第2話 セイヤーは人を雇う。
「あはは♡」
「うふふ♡」
薄手過ぎて何もかもが透けて見えるネグリジェ姿の女たちが、堂々と町を闊歩している。
女たちは談笑しながら手羽先のようなものを食べていたが、それを一口かじっただけで「なんかちがーう」「おいしくなーい」と言い、ポイと道端に捨ててしまう。
それを路地裏からドブネズミのような早さで現れた子どもたちが拾い、再び路地裏に消えていく。
セイヤーがそっと子どもたちの消えた路地裏を見ると、たくさんの子供達が潜んでおり、一口ずつ肉を食べては隣の子に回している光景が目に入った。
どの子も頬が
「なんなんだ、これは………」
セイヤーは憤りを感じた。
元の世界でも、世界の何処かにはこんなスラムがあっただろう。だが、少なくともセイヤーのいた日本で「表向きは」ここまで酷くなかった。
「大人たちは何をしているというのだ」
周りを見渡す。
女たちは水商売や性風俗で働き、男たちは淫靡な快楽と酒に溺れる。誰も路地裏の子どもたちなど気にも止めていない。
これはセイヤーが思い描いていた仲の国ではない。完全なる退廃都市だ。
おっさん勇者たちはこの「仲の国」を造ったとき、ちゃんとしたインフラを敷き、様々な法制度を整え、自由競争を推奨する様々な仕事も用意した。
あとは自然に経済が循環していくはずだったが、こうも簡単な瓦解したのは何故か。
街が物理的に崩壊しているわけではないので、天災やなにかで崩壊したのではないだろう。
ダールマ♪ダルマ♪ダールマ♪とフレーズを繰り返す邪教のせいだとしてもここまでになるとは思えない。
ありえるとしたら「人の腐敗」だ。
インフラを整備するのには人が必要だ。法を取り仕切るのも人だし、仕事をするのも人……この都市国家のすべてを人の「性善説」に頼っていたのは否めない。
「腐った者たちが上に就いたということか」
セイヤーはムカついた胸元を押さえながら、路地裏に入った。
子どもたちはセイヤーを見て、声もなくササッと闇に隠れようとするが、魔法で優しく「捕縛」した。
突然身動き取れなくなったことに恐怖する子どもたちを見据え、セイヤーは全員に治癒魔法を浴びせる。
全員酷いものだった。
様々な疾患、栄養失調、年齢に見合わない小さく細い体躯……。
「ほんの数ヶ月いなかっただけで、これほどのことになっていようとは」
セイヤーはギリリと歯軋りしながらも、子どもたちを癒やしていく。
次第に子どもたちの顔に生気が戻り、瞳に光が宿る。魔法による栄養補填で飢餓感も抑えられることだろう。
「君たちにリーダーはいるかね?」
「……俺だ」
まだ小学校高学年くらいの少年が一歩前に出てきた。
気の強さと強い責任感が顔に出ている。会社組織でも良いリーダーになれそうなタイプだ。
セイヤーは亜空間に手をつっこみ、最近大量に仕入れた大銀貨を鷲掴みにして引っ張り出した。
亜空間にも驚いたが、セイヤーが手にした大銀貨の枚数にも驚いたリーダーは少しだけ目を丸くし、すぐに険しい顔をした。
「おっさん。俺は仲間を売らないぞ」
「ん? どういうことだ?」
セイヤーは目を細めた。
「おっさんが子供を買ってなにするのか、俺は知ってる」
リーダーは憎しみを込めて、饒舌に語ってくれた。
大人たちは路地裏の子どもたちに僅かな金を与える。
飢えた子どもたちは小銭であっても喉から手が出るほど欲しがり、大人についていく……しかし、そのあと、どんな仕打ちが待っているのか想像に容易い。
「そんなことはしない。君たちに食事と寝場所と仕事を与えるつもりだ。そして、こんな生活をおくらなくて済むように、私が責任を持ってこの街を変えてみせよう」
「嘘だね! そんなことできるもんか」
「なら、どうすれば私を信じてついてきてくれるのかな?」
「信じない! 大人は信じられない!」
「なるほど。確かに信用を得るには行動が必要だな」
セイヤーはスッとリーダーの男の子に近づき、わしづかみにしていた大銀貨すべてを渡した。
「人買いでもこんな大金を出したりしないのではないか?」
「こ、これを受け取ったら、後から怖い連中が出てきて皆殺しにされるんじゃ……」
「うーん。君たちの見た目もどうにかしないとな」
セイヤーはリーダーの言葉を無視し、魔力を惜しむことなく使った。
創造魔法。
セイヤーの勇者特性は「神に匹敵する魔法の創造主」である。
