは倒れ伏した自軍の兵士たちを「邪魔だ! 死ねボケぇ!」と蹴り飛ばしながら、悠々と帰っていく。


 傷ついた仲間に対してその仕打ち……あのヤンキーは決して義理人情タイプの硬派不良ではないとわかった。


「これはセイヤーとコウガにも教えないとヤバいな」


 ジューンはヤンキーに殴られてグラつく顎をさすりながら、本気で「ヤバい」と感じていた。











 ジューンの「ヤバい」という心配を他所よそに、すでにセイヤーは城に入り込んでいる。


 正門はすでに抉じ開けられ、城の中庭には先行したダールマ教徒たちがいる。


 だが、本城に至る門が固く閉ざされているため、先には進めていないようだ。


「こっちのルートは囮か!」

「東のルートはどうなってる!?」

「くそ、迷路みたいな城だ!」


 そういう城に設計したセイヤーは、少しニヤニヤしていた。


 敵が攻めてきたら迷うように想像して建てた城だから、実際そうなっていることに満足感を得られたのだ。


 だが、自分で作った城だろうと、魔法で中門ごと城も吹き飛ばす────つもりだった。


 かなりの威力の魔法を放ったつもりだったが、吹き飛んだのは中門だけだ。


「………なんだ!?」


 中門の奥から凄まじい魔力を感じる。セイヤーの魔法威力を緩和させた者がそこにいる。


 それは下手をすると魔王アルラトゥや堕天使アザゼルより強大な魔力……自分と変わらないほどの魔力量だった。


 門が吹き飛んだことで「おお!」と歓喜する教徒たち。


 セイヤーは慌てて「逃げろ!!」と叫んだが、もう遅かった。


 なんらかの魔法の光が中庭を満たし、魔法障壁をもたない教徒たちは、一瞬にして灰の像となり、わずかな空気の振動でその形を崩してしまった。


 たくさんの命を灰にしたのは、ド派手な水商売系のパーティードレスを着た、毳毳けばけばしい化粧の女だった。


 セイヤーはすぐさま鑑定魔法を使うが、情報が阻害されていて何一つ見れない。


「な………」


 驚きが隠せない。


 相手が堕天使でもステータスを確認できる魔法なのに、それでも情報が阻害されるケースは唯一つ………相手が「勇者」であるときだけだ。


「貴様……」


 灰が舞う中、セイヤーは女を睨む。


「あんたが前回呼ばれた勇者でしょ。なんだ。しょぼいロン毛のおっさんじゃん」


 女は薄く笑う。


 その時、カーンという甲高い音が本城天守閣から聞こえてきた。


 「あれ。もう撤退? ま、いいわ。よかったわね、おっさん。生き延びたわよ?」


「逃げるつもりか?」


「逃げる? ふふ。せいぜい強がったらぁ?」


 女はスッと姿を消した。転移魔法のようだ。


「………今のはまさか……敵はを召喚したというのか」


 セイヤーは、自分に匹敵する魔力を持つ相手に対し、冷や汗をかかずにいられなかった。











「ひどい」


 コウガは本城中でのたうち回るダールマ教徒たちを見て、吐き気さえ覚えた。


 全員が顔を切り裂かれ、腹をえぐられて内蔵が飛び出しているのに生きている。いや、わざと死なないように痛めつけられていると言ってもいい。


 その犯人は目の前にいる。


 陰気で身体の線が細い10代くらいの少年が、倒れた教徒の眼球にナイフを突き刺しているところだ。


「ちょ! なにやってんのさ!!」


 コウガが抗議すると少年はニタァと笑い、抜いたナイフにくっついてきた眼球を舐めた。


 きもい。


 そして怖い。


 なにこの子。キ●ガイ!?


 コウガはゾゾッと鳥肌が立つのを感じた。


 その時、カーンという甲高い音が上の方から聞こえた。


 その音を聞いた少年は、ニタァと笑ったままコウガに一瞥もくれないで去っていく。


 その後姿を見ながら、コウガは追いかけることも出来なかった。


 本能が恐怖している。


 あれは人の形をしているが精神こころは人ではないんじゃないか……人ならここまで残酷な真似はできないし、あんな不気味な笑顔は作れない。


「な、なんなんだよ、いまのやつ……」


 恐怖に駆られたコウガだったが、床で呻く教徒たちの声で我に返った。


「やばいやばいやばいやばい! みんな死んじゃう! どうしよ!」


 その時、ぱあっと暖かい光があたりを包む。


 息も絶え絶えな教徒たちは、何事もなかったかのような傷一つない姿で起き上がり「?」という顔をした。


「セイヤー! ジューン!」


 一瞬にして瀕死の者たちを治癒してのけたセイヤーと、大剣を担いだジューンを見て、コウガは安堵の表情を浮かべた。


 だが、おっさんたちの表情は三人とも暗い。


「やばいぞ。敵は勇者を召喚したみたいだ」


「ああ。私も会った」


「僕も会った」


 沈黙が三人を包む。


「……俺たち、死ぬかもしれないな」


 ジューンはそこまで言うと唇を固く結んだ。


 これまで、どんな相手にもいだいたことがない「負けるかも知れない」という恐怖が襲いかかってくる。


 それほどまでに彼らが見た【英雄】は強いと実感しているのだ。


「やれやれ。老後はまったり暮らしたいと思っていたが、そうもいかんようだ」


 セイヤーは諦めた顔をしている。


「ま、ここで逃げるなんて恥ずかしいし、覚悟決めるしかないよね」


 コウガの言葉に頷く。


「次に転生するときはのんびりした農家がいい」


「いやいや、まったり放浪メシだろう」


「僕は強くてニューゲームがいいんだけど、今が弱いからあんまり意味ないか」


 三人は薄く笑うと、意を決して城の奥へと進んだ。

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