第5話 おっさんたちと邪教と英雄。

「あえて言いますとぉ~、官僚はカスですぅ~♡ 私達ダールマ教徒はぁ~、立たなければならないのですぅ~♡」


 鋼のような筋肉の鎧を漆黒の法衣で包み隠し、高らかに宣言したのは、ダークエルフ族の族長であり、元魔王軍の将でもあったヒルデだ。


 首から下は熊でも逃げ出すほどの筋骨隆々傷だらけの身体だが、顔は春風駘蕩とした愛らしさがある。その顔だけに見惚れて信者になった者も少なくない。


 ダールマ教信者の過半数はダークエルフ族だ。


 ダークエルフ族は、容姿端麗なエルフ族の亜種と言うだけあって、黒肌で美しい肢体を持ち、エルフ族より豊満な肉付きをしている。そんな美男美女目当てに多種族も次々に信者になったことも否めない。


 いまや「仲の国」では商工ギルドや冒険者ギルドなどを差し置いて、最大派閥と言っても過言ではない。


 その信者全員を集めた決起集会で、教祖たるヒルデは、なんと「この街の浄化」を宣言した。


「勇者の皆さんがいた頃はぁ~、こんなにばっちい街じゃありませんでした~。どうしてこうなってしまったのか、皆さんにはおわかりですねぇ~?」


「王侯貴族達だ!」

「中立国家に集るウジ虫共!」

「自分の国に帰れ!」


 信者たちが怒りを込めたシュプレヒコールを行う。


 ヒルデはその様子を頷きながら黙って見守っている。


 5分以上そうして黙っていると、信者たちは勝手に「教祖様が自分の声を聞いてくださっている!」と思って、更に声を張り上げる。


 もちろん広場を埋め尽くす信者たちの声をヒルデが掌握できるはずもない。これは「どんな声でも聞こえていますよ」というポーズであり、教祖としてのアピールだ。


「私達がこの仲の国を開放しぃ~、聖都として蘇らせましょう~!」


 ヒルデが手を広げると、ウオオオオオオオ!!という大歓声が上がった。


「我らが敬虔なダールマセブンですぅ~」


 かつてヒルデの側近だった七戦士は、己の得意とする武器を極めた証として「剣ダールマ」「槍ダールマ」「弓ダールマ」「盾ダールマ」「騎馬ダールマ」「鞭ダールマ」「棍ダールマ」という称号を会得している。


 全員女性で構成されたダールマ7がステージに上がると、信者たちが自分の推しダールマの名前を叫び、ボルテージが一気に上がっていく。


 ダールマ7はアイドル化しており、信者たちは「推し」のダールマに対して毎月多額のお布施をし、その金額に応じて「懺悔部屋」に入り、二人きりで話をすることができる。


 本当に話をするだけだ。それどころか二人の間には格子があり、殆ど顔も見えない。手も触れないし、当然のことながら襲いかかるなんてこともできない(できても返り討ちに合うが)。


 それでも、僅かな時間でも良いから推しダールマに会いたい、話をしたい、自分のことを覚えてもらいたい………そんな信者たちの熱い想いを受け、7人の戦士たちはポーズを決め、ダールマ賛美歌第48章が流れるまでの僅かな時間、身動き一つしない。


 ステージ脇の楽団が、甲高い音を奏でる。


 ダールマ♪ ダルマ♪ ダールマ(はいはい!)


 7人は一人として乱れない踊りでダールマ賛美歌第48章を盛り上げる。


 信者たちがウォォォォォォ!と叫びながら、彼女たちを鼓舞するように客席側でも踊りだす。その一糸乱れぬ信者たちのうねりは、まるでステージ上の肉に手を伸ばすゾンビの群れのようでもあった。


