第6話 おっさんたちと戦場の雄叫び。
「つまり……なんだ? 要約してくれ」
セイヤーは半目でコウガを見る。
(ウォォォォォ!)
コウガは脂汗をダラダラ流しながら、視線を外しつつ說明する。
「えー、あのー。飲み屋で出会ったこの方と意気投合して、朝まで飲んでいてですね……話の流れで『ご主人様おやめください』『なに!?メイドが主に逆らうのかこいつめ折檻してやる』『あーれー』的なメイドさんプレイっていいよね、って話になって……それなら店にいたスタッフが昔着ていた安物の衣装があるぞってマスターが言い出して……ノリで彼女が着ることになって……いや、あの、けど宿とかには行っていなくてですね。朝まで酒場で飲み明かしてまして、決してやましいことは何一つしてないといいますか」
「まったく要約されていないが、要するに知らない美女と朝まで飲んではっちゃけていた、ということか」
セイヤーに要約されなおされて、コウガはうんうんと強く頷いた。
(ウォォォォォ!)
コウガは「やましいことはしてません」というポイントだけを強調しているが、セイヤーが半目で見ている理由はそこではなく「こんな若くて綺麗な女性を朝まで連れ回すとか紳士のすることではない」というところだ。
セイヤーに心配されている美女は、その格好でいることが恥ずかしいのか、うつむいている。
まさか彼女こそが勇者排除派の元一員であり、白薔薇親衛隊の創設者であったティルダ・アップレチ第一王女だとは誰も知らないし、ティルダ自身もこのおっさんたちが勇者であることを知らない。
おっさんたちのランクS授与式に間に合わなかった彼女は、調印式にはぎりぎり間に合ったが、そこにおっさんたちは出席しなかったので、ちゃんと会ったのは初めてなのだ。
(ウォォォォォ!)
「まったく……年相応の飲み方をしたまえ。お嬢さん、すまなかったね。こんなおっさんの酒に付き合ってもらって」
「問題ありませんわ……」
「む。お嬢さんは貴族かな? 朝帰りなどさせて大丈夫なのかコウガ!?」
言葉遣いからセイヤーがそう察すると、コウガが名誉挽回のために説明を始める。
「えとね、聞いて? 魔力高める前に聞いて!? 彼女は駄目な部下の不始末の責任を取らされる形で家から追放されて国元にも帰れなくなった元悪役令嬢なんだ。可愛そうでしょ? 僕が朝までお酒付き合ってもおかしくないくらい可愛そうでしょ!?」
(ウォォォォォ!)
「付き合わせたのは君だろ……お嬢さんを朝まで飲みに付き合わせるなんて非常識な。おっさんとしての節度を守りたまえ」
セイヤーは半目どころか白目でコウガを見る。
「ぅぃ………」
コウガもちょっと反省しているようだ。
(ウォォォォォ!)
「なぁ、元悪役令嬢さん」
ここまで黙って聞いていたジューンが声を掛ける。
「な、なんですの?」
「さっきから(ウォォォォォ!)って聞こえるんだが、この騒ぎがなんだか知ってるか?」
確かに街のあちこちで(ウォォォォォ!)という声と激しい衝突音がこだましているし、四方八方で火の手と煙が上がっている。こんな時に朝まで飲んだとかなんとかいうのんびりした会話を繰り広げているのは、この都市でこの連中だけだろう。
「さあ……」
ティルダ元王女も気にはなっていたが、何が起きているのかはわからない。むしろそういう世間に無頓着なところが彼女が失敗した原因とも言えるだろう。
ジューンは続けて女魔族のエリゴスを見たが、こちらも知らないようだ。
「知ってるよ」
子供の一人……リーダー格のセガールが応じる。
「路地裏で聞いた話だけど、ダールマ教がこの国の偉い人たち相手にクーデターするって……」
「セガールリーダー。執事としての丁寧な言葉づかいを」
セイヤーが苦言を呈する中、ジューンはその苦言を遮るようにセガールの目線まで膝を落とし、その頭をぽんと叩いた。
「やるな少年」
「お、おう」
褒められたことが少ないセガールは照れたらしく赤面している。
「まったく……私よりジューンのほうが子供の扱いが上手いようだ」
少しセイヤーが面白くなさそうに言うと、メイド少女たちがひしっとセイヤーの服にしがみつく。メイド少女たちの顔には「私達はセイヤーおじさん好きですから!」と書いてあるようでもあった。
「幼女にモテモテじゃねぇか」
ジューンがその様子を見て苦笑する。
「……」
ティルダはセガール少年が言った「ダールマ教がこの国の偉い人たち相手にクーデターを起こした」という言葉に身に覚えがあったので、目線がぎこちない。
なんせその「偉い人たち」の中につい最近までいたのだ。
仲の国が退廃していく様を見ながらも、なんら手を講じられなかった無能な偉い人。それが
勇者討伐や排除派の中での位置取りに固執しすぎて、本来やるべき
『あのとき、ああしていれば……』
悔やんでも悔やみきれないほど、ティルダは自分の間違いに押しつぶされそうだった。
そんなティルダを横目に見ながら、セイヤーが場を仕切る。
