おっさんたちと邪教物語

第1話 おっさんたちと邪教都市。

 旧魔王領のイレーバ・スラーグ国。


 現在は西の大国「ジャファリ連合国」に属するイレーバ・スラーグ国。


 そこにはかつて「シュートリア」と呼ばれていた寂れた町があった。


 今やその寂れた町は、どこの国にも属さない永世中立国『仲の国』と名を改め、大陸一の最先端文明都市国家になっている。


 地上・地下・上空で地平線の先まで広がる多重構造の町並みは、まるでエッシャーの騙し絵のようで、階段を上っていると思ったら下っていたり、ドアを開けたら壁に立っていたり………とにかく重力や空間の概念が狂っていて、物理的にも構造的にもむちゃくちゃだ。


 この都市国家の建築物は、おっさんたちがいた現代世界であろうとも、絶対に再現不可能だと断言できる。


 なんせこれはセイヤーの魔法による「なんでもあり」で組まれた建築だ。


 建築の素人が適当に作り上げたこの都市国家は、どう考えても建築不可能な建物がずらりと並ぴ、しかもセイヤーの美的センスがシュール過ぎて騙し絵のようになっているのだ。


 ぶっちゃけ、とても暮らしにくそうに見える。


 だが、街の人々からは好評で「意外に住みやすい」と喜ばれた。


 おそらく、上下水道や魔石電気の全戸供給など、ディレ帝国の首都と同等かそれ以上の生活環境が完備されているからだろう。


 そんな奇っ怪な都市国家の中心にある「調印の城」は、現在「勇者排除派」と呼ばれる各国の王侯貴族が掌握している────つまりここは、おっさんたちが作った都市国家ではあるが、今は敵地なのだ。


 そんな敵地に到着したおっさん御一行は、いつ敵の襲撃があるかと多少緊張しながら門を通り抜け、街に入った。


 そして、敵より何より、街の異様な雰囲気に言葉を失った。


 路肩で酒瓶片手に昼間から潰れている男たち。


 いくら大金を稼いだ、いくら負けたと言い合うギャンブラーたち。


 路地裏からこちらの様子を窺っているのは、ボロ服を着た複数の子ども。


 蛍光色の法被みたいな派手な衣装を着た男が大声で客引きをし、やたら露出度の高い服を着た多種多様な種族の娼婦たちは、煙草をくゆらしながらなまめく視線を送ってくる。


 あれほど豊かで『暮らしやすい』と誰もが口をそろえていた「仲の国」の住民とは思えない有様だ。


 それに変わったのは人だけではない。


 あの綺麗な白磁のような町並みは、どこかのスラムみたいに薄汚れ、物騒な雰囲気になっている


 建物の壁には「お前も血だるまにしてやろうか」とか「だるま女をお買い求めならこちら」と言った物騒な落書きがあり、あの町並みは見る影もない。


 愕然としているおっさんたちの馬車の横を、魔石エンジンの車が走り抜けていく。


 その車の上にはいくつもの拡声器が据えられており、鼓膜が震えるほどのボリュームで奇妙な歌が放たれた。


 ダールマ、ダルマ、ダールマ(高収入♪)

 ダールマ、ダルマ、ダールマ(入信♪)

 ダールマ、ダルマ、マスターダルマ!


 エンドレスにループするその音楽にジューンは顔をしかめる。それは幌の中にいるセイヤーとコウガも一緒だった。


「フッ、ここは実に退廃的で面白い。シディムの谷にあった街のようだ」


 コイオスはニヤニヤしながら街並みを見回している。


 「ちなみに聞くが、その谷にあったとかいう街はどうなった?」


 セイヤーが尋ねると、コイオスは「神の怒りに触れて滅びたが?」と続けた。


 三人は顔を見合わせる。


 この街はおっさんたちが初めて出会った記念の地でもある。


「おっさんが出会う」という気持ち悪い思い出ワードはどうかと思うが、それでもこの街が滅びるのは忍びない。


『人の子らよ。ここは不浄の地ですか?』


 聖竜リィン(馬バージョン)が嫌そうな顔で語りかけてくる。


 確かに不浄以外の何物でもない。


「………何がどうしてこうなったのか、私が調べてこよう」


 ジューンたちに馬車を任せ、セイヤーは単独で街に降り立ち………ものの数分でその行いを後悔した。


 40過ぎても童貞のセイヤーに、この甚だしい性の乱れは刺激が強すぎる。


 あちこちの建物から聞こえてくるのは男女の睦言と嬉声で、直接見なくてもみだらな行いに耽っていることが容易に想像できる。


 それに行く先行く先、娼婦宿の女たちが半裸に近い格好で現れ、セイヤーを手招きする。もう生乳など見え放題だ。


 ここだけが化したのだろう(そうであって欲しい)と思ったセイヤーは、いそいそと別の区画に足を伸ばしたが、そこは更にひどかった。


 以前は花屋だったり肉屋だったりといった普通の店舗が並び、普通の人々が普通に暮らしていた商店街………そこは今や店のすべてがド派手でエロエロしいネオンサインに変わっていた。