「うわぁ、肉の波。こわっ」


 薄青いドレスを着た金髪で目元の化粧が濃い女は、身震いするような仕草をしながらガラスの靴を脱ぎ、ソファに寝転がった。


 ここはステージ脇にあるVIPルームで、彼女は魔王の四天王の一人だった灰かぶり姫アッシュヘッドである。


 様々な使役妖精を召喚する魔法使いタイプの彼女は、魔王城でおっさんたちを苦しめ────るには全然至らなかったが、普通の人間は太刀打ちできないとんでもない相手だ。


「こらこら、そんなこと言うんじゃないわよ。私達にとっては飯のタネなんだから!」


 灰かぶり姫アッシュヘッドの対面のソファに腰掛けているのは、金色の肌をしたこの世ならざる絶世のボディラインの美女………雪白姫ヴィルフィンチだ。


 一時はコウガの黄金の鎧になったりもしたが、その正体は「黄金の不思議な鏡」である。


 彼女は「先生ドク」「怒りんぼうグランビー」「呑気屋ハッピー」「眠り屋スリーピー」「照れ助バッシュフル」「くしゃみスニージー」「抜け作ドーピー」という名前の特性が異なるファンネルを操る。


「あなたたち。敬虔な信者の皆さんを飯のタネ扱いするのはやめなさい」


 威厳ある声に灰かぶり姫アッシュヘッド雪白姫ヴィルフィンチは「はぁい」と気のない返事をする。


 威厳ある声の主は、外国人が思うファンタジー風十二単じゅんにひとえをまとった長い黒髪の美女で、その正体は妖精女王ティターニアだ。


 先代勇者の旦那が精神体として取り憑いて「早く君も死んで一緒になろうよ」と毎晩やっていたせいで、妖精なのに死にたがりだった彼女も、今では威厳を取り戻していた。


「それにしてもあの七戦士……戦士なのに、なぜ道化みたいな真似をしているんでしょうね」


 妖精女王ティターニアは不思議そうに呟いた。


 ステージの上で常に満面の笑みを浮かべたまま必死に踊り、歌う。その姿に教徒は熱狂の坩堝だ。


「ヒルデちゃんが、歌と踊りによるトランスは宗教に必要、とか言ってましたよー」


 灰かぶり姫アッシュヘッドはソファに寝転がり、テーブルに置いてあるお菓子をもぐもぐと食べ始めた。


「もう行儀が悪いわね」


 ティターニアは仕方ない、という顔をした。


 妖精には行儀とか躾という概念はないので「仕方ない」のだ。


「けど、あなたたちもそろそろ準備なさい。この宴が終わったら城を攻めに行くそうよ」


「やっと出番かぁ」


 雪白姫ヴィルフィンチが背伸びする。


「妖精界がつまらなくて、勇者たちに会うためここを訪れて、もうどれくらい経ったかしら」


「そんなに経ってないんだけどねー」


「その間にいろいろあったよね。ヒルデちゃんは勇者のこと覚えてないし、なんかおかしい宗教始めるし」


「私達はその宗教に飼われてるわけだけどね。さすがに退屈過ぎたわ」


「やっとひと暴れできるねー」


「ねー」


 雪白姫ヴィルフィンチ灰かぶり姫アッシュヘッドは「うえーい」とハイタッチする。


「あなたたち、やりすぎないようにしなさい。人の世界は脆く儚いのですから、私達が本気で力を出すとすべてがなくなってしまいます。いいですか? 私達の遊び場なんですから、加減なさい?」


「「 はぁい 」」


 妖精女王ティターニアに促され、二人の邪妖精アンシーリーコートは声を揃えた。











 日本では、代官や守護大名の圧政に対して、農民・信徒などが団結して要求・反対した抗議活動のことを「一揆」と言った。


 ヒルデが率いるダールマ教が起こしたのは、まさにそれだ。


 退廃都市と化した仲の国の腐敗を作り出した官僚に抗議し、善政を訴える。


 その行動の邪魔になる敵性武力に対抗するべく、ダールマ教徒は完全武装していた。


 市街戦を想定した重装甲戦士隊や、機動力を活かした中距離攻撃弓隊はもとより、魔法部隊や治癒部隊といった「戦に必要な部門」はすべて揃えてある。


 それに加えてダークエルフのヒルデが率いる七戦士、いや、ダールマセブンと、かつては魔王の部下だった邪妖精アンシーリーコート三巨頭がいる。教徒がいなくても、生半可な国軍程度では止められないほどの戦力だと言える。


 ちなみに妖精達は魔王に仕えているときは四天王だったが、ラプンツェルご一家は「子どもたちが妖精高校の受験なんで、今回はちょっと……」という理由で人間界にはこなかった。