その能力はすべての魔法を繰るだけではなく、魔法自体も……いや、万物すべてを創造できる。
その創造魔法を用いて、セイヤーは子どもたちの服装を整えた。
着ていたボロ布は一瞬にして生地と仕立てが素晴らしい執事服とメイド服になった。その手触りは下手な貴族の高級な服よりもしっとりと、そして柔らかい。
ついでに煤けて汚れていた肌も磨かれてツルツルピカピカになって、汚らしい匂いも皆無になっている。
子どもたちはお互いを見て、嬉しさのあまりに顔を綻ばせる。
「こ、これ……」
執事の服装になったリーダーの少年は、驚きの顔が隠せない。
「いかに私の偽善でも、ただ物を与えるだけとはいかない。上から目線で施しを与えた、とも考えていない。それは君たちの自尊心を奪う行為だからな」
「……」
「対価として君たちには仕事をしていただきたい。もちろん私はその労働に対して十分な報酬と食事、清潔な寝床を提供すると約束しよう。もちろん、君たちに手を上げたり手を出したりする下劣なことはしないとも約束する」
「なにをさせようってのさ……盗みや人殺しか?」
「馬鹿なことを。仕事は見てのとおりだ」
セイヤーが指差すまでもなく、子どもたちは執事服とメイド服だ。
「私の屋敷で働く執事とメイド。私がして欲しい仕事を君たちがこなし、より良く効率的で完璧なやり方をみつけ、共有し、お互いがお互いを律して、立派に成長して欲しい」
「こ、この金はどうするのさ」
大量の大銀貨を手にしたままリーダーは硬直している。
「それは契約金だ。みんなで分けてもいいし、もしものために保管しても良い。子どもだからと、ああしろこうしろと指図するつもりはない。なぜなら君たちはこんな路地裏で立派に生きてきた。大人より立派に、だ。それに敬意を表し、私は君たちを子どもではなく対等な人間として扱いたい」
リーダーは戸惑っている。
周りの子供達は理解が追いついていないのか、呆然としているようだ。
「さて。着いてくるのも来ないのも君たちの自由だ」
セイヤーはプイと踵を返した。
しかし、子供の歩幅でも着いてこれるようにゆっくり歩く。
「………」
リーダーの少年は周りの子供達の顔を見回し、軽く頷いてセイヤーの後ろをついていく。
淫靡で淫猥な街中に突如現れた、執事服やメイド服の少年少女たちを、腐った大人たちが遠巻きに見ている。
「お、かわいいじゃーん。たまにはガキの
昼から酔っ払ったおっさんがフラフラとよってきた瞬間、セイヤーは足を止め、振り返った。
「私の連れに無礼を働くのはやめたまえ」
「あ?」
容赦なくセイヤーは魔法を発動させた。
「
「ぶふっ!」
魔力で作られた巨大な拳に殴り倒されて、酔っ払った男は地面に転がった。
いきなり問答無用の攻撃をしたので、子どもたちは顔をこわばらせている。
「安心しろ、怪我はない」
今の魔法はセイヤーオリジナル魔法ではなく、この世界にもとからある由緒正しき高等魔法で、別名は「対悪霊攻撃魔法」とも呼ばれている。
聖なる領域から繰り出される魔力の拳は、悪霊を浄化し、悪想念を霧散させる。
それを普通の人間に放つとどうなるか。
「お、俺はどうしてこんな所でこんなことに!?」
酔っ払いは目が覚めて愕然とした。
「……この都市の全員にコレをぶつけて真人間に戻すのは、少し骨が折れそうだな」
セイヤーはため息をつきながら、子どもたちを連れて歩いた。
「ここは……」
リーダーの少年は呆然としている。
ここは「仲の国」の北にある広大な敷地だ。
おっさんたちはそれぞれ所属していた国になぞらえて、この都市国家の北東西に自分の邸宅を持っている。
北の大国ディレ帝国になぞらえて、北の地区に広大な敷地を持っているのはセイヤーで、当然ここは彼の屋敷だ。
自分たちの邸宅を近場にしなかったのは「常々同じおっさんの顔を見続けるのは嫌だ」という総意によるもので、わざわざ「調印の城」を中心にして一番遠く離れた場所に作った。
「ふむ」
ちゃんと屋敷の守り手がいるおかげもあってか、セイヤーの邸宅は一切荒れていない。
子どもたちと一緒に大きな門を潜る。
「ち、ちょっと待てよおっさん! ここは勇者様のお家だぞ!? 勝手に入ったりしたら殺されちゃうだろうが!」
「ほう。勇者の家だということは知っているのか」