 ここまで徹底したゲスな町並みは、映画や漫画でしか見たことがない。


 現実にはここまで表立ってエロエロしい街になる前に、自浄作用が働いてアングラな店はひっそりしているものなのだ。なのに、ここまで堂々と「エロ!」「卑猥!」「欲望大爆発!」と看板が並ぶ────これは異常だ。


「これは……仲の国全体が性風俗都市になっているのか……」


 予想していなかった状況に面食らい、めまいを覚えたセイヤーだったが、壁に貼られてボロボロに風化したポスターを見つけて「ん?」と目を細めた。


「ダールマ教……」


 その御神体のようなイラストは長髪の男で、どことなくセイヤーに似せて描かれている気がする。


「まさか……」


 思い起こす。


 それはまだ他のおっさんたちに出会う前────魔王軍の将軍から仲間になったダークエルフ族の頭領ヒルデを「筋肉ダルマ」と称したときのこと。


 ヒルデがとした顔とは裏腹に、どこぞかの機動戦士かと言わんばかりの筋肉の塊だったので、ついついそう言ってしまった。


 ヒルデはダルマの意味がわからないので「筋肉ダルマってなんですかぁ~?」と尋ねてきた。もちろんセイヤーは正直に答えた。


 その結果、彼女は「ダルマ=極めしもの」という認識になったらしく、セイヤーのことを「魔法ダルマですね~」と言い始めた。


「なにがどうしてそういう認識になった?」


 セイヤーは困惑して、ダルマについて知っている知識を授けた。


 ───壁に向かって九年の座禅を行ったダルマという僧侶


 ───その鍛錬によって手足が腐り落ちた


 ───それほどまでの修練をしたという逸話


 その説明の結果、ヒルデは


「なるほどぉ~。極めた者に与えられる称号なんですね~♡」


 と言い始めたあたりで「ダルマは称号じゃないぞ」と何度も言ったが通じなかった。


 それから数日後、ヒルデは配下の七戦士を連れてきて「鍛錬を極めた彼女たちにダルマの称号を与えます~♡」と言い始めた。


 もう好きにしてくれと反対することもなく聞いていたら、七戦士はそれぞれ得意な武具を極めているらしく、ひとりひとりに剣ダルマ、弓ダルマ、槍ダルマ……と称号を付けていた。


 そこまではいい。


 更によくわからないダルマの賛美歌まで作っていたので、セイヤーは「これはなんとしてでも間違いを正さないと、異世界に余計な文化が持ち込まれてしまう」と危機感を覚えた。


 だがいくら説いても会話はすれ違う。


「とにかく筋肉ダルマというのはものの例えだ」


「はい~♡ わかっていますセイヤーさまぁん♡」


「なぜそう語尾を伸ばす……ほんとにわかっているのか?」


「はぁい~♡ 私達の世界で言いやすくダールマ、とすればいいと思うんですぅ~♡」


「何の話だ?」


「やっぱりわかりやすい印も必要だと思うんですけどぉ~? ダルマってどんな形をしているんですかぁ?」


「こう、丸くて……いや、まて、教えてどうするんだ私!」


「なるほどぉ~♡ うふふ」


「とにかく! ダルマについては忘れてくれ」


 すべてをなかったことにするのがコミュ障セイヤーの精一杯だった。


『おかしい。あれでなかったことにしたはずだったが』


 セイヤーの心境にツッコミを入れることができれば、誰だって「そんなわけないだろ」と言うところだ。その時点で「忘れてくれ」で終わる次元をヒルデは遥かにオーバーしていたのだから……。


 だが、誰がここまでその曲解が大事になると想像しただろうか。


 路地裏に所狭しと貼られたポスターを見て、セイヤーは愕然となった。


 ───汝、マスターダルマを愛せよ。


 ───ダルマ落とし競技委員会からのお知らせ。


 ───最高の諜報術、ダルマさんがころんだ。


 ───仲の国あらためダルマ教国へ。


 ───マスターダルマ・セイヤー様に身も心も財も貞操もすべて捧げよ


 ───大司祭ヒルデ様の称号授与式、開催!


 どこかで筋肉ダルマのダークエルフ、ヒルデが「うふふ♡」と笑っている図が浮かんだ。


「やっぱりあいつかー!」


 セイヤーは崩れ落ちるように壁にもたれた。


 ダールマ、ダルマ、ダールマ(高収入♪)

 ダールマ、ダルマ、ダールマ(入信♪)

 ダールマ、ダルマ、マスターダルマ!


 街のあちこちから聞こえる、恐ろしく脳内ループする音楽が、さらにセイヤーを苦しめる。


「潰さねば」


 セイヤーは強い意志と共に壁から離れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る