 しかし、仲の国を実質支配している「勇者排除派」も只者たちではない。


 各国の野心の強い実権者たちの集まりだけあって、この国に持ち込んだ兵力は全員分を集めると、三大国家の一国一国と大差ないほどになっている。


 それに、その派閥に加担している冒険者ギルドの総支配人ゲイリー翁によって集められた冒険者たちも驚異的だ。


 なによりも、勇者排除派が新たに召喚した異世界の者たち……【英雄】という存在がヒルデ達の圧勝を許さないだろう。


「やっと出番なの?」


 リンド王朝のヒース王子らが召喚した女は、「調印の城」を守るために配備された兵士や冒険者たちを見下ろしながら言った。


 胸元の谷間を強調したミニスカートのパーティードレスを着て、派手な化粧。金髪だが、それは地毛ではなく染めたもの……顔はコテコテの日本人顔だが、とにかく、ケバい。


 日本のキャバクラに行けば、こんなタイプの女が腐るほど生息しているが、彼女を一言で称するのなら「ビッチ」だろう。


「まだじゃねぇか?」


 専属侍女のスカートに手を突っ込んで、ニヤニヤしながら尻を弄っているのは、ビーバップなハイスクールにでも出てきそうな昭和ヤンキー風の男。


 侍女が恥ずかしそうに身をくねらすのを見て嗜虐性にウズウズしているのは、ディレ帝国のアントニーナ元第一王女やグリゴリー侯爵らが召喚した男だ。


 ケバい女もヤンキー男もまだ若い。


 その二人を前にして無言でナイフの先に指先を当てているのは、アップレチ王国が召喚したと「嘘」をついて連れてきた、過去勇者の子孫だ。


 様々な勇者の血を引き継いで、それを顕現させたランクA冒険者グウィネスと同じく、彼も複数勇者の血を引いている。


 日本から召喚されてきたビッチとヤンキーは、棲息している環境は違っても「日本人」というカテゴリーの中で話ができたが、彼は違う。この異世界で生まれ育った者だから話が合わないのだ。


 いや、話が合わない理由はそれだけではない。


 この勇者の子孫は、笑いながら子猫を刺殺して解体しそうな不気味さがあるのだ。


 ビッチとはいえそんなことはしない。

 ヤンキーとはいえそんなことはしない。


 だが、彼は平然とそれをやって「僕がなにか悪いことをした?」と言い出しそうなサイコパスさを感じるのだ。


「英雄諸君、そろそろ準備願おうか」


 リンド王朝のヒース王子がで玄室に入ってきた。


「こうも早く勇者特性がわかったのは僥倖だったよ」


 ヒース王子がウインクすると、ビッチは舌舐めずりし、ヤンキーは拳をパキパキと鳴らし、サイコパスはナイフの先を自分の指に突き刺して浮いてきた血の珠を舐めて嬉しそうな顔をした。












「……」

「……」

「……」


 ジューン、セイヤー、コウガが顔を合わせる。


 ジューンはメイド服に着替えた女魔族を連れてきた。


 セイヤーはメイド服と執事服を着た子どもたちを連れてきた。


 コウガはメイドプレイ用の安っぽい服を着た若い女を連れてきた。


 蜘蛛王コイオスは、その三人とメイド軍団を交互に見ながら無言だ。


「こいつは俺たちの旅の連れ。女魔族のエリゴスで、この街の俺の家で家政婦をしてもらうことになった。記憶はリィンのおかげで取り戻したよ」


 ジューンは「俺は潔白だ」と言わんばかりにエリゴスを紹介した。


「この子達は荒んだ街の路地裏で屯していたので私が保護した。私の屋敷にいるデル・ジ・ベットやソフト・バーレイに指導してもらって自立できるまで執事やメイドとして雇って、学校にも行かせるつもりだ」


 セイヤーも「私は潔白だ」という姿勢で子どもたちを紹介した。


『なるほどなるほど。では人の子コウガ。あなたの連れてきたその女性は?』


 白目になってコウガを見ている聖リィンは、いつものドMキャラではなく、ちょっと威厳と尊厳に満ち満ちていた。


「話せば長くなりますが」


 コウガは額に浮いた油膜を拭いながら説明を始めた。

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