「知らないやつがこの街にいるかよ! ここはな、ディレ帝国の勇者で、セイヤーって人の家だ! めちゃくちゃ強いんだぞ! この街だってその勇者が作ったんだ!」
「ほほう」
セイヤーは嬉しさ反面、恥ずかしさ反面で苦笑した。
「けど、その勇者たちがいなくなってこの街はめちゃくちゃさ。俺たちの親は、もうどこで何やってんのかわかんねぇ」
「捨てられた、ということか」
「違う。みんな家を出たんだ。じゃないと誰も飯を作ってくれないし、金もくれない。家の中で餓死するだけだ」
「育児放棄か……」
歩きながら、セイヤーは目をしかめた。
「君、名前を聞いておこう」
「なんでだよ」
「君がリーダーだからだ。彼らの得意不得意を活かして仕事を振り分けるのは君の役目だろう?」
「ま、まだ働くとは言ってない……」
「勤務時間は朝7時から夜22時まで。残業や早出は一切認めない。限りある時間の中で有効に仕事をこなしてくれ。あぁ、そうだ勘違いしないように。8時間勤務の2交代制だからな」
「は?」
「必ず勤務4時間経過したら休憩を1時間取って食事するように。それと1時間働いたら5分は休憩するんだぞ。人間は連続して集中することが出来ないのだからな」
「え……」
「定休日はないが、こちらも交代制で完全週休2日にする。シフトは君たちで決めてくれ。給金はリーダーである君と相談しよう。あぁ、経験が上がればちゃんと給金も上がる仕組みにしたい。そうだな………まずは1時間で銀貨2枚(役2000円)から、というのはどうかね」
「あ、え、え?」
矢次に言われたリーダーは困惑した。
1時間で銀貨2枚という破格の待遇にも驚きだが、勤務時間が決まっていて、休みや休憩があるということに理解が及ばない。
彼の中では「飢えるくらいなら奴隷でも良い」と思って着いてきたところもある。そんな彼の頭の中で、奴隷というのは年中無休で働かされるものだし、執事やメイドも基本的に同じように働き続けるものだと思っていた。
「部屋は使っていないのがたくさんある。この人数なら一人1部屋でも問題ないくらい余っているだろう。ああ、そうだ。もし他にも仕事にあぶれて飢えている子どもたちがいたら連れてきても良い。どのみちこの人数だけでは仕事を回せないだろうし……仕事はあの二人から教えてもらいたまえ」
大きな屋敷から執事服の男とメイド服の美女が現れた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
二人は深々と頭を下げてこの屋敷の主人を出迎えた。
デル・ジ・ベットとソフト・バーレイ。
二人はアップレチ王国のスパイ養成施設で子供時代を過ごした仲で、今は恋仲である。
大人になってからの二人は紆余曲折ありディレ帝国にいた。
敵味方だったり、魔法転移に巻き込まれて魔族領に来たり、セイヤーとエーヴァ王女の替え玉になったりしつつ、最終的には暗部を辞めてこの屋敷で執事とメイドという仕事をもらって静かに過ごしている。
二人共凄腕のスパイなだけあって、この邸宅を荒んだ街の者たちから守ることなど造作もないことだった。
「ご主人様、この可愛らしい子達は?」
ソフト・バーレイ女史は、訊ねながらしゃがんで子供と同じ目線になる。
「新しい従業員だ。君たちの下につける。十分に教育してくれ」
「これはこれは。忙しくなりそうですね。よろしくおねがいします、みなさん」
ソフト・バーレイ女史がにっこり微笑むとリーダーの少年は顔を赤くした。あんな街の路地裏で生きていたと言うのに以外に純心のようだ。
「デル・ジ・ベット。この街のことでいろいろと聞きたいことがある」
「でしょうね。簡単にまとめてお持ち致しますよ」
「頼む。で……そろそろ名前を聞いて良いかね、少年」
セイヤーはリーダーに問いかけた。
「……セガール、だ」
「ほう。それはまた強そうな名前だ。よろしく頼むよセガール。雇用契約書もちゃんと結ぶから後で────」
「契約書!? 俺はわかるが、小さい子は文字が書けないし、読めない……俺も難しいのはちょっと……」
「ふむ……学校も必要だな。優秀な教師を探さねば」
理知が通らない子供は苦手だというのに、父子本能でも芽生えたのかセイヤーはどことなく嬉しそうだった。
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