「ひとまず街の情勢が怪しいことはわかった。安全が確認できるまでみんなと一緒にいたほうが良いだろう。エリゴスさん。私の屋敷にはデル・ジ・ベットとソフト・バーレイが待機しているので、子どもたちとお嬢さんを連れて、そちらで待機して欲しい」
「わかりました」
「館にいる二人にも言っておいて欲しいのだが、私の館に害を成すものは、市民であろうと王族であろうと容赦する必要はない」
「かしこまりました」
エリゴスがニコニコと頭を下げる。
「リィン、頼んだぞ」
『人の子セイヤーよ。やっと私の価値がわかってきましたか!』
「!!」
馬車を引いていた美しい馬が喋りだしたので、子どもたちとティルダ元王女は驚いた。
『いいでしょう。聖竜の名にかけて守りましょう! 悪党すべて私が成敗します!』
「頼んだ………そういえば
「まだ飲んでるんじゃないか? もしくは子どもたちの前では口にするのもはばかられることをしているか、だ」
ジューンは後半を小声で言った。
「後者だろうねぇ。ほっとこう」
コウガもつられて小声だ。
三人は「ほっとく」という見解で同時に頷いた。
その後、北地区にあるセイヤーの館に火事場泥棒としてやってきた連中は尽く排除されることになる。
女魔族エリゴスが全身の関節を逆にひねって拘束した者……13名。
元暗部のデル・ジ・ベットとソフト・バーレイが様々な毒で痺れさせて拘束した者……48名。
路地裏の子どもたちが生きる術として編み出したブービートラップの数々を踏んで拘束された者……2名。
ティルダが幼いときから鍛錬し続けてきた
旧神のくせに干からびた蜘蛛みたいになって風俗街から帰ってきた蜘蛛王コイオスが、ハンモック代わりに作っていたクモの巣に引っかかって拘束された者たち……7名。
聖馬の後ろ足キックによって拘束された者……1名。
結局、混乱に乗じてやってきた火事場泥棒は誰一人として館の中には侵入できず、裸に剥かれて外壁にずらりと吊るされた。
その様は屠殺場か処刑場のようでもあり、平和になった後もセイヤーの館は「人吊館」として、かなり恐れられたという。
(ウォォォォォ!)
ダールマ教徒は快進撃を続けていた。
教徒たちがダークエルフ達によって鍛えられ、ちゃんと組織化された「軍隊」として動けたのもあるが、なによりも敵の指揮系統が無茶苦茶だったので、攻めやすかったことが大きい。
なんせ敵は三大国家の要人たちが連れてきた「だけ」の兵たちだ。数はあっても、その指揮を束ねる者がいなければ、烏合の衆でしかない。
だが、問題もある。
敵は形勢不利を知ってか、無闇に攻撃してきた。先程から街のあちこちで上がる火の手は、敵が盲撃ちしてきた攻撃魔法や火矢による延焼なのだ。
敵兵はこの街の支配者層の兵とはいえ、所詮この街の者ではなく他所の国から来た者たちだから、人々の生活など知ったことではないのだ。
それに比べてこの街で生きるダールマ教徒たちは、派手な攻撃ができないでいた。
「破壊された建物は建て直せばいい! 今は敵を潰すことだけを考えるのだ!」
陣頭指揮を取る七戦士のダークエルフたちが鼓舞しても、自分たちの街を破壊するまでの攻撃はどうしても躊躇してしまう。
敵兵は武装したまま街中に入り込み、逃げ遅れた民と街を人質にした。それを見たダールマ教徒は攻めきれない。
膠着状態に陥るかと思いきや、敵は【英雄】たちを戦場に投入した。
「敵からなにかよからぬ力を感じるわね……そろそろ私達の出番かしら?」
「いいえぇ~。妖精のみなさんは、この街の力なき民を守ってあげてくださいぃ~」
元魔王軍の将として自らの筋肉だけで戦場を駆け回っていたヒルデは、戦いを眺めながら、自分も前線に出たくなって仕方ないようだった。
「お待ち下さい」
そんなヒルデや妖精三巨頭の前に、黒装束の男が現れた。
「あらぁ~。厳戒な守りの中、どうやってここまでこれたんですかぁ~?」
ヒルデは傍らに置いていた戦斧を握りしめた。
「お待ち下さい。私は敵ではございません。私は元ディレ帝国の暗部でリーダーを務めておりましたデッドエンドと申します」
「あらぁ」
ヒルデは黒装束の男………デッドエンドを見て目を細めた。
「認識阻害の魔法かしらぁ? あなたのことがよく見えないんですけどぉ~」
「はい。暗部に生きる者ですからご容赦の程を」
「それにして、待てとはどういうことですぅ~?」
「いまダールマ教に混じって当代の勇者様方が前線に向かっております。どうか勇者様方にその場をお任せいただいて、無用な被害が出ないように兵を留めていただきたく」
「勇者」
ヒルデの目つきが変わった。
「私の記憶にはないが、私と共にあったはずの勇者。一度
口調まで変わったヒルデから放たれる圧力に、デッドエンドは少しだけ顔を
その背けた黒頭巾の下でどんな顔をしているのか知る者はいない。
怯えているのか、困っているのか、それとも………笑っているのか。
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